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素直になれない天使たち  作者: null
四章 雨溶け
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雨溶け.1

「あああああぁー…!」


 家に帰って速攻、私は枕に顔を埋めてうなり声を上げた。


 私、なんてことしちゃったんだろ。あんなの、痴女じゃん、変態じゃん。


 言い訳がましいけど、ほんと、最初はジュースをこぼした焦りとか、申し訳なさからああいう行動に出てたんだよ?でもね、夜重の赤い顔とか、小さな悲鳴とか、余裕のない視線の動きとか、涙ぐんだ様子とかを見てると、もう、私が私じゃいられなくなってたって言うか…。


 分かってる。こんなの酷い言いわけだ。


 私は再度、深く顔を枕に埋める。晩御飯の準備をしなくてはならないが、どうにも気力が出ないし、お腹も空いていない。


 カラオケ店員さんからの電話の後、私と夜重は一言も話さずカラオケルームから出て、支払いを済ませた。


 外に出てからも熱が冷めずにいた私は、夜重の顔をチラチラずっと見ていたのだが、夜重はぼうっと上の空な様子でバス停に佇み、とうとう最後までまともに口を開かなかった。


『や、夜重。おやすみ』という言葉にだけ、わずかに反応してくれたが、ゆっくりと振り向いた夜重は浅い頷きを繰り返すばかりだった。


 だいたい、なんで私のほうが『ドキドキしてる?』なんて聞いてるの。


 あー…もぉ…。


 これはやっぱり、認めざるを得ない。


 私、夜重相手にドキドキしてる。


 つまりそれは、夜重のこと、そういう相手として認識してるってことだ。


 いつからだろ…。


 一度認めてしまえば、心の目は意外とクリアーになった。


 綺麗で、強くて、たまに優しい蒼井夜重。頭だってとっても良くて、運動だって苦手じゃない。集団からはみ出すことを恐れず、私がどんなに馬鹿をしたって付き合ってくれる蒼井夜重。


 ずっと昔から、夜重の隣は私の居場所だった。それなのに、夜重は光の速さで大人になっていって、遠く離れていくから…大慌てでその後を追いかけた。


 でも、夜重は私が変わっていくから、自分は変わらないといけなくなる、って言ってた。よく分からない。どう考えたって、私は昔からたいして変わってないのに。


「…私、どうしたらいいんだろ」


 ため息と一緒に、夜重と離れてからずっと頭から消えない問いを口にする。


 女同士でもドキドキするかだって?


 いや、もうどうでもいいよ。莉音には本当に悪いけど試す必要もない。


 目を閉じて、今日のことを思い出す。家に帰ってから、もう何十回と繰り返していることだった。


 私とのデートのために、スカートを新調した夜重。そのくせ、タグはつけっぱなしっていう、きゅんとくる凡ミスをする夜重。


 私の露出に対して、気をつけろと言ったり、服をかけて周囲から隠そうとしたりするのに、自分はじっと盗み見てくる、ムッツリスケベな夜重。でも、自分が攻められるのは恥ずかしくて、緊張してたまらない夜重。


 夜重はここにいないのに、また胸がドキドキし始める。


「うぅ…」


 ぐりぐり、と顔を枕に押し付ける。


「馬鹿夜重…かわいすぎだろ…」


 あぁ、もう分かってる。


 私の出したい答え。夜重も同じ気持ちだって、なんとなく確信してる、この気持ち。


 言わないと。


 私が。


 だって、夜重は照れ屋だから。莉音にあんな提案をされてから、今日まで、きっと、照れ屋な夜重なりにかなり頑張ってきたはずなんだ。


 私が変わろうとしているように見えたから…夜重も、変わろうとしていたらしい。


 それなら、その頑張りに応えたい。


 よしっ、と私は携帯を手にした。


 開くのはメッセージアプリ。でも、宛先は夜重じゃない。


『莉音くん』。


 この登録名もいい加減、変えなきゃいけない。だけど、それより先に莉音に伝えなきゃいけないことがある。


 私は手短にではあるが、莉音とはお試しでも付き合うことはできない旨を伝えた。もったいない、と一ミリも思わなかったあたり、私の心はずっと前からこの答えを知っていたようだった。


 とはいえ、私本体はやっぱり間抜けだったから、莉音を巻き込むことになった。思えば、とんでもない迷惑をかけてしまっているわけだ。私が(たぶん、夜重も)自分の気持ちをああだこうだと曲解してきちんと理解できていなかったから、曖昧な返事をしてしまっていた。


 やがて、向こうからも『そっか』と手短な返事が送られてくる。私が重ねて謝罪文を送っていると、『どうして謝る必要があるんだい?』と返信がきた。聖人か、この人。


『この返事は、夜重ちゃんが関係してるのかな?』


 よく分かっている。寸秒、躊躇したが、ええい、やったれ、と肯定のメッセージを送る。それから、誤解されては夜重に悪いと思って、あくまで私が私の意志で決めたことだと付け足す。


『だったら、僕が心配することは何もないね』と朗らかな笑みが想像できそうな文面の後、莉音はさらにこんなメッセージを送信してきた。


『ただし、今、祈里と夜重ちゃんの関係がどうなっているのかだけ聞かせてもらってもいいかな?よければ、直接。今後の参考にしたいんだ』


 私と夜重の関係?


 そんなの、上手に言語化できる自信なんてないんだけど…だって、私がよく分かってないんだからさぁ。


 だけど、これも莉音に迷惑をかけてしまったお詫びと考えれば、断ることはできない。今後の参考に――…っていうのがよく分からないけど、私は莉音の提案を承諾し、明日の放課後、またあのファミレスで会うことを約束した。



 今回こそ私は、前回と同じような間違いを犯すことなく放課後の時を迎えた。つまり、莉音に会うことを誰にも漏らしていない、ということだ。


 この間は夜重を同伴させてしまったからややこしいことになった。今回だって、絶対にろくなことにはならないから、とりあえず、『今日は一人で帰りたい気分だから、先に行くね』と夜重には説明しておいた。


 夜重は明らかに怪訝な顔をしてみせていたが、土曜日の一件もあってどう振舞えばいいのか、未だに掴み切れていないのだろう。『そう』と短い返事だけを残した。


 なんだか逃げるようで申し訳なかったんだけど、これも私と夜重の関係を変えていくための第一歩、清算なんだ。だから今日ばかりは仕方がない。ちょっと俯きがちになった夜重がかわいそうに見えたが、ぐっとこらえて外に出る。


 外履きに履き替えて見上げた空は、夏を前に青々と広がり、笑っているようだった。おかげで、自然と気持ちも前向きになる。よしっ、こうなりゃ前進あるのみ。都合がよすぎるかもしれないが、莉音に話を聞いてもらって、あわよくば色々と相談させてもらおう。


 そうして息巻いた私が校門に向かうと、謎の人だかりができていた。何かあったのだろうかと後ろから覗き込んでみたところ、驚いたことにそこには莉音の姿があった。


 以前と違い、白のジーンズに無地の黒シャツ。その上には下と同じ白のジャケット。これでもかと言うほどの白を身にまとう莉音の姿に、色んな人が立ち止まり、そして、一部の勇者たちは彼女に興味津々で話しかけていた。


(え、莉音、なにしてんの…?ここ、学校なんだけど)


 莉音との待ち合わせ場所この間と同じファミレスになっていたし、そもそも、私は自分の高校がどこかも教えてはいない。


 偶然にもこの学校に知り合いがいるのかもしれない、なんてことを考えてはみたが、人垣の中に私を見つけた莉音は、「待ち人が来たみたいだ」と言ってこちらへ向かって片手を上げていた。


「やあ、祈里。待ちきれずに迎えに来てしまったよ」


 なんか、莉音の周りがキラキラと光って見える。あふれる王子様オーラってやつだ。まあ、女の人なんだけどね。


「莉音、なんでここに?」


 人様の視線が痛い、と思いつつ、莉音の元へと駆け寄った私は、ひそひそと彼女に問いかける。目立つのは嫌いじゃないが、なんか、こういう目立ち方は落ち着かない。


「んー…運命かも?」

「やだ素敵♡――とは、ならないよ!」

「あはは、そう?残念だなぁ」なんて言いながら、莉音はあどけなく笑う。


 こうして見ると、やっぱり莉音も同年代ではあるんだと思った。人並みにあどけない笑い方もするし、大人になり切れていない半端な感じも残っている。


 莉音はひとしきり私をからかうと、ややあって、「制服だよ」と事のカラクリを教えてくれたのだが、制服だけでどこの高校か簡単に当ててしまう莉音は、ちょっとだけ変態っぽい感じがした。


「へ、へぇ…制服だけで…」

「ああ。この辺り一帯の制服は記憶している。特に女子高生は」

「あ、やっぱり変態だ」と本音が漏れれば、莉音はなぜか嬉しそうに、「まあ、そういう自覚はあるね」と目を細めた。


 こういうことを堂々と宣言していても下劣な感じがしないのは、莉音からあふれる清潔感のおかげだろうか、それとも、ルックスの成すハロー効果的なあれか…。


 なにはともあれ、これ以上、ここで見世物パンダみたいに立ち尽くす必要はない。さっさとファミレスに向かって、莉音にあれこれと説明し、そしてアドバイスを貰おう。


 そう決めた私が莉音の腕を引いて、駅前のファミレスへと向かおうとした、そのときだった。


「やっぱり…ッ!」


 背後から、軽く乱れた呼吸と一緒に、聞き慣れた――でも、今までにない感情を強く宿した声が聞こえて、私は勢いよく振り向いた。


「や、夜重」


 西日を浴びてもなお、黒く渦巻く闇をその腰まで伸びた髪にたくわえ佇むのは、私の幼馴染である蒼井夜重だった。


 どこからか走ってきたのだろう、夜重は肩を小さく上下させて呼吸を整えようとしていたのだが、どうしてか、息の乱れは一向に収まる様子はない。加えて、ごうごうとたぎる感情の炎は夜重の瞳の中で居場所を求めて荒ぶっているようだった。


 その鋭くも澱んだ眼差しは、莉音と私を何度か行き来した後、最後にぴたり、と私を貫いて留まっていた。


「あんな言いわけ、私が何も気づかないとでも思ったの?祈里」

「い、言いわけのつもりは」

「嘘よ。初めから、私に隠れてその人に会うつもりだったのでしょうに」

「隠れてって…」


 そんなわけないじゃん、と言いかけたんだけど、よくよく考えなくてもあながち間違ってはいないと思い直し、何も言えなくなる。


「やっぱり図星ね。祈里のくせに、私を欺こうなんて…!」

「むっ」


 どんな事情があるにせよ、祈里のくせに、という言葉は聞き捨てならない。


「『くせに』とはなにさ、『くせに』とは!っていうか、私は欺くつもりなんてなかったし、たまたま莉音が学校前で待ってただけで一人で帰ろうとしてたことは本当じゃん。」

「そいつとは会うなって、私何度も言ったでしょう!」

「ちょっと、莉音に失礼なこと言わないで!そもそも、私がどこで誰と会おうと私の勝手でしょ!?」


 放課後の校門前なんて、たくさんの生徒が通る。だから、冷静になればこんなところで言い争いなんて目立って仕方がないし、三文芝居みたいな修羅場であればなおのこと、恥ずかしいと思うべきところだろう。


 だけど、私も夜重もこういうときはやっぱり冷静になれない。馬鹿みたいに意地を張り合って、馬鹿みたいに衝突してしまうんだ。


 そうして少しの間私と夜重は、かみ合っているようでかみ合っていない言い争いを続けていたのだが、ややあって、酷く落ち着いた声で莉音が口を挟んできた。


「まあまあ、二人とも。ちょっとはクールダウンしないと、みんな見ているよ」


 その大人びた感じに、少しだけ私は反感を覚えた。危うく、莉音には関係ないでしょ!なんて叫びかけたが、すんでのところで踏み止まる。やばい八つ当たりをするところであった。


 でも、元々莉音のことを好ましく思っていない夜重は止まらなかった。


「黙りなさい!貴方には関係のないことでしょう!」


 年上の莉音を相手にして怒鳴り声を上げられる夜重は、なんというか、さすがだ。彼女に言わせてみれば、年齢なんてものに精神的成熟は宿らないらしい。なんのこっちゃ。


 だけど、やっぱり莉音は夜重よりも大人だった。


「関係のない相手に怒りをぶつけているとしたら、君はまだまだ子どもだね。蒼井夜重ちゃん」

「な、舐めた口を…!」

「それはこちらの台詞かな。まあ、子どもの言い分なんてどうでもいいがね」


 そんなふうに鼻を鳴らしつつ莉音が肩を竦めれば、夜重は顔を真っ赤にして、「だいたい、いつまで祈里にくっついているの!離れなさい!」と怒号を発した。


 合理性に欠ける反論。夜重が追い詰められている証拠だ。ちょっとだけ、見ているこちらの胸が苦しくなるけれど、莉音はむしろ、それで反撃の手を緩めるようなことはしてくれなかった。あれ、これって大人の応対か?


「くっついてきたのは祈里のほうからだ。――そもそも、どうして君がしゃしゃり出てくる?怒鳴り散らしてくる?僕と祈里の問題だぞ」

「だからそれは――」

「ストップ。…そこから先はよく考えてから口にしたほうがいい。祈里と僕が仲睦まじくしていて、気に入らない理由を…自分自身の手綱すら取り切れなくなる理由を、よく考えてから口にするんだ」


 莉音はやけにゆっくりと、警告じみた様子で夜重にそれを告げた。


 私には莉音の意図は分からなかった。だけど、夜重はどうやらそれに気づいたようで、真っ赤だった顔を段々と青くして黙り込み、唇を噛んでいた。


「莉音、あの」と私が気づかわしげに莉音を見上げれば、彼女は視線を夜重に固定したままで、「大丈夫。少し黙って夜重ちゃんを待ってあげてくれ」と返した。


 何を待つって?夜重が、何に怒ってるって?


 よく分からなかった。でも、分からないなりに、私は夜重を待つ義務があるとも思った。少なくとも、今、この瞬間、夜重が苦虫を嚙み潰したみたいな顔をして迷っているうちは。


 だから、私は待った。


 不安が耳元で囁き声をこぼすけれど、それでも、言葉にできない期待感も確かにあったんだ。


 でも…それは呆気なく、打ち壊されることとなる。


「――…前にも言ったでしょう。私が、その子の保護者だからよ」

みなさん、お疲れさまです。


みなさんのちょっとした楽しみになれればと、執筆しておりますが、


一ミリくらいはそうなれているでしょうか?


何はともあれ、ご覧になって頂きありがとうございました!


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