お試し期間?.3
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「ねぇねぇ、結局どうだったの?」
次の日、学校で顔を合わせた青葉は開口一番、そう私に尋ねてきた。
「え、あー…」
私はなんと説明したらいいかも分からず、眉を曲げて困り顔を浮かべた。すると、私のそんな顔を勘違いしたらしい青葉が、「ははーん、そっかぁ。ま、どんまい!」と笑って背中を叩いてきた。
「あ、あはは…痛いよ、青葉」
説明の手間が省けたことを喜ぶべきか、それとも、私の残念エピソードが増えたことを悲しむべきか…。
まぁ、どうせ、『莉音くん、超絶美形の女の子だったんだけど、お試しで付き合ってみる?って言われちゃった♡』なんて言っても、可哀想ものを見る目で憐れまれるだけなんだろうな…悲しきかな、私の信頼度の低さ。
唖然としていた私と夜重に対し、『まあ、ゆっくりと考えてほしい。夜重ちゃんと一緒にね』…なんて言葉を残した莉音からは、昨日のうちにお礼と驚かせたことへの謝罪メッセージがきていた。
こっちも驚きっぱなしでごめん、とメッセージを送ると、莉音は無理もないことだ、と改めて共感を示し、とにかく、じっくり時間をかけて考えるように繰り返した。しかも、夜重と一緒に。
どうしてそこで夜重が出てくるんだろう、と不思議に思ったが、莉音には以前から、夜重はしつこいし過干渉なんだ、と話していたからかもしれないと一人で得心する。
っていうか、考えてみてって何を考えるの?私が同性でも好きになれるかどうか?それとも、莉音と付き合えるのかどうか?
(…いやー、分かんないよ。そもそも、どうやって考えるの?無理じゃない?ネットで調べるとか?いや、何を?SNSで…ううん、SNSから生まれた悩み事だもんなぁ…これ以上、考えることが増えるのは私の脳みそキャパ的に無理だぞぉ)
そうこうして悩んでいるうちに、夜重が登校してきた。
昨日は、夜重ともまともな分かれ方をしていない。というのも、彼女が帰り道は終始無言だったせいだ。うん、私は悪くない。声をかけられなかったのは、圧の強い夜重の綺麗な顔が悪い。
私はどんな顔を夜重に見せたらいいか分からず、青葉が彼女に挨拶していても顔を向けられずにいた。
「祈里」
鋭く尖った言葉が降ってくる。
内心の動揺を悟られないように、微笑みを浮かべてから返事をする。
「あ、夜重、おはよ」
「おはよう」
互いに無言の時間が流れてしまう。明らかに普段とは違う二人に、青葉だけじゃなく、何人かの友だちがこちらを窺っているのが分かる。
な、なにか、言わないと…。
夜重と気まずくなるのは、絶対に嫌だ。
喧嘩も絶えないし、ムキー!ってなることも多いけど。
夜重は、私の数少ない理解者だ。…保護者ではない。断じて。
私自身、夜重のことを分かっている数少ない人間だという自負がある。というか、私以外、いないんじゃないかなぁ。夜重は一匹狼みたいな人だからね。
「あー…や、夜重。今日の宿題してきた?」
「宿題?」
やばい、適当に走り出しすぎだ。
「え、あ、そう、宿題…」
「宿題なんて、今日は何もないでしょう」
「そ、そうだっけぇ?うぅむ、いつもの天然ボケが出ちゃいましたなぁ、あはは…」
小ボケにして誤魔化そうとしたが、夜重の顔は普段通りの能面。いつもやめなさいと言っているでしょう、その顔は。心臓がぎゅっ、ってなるから。悪い意味で。
その後も、私は何か言おうと口をパクパク、視線をキョロキョロとしていたのだが、ややあって、夜重のほうから核心に迫る言葉を向けられることとなる。
「祈里、昨日ことだけど」
「あ、ひゃぃ!」
身構えすぎて変な声が出た。恥ずかしい。でも、それどころじゃない。
じっと、こちらを見下ろす夜重を上目遣いに見返す。どんな言葉が吐き捨てられるか、予想もできなかった。
『よくもあんな奴の前に私を連れて行ってくれたわね、この駄犬。私の時間を返しなさい。今、すぐに』
『素敵なお悩み解決人だったわね、祈里。さぁ、みんなに今、話してみせたら?ほら、早くなさい』
『まだ妄想のほうが良かったと思うわ、私。だって、女の人だったうえに、お試しで付き合おうなんて言い出すやばい人だったのよ』
ぐ、ぐぬぬ…どれもよくない。言い返したいのに、絶対に夜重には口喧嘩では勝てないという、実績に基づいた結果が分かっていて、負け惜しみしか出なさそうだ…。
それで、実際に出てきた言葉は…。
「もう、あの人に会うのはやめなさい」
「え…?」
意外な言葉に、私は面食らった。しかし、すぐにそうもいかないと思い、首を横に振る。
「で、でも、考えておいてって…」
「考えることなんて塵一つとして無いでしょう?たかがSNSで出会った人間に、義理など感じなくていいわ」
「そんなこと――」
「あのね、祈里、貴方は女なのよ」
話は終わりだ、とでも言わんばかりに夜重が自分の席へと離れていく。
「ちょっと、夜重ってば!」
私は慌ててその手を掴んだ。そうすると、驚いたことにすごい勢いで手を振りほどかれてしまった。
元々、夜重はボディタッチが好きなほうではない。だが、私が手を繋いだりするときは、ため息と共にそれを受け入れてくれるような人間でもある。まあ、高校生になってからはつないでないけど。
「ど、どうしたの?」
ぽかんとした顔で夜重を見やれば、彼女は私の手が触れた右手をぎゅっと胸元に抱え、なぜだろう、顔を真っ赤にして驚いた顔を浮かべていた。
いや、驚きたいのは私のほうなんだけど…。
「夜重、あの」
「…は、話があるなら放課後にでも聞くわ」
「放課後?別に今からでも」
「忙しいのよ」
忙しいって…宿題もないのに、朝から学校でやらなきゃいけないことなんてないだろうに。
でも、夜重がこういう感じで応対するときは、粘っていてもしょうがない。
私は大人しく引き下がることにした。
「分かった。放課後だよ?約束だかんね?」
「分かったから…もう、いいでしょう」
そうして、夜重は私との会話を一方的に打ち切った。
「夜重、どうしたの?」と心配そうに尋ねてくる青葉の声を耳にしながら、私は担任の教師が入ってくるまで、その美しい黒髪を目で追うのだった。
放課後に聞くわ、って言ったくせに。
私は流星の如き勢いで教室から出て行く夜重を追って、昇降口を飛び出した。
私も夜重も部活はやっていない。夜重は基本的に家に帰って読書するか、勉強しているし、私に関しては一生懸命働いてくれているお母さんの代わりに、家事をしておかなければならなかった。
「あ、夜重!ストップ、ストップ!」
桜並木の辺りでどうにか追いつく。私も夜重も一駅分ほど離れた地域から通学しているため、登下校にはバスを利用している。そのため、数分ずれただけで一緒に帰れないこともあるのだ。…まぁ、だいたい夜重は私を待ってくれるんだけど。
声をかけられた夜重は、びくんと肩を揺らしてから立ち止まり、ゆっくりとこちらを振り向いた。その拍子に腰まで伸びた黒髪が、螺旋を描くように艶やかにうねる。
黒髪美女の圧力に屈さず駆け寄った私は、肩で息をしながら、恨めしそうに夜重を見上げる。
「はぁ、はぁ…うー、なんで先に帰っちゃうかなぁ、夜重ってば」
「…別に、私がいつ帰ろうと勝手だと思うけれど」
「はぁ?話は放課後に聞くって言ったのは夜重じゃん」
珍しく正論で返せた私に、夜重はすぅっと視線をそらした。
「そう、だったかしら…。ごめんなさい、忘れていたわ」
「ははぁん」と私は腕を組んで夜重を見返す。
「なによ、その顔は」
「記憶力抜群、頭脳明晰の蒼井夜重様が『忘れていたわ』ぁ?そんなことないでしょ」
「…私だって、人間よ。そんなこともあるわ」
「はいはい、幼馴染、舐めないでよ。今までだって、夜重が約束を破ってどっかに行くときは、だいたい怒ってるときか、いじけているときか、都合が悪くなって逃げてるときだもんね」
これには夜重も苦い顔をした。私には通らない言い訳だったと今さら後悔しているのだろう。
実際、夜重が私との予定をうっかりミスで反故にすることなんて、今まで一度もなかった。
夜重が約束を守らなかったとき。それは…。
「私が夜重と遊ぶ約束してたのに、うっかり忘れて別の友だちと遊んだときは、次の日に慌てて立てたお出かけの約束をすっぽかされたし」
「…すっぽかしたのではなく、破ったのよ」
「小学校の劇でお姫様役に推薦されちゃったときは、放課後の練習を初日からサボったし」
「あぁ…推薦した人を本気で殺してやりたいと思った、あれね」
「そうそう――って、それ、私なんだけど…」
だって、昔から夜重は綺麗だったんだもん。お姫様役に相応しい人間なんて、蒼井夜重を差し置いて誰もいなかったんだって。
「結局あのときも、追いかけてきた貴方に説得されたんだったわね…きっと、今後の人生を暗示した出来事だったんだわ」
「それどういう意味よ」
「貴方に振り回されっぱなしの人生ってことよ」
そう言うと、夜重は小さく笑った。
(…やだ、きゅんときちゃうわー…)
夜重はこうして、夜にしか咲かない月下美人の花のように、ひっそりと笑うときがある。
決まって私と二人きりのときにしか見られない花だから、なんだろう、特別なものだって思えるんだ。
これがツンデレのデレの部分ってことか。うぅむ…恐ろしい。世の中の男どもはイチコロリであろう。
「はいはい、振り回して悪うござんした」
悪態を吐いて、夜重に見惚れていないアピールをした私は、そのまま続けて、「そうだ、この後、時間ある?」と尋ねた。
「読書と勉強で忙しいわ」
「おっけー、暇だね。さっきの話の続き、私の家でやろうよ。夕方に雨降るかもだから、早めに洗濯物取り込んでおきたいんだよね」
「だったら明日すればいいじゃない」
「明日にすると、綺麗な言い訳作っちゃうでしょ、夜重は。理論武装大好きっ子だからね」
「…はぁ、分かったわよ。諦めるわ」
物憂げなため息。やっぱり、夜重がすると様になる。
「そうこなくっちゃ」
「…昔から、どうしてこうも祈里はしつこいのかしら。貴方、蛇年だったかしら?」
「あんたと一緒の犬年だよ!知ってんでしょ!」
いつものテンポで会話が戻ってくる。
うん、やっぱりこれだ。私と夜重はこうでなくっちゃ。
…そうじゃないと、息苦しくて、おかしくなりそうだと思った。
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