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第11話 砂漠の大陸レーニレーネ ナイジェルト国 ロバンエの村  クラウディス=ウィンサール(23)の物語

 俺は、両親の顔を知らない。


 別に、知りたいとも思わない。


 俺は生まれた時から此処、砂漠の大陸レーニレーネにあるロバンエの村の孤児院にいる。


 小さな建物の中に、数え切れないほどのガキがひしめき合って生きていた。


「ほらほらっ、ミルクの時間ですよっ!哺乳瓶は此処に用意してあるんだから、各自さっさと取りに来てっ!」


「それぞれ、割り当てられた赤ちゃんの面倒をきちんと見るのよっ!」


 大きい子は、小さい子の面倒を見る。


「いいですかっ!お兄さんやお姉さんに迷惑掛けないように、自分の事くらい自分でやりなさいよっ?分かりましたねっ!」


「パジャマくらい、自分で着れるでしょっ?ちゃんと、寝る前にトイレも入りなさいっ!」


 小さい子は、出来る限りの事を自分でする。


 それが、此処での決まりだった。


 先公共も、自分達だけでは恐らく対処し切れなかったのだろう。


 これだけの人数だ、無理もないのか。


 ま、何だかんだ言いながらも所詮はただの怠慢に決まってるが。


「クラウディス、オムツ替えようね」


 俺が赤ん坊だった頃、俺の世話をしていたのはまだ11歳のガキだったと言う。


「クラウディスは、いい子だね」


 そいつは、俺を酷く可愛がっていた。


 そう、まるで本当の弟のように。


「ちょっと、レスグレイヴっ!これ、この子のオムツなんだけどっ!」


 隣で別の赤ん坊の世話をしていたガキが、いちゃもんをつけて来る。


「え、ち、違うよ。これは、クラウディスの…」


「うるさいなぁ…いいから貸してよ、この泥棒っ!」


 俺のオムツは、まんまとそのガキに取られてしまった。


「そ、そんな…っ」


 俺の世話係だったレスグレイヴって奴は、相当気の弱いガキだったらしい。


 どっちかって言うと、皆から苛められるタイプだ。


「ご、ごめんね、クラウディス…」


 レスグレイヴはずり落ちる眼鏡を上げながら、笑顔で俺の頭を撫でた。


「今、新しいオムツ貰って来るからね」


 しかし、案の定レスグレイヴは先公に叱られる。


「何を言ってるんですかっ、レスグレイヴっ!」


「え…だ、だから、オムツが足りなくて…」


 先公は、物凄い剣幕でレスグレイヴを怒鳴りつけた。


「ちゃんと、枚数は渡してる筈ですよっ!もう一度、自分で確認しなさいっ!」


「で、でも…」


「言い訳しないのっ!」


 ピシッ。


 頬を真っ赤に腫らして、レスグレイヴは戻って来た。


「ごめん、ごめんね、クラウディス…」


 レスグレイヴは、俺を抱きしめ泣いた。


「クッ…バカじゃねぇの?」


「ほんと、ドン臭い…」


 陰で、他のガキ共が声を殺して笑う。


 そりゃ、可哀想だとは俺も思う。


 俺の為にレスグレイヴは、苛めに耐えて頑張ってんだから。


 だが正直言って赤ん坊だった俺に、そんな記憶はこれっぽっちもないのだった。






 それから1年が経ち、俺は1歳になった。


 世話係は、相変わらずレスグレイヴが続けていた。


 よっぽど俺が気に入ったらしく、自ら先公に志願したらしい。


 物好きなガキだ。


 レスグレイヴは昔から機械いじりが好きで、孤児院内で壊れた機械やゴミ捨て場のゴミを拾って来ては、自分で色々解体して遊んでいた。


 そしてそれらの部品を使い、新たな玩具を作り出す。


 奴は、機械の天才だった。


「ほーら、クラウディス…これ、見てご覧」


 レスグレイヴはこの日もいつも通り、ゴミ捨て場を漁って拾って来た様々な部品で、小さなロボット人形を作った。


「あーう!」


 興味津々で、手を伸ばす俺。


「いいかい?これ、手足がちゃんと動くんだよ」


 レスグレイヴは、ロボットの手足を動かして見せた。


「だぁーっ、だぁーっ!」


 俺は、喜んでロボットを掴んだ。


「クラウディス、気に入ってくれたんだね?良かったぁ!」


 レスグレイヴは、嬉しそうに俺に言った。


「僕ね、此処を出ようと思ってるんだ」


「だぁーう、だぁーう!」


 俺は、ひたすらロボットをいじっている。


「森の大陸に大きな機械工場があるの、知ってる?」


「うーっ、あーう!」


 俺にそんな事訊かれたって、分かる訳がない。


「僕、其処で働くのがずーっと夢だったんだ。でも…」


 レスグレイヴは、俺をギュッと抱きしめた。


「君を置いて行くのは、物凄く気が引けるよ…」


「だぁっ、だぁっ!」


 俺は、レスグレイヴの眼鏡を掴んだ。


「こらこら、駄目だよ」


 レスグレイヴは優しく俺の手を握り、額にキスをした。


「きっと君は、僕の事なんか覚えてないんだろうな…こうして僕の作った玩具で遊んだ事も、何もかも…」


 レスグレイヴの目からは、涙が流れ落ちていた。


「でもね、此処では誰も僕を認めてくれないんだよっ!いつもいつも、苛められてばかりでっ!僕は…僕は、世間から認められる立派な大人になりたいんだっ!」


「あぁぅ、あぁぅ…」


 俺は、レスグレイヴの涙を拭いた。


「クラウディス…」


 レスグレイヴは、自分でも涙を拭きながら言った。


「そう…そうだったね。君だけは、いつも僕を認めてくれた。君はどうだか知らないけど、僕はいつも君を本当の弟のように思っていたよ」


 レスグレイヴは、俺の頭を撫でた。


「僕、絶対に負けない。工場で働いて、必ず一流の機械工になって見せる。クラウディス、君ならこの僕を応援してくれるよね?」


「あーい!」


 笑顔で答えた俺を見て、レスグレイヴは再び涙を流した。


「有り難う、クラウディス。有り難う…僕、君を迎えに来るよ!必ず、迎えに来るから!」






 この孤児院にいると、色んなガキ共の色んな人生を垣間見る事が出来る。


「今日からは、本当の子供としてこの子を大切に育てて行きます!」


「そうして頂けると、私共としましても大変嬉しく思いますわ。何せこの子は、この孤児院でも大変優秀でしたの。お宅のような素晴らしいご家庭に引き取られたのですから、きっと今まで以上にいい子に成長してくれる事でしょう!」


 運のいいガキは、優しくて金持ちの両親に引き取られ、幸せな将来が約束される。


「いいかっ!みっちり働いてもらうから、そのつもりでいろよっ!」


「あ、あの、まだ子供ですし、あまり無茶はさせない方が宜しいかと…」


「何だってぇ?先生はちょっと、黙っててくれませんかねぇ!今日からコイツは此処の子供じゃない、うちの子供になるんだからよ!」


 運の悪いガキは、こんな昼間っから飲んだくれてるようなおっさんに引き取られ、不幸な人生を送る羽目になるんだ。


「先生、そして皆さん…今まで、どうも有り難う。大変、お世話になりました」


「お仕事、頑張るんですよ。下宿先の人達と、仲良くね」


「はい!」


 20歳になっても引き取り手のなかった連中は自分で仕事を見つけ、此処を出て独立する。


 ま、下手にロクでもない家庭に引き取られるよりは…一人で生きてった方が、何倍もマシってもんだ。


 こうして見ていると、ほんと人の人生ってのは様々だな。


 レスグレイヴは俺に宣言した通り、あれからすぐに孤児院を出た。


「それじゃあ、皆さん…さようなら」


 レスグレイヴの旅立ちの日、俺達は全員で玄関まで見送りに出た。


「元気でやるのよ、レスグレイヴ。丁度、工場に空きがあって良かったじゃない」


「向こうなら寮もあるし、安心だわ」


 先公共の言葉に頷きながら、レスグレイヴは俺の顔を見た。


 俺は、先公の1人に抱かれていた。


「だぁーう、だぁーう」


「クラウディス…」


 レスグレイヴが呟くと、先公は俺をレスグレイヴに渡した。


「クラウディス、ごめんね…」


 レスグレイヴは俺を抱きしめ、静かに泣いた。


「ウワァーン、ウワァーン!」


 別れを察したのか、俺も必死に泣いていた。


 レスグレイヴは、俺の首にペンダントをかけた。


 銀の鎖に、銀の指輪が通してある。


「これ、僕が作った指輪…まだ1歳の君には大き過ぎるだろうから、こうしてペンダントにしてるといいよ」


「あうぅ、あうぅ」


 興味深そうに、俺はペンダントをいじった。


「大きくなったら、この指輪を嵌めて、僕の事を思い出してね……約束だよ。その頃までには必ず、必ず君を迎えに来るから」


 レスグレイヴは愛おしそうに俺の頭を撫で、頬に何度もキスをした。


「レスグレイヴ、そろそろ行かないと列車に間に合わないわ」


 先公にそう言われて、レスグレイヴは静かに頷いた。


 再び俺は、先公の腕に抱かれた。


「それじゃあ…クラウディスの事、宜しくお願いします」


 レスグレイヴは、深々と頭を下げた。


「分かってるわ。そんな事より貴方まだ12歳でしかないんだから、大人について無理しようなんて考えちゃ駄目よ?」


「どうせ大人と同じになんて出来る訳ないの、貴方は足手まといになるだけなんだから」


 最後まで、先公共はこの調子だった。


 ガキ共も、それを聞いてクスクスと笑っている。


 レスグレイヴは目を見開いたまま一瞬呆然としたが、すぐに笑顔になって言った。


「そうですよね、それじゃあ…」


 今の今まで希望に満ち溢れていた筈のレスグレイヴの瞳から、光が消えてしまった。


 この日以来、あの時俺に夢を語ってくれた時のような、純粋な希望の光がレスグレイヴの瞳に戻る事は…2度となかった。


 レスグレイヴは1人、黙って森の大陸へと旅立って行ったのだった。






 俺に関して言えば、20歳を過ぎても此処を出る事はなかった。


 ただ単に、面倒だったからだ。


 此処にいりゃあ、生きて行くだけの衣食住は確保される。


 ただ、ガキの面倒を見る事だけは苦痛で仕方なかった。


 大きい子は、小さい子の面倒を見るだと…バカ言ってんじゃねぇ、そんなかったるい事やってられっかよ。


「アンタを面倒見ていたレスグレイヴは、今から思えばほんといい子だったわよ」


「まるで、アンタを本当の弟のように可愛がっててねぇ」


 何かにつけて、先公共はレスグレイヴとか言う野郎の話ばっか俺にしやがる。


 だが俺はレスグレイヴじゃねぇし、レスグレイヴなんて男の事はこれっぽっちも覚えてやしねぇんだよ。


 だが…このペンダントだけは、何故か手放せずにいた。


 何だかこの胸にかかる指輪を握りしめる度、妙に温かくて懐かしい気持ちになったんだ。






 しかし…あれは、俺が22の時。


 とにかく楽な人生を望んでいた俺が、ついに此処を出る事となる。


 と言うより、出ざるを得ない状況に追い込まれてしまったんだ。


 何故なら、ロバンエ孤児院そのものがなくなっちまったから。


「クラウディス!おかしいわねぇ、何処にもいないわ…クラウディス、出てらっしゃいっ!」


 また先公が、俺を呼んでやがる。


 俺は庭にある大木の枝の上で昼寝をするのが、日課になっていた。


 此処ロバンエ孤児院の水源は村の外、砂漠をずっと北に行った所にあるオアシスだ。


 ガキの中で最年長の奴は、オアシスでの水汲みを命ぜられる。


 本来なら先公が行くべきなんだろうが、恐らく怠慢だろう…誰も行こうともしねぇ。


 孤児院にいると、外出は滅多に許可されない。


 唯一村の外に出られるのが、水汲みの時間だけ。


 この役を任されている限り、その時間だけはそいつの自由って訳。


 熱いし疲れるが、孤児院に籠もっているよりはよっぽどいい。


 普段は先公共に反抗的だった俺も最年長になった19の時から3年間、水汲みだけは黙ってやっていた。


 最初はきつかったが、慣れてしまえばこっちのもの。


 今となっては、いいストレス発散の時間となっている。


「やっぱり、此処にいたんだねっ!もう、水がないんだよっ!分かったら、さっさとオアシスまで行って来ておくれっ!」


 先公が、庭の大木を見上げながら怒鳴る。


 俺は黙って枝から飛び下り、両肩にでかい樽を2つ担いで孤児院を出た。


「よう、兄ちゃん!相変わらず、逞しいなぁ!」


 3年も水汲みをやってると、流石に顔見知りとも呼べるべき人間が増えて来る。


 近所の商店街のおっさん連中も皆、オアシスに水を汲みに来るからだ。


 オアシスに着いた俺は水を飲んだ後、樽に水を汲んだ。


 少し休み、再び樽を担いで歩き出す。


 ようやく村が見えて来た頃、村の方から何者かが息を切らして走って来た。


「よ、よお、兄ちゃんっ!」


 よく見るとそいつは孤児院の隣にある民芸品店の息子で、水汲みの時に出会う顔見知りの1人だった。


 その息子は、恐怖に満ちた表情で言った。


「こっ、孤児院がっ、孤児院が…」


 孤児院が、どうかしたのか。


「孤児院の子供達が、皆殺しにされたっ!」


 俺は、すぐには信じなかった。


「冗談は、よして下さい…」


 そう言って俺が歩き出すと、息子は俺の襟を掴んで叫んだ。


「冗談で、こんな事が言えるかよっ!」


 俺は溜息をつき、一応速足で歩き出した。


「すっ、すぐに、孤児院へ向かうんだぞっ!俺は、人手を探して来るっ!」


 息子はそう言って、オアシスの方へと走って行った。


 孤児院に着いた俺は、ゆっくりと樽を置いた。


 孤児院の周りは、既に人だかりが出来ている。


「ちょっとアンタ、確か此処の子だろ?」


 近くにいたババァが、俺に話しかけて来た。


「こっ、これは、一体…どう言う事なんだいっ?!」


 そんな事、こっちが訊きたい。


「突然変な人影が現れてさ、あっと言う間に皆、殺されちまったんだよ!」


 俺は、黙って孤児院の中に入った。


 中には既に城の兵士達が集まって、遺体捜索を行っている。


「きっ、君っ!駄目じゃないか、勝手に現場に入って来ちゃあ!」


 兵士に注意された俺は、静かに言った。


「俺、此処に住んでんですけど…」


「えっ…?!こっ、此処の孤児院の子かっ?ちょっ、ちょっと待っていなさいっ!」


 兵士は、慌てて奥へ入って行った。


 俺はすぐさま自分の部屋へ向かい、荷物をまとめた。


 孤児院を出て行こうとした俺を、奥から出て来た兵士達が引き止める。


「きっ、君っ!どっ、何処へ行くのかねっ!」


 俺は言った。


「もう此処にとどまる必要、ないですから…」


 呆然とする兵士達に背を向け、俺は孤児院を出た。


 入口に、ガキや先公共の遺体が並べられている。


 遺体の胸には、血だらけになった深い爪痕がついていた。


 村の連中が、コソコソ話している。


「何処かで、聞いた事があるなぁ…」


「あれだろう、爪を持った殺し屋の…各地で、こう言う事が起こってるそうじゃないか」


「その殺し屋『レイギィーアス』って呼ばれてるんだろう?確か、古語ルオ語で『魂を奪う者』って意味らしいけど…」


 レイギィーアスか…それなら、俺も知っている。


 岩壁の大陸にある港町ヴァフーガって所じゃ、その殺し屋に関する情報専門の新聞が出てるって話だ。


 俺は村を出て、砂漠を歩き始めた。


 癖で、つい胸のペンダントに手が行く。


 俺はペンダントを外し、初めて鎖から指輪を抜いた。


 嵌めてみると、それは俺の薬指の太さにピッタリだった。


 まるで魂の様な丸くて青い石が台座に収まっている、アンティークシルバーの指輪だ。




『レスグレイヴって名前、古語ルオ語で『抜け殻』って意味なんだ。僕の親が、どう言う意図でこの名をつけたのかは分からない。でもね、僕は抜け殻なんかじゃないよ。ちゃんと肉もついてるし、温かい血だって流れてるんだ。それをね、それを皆に分かって欲しいと…あ、い、いいや。クラウディス、君さえ分かってくれていれば、それでいいよ』




「レスグレイヴ…」


 自然と、その名を呟く。


 俺は、指輪を太陽に翳した。


 青い石が、鈍く光っている。


「レイギィーアス…か」


 嫌な予感がする…。


 俺は、レイギィーアスとか言う殺し屋の行方を追う事にした。


 何故だか、レスグレイヴも一緒にいるような気がしてならなかった。


「レスグレイヴ、俺は…」


 俺は、再び広い砂漠を歩き始めた。

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