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第12話(最終話) 氷の大陸イーザイーゾ エンフィーン国 アーワンの村  レスグレイヴ(34)とフェイレイ(24)とセリエの物語

 俺が生まれたのは、氷の大陸にあるアーワンとかって言う村らしい。


 でも両親は、すぐに俺を捨てやがった。


 結婚する気もないのに、生んじまったんだとさ。


 つまり、俺は要らない存在だったって訳。


 奴らは念を入れ、この大陸ではなくわざわざ砂漠の大陸の孤児院まで行って俺を捨てた。


 俺は、ロバンエ孤児院とか言う所で生活する事となった。


「ちょっと、レスグレイヴっ!さっさとしてよ、後が詰まってるじゃないのっ!」


 表で、ドアをガンガン蹴られる。


 トイレにも、おちおち入っていられない。


「おい、レスグレイヴっ!これ、好きだろ?食えよっ!」


 皿の中に、床に落とした食べ物を入れられる。


 満足に、食事も出来ない。


「なあなあ、レスグレイヴっ!このパジャマ、ちょーっとお前にはでか過ぎるんじゃねぇのぉ?切ってやろうか?」


 パジャマをボロボロに切られてしまい、とてもじゃないが着られない状態にされる。


 裸で凍えながら、ゆっくり眠る事も許されない。


 俺は周りのガキ共から苛められ、惨めな生活を送っていた。


 だが、辛い事もいっぺんで吹き飛んでしまうような素晴らしい出来事があった。






 あれは、俺が11歳の時。


「レスグレイヴ、ちょっといらっしゃい」


 先公に呼ばれた俺は、その腕に抱かれたものを見て驚いた。


「先日、この孤児院の玄関先に捨てられていました。名前は、クラウディスだそうです。名字は、そうねぇ…どうしたらいいかしら」


「ウィン…ウィンサールはどうでしょうか?」


 俺は、咄嗟にそう言っていた。


 クラウディスに初めて出会ったこの日、空は雲一つなく真っ青だったんだ。


 ウィンサールは、古語ルオ語で『青空』。


「なら、それにしましょう。今日からこの子は、クラウディス=ウィンサールです」


 先公は、クラウディスを俺に抱かせた。


「うわぁ、可愛いなぁ!」


「貴方が、今日からこの子の担当となるのです。しっかり、世話してあげなさい」


 一瞬目を丸くしたが、俺はすぐさま頷いた。


「分かりました!」


 俺は、クラウディスを目に入れても痛くないほど溺愛した。


 どんなに苛められても、クラウディスの笑顔を見ていれば耐えられた。


「クラウディス、ちょっと待ってて。今、面白い玩具を作ってあげるからね」


 ガキの頃から機械いじりが好きだった俺は、ガラクタを集めて様々な玩具を作った。


 勿論、全てクラウディスの為だ。


 しかし。


「おいっ!レスグレイヴの奴、また変なの作ってるぜ!」


「ほんとだっ!ゴミは、ちゃんとゴミ箱に捨てろよなっ!」


 俺が作った玩具は、次から次へとガキ共に投げ捨てられた。


「や、やめてくれ、よ…っ」


 俺が半泣き状態で頼むと、ガキ共は笑いながら言った。


「コイツ、また泣いてるぜ!」


「ケッ、バーカバーカ!」


 でも、俺は耐えた。


 あんな能無し連中、砂漠で干からびて死んでしまえばいいんだ。


 最後まで生き残るのは天才の俺、そして可愛いクラウディス。


 俺とお前がいれば、怖いもんなしだ。


 そう自分に言い聞かせて、ひたすら耐えた。


「ねえ、クラウディス…」


「あーう、あーう」


 クラウディスが、俺の指を小さな手で掴む。


「クラウディス、お前は本当にいい子だね。僕に似て、頭のいい子に成長するかもしれないな」


 クラウディスは、ジッと俺を見つめていた。


 曇りのない、綺麗な瞳。


「僕が一流の機械工になったら、一番にクラウディスを助手にしてあげるよ。2人で、色々便利な物を作ろう。世の中の役に立つような、立派な発明をして見せるんだ!きっと、皆が幸せになれるね!」


 俺は、クラウディスの頭を優しく撫でた。


 クラウディスが、静かに寝息を立てる。


 俺もクラウディスを抱き、眠りについた。


 クラウディス…彼は、俺の全てだったのだ。


 初めて、人間の愛情を知ったと言うか…愛おしいってこう言う気持ちなんだなって事を、彼に教えられた。






 そして、1年が経った。


 俺は12歳、クラウディスは1歳。


 お互いに、ちょっとだけお兄さんになった。


 俺は先公に頼み、引き続きクラウディスの面倒を見る事にした。


 しかし、俺にはある考えがあった。


 森の大陸にある、機械工場の事だ。


 俺の夢は其処で働き、一流の機械工になる事。


 出来れば早めにこの孤児院を出て、森の大陸へ向かいたい。


 俺は、それを今年と決めていた。


 だが、クラウディスはどうする。


 こんなくだらない場所に、コイツを置いて1人で行くなど、俺には出来ない。


 しかし…俺は、旅立った。


 自分で作った、魂を模った青い石の指輪をクラウディスに託して。


 俺がクラウディスの事を本当の弟だと思っていたように、少しでもクラウディスが俺の事を本当の兄だと思ってくれていたなら…。


 俺が今までかけて来た愛情を、少しでもクラウディスが感じてくれていたなら…。


 この指輪さえあれば、クラウディスも全てそれを分かってくれる事だろう。


「レスグレイヴって名前、古語ルオ語で『抜け殻』って意味なんだ。僕の親が、どう言う意図でこの名をつけたのかは分からない。でもね、僕は抜け殻なんかじゃないよ。ちゃんと肉もついてるし、温かい血だって流れてるんだ。それをね、それを皆に分かって欲しいと…あ、い、いいや。クラウディス、君さえ分かってくれていれば、それでいいよ」


 別れの前の最後の夜、俺はクラウディスにそう言った。


 クラウディスは、キョトンとした顔で俺をジッと見つめていた。


 そして翌日、腐ったボロ孤児院を出て森の大陸の機械工場の寮に住む事になった俺は、工場でグングン成果を上げて行った。


 僅か12歳で天才的頭脳を発揮した俺は、工場内でも注目の的となった。


 次々と新たな開発を試み、全てを成功させていた俺を超えられる者は誰1人いなかった。






 その、3年後。


 15歳になった俺の元に、突然氷の大陸から連絡があった。


 氷の大陸…孤児院の先公から、俺は其処で生まれたらしいと聞かされた事がある。


 思い出したくもねぇ、胸糞悪い俺の過去。


 嫌な気分のまま氷の大陸からの連絡内容を聞いた俺は、益々怒りが込み上げて来た。


 あの腐った性根の両親が俺を孤児院に預けた10年後、女のガキを生んだらしいのだ。


 結婚もしねぇで無計画に俺を生んで捨てた両親は、結局無事に結婚。


 今の今までそのガキと3人、幸せな家庭を築いていたと言う。


 そのガキが5歳になった今年、3人仲良く旅行に出かけようと言う事になり、海底列車っつー便利な乗り物があるこのご時世に、バカみたいにレトロな船なんぞに乗りやがった。


 氷の大陸を出発したその船は、流氷にぶつかり敢え無く沈没。


 両親や他の乗客は全員死亡、唯一5歳のそのガキだけが生き残ったらしい。


 戸籍を調べたら俺の名前が挙がったってんで、そのガキを引き取ってくれないかと来たもんだ。


 バカ抜かしてんじゃねぇぞ、コラァ。


 あんな人間のクズみたいなのが産み落としたモンを、この俺が引き取れだと?


 アイツらは勝手に俺を作っといて、育てられないからってあんなゴミ溜めみてぇな孤児院に捨てて行ったんだぞ!


 だったら、その5歳のガキだってこの世にはいらねぇ存在になっちまった訳だから、この俺が引き取る筋合いなんかねぇ!


 どっかにでも、放り投げておきゃあいいだろうが!


 でも…俺は、ふといい事を考え付いた。


「分かりました。大切な妹です、僕が引き取りましょう」


 そう返事をした俺は、港町チルメーリまでわざわざ赴き、氷の大陸からやって来るゴミを待った。


「そう言う事なら、仕方ないですね。どうでしょうか、寮長…」


「そうですね、その子も可哀想ですし…特別に、許可致しましょう」


「あっ、有り難う御座いますっ!」


 俺は、丁寧に頭を下げた。


 工場長と寮長は、5歳のゴミと一緒に寮に住む事を許可してくれたのだ。


 ま、うまい事言ってお涙頂戴話を淡々と語って聞かせたからな。


 こうして俺とそのガキは、寮の部屋で一緒に生活する事となった。


「お前、名前は」


「フェイレイ…」


「フェ、フェイレイ、だとっ?!」


 俺は、思わずカッとなった。


 わ、笑わせてくれるぜ…ふざけるにも、程があんだろーがよ!


 この俺には『抜け殻』なんてふざけた名前つけたクセしやがって、どうしてこんなゴミには、『希望』なんて言う名を!


 って、な、何をこんなに熱くなっているんだ、俺は。


 名前なんて、どうでもいい。


 あんな両親の考えなんて、どうだっていい。


 今の俺は、工場内でもトップの頭脳を持っているんだ。


 ガキだと思って俺をバカにしていた万年平社員のおっさん共も、今じゃ俺にヘコヘコ頭を下げて来やがる。


 もう、それだけで満足じゃないか。


 俺がすべき事は、あと1つ…あと1つだけだ。


 これが成功すれば俺の存在はこの工場どころか、全世界中に知れ渡る事となるだろう。


 さあ、我が妹フェイレイよ!


 この兄の、偉大な研究に協力してはくれまいか…その命と、引き換えにな。


 俺は、部屋でコツコツとその偉大な研究を進めていた。






「な、なあ、レスグレイヴ…」


 ある日工場で仕事をしていたら、寮で隣の部屋に住んでいるおっさんが話しかけて来た。


「何でしょうか」


「最近、フェイレイちゃん見ないけど…具合でも悪いのかい?」


 こんな時でも、俺は決して取り乱したりはしない。


「ええ、そうなんですよ。風邪をこじらせましてね、機械工の皆さんにうつしてご迷惑を掛けるといけませんので、部屋でずっと寝かせています」


「そうだったのかい、それならいいんだけど…いや、風邪ひいてんなら良かぁないか。まあ、困った事があったらいつでも言ってくれよ。風邪薬や、熱冷ましなんかも常備してるからさ」


「お気遣い、有り難う御座います」


 俺は愛想良く礼を言い、おっさんも笑顔で去って行く。


 工場での俺は、孤児院にいた頃の…いい子ちゃんな俺だった。


 だからこの頭の良さも、決して妬まれる事はなかった。


 おっさん共は皆、『レスグレイヴのようにいい子だったら、喜んで頭を下げるよ』ってなモンだ。


 尤も、この俺に逆らう野郎がいたら、こっちはいつでも相手になってやるんだが、此処の工場は孤児院と違って、ひねくれた野郎が1人もいやしねぇ。


 むしろ、孤児だった俺を温かく見守ってくれる始末…ったく、人のいい野郎共と付き合ってると、疲れるぜ。


 だが…正直、悪い気はしなかった。


 孤児院じゃあ、これと全く正反対の扱いを受けていたからな。






 とにかくそんなこんなで、俺が部屋で地道に行って来た偉大な研究は、5年にも及んだ。


 流石の俺も『妹は、もう5年も風邪をひいています』などと言う、ごまかしがきかない状況にまで追い込まれていた。


 だが、あとちょっと…あとちょっとで、この研究も完成する。


 どうだフェイ、兄さんの役に立てた感想は。


 そうか、嬉しいか…兄さんも、嬉しいぞ。


 あんなクズ両親から生まれたゴミ人間が、此処まで役に立ってくれようとはな。


 だが、この研究を完成させた偉大な科学者である俺も、またあのクズ両親から生まれたのだ。


 そう考えると、案外あのクズ共もただのクズではなかったのだな。


 いや、クズはクズか…ただ単に、鳶が鷹を生んだだけの事。


 研究が成功して妙に上機嫌だった俺は、ついつい自分以外の人間に優しく接してしまった。


「痛いっ!」


「あっ…だ、大丈夫ですか?」


 他の部署に書類を届けに行った時、たまたま若い女が機械に手を挟む現場を目撃してしまったのだ。


 あの時、どうして手助けしてしまったのか…。


 俺自身も、未だによく分からない。


「ちょっと、見せて下さい!」


 俺は、女の手を見た。


「すぐに手を引いたお陰で、骨に別状はないみたいですね。でも…ああ、皮が捲れて血が出ている…あ、そうだ!」


 俺は、ポケットの中から特殊な傷テープを取り出した。


「これ、強力な傷薬が練り込んであるんです。こうして貼っておけば、すぐに皮がくっつきますよ」


「あ、有り難う御座います」


 この女、俺を見て顔を赤らめやがった…気色悪い。


 だが機嫌の良かった俺は、それもまあ悪くはないと感じていた。


 それ以来、女は俺に親しく話しかけて来るようになった。


 礼だと称して、しつこく弁当の差し入れをして来たり…それが下手で下手で、とてもじゃないが食えたモンじゃない。


「レスグレイヴ、その…味、どうだった?」


「有り難う、とても美味しかったよ。また、作ってくれるかな」


「う、うんっ!」


 女は、すっかり俺に夢中だった。


 苦労して作った弁当が、ゴミ箱行きになっているとも知らずに……女ってのはほんっと、救いようのないくらいバカな生き物だな。


 女の名前は、ライラ=オズリバーと言うらしい。


 俺と同い年の、20歳だった。






 そんな、ある日の事。


「レスグレイヴっ!おい、レスグレイヴっ!開けるぞっ!」


 ついに、気付かれてしまったのだ。


 しかし俺は、もうどうでも良かった。


 この偉大な研究は、既に完成していたのだから。


「工場長、寮長、それに部長まで…ハッハッハ、皆さんお揃いでどうなさったのです?」


 俺は、満面の笑みを湛えて叫んだ。


「見て下さい、この研究の成果を!素晴らしいでしょう?ハハハハハ!」


 工場長と寮長は、唖然としていたな。


 この俺の天才的な研究を見て呆気に取られた顔、今でも忘れてはいない。


「きっ、貴様っ…ふっ、ふざけるなっ!」


 俺が所属していた研究開発部は、2人の若い部長が仕切っていた。


 その1人であるヴィルジオ=フェニックスと言う男が、突然俺の襟を掴んで叫んだ。


 全く…このフェニックスと言う男は、バカみたいにタフで熱い男だった。


 俺は奴の下で8年も働いているが、27にもなって全く進歩が見られない大バカ野郎だ。


 20歳の俺の方が、数百倍も数万倍も人間として勝っているではないか。


 その事を、どうやら奴は分かっていないらしいな。


 俺は、こんな男の言う事は聞くまいと思っていた…その時。


「テメェみたいな腐れ外道っ、さっさと此処から出て行けっ!」


 そのフェニックスの言葉に、俺の眉はピクリと上がった。


 腐れ外道だと?


 はっきり言うが、俺はあんなクズ両親とは違うっ!


 俺は…俺はっ!


「やめるんだ、ヴィル…」


 冷静にフェニックスを止めたのはもう一人の部長、29歳のシャルゼオン=クレセントだ。


 まあクレセントの方が、熱血野郎のフェニックスよりはまだ利口か。


「でっ、でもよぉ、シャルっ!」


「いいから、落ち着くんだ…な、ヴィル…」


 クレセントは、フェニックスを宥めながら俺に言った。


「何故、こんな事をした…」


 後ろで、いい年こいた工場長と寮長が恐怖のあまり声を押し殺して泣いている。


 俺は、得意気に言った。


「クレセント部長!貴方なら、分かって下さいますよね?これは、世界を揺るがす大発明です。ああ、ご心配なさらなくてもちゃんと動きますから、大丈夫で…」


 バシッ。


 俺は、頬を押さえながら床に倒れ込んだ。


 クレセントの野郎、俺を殴りやがった。


「痛っ…なっ、何をなさるんですか、クレセント部長っ!貴方だけは、僕を理解して下さるとばかり思って…」


「クビだ」


 俺は、目を見開いた。


「いいですよね、工場長。彼を、クビにしても…」


 クレセントの言葉に、工場長は吐きそうになりながら黙って頷くだけだった。


「どっ、どうして…」


「どうしてか、分からないのか?ハハ、ハハハハハ…笑わせんじゃねぇよっ!クビにされた理由が分かるまで、この森の大陸には一歩たりとも足を踏み入れんじゃねぇっ!分かったなっ!」


 フェニックスはそう怒鳴って、部屋を出て行った。


 工場長や寮長も、やっとの思いで吐き気を堪えながら部屋を出て行く。


「おい、シャルっ!行こうぜっ!」


「あ、ああ、今行く…」


 フェニックスにそう返事をしたクレセントは、床に座り込んでいる俺を見下ろして言った。


「君には、期待していた。勿論、ああ怒鳴ってはいるが、フェニックスも君には一目置いていたんだ。将来は、我々の部署を任せてもいいとすら思っていたのに…残念だ」


 クレセントは、悲しそうな顔をしながら部屋を出て行った。


 俺は此処を出て行く為、すぐさま部屋の片付けに取り掛かった。


 発つ鳥後を濁さず、って言うだろ。


「えーと…内臓関係は、生ゴミでいいのかな」


 俺は床に飛び散っていたフェイレイの内臓を拾い集め、ゴミ袋に入れた。


「腕も…多分、生ゴミだな」


 隣に転がっていたフェイレイの右腕も、ゴミ袋に入れる。


「あれ?」


 俺は自分の部屋を見回し、酷く驚いた。


「こんなに真っ赤だったかな、僕の部屋…」


 ちょっと見ない間に、俺の部屋は血の海と化していた。


 今回の事がバレてしまった件も、俺の部屋が異常に血生臭かった事が原因らしい。


 寮の連中が、揃って上に密告したそうだ。


 この日は、朝方まで部屋の掃除に明け暮れていた。






 翌日。


「ライラ…」


 出発前、俺はライラを工場裏に呼び出した。


「ど、どうしたの?急に、呼び出したりして。別に、仕事の時間になれば工場で会えるじゃな…」


「僕、工場を辞める事になったんだ…」


 俺は、なるべく悲しげな表情を浮かべた。


 ライラは、酷く驚いている。


「ちょっと、遠くへ行かなければならなくなってね。ある研究を任されて…でもこれは、工場の秘密任務なんだ。外部は勿論、内部の人間にも知られちゃいけない事になっている。でも、ライラだからこうして話したんだ。絶対に喋らないと、約束してくれるよね?」


「もっ、勿論よ!」


 ライラは、俺の嘘にコロッと騙された。


「でも、淋しくなるわ。折角知り合えたのに、もう別れなくてはならないなんて…」


「結婚しよう」


 俺は、ついに切り札を出してしまった。


「い、今、何て…っ?」


 またもや、ライラは驚いた。


 女が相手の場合、『結婚』の2文字さえ出しとけばまず間違いない。


「研究が終わったら、必ず迎えに行く。だから僕の話題は絶対に出さないで欲しいんだ、他人にも家族にも。定期的に手紙は送るが、読んだらすぐに捨てるんだ。ライラがそうしてくれないと、もしバレた時に秘密任務を漏らした罰として、僕は殺されてしまうかもしれない…」


「そっ、そんなの…だ、駄目っ!私っ…私っ、絶対に喋らないっ!喋らないから、安心して行って来てっ!」


 こうして俺は、12の時から8年間世話になった…いや、世話をしてやった機械工場を後にした。


 10歳になったフェイレイを、ボストンバックに詰め込んで。






 行く当てのなかった俺は、何故か自分が生まれたと言う氷の大陸…アーワンの村へ足が向いていた。


 生まれてすぐに1度しか入った事のなかったこの村に、俺は20年ぶりに立っている。


「あ、あの…」


 村の入口で立ち尽くしていた俺に、女が声を掛けて来た。


「はい…って、あっ!」


 あの時ほど、驚いた事はない。


 俺に声を掛けて来たのは、紛れもなくあのライラだったからだ。


「どっ、どうして、此処にっ…?」


「え…ど、何処かでお会いしましたでしょうか?」


 何処かでお会いしましたでしょうか、って…お、俺の事を知らないとでも言うのか?


 だが…よく見てみると、ライラとは微妙に雰囲気が違う。


 活発なライラと比べて、彼女は大人しい印象を受けた。


「あ、い、いいえ、人違いです。それより…此処は、アーワンの村ですよね?」


「ええ、そうですけど…えっと、旅の方ですか?」


「あ、はい。僕、世界中を転々としてまして…」


 俺がそう言うと、女はふふっと笑った。


「まあ、そうですか。実は私も旅行のつもりで此処へ来たんですけど、すっかり雪に魅せられちゃって…それで故郷へ帰らず、この村に住み着いてしまったんです」


 それを聞いた俺は、即座にいい事を思いついた。


「そ、それは、奇遇ですね!実は、僕も以前から雪には大変興味がありましてね、この氷の大陸へは雪を見る為に来たんですよ。本当は雪に関する本や資料なんかも色々と持って来たかったのですが、何しろ旅で持ち歩くには重た過ぎて…」


「そうだったんですか?だったら、お茶を飲みがてら私の家に寄って行かれませんか?雪に関する本でしたら、家に沢山ありますし」


 よし、まんまと乗って来やがった。


「は、はあ…そう言って頂いて大変有り難いのですが、僕なんかが貴女の家に突然お邪魔すると言うのは、失礼に当たらないでしょうか?」


 俺がそう言った途端、女はパッと顔を赤らめた。


「あっ、ごっ、ごめんなさいっ!私ったら、何て事を…初めて出会ったばかりの方に、このような厚かましい態度を取ってしまって。申し訳ありません、雪の事になると我を忘れてしまって」


 頭を下げる女に、俺は笑顔で言った。


「いえ、こちらこそ。貴女さえ宜しければ、是非伺わせて頂きます」


 こうして女は、俺を疑いもせずすんなり自分の家に招き入れた。


 女の名前はアクア=オズリバー、俺と同じ20歳だ。


 名字と顔、そして年齢が全く同じ事から恐らく、ライラとは双子であろうと思われる。


 何と言う偶然だ…吐き気がして来る。


 俺は、偽名のスピージュを名乗った。


 意味は、この世界を創った『男神ジュピース』の名をもじったもの。


 今の俺に、ピッタリの名だ。


 一頻り喋り終えると、アクアは大胆にも俺に泊まって行けと言い出した。


 そしてその晩、俺とアクアは関係を持った。


 今日、生まれて初めて会った男とだぞ?


 大人しい顔をして、よくやるよ。


 そう言う点で言えば、ライラって女はかなりの奥手だったんだな。


 アクアより積極的で活発な風に見えたが、正直ライラとは何もなく、キスは勿論手すら握った事もなかった訳だし。


 ま、双子なんだから恐らくライラと寝た所で、今夜アクアとした事と何ら違いはないだろうが。


「結婚しよう」


 ベッドの中で、俺は思わずそう言っていた。


「いい…よね?」


「うん…」


 何の疑問も持たず、アクアは頷いた。


 それ以来、俺はアクアと住むようになった。






「ねえ、アクア…君、僕と結婚した事を誰かに喋ったかい?」


 ある日、俺はアクアに訊いた。


 アクアは、キッチンで朝食の支度をしながら首を横に振った。


「まだよ。近い内に、家族に手紙を書こうとは思ってるけど」


「僕は、此処にいる事を誰にも知られたくないんだ」


 俺がそう言うと、アクアはこちらを振り返った。


「どうして?」


「僕は、両親の顔を知らない…生まれた時から、孤児院で生活していた…その事は、話したよね?」


「ええ…」


 アクアが、静かに頷く。


「何故、僕が此処へ来たのか…君にだけは、本当の事を話すよ」


 俺は、俯き加減でなるべく淋しげに話した。


「僕は孤児院で苛められ、いつも辛い思いをして来た。毎日が、地獄の日々だった。そんな生活から抜け出したくて僕は孤児院を去り、旅を始めた。でも、何処へ行っても孤児だとバカにされて…もう、生きて行くのが嫌になった。だから大好きな雪の上で、凍え死にたい。そう思って、この氷の大陸へ来たんだよ」


「そ、そうだった、の…っ?」


 バカなアクアは、泣きそうな顔をしている。


 俺は、目に涙を溜めながら言った…我ながら、演技派だな。


「だけど、其処で君に出会った。君は僕を温かく迎え、孤児だと聞いても全然気にしなかった。初めてなんだ、君のような心優しい女性に出会ったのは……」


 アクアは、顔を赤らめながらポーッと俺を見つめている。


「僕は、君との時間を大切にしたい。もう、他人に干渉されるのはごめんなんだ。たとえそれが、君のご家族だったとしても…だから、僕のこの心の傷が癒えるまで僕の事を誰かに話すのはよしてくれないかな」


 そう言って俺が優しく口づけると、アクアは何度も頷きながら火照った身体を俺にもたれ掛けて来た。


 ほんと、女ってのは単純な生き物だ。


 アホとしか、言いようがないな。


 そして…俺もアホみたいにそのままベッドへアクアを連れて行き、温もりを求めるように抱き合った。


 こうして俺は、素性を隠しながらアーワンの村でアクアと共に生活していた。






「じゃあ、ちょっと行って来る」


 俺は雪の研究がしたいと偽り、度々村の外へ出ていた。


 実際には、自分の研究所を設立する為にいい場所を探していたのだ。


 ようやく、村から遠く離れた誰も近寄らない雪山の陰に洞窟を見つけ、其処に俺の本拠地となる研究所を設立した。


「よーし、フェイ。出て来ていいぞ」


 暫くボストンバックに詰め込んだまま、村の外に隠してあったフェイレイを取り出し、スイッチを入れる。


 声帯は切り取ってしまったので声は出ないものの、見た目は全く普通の人間と変わらない。


 ただ…右腕に取り付けた大きな爪は、隠しようがないか。


「それにしても、フェイ…お前も、いつの間にか大きくなっていたんだなぁ。兄さん、全然気付かなかったぞ?」


 俺は、フェイレイの頭を撫でた。


 しかし、返事はない…当たり前か、声が出ないんだから。


 内臓や脳は全て人工の物を取り付けたが、外皮や骨格は全て人間の時のままだ。


 よって人造人間として生まれ変わったフェイレイも、人並みに成長すると言う訳。


 それがせめてもの、兄としての優しさだ。


 我ながら、これを作った自分に惚れ惚れするな。


「学校に通わせてやれないのが、天才的頭脳を持った兄としては非常に辛い所なのだが…ま、そんな所に通わずとも、お前は立派な殺人マシンだ。其処ら辺で走り回っている、甘っちょろいガキ共とは違う。お前には更なる改造を加え、完璧な殺人のエキスパートに仕立て上げてやるから、兄さんに任せておきなさい」


 フェイレイは、黙ったままだった。






 そして、2年後。


 22歳の時、俺は人造ではなく完璧な機械人間の製造に成功する。


 記念すべき第一号は、セリエと命名。


 意味は、古語ルオ語で『涙』。


 彼女のパーツは、全て人間共に捨てられたガラクタから成っている。


 俺には聞こえたんだ、捨てられたガラクタ共の悲しい泣き声が。


 だからこうしてセリエを作る事によって、ガラクタ共を復活させてやったのだ。


 我ながら、泣けるねぇ。


 俺はいい事をしている、自分自身そう信じて疑った事はなかった。






 更に、4年後。


 俺は、26歳になった。


 全てを研究し尽くした俺は身寄りのない商人を買収し、ヤク漬けにして世界中に飛ばし、様々な情報を得る事にした。


 まず最初に知ったのは、死の大陸と呼ばれる小さな島にあると言う、忍びの里の存在。


 其処には究極の巻物があり、何百年も前からの里の者の知恵が書き記されていると言うのだ。


 特に興味はなかったが、何か新たな発明のヒントが得られるかもしれないと思い、俺は忍びの里を探して潜入に成功した。


「どっ、どうして、此処が分かったのだ…っ?!」


 里の長は、そりゃあたまげてたな。


 無理もない…機械であるセリエを使えば、仕掛けられた毒の沼地など何て事はないからな。


「ともかく、その巻物を譲って頂きたいのですよ」


「し、しかし…」


「金でしたら、いくらでも出します」


 長も、中々しぶといジジイだった。


 だから俺は一旦諦めたフリをし、長期戦を覚悟した。






 それから、更に2年後。


 28歳の時、花の大陸にしか存在しないと言う貴重な宝石の話を聞いた。


 『ツイーベリル』と言って、世界中のコレクターがそれを欲しがっていると言う。


 研究に費やしたりしてそろそろ金に困っていた俺は、すぐさま花の大陸へ向かった。


「ほっ、本当かっ!」


「ええ、勿論ですよ…僕は嘘などついた事は、生まれてこの方一度だってありませんよ…フフフッ」


 と言う奴ほど、信用出来ないのだがな。


 ツイーベリルが安置されているキャメローム城の大臣は、大がつくほどのバカ野郎だった。


 俺のうまい話に、まんまと乗って来やがった。


「では、取り敢えず1割でどうでしょう?」


「そ、そうだな…1割でも大した額だろうが、最高3割まで考えておいてくれないか?必ず、うまくやってみせるから!」


 当たり前だ、失敗したら巨大な爪痕をお見舞いしてやる。


「分かりました。それじゃあ、宜しくお願いしますよ」


 俺は宝石を盗むよう大臣に頼んで、城を後にした。


 ま、その宝石は皇后陛下の金庫で厳重に保管されていると言う話だから、1日や2日で盗めるような代物ではない。


 綿密な計画を立てる為にも2、3年は地道に待ってやるとするか。


 俺はこうした情報収集の傍ら、フェイレイとセリエの改造を繰り返していた。






 そして、更に2年後。


 この2体ももう立派な殺人マシンだと自分で自信を持った、30歳の時。


 俺は、ついに最初の任務を彼女らに課した。


 森の大陸ティアティーオにある、トゥーレペリ機械工場爆破。


 今じゃすっかり世界中で有名になっちまったよなぁ、この事件。


 これを実行するに当たって、俺は様々な苦労を強いられた。


 まず、クレセントとフェニックス…奴ら2人だけが工場に残っている事が、大前提となる。


 こんな俺だって、無駄な血は流したくないと思ってんだ。


 その機会を見計らって、俺はセリエを機械工場へやった。


 此処氷の大陸にある俺の研究所から、遠隔操作で指示を出す。


 工場内の映像は、セリエの目を通してこの研究所の画面に映し出されるようになっている。


 奴らは週末、2人きりで機械の点検を行う筈だ。


 まずは、気付かれないように工場内に爆弾を仕掛ける。


 腕の爪は、俺が念入りに磨いておいてやったから安心だ。


「よし。いいぞ、セリエ。後はスイッチを押すだけだから、お前は安全な場所に…ん?」


 スイッチに手をかけた俺は、思わず動きを止めた。


「お、おい、待て、セリエ!」


 向こうの方に、誰かいる。


 何だ、どうして奴等以外の人間がこんな時間に工場内にいるんだ。


 画面を通してだからよく見えないが、どうやら女のようだな。


 クソ真面目に残業なんぞしやがって、畜生っ。


 しかし、此処まで来てたかが女1人の為に、この計画をパーにする訳にも行かない。


 仕方ないが、あの女には犠牲になってもらうしかないようだな。


 せめて苦しまないよう、俺が作った自慢の爪であっと言う間にあの世へ送ってやろう。


「セリエ…殺れ」


 俺の指示で、セリエの右腕についている巨大な爪が唸りを上げた。


『ギャァーッッッ!』


 女の悲鳴が、工場内に響き渡る。


「ふっ、可哀想にな…クックック……」


 そう思いながら、笑いを堪えようとした…その時。


「ア、ア、ク……っ?!」


 俺とした事が、この時ばかりは一瞬我を忘れた。


 暗がりでよく見えなかったが、たった今殺した女は…。


「アク……いや、まさか!ラ、ライラ、かっ?!」


 そう、何とあのライラだったのだ。


「クソッ…!」


 俺は、思わず拳を叩きつけた。


 しかし…しかし、自分の憎しみを…恨みを晴らす為なら過去の女の1人や2人、犠牲にするのもやむを得ないのだ。


 ましてや、アクアならともかく…ライラとはただ書類に名前を書いただけで、後は何の関係もなかったのだから。


「ど、どうした、セリエ?」


 其処で、セリエのレーダーに反応があった。


 ついに、主役の登場だ。


 2人ともライラの死体を見つけて、相当驚いている様子だ。


『見ろ、この傷っ!どっかに、何者かが潜んでいやがる…』


『彼女、即死だな…可哀想に』


 流石はクレセント、ライラの目を閉じさせてご丁寧に胸の上で手まで組ませてやってるぜ。


 数秒後には、自分達がそうなるとも知らずに。


 おうおう、フェニックスのバカはキョロキョロしちゃって…相当、警戒しているぞ。


 それにしたって、2人とも老けたもんだ。


 尤も、俺だってもう30になっちまったもんなぁ。


 フェニックスは37になってる筈だし、クレセントなんか39だぜ。


 ああ、やだやだ…年は、取りたくないもんだねぇ。


 って、そんな事言ってる場合じゃなかったな。


「セリエ、その2人も殺っちまえ」


 陰に隠れていたセリエはジャンプしながら奴らの目の前に現れ、その心臓をザックリと引き裂いた。


『ウッ、ウワァーッッッ!シャ、シャルーっっっ!』


『くっ!ヴィ、ヴィル…っっっ!』


「よし、セリエ!工場から出るんだ、爆破させるぞ!」


 セリエが工場から出たのを確認して、俺は爆破スイッチを押した。




 


 バーン!





 俺のガキの頃からの夢の場所だったこの機械工場も、俺の指1本で呆気なく崩れ去ってしまった。


 ま、所詮はこんなモンか。


 勢いに乗った俺はその日の夜、中々巻物を手渡そうとしなかった忍びの里の長を殺っちまう事にした。


 これ以上、待っていられないんでね…自力で、奪わせてもらうよ。


 俺は最初に話を持ちかけたあの日から、もう4年も待ってるんだ。


 いい加減、限界。


 忍びの里には、フェイレイをやった。


「愛しい妹、フェイレイよ。お前の最初の任務だ、うまく殺ってくれ」


 フェイレイは、俺が思った以上にテキパキと仕事をこなしてくれた。


 兄としても、出来のいい妹を持って鼻が高い。


 フェイレイは巻物を奪った後に長とその息子、その他の邪魔者に爪痕をつけて帰って来た。


「2体とも、初めてにしちゃあ上出来じゃないか。褒めてやろう!」


 俺は帰って来た2体のメンテナンスを、念入りに行った。


 これからが忙しくなるんだ、しょっぱなから故障されたんではたまったもんじゃないからな…と思った、その時だった。


「ス…ス、ピー…ジュ?」


 背後から、声がした。


 この研究所の場所は、誰にも知られていない筈だ。


 普通の人間が、ちょっとやそっとでは入って来れないような険しい雪山の中にある。


 しかし、その声はアクアだとすぐに分かった。


「アクア…」


 血だらけになった2体の爪を磨いていた俺は、ゆっくりと入口の方を振り返った。


「あ、貴方、一体…っ?」


 アクアは目を見開き、身体を震わせて立っている。


「そんな所に立っていたら、風邪をひくよ。中に入ったらどうだ?」


「何を…何を、したの?」


 アクアは、震える声で言った。


「何、その人形…その血、何なの…」


 俺は、笑顔で言った。


「分からないか?君の姉さんの血じゃないか、双子のさ…」


「双子の姉さんって…ラ、ライラを知ってるのっ?!」


 アクアの奴、度肝を抜かれたような顔してたな。


「ああ、彼女は僕の愛しい妻だよ。彼女とはトゥーレペリ機械工場で知り合って、結婚したんだ。でも、君だって僕の愛しい妻だよ。むしろ君の方を、より愛していると言ってもいい。ライラとは籍を入れただけで、触れた事すらないまま此処へ来たんだからな」


 アクアは、唖然としている。


「でもね…残念ながら、ライラはさっきコイツが殺してしまったんだよ。勿論、殺す気なんかなかった。だけど殺さざるを得ない状況になってしまってね、仕方がなかったんだ。よって僕の愛しい妻は、君だけになった」


 アクアの顔は、恐怖に満ちていた。


 俺は、アクアに妹を紹介した。


「こっちは、全くの機械なんだ。勿論、この僕が作った最高傑作さ。でもこっちは歴とした人間、僕の実の妹フェイレイだよ。さあフェイレイ、僕の妻に挨拶を…あ、ごめんごめん。お前の声帯、切り落としちゃったんだったな」


 アクアは、俺の話を聞いて吐きそうになっていた。


「アクア…君は、初めて僕に理解を示してくれた人間なんだ。ライラじゃない、僕は君を愛しているんだ。分かってくれるだろう?」


 そう言って俺が近付こうとすると、アクアは腰を抜かして地面にへたり込んだ。


 そして俺を軽蔑の眼差しで見ながら、逃げようとしたのだ。


「あ…あぁ…っ…っ」


 そうか、アクアも孤児院の連中と同じ…俺を、そんな目で見るんだな。


 そんな目で見られて、俺が逃がすとでも思っているのか?


「フェイ…殺れっ!」


 フェイレイは立ち上がり、アクアの胸を爪でえぐり取った。


「アァーッッッ!」


 アクアは、俺の目の前で即死した。


「アクア、いい思い出を有り難う。やはり僕は、君を嫌いにはなれそうにない。ライラなんかより、ずっとずっと君の方を愛していたよ…これは、本当さ」


 俺は血塗れになったアクアの唇にキスをし、抱きかかえると流氷の漂う冷たい海に放り投げた。






 翌日。


 俺は、妻の捜索願をエンフィーン城に出した。


 城は、すぐさま流氷と共に流されたのではないかと考え、海を捜索した。


 遺体は、すぐに見つかった。


 胸には、大きな爪痕…先日起こった、森の大陸にある機械工場の爆破跡から出て来た死体と、同じ傷。


 城の方では他殺と断定し、2つの事件の関連性を調べ始めた。


 外面の良かった俺は村中の人間から同情され、温かい言葉を掛けられた。


 俺も涙を流し、良き夫を演じてそれに答えた。






 そして、1年後。


 31歳でアーワンの村を出た俺は、研究所に籠もる事を決意した。


 この日は機械が錆びつかないよう、訓練も兼ねてセリエを草原の大陸へやった。


 彼処の草原なら広いし、夜中なら誰にも邪魔されずに訓練が出来るだろう。


 本当はフェイレイもやりたい所だったが、奴は半分生身の人間な為、無理はさせられない。


 俺は、遠隔操作でセリエを夜の草原に放置した。


「取り敢えず、軽く走ってみようか」


 セリエは俺の指示通り、草原を全力疾走し始めた。


『障害物発見、障害物発見』


「何だとっ?」


 セリエには音声機能がついているので言葉を発する事が出来、自分の目に止まったものは全て俺に報告するようになっている。


『生体反応、あり。人間、複数』


「クソッ、人間か…参ったな」


 どうしてこんな広い草原に、しかもこんな時間に人間なんぞがウロウロしているのだ。


『障害物、こちらへ移動。指示、どうぞ』


 全く、運のない連中と言うのは何処にでもいるものだ。


「仕方ない、いい訓練の対象になるだろう。全員、殺れ」


『了解』


 セリエが戦闘モードに入った途端、草原は血の海と化した。


 後から聞いた所によると、どうやらそいつらは草原を移動しながら生活する遊牧民族とか言う連中だったらしい。


 ま、俺には関係のない事だ。


 こちらの姿を見られたからには、生かしておく訳には行かないのでね。


 そうそう…同じ頃、俺にとって目の上のコブになるであろう人間の存在を、知ったんだ。


 あの超有名な、勇者グレンミスト家の人間。


 今の俺に敵う者などいないだろうとは思っているが、勇者ならどうだ。


 かつては、あの魔王を倒したほどの強者だ。


 その末裔が未だに残っていると知ったからには、始末しない訳には行かないだろう。


 邪魔者は、すべて排除せねば。


 最早、俺の個人的な恨みつらみを晴らす為と言う当初の目的からは、既にかけ離れた次元での行動だった。






「貴方、グレンミストさんですよねぇ?」


 グレンミストの人間が住んでいると言う山脈の大陸へ渡った俺は、其処の港町フィガーナに来ていたグレンミスト家の人間と接触する事に成功した。


「は、はあ、そうですが…」


 俺はまたもや、嘘八百を並べ立てた。


「ああ、良かった!僕、他国で学者をやっておりまして、歴史文学が主なんですが、是非とも今後の研究の参考に貴方のお話を伺いたいんですよ。どうです、あちらのレストランにでも入りませんか?僕、奢りますから!」


「え、あ、ちょっと…」


 俺は、有無も言わせずこのおっさんをレストランに連れ込んだ。


「ほほう、なるほど。じゃあ、最近ではもう血を継ぐ者は生まれないと?」


「ええ。魔王なんてのも、今や伝説の生き物と化してしまったでしょう?ですから我々なんて名前だけ有名で、実際には私もただのおじさんなんですよ。ハッハッハ!」


 昼間っから酒を飲ませたのが、幸いしたな。


 このおっさん、すっかり上機嫌だぜ。


「まあ、もう一杯どうぞ」


「いやぁ、すみませんねぇ!」


 おっさんは俺がこっそり入れておいたとも知らずに、麻薬入りの酒をグビグビと飲み干した。


 ヤク中になるのも、時間の問題だろう。


 俺は適当に話を切り上げ、次に会う約束をしてその場を去った。


 船に乗った俺は花の大陸へ向かい、夜中に大臣と会う事にした。


 何故なら、あの宝石ツイーベリルを盗み出す事に成功したと言う連絡が入ったからだ。


 俺達は、城の中庭で落ち合う事にした。


「流石、お見それ致しました」


「褒めの言葉など、いらん!」


「そうですか…では、早速中身の確認を」


 俺は、受け取った小箱をゆっくりと開いた。


 其処には眩い輝きを放った、美しい宝石が収められていた。


 透明感のある魅惑的なピンク色、手のひらほどの大きさのズッシリとした重量感。


「こ、これは、素晴らしい…っ!」


 俺が感嘆の声を漏らすと、大臣は自慢気に言った。


「当たり前だ、世界でたった1つしかない貴重な宝石なんだぞ!見る者全てを魅了すると言われている、神秘の結晶なのだ!そう易々と、拝める代物ではない!」


 何、偉そうに説明してんだよ、バーカ。


 テメェのモンじゃねぇだろうが…と思いながらも、俺は笑顔で言った。


「ルイージさん…それでは、これは私が預からせて頂きます」


「君っ!いっ、1割…いや、さっ、3割は確実に回してもらえるんだろうねぇ?えぇ?」


「ちょーっと、待って下さいよぉ?」


 何だこのおっさん、疑り深り深そうな目で俺を見やがって…気にくわねぇなぁ!


 殴り殺したい衝動を何とか抑え、俺は冷静に言った。


「一国の大臣ともあろうお方が、今更何を仰ってるんです?貴方、まさか…この期に及んで、私が信用出来ないとでも?」


「とっ、とんでもないっ!しっ、信じているに決まっとるじゃないか…じゃあとにかく、確実に私の分け前も用意しておいてくれたまえよ!い、いいね!」


 ったく、しつこい野郎だな。


「分かっていますよ。但し、気長に待って頂かないと。このような高価な代物は様々なルートを使って換金しますので、5年は掛かると見ていいでしょうねぇ…」


「ごっ、5年もだとっ?」


「お嫌なら、いいんですよ。金の為ならいくらでも待っててやる、ってな連中は山程いるんですから、何も貴方じゃなくたって…」


「こっ、これを盗んだのは、わっ、私だぞっ!」


 あーあ、言っちゃったよ…コイツ、何様のつもりなんだろうなぁ。


 こう言う事しか能がないクセに、偉そうにしやがって。


 もう、コイツに分け前やるのやーめた…つーか、最初っからやる気なかったけど。


「それは、よーく存じております。ですから換金が出来次第、ルイージさんに1番にご報告致しますから」


 俺は、早々に花の大陸を後にした。


 あんなハゲ親父に、いつまでも付き合ってらんねぇからな。


 ま、近い内に殺るとするか。






 翌年。


 32歳になった俺は、ついに勇者グレンミスト家を滅亡させる事に決めた。


 伝説的英雄だった人間を、この俺が殺るのだ。


 俺はあれから、定期的にグレンミストのおっさんに麻薬を売り続けていた。


 もうおっさんは、俺の言う事しか聞かない。


 村まで案内してもらい、フェイレイを呼んでグレンミスト家をボロボロにしてやった。


 勿論、おっさんを初めとする一族の人間もフェイレイの爪で一網打尽だ。


 やはり、何度見ても気持ちの良い光景だな。


 海底列車で研究所へ帰ろうとした俺は、腹立たしい報告を受けた。


 岩壁の大陸の軍が、俺達の討伐に向かったと言うのだ。


 バカにするのも、いい加減にして欲しいな。


 この俺達を倒そうなどと並の人間が考えるのは、千年も一万年も早いのだ。


 軍隊は、俺が最初に事件を起こした…いや、偉業を成し遂げた森の大陸へ向かったらしい。


 売られた喧嘩は買わねばと、俺はすぐさまセリエを森の大陸へやった。


 あっと言う間に、軍隊は全滅…ま、当然だな。 


 最後に隊長にとどめを刺し、セリエは戻って来た。


 はい、ご愁傷様。






 更に、翌年。


 俺は、草原の大陸へ行った。


 実は、男の殺し屋を1人作って置いておきたいと前から考えていたのだ。


 格闘技の盛んな草原の大陸なら、1人くらい改造し甲斐がある男がいるだろう。


 港町ヌイラートの武道場に立ち寄った俺は、受付に聞いて毎年交互に年齢別の大会で優勝している、少年達の存在を知った。


 1人は、ソルディノ=フォワード。


 もう1人は、テリージード=アーヴィン。


 2人ともまだ16歳なのだが、実力はかなりのものらしい。


 さーて、問題はどっちにするかだが。


「ソルディノ!更衣室から戻るなら、悪いけど俺のタオル持って来てくれないか?」


「あ、俺のリストバンドも頼む!」


「おいおい、お前ら…恐れ多くも1年おきにテリージードと優勝を争ってるソルディノ様に対して、その態度はねぇんじゃねぇの?俺なんか、怖くて絶対物頼めないぜ?」


 そんな少年達の会話が、聞こえて来た…ソルディノだと?


 丁度良く、現れてくれたもんだなぁ。


 テリージードとか言うもう1人を探すのも面倒だ、此処はソルディノとやらで手を打つか。


「仕方ねぇな、取って来てやるよ!」


「さっすが、ソルディノ様!俺達のア・コ・ガ・レ!」


「気色悪いから、やめろ!」


 よしよし、こっちへ1人で歩いて来るぞ。


 俺はすかさず目の前に立ちはだかり、笑顔で話しかけた。


「君、ソルディノ=フォワードくん?」


「そ、そうですけど…」


「僕、こう言う者なんだけど…」


 俺は、偽の名刺を渡した。


「君、格闘家のプロになってみる気ない?」


「えっ?」


 ソルディノは、目を丸くして驚いていた。


「ちょっと、こちらへ…」


 ソルディノは慌てて俺を道場の裏へ引っ張って行き、小声で言った。


「そ、それ、本当の話ですかっ?」


「どうして、嘘の話を持ちかける必要があるんだい?君は、大会で1年おきに優勝していると言うじゃないか。君なら、絶対プロの道で成功するよ!」


「でも、何故俺なんですか?条件は、テリーも同じ筈じゃ…」


 俺は心の中でニヤリと笑いながら、ソルディノの耳元で囁いた。


「君の方が、見込みがあるからに決まっているだろう?」


 ソルディノは、ハッとした表情を浮かべていた。


「但し、この事は君と僕だけの秘密だ。事務所は氷の大陸にあってね、君にも其処へ1度来てもらう事になると思うが、絶対に親御さんにも知られてはいけない。まだ仮契約の段階だから、公に事を運べないんだよ」


「わ、分かりました。俺、行きます!」


 その気になってもらえれば、こっちのモンだ。


 俺はソルディノを連れて、氷の大陸の研究所へ戻った。


「此処で、ちょっと体力検査をしてもらいたいんだ。其処に寝てくれるかな、すぐ終わるから」


 俺は、ソルディノのありとあらゆる能力を調べつくした。


 ま、十分使える戦力にはなるだろう。


 コイツ自身がどうでも、俺の研究にかかればたやすく優秀な殺人マシンに仕立て上げる事が出来る。


 俺は、ソルディノを1週間掛けてヤク漬けにしようとした。


 しかし案外彼の意思は強く、俺がとんでもない事を考えているのにも薄々感づき始めていた。


「ス、スピージュ、さん…」


「何ですか?」


「此処、ただ体力を調べるだけの場所じゃないですよね?毎日食事を出して下さるのは嬉しいのですが、貴方が何か変なものを入れる所を見てしまいました。それに、部屋中が妙に血生臭くて仕方ない…貴方、一体何を隠しているんですか?プロの格闘家になる話も、嘘なんじゃないでしょうね?」


 俺は、ソルディノの頭をガッと掴んだ。


「ボクぅ…いらない詮索はしない方が、身の為だよぉ?」


 その瞬間、パッとソルディノの目の色が変わった。


 俺の手を振り払い、戦闘体勢に入る。


「ハッハッハ…チャンピオン、君とまともに争おうだなんて思っちゃいないよ。僕も、それほどバカではない。ただ、君のその力が必要なだけなんだ。協力してくれるだろう?」


「嫌だ…と、言ったら?」


 ソルディノのその言葉にも動じず、俺は笑顔で言った。


「私の可愛い妹を、道場に入れようかなぁ…どうだ、フェイレイ?」


 鋭い巨大な爪を光らせながら、フェイレイが部屋に入って来る。


 それを見た途端、ソルディノは真っ青な顔をした。


「どうした、ソルディノくん。君は、フェイレイを知っているのかい?」


「そっ、その爪、もっ、もしかしてっ…?!」


 ソルディノも、俺の数々の偉業を知っているらしい。


 俺は、自慢気に言った。


「そう、彼女が巷の話題を独占している殺し屋だよ。大きな爪で『魂を奪う者』、古語ルオ語で『レイギィーアス』と最近では呼ばれているらしいな。まあ、世間の凡人もネーミングセンスは悪くないようだ」


「こっ、これが、レイ、ギィーアスっ…でっ、でも今、妹、って?」


「ああ、そうだよ。コイツは俺の実の妹だが、兄の温かい愛情と素晴らしい頭脳によって、このような姿に改造してやったんだ。今では俺に感謝の意を表すかのように、様々な仕事を成し遂げてくれているよ」


 ソルディノは、呆然としていた。


「君がこちらの申し出を断るなら、僕はすぐさまフェイレイを君の道場に入れるよ。そして子供達と彼女を戦わせて、君より強い人間を探し出す。でもまあ、最悪もう1人候補は挙がっているんだ。君も、言っていたよねぇ?条件ならテリーも同じ筈だ、ってさ…」


「テ、テリーをっ?!」


「そうだよ。君が嫌だって言うなら仕方ない、テリージード=アーヴィンを妹のように改造するまでさ。さあ、どうする?」


 ソルディノは、唇を噛みしめた。


「や、やめろっ!テ、テリーにだけは手を出すなっ!アイツは俺の、俺の大切な……わ、分かった!その話、俺が引き受ける!」


「二言はありませんね?」


「ああ!だから、テリーにだけは絶対に手を出すなっ!近寄る事も、許さねぇっ!テリーに指1本でも触れてみろ、俺は命を懸けてでも貴様らの事を世界中に喋ってやる!」


 英雄気取りか、まあいいだろう。


「宜しい、商談成立だ。一旦、君を草原の大陸へ帰してやろう。しかし、常に僕の監視の目があると思ってくれたまえ。少しでも、この事を他の連中に喋ったら…」


「しゃ、喋らないっ!絶対にっ!」


 ソルディノは、恐怖に怯えていた。


 チャンピオンでも、怖いものはあるのか。


 俺はセリエを草原の大陸へやり、常にソルディノを監視する事にした。






 さーて、俺も彼処を出てから20年は経ったかなぁ。


 俺は、そろそろ自分の過去を消し去る事にした。


 目標、ロバンエ孤児院。


 あの頃俺を苛めていた連中は皆、孤児院を出た事だろう。


 本当は全員抹消したい気分だが仕方がない、先公とあのボロっちい建物だけでも潰しとかないとな。


「あ…っ?」


 其処で俺は、ふと思い出した。


「クラウディス…」


 そう、彼の存在をすっかり忘れていた…いや、忘れていた訳ではない。


 殺人と言う血に塗れた仕事をしている時に、神聖なクラウディスの事は敢えて考えないようにしていたのだ。


 今、何歳になっているのだろう。


 俺とクラウディスは、11離れていたんだから…ああ、もう22歳になったのか。


 見たい、物凄く見たいよ、クラウディスの成長した姿を。


 俺の事なんて、覚えてないんだろうなぁ…ちょっと、残念。


 それに、大体の子供は20歳になったら孤児院を出る筈だ。


 クラウディスも、もういないんだろうな。


 彼を男の殺し屋として捕獲しようとも思ったが、それはやめた。


 せめてクラウディスだけは、人間らしく生きて行って欲しかったのだ…俺の分まで。


 今、クラウディスが幸せに暮らしているならそれでいいと思う。


「フェイレイ…殺ってくれ」


 俺の命令通り、フェイレイはロバンエ孤児院を跡形もなく消し去った。


 見た事のない子供達と、明らかに老けた先公共の死体が並ぶ。


「ふぅ…終わった」


 これで、俺の肩の荷は下りた…この33年間、ずっと背負って来た俺の過去。


 消える訳なんかないのに、こうする事によって少しでも消した気になりたかった。


 だが、やりきれないこの気持ちは何だろう。


 俺はこのムシャクシャした気持ちを振り払う為、結局ソルディノを殺す事にした。


 可哀想だが、これが彼の運命だったのだ。


 ソルディノを至急呼び出し、セリエに殺させてしまった。


 はぁ…これで、少しはすっきりしたかな。






 翌年、俺ももう34になっちまった。


 40になるのも、もうすぐだなぁ…気が重い。


 そんな俺の元に、ある2つの情報が入って来た。


 1つは、水の大陸に住む占い師ルインドール一族。


 勇者グレンミスト家同様、伝説の存在となっている。


 もう何百年も跡継ぎは生まれてないらしいが、もしかしたら…と言う事もある。


 血を継いだ者は占いの力は勿論、とんでもない魔法まで扱えるらしい。


 そんな連中に俺の正体がバレたら、流石のフェイレイやセリエも木っ端微塵だ。


 早いトコ、手を打っておかないとな。


 そんな訳で俺はセリエを連れ、自ら水の大陸へ出向いた。


 流石、10ある大陸の中で一番大きいだけある。


 自然も水も豊富で、いい所だ…。


 早くこの透き通るような美しい水辺を血の海にしたくて、俺はウズウズしていた。


 まずは、この端っこの家からやりますか…。


 一族が住んでいる町の一角に来た俺はセリエに命令し、1軒ずつ殺って行く事にした。


「ウワァーッッッ!」


「キャァーッッッ!」


 1人、また1人とルインドール家の人間が死んで行く…ああ、清々しい。


「たっ、魂を奪う者だぁーっっっ!魂を奪う者が来るぞぉーっっっ!」


 そんな事言ったって、無駄だよ…みーんな、死ぬんだから。


 俺は一族の人間共が全滅するその一部始終を、間近でずっと見つめていた。


 仕事を終えたセリエを暫く町の外に待機させ、俺は瓦礫や死体の山と化した一角を散歩して回った。


 早くも城の兵士達が、捜索活動を行っている。


「誰が、やったのかしら…」


「さあ…でも、これは酷過ぎるだろう」


 町の連中がザワザワと騒いでいたので、俺はご丁寧に教えてやった。


「レイギィーアスが、やったんですよ」


「そっ、それって、あの事件の時のっ…」


「まっ、まさか…本当かいっ?」


 驚くおっさんの言葉に、他の野次馬共も酷く動揺していやがった。


「ええ…本当ですよ。見て下さい、あの死体に深く刻まれた爪の痕。あれはまさしく魂を奪う者、レイギィーアスの仕業です」


 それだけ言って、俺はこの場を去った。


 皆、俺の偉業に恐れをなしている…だからやめられないよ、人殺しは!






 さて、もう一つの情報についてだが…。


 それは、岩壁の大陸にあった。


 俺達、つまりレイギィーアスの情報を、事細かに調べ上げて専門の新聞を発行していると言う、恐れを知らぬ大バカ野郎共がいるらしいのだ。


 確か、ヴァフーガ新聞社…とか言ったっけ。


 岩壁の大陸、港町ヴァフーガにあるその新聞社へ俺は向かった。


「えーっと、多分此処だと思うんだが…」


 行き当たりばったりで歩いて来たので自信のなかった俺は、丁度目の前を歩いて来た若い女に声を掛けた。


「すみません。ヴァフーガ新聞社って…此処、ですよねぇ?」


 俺が訊くと、女は頷いて言った。


「え…ああ、そうだけど」


「どうも」


 俺は笑顔で頭を下げ、目の前にある建物の中へ入って行った。


 取り敢えず、下見でもさせてもらいましょうか。


 俺は人に見つからないように廊下を歩き、階段を上って中の様子を探った。


「ま、思ったほど広くはないようだな。人数もそこそこだし、軽く殺れるか……」


 掲示板に、『レイギィーアス新聞』なるものが貼り出されている。


 俺が今まで殺って来た事が、全て書かれていた。


 幸い、フェイレイやセリエの正体はバレていないようだ。


「チッ、胸糞悪い…」


 俺は気晴らしに、ヴァフーガの町を散歩した。


 遠くに巨大な岩壁が、高々と連なっている。


 昼になったので近くの店に入り、昼食をとった…そして。


「フェイ、そろそろ殺ってくれ」


 俺はフェイレイに命令し、ヴァフーガ新聞社を襲わせた。


 ああ、残念だなぁ。


 素晴らしい記事を書ける才能を持った人達ばかりだったのに…惜しい、実に惜しい!


 ターゲットが俺達の事じゃなかったら、尚更良かったのになぁ。






 俺が研究所に戻った時、花の大陸キャメローム城の大臣から連絡があった。


「いやぁ。お久しぶりですねぇ、ルイージさん。宝石の換金の件でしたら、まだ…」


『違うっ!そんな事ではないのだっ!』


 大臣は、妙に焦っていた。


「どうしました?少し、落ち着かれた方が…」


『これが、落ち着いていられるかっ!バレた…バレたんだよっ!』


「何がです?」


 平静を装いつつも、俺は嫌な予感がしていた。


『姫がっ…姫が、見ていたのだよっ!私と君があの日の夜中、中庭で話していた所をっ!』


 な、何と言う事だ。


 今まで何事も完璧に成し遂げて来たこの俺が、小娘に見つかるとは。


「それで、貴方はどうなさったんです?」


『わっ、私があれを盗んだのは、確か4年前。勿論当時、城では宝石がなくなったと大騒ぎになった。その時、姫が仰られたのだ。大臣であるこの私と眼鏡を掛けた背の高い男が、夜中に中庭で宝石を持って話していたと!』


 それは、分かったんだよ。


「だから、貴方はどうなさったんです?」


『わっ、私はうまく誤魔化したよ。そんな証拠は、何処にもないであろうとな…姫はすぐに俯かれ、皇后陛下も私の方を信じて下さったのだ!』


「ほう、それはそれは…」


 薄情な母親だ…実の娘の真の訴えも聞かず、赤の他人であるハゲ親父の言う出任せの方を信じるとは。


 まさか、デキているんじゃないだろうなぁ。


『しかし、姫は諦めた訳ではなかったのだ。必死に皇后陛下を説得し、自分の意見をこの4年間ずっと主張し続けた。勿論、私も皇后陛下のお心が姫に靡かぬよう努力した。そして…』


「そして?」


「そしてつい先日、反逆の罪に問われた姫は罰として国を追放された…」


 ハッハッハ…皮肉な話だ。


 人の心を和ますと言う、花の咲き乱れる美しい国が、聞いて呆れるな。


『もっ、もし、他国で、ひっ、姫が我々の事について口を割るような事があったら…わっ、私もこの国にはいられなくなってしまうっ!』


「それどころか、命も危ないでしょうねぇ…」


『どっ、どうすればいいのだっ!私はっ、私は自分が生き延びる為なら、君をも犠牲にする覚悟だぞっ!実際、私は君に利用されてやっただけなのだからなっ!』


 おやおや、この期に及んで…誰に向かって口を利いているんだろうねぇ、このハゲ親父は。


「なるほど、分かりました。私の方で、何とか致しましょう。貴方は、安心していつも通りの生活をお送り下さい」


『ほっ、本当かっ?』


 ったく、疑り深い野郎だ。


「何度も言うようですが、貴方は私を信用なさってないんですか?」


『わっ、分かった!でっ、では、頼んだぞっ!』


 連絡は、其処で途切れた。


「クックックックッ…」


 俺は、妙におかしくなって来た。


「クックックックッ…ハーッハッハッハッハッハ!」


 次のターゲット…それは君だよ、ルイージくん。


 ついでに、追放されたと言うお姫様も監視しておくか…。


 さあ、忙しくなるぞ。


 花の国の姫は、果たして今何処にいるのか。


 まずは、其処から突き止めなくてはならないのだからな。


「フェイ、お前は花の大陸へ向かい、大臣を殺れ。セリエ、お前は…」


 またか…最近、セリエの調子がおかしい。


 ま、ガラクタ上がりだからなぁ。


 12年ももったのが、不思議なくらいだ。


 いくら命令しても、セリエは言う事を聞かなかった。


 動きも鈍く、修理しても直る気配はない。


「寿命…だな」


 俺はセリエの中からメモリーカードを抜き、右手の爪を普通の手に差し替えた。


 この爪は、重要な証拠品になってしまうからな。


 セリエは、草原の大陸にでも捨てとくか。


 フェイレイは花の大陸へ、俺はセリエと共に草原の大陸へ向かった。


「大方、俺の野望は達成された。これから先、何かあったとしてもフェイ1人で事足りるだろう。あんなんでも、一応は血の繋がった妹なんでね…」


 俺は何も答える事のないセリエに話しかけながら、広い広い草原を歩いた。


「それじゃあな、セリエ…」


『貴方、誰?』


 無理もない、メモリーカードは抜いたから俺が誰かは分からない筈だ。


 歩き出した俺は、後ろを振り返った。


 セリエはピクリとも動かず、立ち尽くしたまま俺をジッと見つめている。


「セリエ…」


 何だか、自分の大切な娘を捨てるような心境だった。


 あのクズ両親共も俺を捨てた時、こんなにいたたまれない気持ちになったのだろうか…もしそうだったとしたら、俺もまた人間としてやり直せる時が来るんだろうか。


 自分にふと問いかけて、すぐさま首を横に振った。


 俺とした事が何を考えているんだ、らしくもない…俺はもう、引き返せない所まで来ている。


 それは、自分が1番良く分かっている筈じゃないか。


「クラウディス…」


 クラウディスと暮らした、2年間。


 あの時の自分が、1番人間らしかった。


「アクア…」


 そして、アクアと暮らした10年間。


 あの時とどまっていれば、もしかしたら今頃アクアと2人で幸せな生活を…いや、今更だ。


 でも……唯一この世に生きている俺の救い、クラウディスを探し出す事が出来れば、あるいは。


 俺は広い広い草原を歩きながら、空を見上げた。


 青い空が、何処までも広がっている。


 そう言えば、クラウディスを引き取った日もこんな空だったっけ。


「クラウディス=ウィンサール…お前だけが、今の俺の希望だよ」


 ああ…今日も、いい天気だ。


「俺は…」


 俺は、生きている。


 これからも、俺は生きて行かねばならない…どんな事をしてでも。


 許しを乞おうだなんて、これっぽっちも思っちゃいないさ。


「俺は、悪い事なんかしちゃいない…そうだろ?」


 誰に聞いてんだ、俺は。


 クラウディスか、それともアクアか…はたまた、ライラなのか。


「ハハ、ハハハハハ…」


 俺の目から、自然に雫が零れ落ちた…これは、涙か。


「アハハハハハハハハ!」


 俺は、気が済むまで笑った。


 俺のこの腐った性根は、ずっと変わる事はないんだろうな。


 このまま、死ぬまで生きて行くしかないんだ…。


 このままで、ずっと…。




                               ―THE END―

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