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素直になれない天使たち  作者: null
三章 私たち≠友達、恋人
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私たち≠友達、恋人.1

お読み頂いている方、いつもありがとうございます。

これより三章が始まります。

定期的に更新しておりますので、ごゆっくりご覧頂けると幸いです。

それでは、お楽しみ下さい。

「分からんがな」


 時刻は夜の九時。晩御飯やお弁当の準備、それからお風呂と済ませた頃合いだった。


 私は三十分以上前に夜重から送られてきたメッセージを脇目にしながら、机の上に宿題を広げて頬杖をついていた。もちろん、解答欄は一か所も埋まっていない。


 ――『明日は土曜日よ』


 知ってるがな。カレンダーくらい読めるわ。


 ――『そして、課外授業もない日だわ』


 それも知っとるわ。舐めてんの?


 ――『分かるわね?』


「分からんがな」と思わずまた声に出す。


 既読をつけたままで、アプリを閉じる。


 夜重は、あまりこういう遠回しなやり取りを好むタイプでもないのだが…どうせ、またよからぬことを考えているに違いない。


 昨日の一件のせいで、今日は青葉がなんだかよそよそしかった。いや、当たり前か?自分の秘密を知られたうえに、他者の奇怪な試みを知ってしまったのだ…夜重的に言えば、『深淵を覗いた』ということらしい。そして青葉も覗かれた以上、今までどおりではいられないと…いや、なんのこと?


 それだけなら、まだよかった。だけど、昨日のお店は生徒間で話題になっているだけあって、どうやら他のクラスの女の子が店内にいたらしく、何人かが私が放った超ド級の砲撃を聞いていた。それを直接確認してくる人はいなかったけれども、夜重がちょっとでも私のところにくると、友人たちは遠慮気味に引き潮みたいに自分の席へ戻っていった。


 あぁ…どうせならいじってほしい。そしたら、まだ弁解できるのに…。


「はぁ…私、やばいやつになってんじゃん」


 そうしてため息をこぼしていると、ぴこん、とメッセージを受信した音が鳴った。夜重のメッセージが来た時用に設定している音ではない。そうなると…。


 私は携帯を覗き込んだ。


 携帯のディスプレイには、『莉音くん』の文字。いい加減、これも『莉音』に直さなくてはいけない。


 ――『あはは、なんか面白いことになってるね。大丈夫?』

「面白くなんてないよぉ」


 言葉と全く一緒の文字を莉音に宛てて返す。


 莉音には、昨日の一件を全部報告していた。こんなこと、親に聞いてもらうのは抵抗感があるし、かといって友人たちはもっとダメだ。


『まあでも、ついムッときてしまったのも分かるけど、言っちゃったのは祈里でしょ?そこは夜重ちゃんに謝ったほうがいいんじゃない?』


 む。


 夜重に謝る?


 嫌だよ。なんで私が。そんなことしたら、まるで私が夜重に負けたみたいじゃん。


 夜重に負けるのは、ルックスと頭の良さと足の長さと身長と告白された回数だけでいい…やめよう。虚しくなってきた。


 とにかく、根性だけは夜重には負けたくない。あと、せっかくなら恋愛経験と性格の良さと、友だちの数も!


 でも、それを全部莉音に伝えても、向こうが困ることは火を見るより明らかだった。だから、私は『夜重には負けたくないの』ってことだけを伝えた。


 すると、莉音からはコメントの代わりにまたモルモットみたいな動物のスタンプが送られてきた。この間は虚無的な瞳をしていたモルモットだが、今回はそっと恥ずかしそうに俯くいじらしい姿だった。いや、どういう気持ち?


 なんて返そうかな、なんて私が画面を見つめていると、突然、携帯のバイブレーションが作動し、着信音が鳴ったため、私は飛び上がりそうになった。


「わっ」


 画面には、『蒼井夜重』の文字。着信である。


「え、ど、ど、どうしよう」


 なぜだか分からないけれど、私は酷く焦ってしまっていた。だからというわけではないが、反射的に応答とは逆のボタンをタップして通話を断ってしまう。


(あ…)


 これで解決、とはいかないことぐらい、夜重との付き合いが長い私には十分理解できていた。


 ブー、ブーというバイブレーションと共に、再び黒電話の音がする。


 こういうとき、夜重は毒蛇のように執拗だ。確実に私が電話に出るまでかけ続けてくるに違いない…。


 私はある種の諦観に敗北し、きゅぅっと胃が縮こまる思いをしながら応答ボタンを押した。



「もしも――」

「どうして切ったのよ」


 夜重は開口一番、こちらの言葉を遮って私に問い質す。


「いや、指が当た――」

「もしかして、あの女と電話していたんじゃないでしょうね?」


 うわ、こわっ。あの女って、莉音のことでしょ。そんなに莉音のことが気に入らないのかなぁ。


「違うよ。電話なんてしないし」

「どうだか。私に隠れてメッセージのやり取りをしているくらいだし、電話だって続けているんじゃないかしら」

「…別に、私が莉音とどんなことしてようと――」

「分かっていないようだから、もう一度教えておいてあげるわ。私はね、祈里が口を滑らせてしまったせいで、今日一日中、生暖かい視線に耐え続けていたのよ?反省していないわけ?」

「うっ…」


 直接関係のない話を持ち出すのはご法度ではないかと思ったが、お試し中であることを声高に叫んでしまった件のことを引き合いに出されると、私は何も言えなくなる。


 たしかに、撃鉄を上げたのは私だからなぁ…。


 謝りたくはないと莉音にも言ったが、一切気にもかけないというのはまた別だ。夜重には迷惑をかけたときちんと思っている。


「これからしばらくの間、あのなんとも言えない空気感に苛まれるのよ?しかも、見たかしら?青葉と呉羽さんの様子。にやにやなんてして…全く、業腹ものよ」

「ま、まあまあ、人の噂も七十五日って言うし…」

「貴方ねえ、七十五日もあるのよ?長いと思わないの?」

「あ、はい…すみません…」


 あはは、あっさり謝っちゃった。でも、しょうがないよね、こういうときの夜重、怖いもん。


 はぁ、とスピーカー越しに夜重のため息が聞こえる。物憂げな感じではなく、いつもの呆れた感じのトーンだった。


「…きちんと、反省しているのでしょうね」


 詰将棋するみたいに容赦のない確認。これは質問ではなく、尋問だ。YESと答えなければ、脳天をかち割られるような雷が落ちること間違いなしである。


「はい…私が迂闊でしたぁ…」


 私は渋々、反省の言葉を口にした。さらば、私のプライド。また迎えに来るよ。


「ごめんなさい、は?」

「…ごめんなさい…」


 やっぱり…しばらく、迎えには来られないかも…。


 夜重はまた一つ、ため息を吐いた。今度は、『しょうがないわね』の吐息だ。『全く、呆れるわね』の次によく耳にするため息である。


「それなら許してあげるわ。幼馴染のよしみでね」

「どうも」


 その幼馴染のよしみに振り回されている今日この頃なのだが…。


「さあ、本題に戻りましょう」


 声を高くして改まった様子で話を切り替える夜重に、あれ、なんのこと?と私は目をパチパチさせる。すると、まるでそれが見えているかのように夜重が続ける。


「明日のことよ。土曜日だけど、課外授業がないでしょう」

「うん。え?それがどうしたの?」

「祈里、予測をしなさい、予測を」


 ちょっと苛立たし気に言葉を重ねられ、私もムッと唇を尖らせる。


「もう、そっちがはっきりと言えばいいじゃん。授業がないから、どうしたの?」


 率直に言えばいいのに。夜重らしくないことが続いてるなぁ。


 夜重は、私が質問を投げてもしばらく何も答えなかった。そうして生まれた静けさの中、私はやることもなく学習机に置いてある黒いうさぎのぬいぐるみを撫でて、夜重の言葉を待っていた。


「…出かけるから、付き合いなさい」


 十秒ほどして夜重の口から出てきた言葉は、何の変哲もないものだった。


 私は、何をそんなにもったいぶったのだろう、と怪訝に思いながら、明るい声を発する。


「なぁんだ、いいよ、別に。で、どこに行くの?本屋?それとも、図書館?」


 二択とも本絡みだが、前者については意外と候補地は多い。町はずれの古本屋やリサイクルショップから、ショッピングモールのテナント、国道沿いのチェーン店などなどだ。図書館だって、町単位の小規模のものから、市の中心にある大規模のものまである。


 夜重が外に出たいと言うときのお決まりメニューである。そもそもインドア傾向の彼女はこれ以外を提示してこない。


 だから、直後に夜重が行った返答は少し意外に思ってしまった。


「どちらでもないわ」

「え?じゃあ、どこに行くの?」


 珍しいこともあるものだ。夜重が本以外に用事があるなんて…。


 私、結構、好きなんだけどなー…夜重と図書館行ったり、本を見たりするの。正確には、そうしてる夜重の横顔がお気に入りなわけだけど。いや、別に特別な意味はない。断じて。


「…祈里は、どこか行きたいところはないの?」

「ん、私?なんで?」

「いいから、答えなさい。命令よ」

「うげっ、何様…」

「夜重様よ。貴方に迷惑をかけられっぱなしの、ね」

「ちぇ」


 チクチク、チクチクと…本当、しつこいんだから。


 私は夜重の意図もくみ取れないまま(というか、考えようともしないまま)、自分が行きたいところを適当に答える。


「んー…モールの雑貨屋と、百円均一かなぁ。ちょうど切らしてる台所用品あるし、雑貨屋はなんとなく暇つぶしに寄りたい。買わないけど」


 女子高生っぽい自分と、主婦的な発想の自分の両方を表に出す。夜重以外の前だと、何気に気を遣う瞬間だ。だって、百円均一なんてあんまり女子高生っぽくないから、みんなで遊んでるときは入りたいって言いづらいんだよね…。


「じゃあ、そうしましょう」と即決する夜重に、私は思わず声を大きくする。

「えぇ?なんでぇ?」

「なんでって、行きたいのでしょう」

「そりゃあそうだけど…夜重もどこか行きたいからわざわざ連絡してきたんじゃないの?」


 わけが分からん、と首をひねりながら問えば、電話越しに夜重のため息が聞こえてきた。それはちょっとだけ物憂げな感じだった。


「はぁ…別に、違うわよ」

「はぁ?だったら、なんで――」

「いいから黙って付き合いなさい。昨日の件の詫びとでも思えばいいわ」

「詫びって…」と今度は私が呆れたため息を吐いた。


 迷惑をかけたからお出かけに付き合って、かけられたからお願いして?


 そんなの、変だよ。いつもの私たちらしくない。


 私は夜重の都合なんてたいして考えもせずに夜重とどっかに行きたいし、夜重だって、私の都合なんて考えずに私を本屋巡りに付き合わせる――それが普通だったじゃんか。


 夜重は言った。変わらないでと願っていても、変わっていくものばかりだと。だけど本当は、夜重自身が変えようとしているから変わるものもあるんじゃないの?


 私は、なんだかそれが嫌だった。


 変わってほしくない大事なものなら、私にだってある。だから、時の流れに身を任せるようにして変化を見送る夜重の、ちょっと諦観が入り混じった態度は好ましく思えないんだ。


「夜重、ちょっといい?」

「…何かしら、改まって」

「あのね、私、理由がなくったって、夜重とならどこにでも行くよ?」


 夜重がハッと息を飲んだのが分かった。だから私は、少しだけ安心して言葉を続ける。


「だから、詫びとか、悪いと思うなら付き合うとか、変なこと言わないでよ。幼馴染でしょ」


 しばらく、無言の時間が横たわる。これはなんとなく、夜重が熟考しているような気がしたので、私は静かに相手の反応を待つことにした。


 すると…。


「祈里のそういうところ、とても鬱陶しいわ」

「はぁ?」


 まさかのけんか腰…。なんでやねん。


「悪かったねぇ、鬱陶しくて!」


 殴られたら殴り返す、と思って大きな声を出すも、夜重はまた少し沈黙していた。普段なら速攻で殴り返してくるから、またペースが乱される。


「ええ、鬱陶しいわ…私のようなひねくれた人間に、貴方の生き方や考え方は、眩しすぎるもの…」


 ん…?


「祈里の率直で、嘘偽りのないところ…嫌いよ、私。醜い自分が見えてしまうから」

「ちょ、や、夜重?」


 ど、どういうこと?


 これ、私がディスられてると思ってたけど、もしかして、夜重が自己嫌悪してる感じ?


 でも、だとしたらなんか嫌だ。


 夜重はもっと堂々としててほしいし、私なんかと比べてナイーブにならないでほしい。


 夜重にはいっぱい、いっぱい、良いところがある。それこそ、私がどれだけ手を伸ばしても届かないものばかりだ。


「夜重、そのぅ…」


 私は、自分でも夜重を慰めるために口を開いたと分かっていたので、それ以上は何も言えなくなってしまった。夜重のプライドを傷つけたくないと思ったのだ。


 そのうち、安心したことに夜重は自分で自分を立て直し始めた。


「でも、そうね…嫌いなものにこそ、学びはあるわよね」


 …理屈はよく分かんないけど。


「そ、そうそう!そうだよ、鬱陶しい私を見習うといいよ!」

「ふ…鬱陶しい物言いだけど、そうね、そうするわ」

「うん!」


 何はともあれ、夜重が元気を出してくれたならよかった…なんてことを呑気に考えられたのもつかの間で、直後、夜重が私を見習って放った言葉に私は言葉を失った。


「明日も実験の続きよ、祈里」

「は…?」


 じ、実験?


「鈍いわね。私でドキドキするかどうかの検証ということ――つまり、で、デートをすると言っているのよ」


 でーと…?


 デートか。


 なるほどぉ、分かりやすい説明…。


「…って、デートぉ!?」

ご覧頂き、ありがとうございます!


次回の更新は火曜日になります!



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