私たち≠友達、恋人.3
次回の更新は土曜日となっております!
よろしくお願いします!
なんというか、まあ、一緒に過ごし慣れている夜重とのショッピングは、やっぱり楽しいわけで、時間は飛ぶように過ぎていった。
ショッピングモールの中の雑貨屋を初めに、本屋、百円均一、アパレルを何店舗か、ちょっと背伸びしたコスメコーナーも見て、店員さんに色々と聞いて満足してから、今はファストフード店でのんびりしているところだ。
買い物はほとんどしていない。うちは裕福な家庭じゃないって分かってるから、本当に欲しいものを本当に必要なタイミングで購入するのが私のモットー。だから、タダで楽しめるウィンドウショッピングは大好きだったし、それに黙って付き合ってくれる夜重も大す――…ありがたいと思っていた。
フィッシュチーズバーガーにかぶりつきながら、危うくフライングスカイしかけた思考をストップする。うん、お魚美味しい。チーズもバンズも最高。お腹周りには厳しいけど、育ち盛りの私たちにとって、ファストフードは充足感がある。
『あの人、モデルさんかなぁ』
ふと、バーガーで舌鼓を打っていた私の耳に、そんな声が飛び込んできた。どうやら、後ろの派手な女子高生か大学生かが私の真正面に座っている夜重を見て、そう言ったらしい。
『えー、美人だけど、今風って感じじゃなくない?』
ぴくっ、と耳が勝手に反応してしまう。盗み聞きなんて趣味が悪いけど、赤の他人を平然と評価するほうがよっぽど悪趣味だと私は思う。
『馬鹿だなぁ、それがいいんじゃん。ナチュラルメイクっていうか、薄化粧?すっぴん美人なんて、羨ましい』
『まあねぇ』
夜重がけなされるわけではないと分かった私は、ほっと胸を撫でおろしつつ、やっぱり夜重は傍目から見てもそういう評価をされるんだな、とぼんやりと考えた。
あの人たちの言う、羨ましい気持ちには同意だ。なんなら、私が誰よりも夜重を羨ましく思いながら生きてきた自負さえある。
夜重が身にまとう眩しさは、風に舞う桜の花びらと同じでそれを目の当たりにする者の視線を支配してしまう何かがあるのだ。
夜重だって、私と同じジャンクフードを頬張っているはずなのに、それでもお上品に見えてしまうのは育ちの良さか、逃れられないルックスの問題か。
そうして、私が後ろの会話に耳を傾けながら夜重を観察していると、不意に、彼女の眉間に深い皺が刻まれた。
「どうしたの?」
「…何がかしら」
「いや、顔怖いけど」
「失礼ね、生まれつき天から授かった造形よ」
嘘だ。いつもの顔よりずっと険しいじゃん。これはちょっと不愉快なときの夜重だ。
とはいえ、そんなことを指摘したって、夜重は認めない。合理的に追い詰められたときにしか、彼女は尻尾を出さないのである。
理由が分からない以上、だらだらと食い下がってもお互い嫌な気持ちになるだけ。はい、終わり。
私はまたバーガーに嚙みつく。あと、何口かで胃の中に消えてしまいそうな包み紙の中を見て、私がちょっと残念に思っていた、そのときだった。
おもむろに夜重が立ち上がった。お手洗いにでも行くのかと黙って彼女を見上げていると、夜重は自分が着ていたワイシャツを淀みない動作で脱ぎ、こちらが口を挟む前に私の肩にふわりとかけた。
「え、な、なに?」
びっくりして目を丸く見開く。
夜重の温もりと、私には想像もつかない感情の残滓がこもったシャツは、少し重い。
「別に。寒そうだと思っただけよ」
「寒そう?」
「ええ。今日の祈里の服装では、肩まで出ているわけだし」
「いや、気持ちは嬉しいけど、私は別に――」
「店内の冷房もだいぶ強いわ」
「だから、私は」
「寒いのよ、祈里は」
ぴしゃり、と言い切った夜重は、話はもう終わりだとでも言わんばかりに席に戻ってハンバーガーを咀嚼し始める。
(な、なんなんだ…蒼井夜重。意味が分からん…これもデートがどうとかってこと?)
私は本当に寒くもなんともなかったのだが、一応、気遣いによるものだとは思うのでシャツを突っ返す気にもなれず、そのまま受け入れることにした。まあ、夜重の体温が残っているから、安心すると言えば安心する。人肌の体温って、やっぱ気持ちいい。
それはそうと、羽織っていたワイシャツを脱いだせいで、夜重のほうが肌寒そうな格好になっている。白いノースリーブ。夜重の黒髪とのコントラストが際立って鮮やかで、浮き上がったボディラインは艶やかだった。
『うわっ、細っ!スタイルもいいじゃん』
さっきの女の子たちがまた夜重のことを話し始める。
どこを見てんだ、とムッとするも、続く言葉にそれどころではなくなる。
『でも、どういう関係なんだろうね、あの二人』
『え?どういうって、何が?』
『いや、今のさ…向こうの男子高校生みたいなのがもう一人の女の子をじろじろ見てたからシャツをかけたんでしょ』
『は?』
は?
うわ、反応被った。いや、待って、そんなことどうでもいい。
彼女らの言う通り、私と夜重が座っている席の近くには課外授業の後なのか、学生服を着た男の子が何人かいた。ちょっと顔を傾けたらその人たちと目が合ったから、あながち間違いでもなかったのかもしれない。
でも、だとしたら…夜重はそれが嫌だったってこと、だよね?
私のこと、男の子に見られるのが嫌だったんだ。まるで嫉妬深い恋人みたいに…。
『かわいいね、独占欲。付き合ってんのかな』
『いやいや、別に友だち同士でもあるでしょ』
『えぇ?私の勘だとあれは『LOVE』だって』
『下種の勘繰りだなぁ…女友だちのスキンシップ、その延長線上だって。同性カップルなんて、そうそういないんだから』
『いんじゃん、ここに』
『…人前でそういうこと言うの、やめてもらえる?』
…情報過多、ショートしそう。
私と夜重って、やっぱりそういうふうに見えがちなの?それとも、今の夜重は『デート』してるつもりだから、そういう振る舞いになってんの?でも、夜重は『独占欲』っていう言葉が驚くほどしっくりくるとき多いんだよね。というか、あの人たちは付き合ってんの?え?
やっぱり、意外と世の中、同性カップルって存在してんだ…。はぁ、知らないだけだよなぁ、結局。しかも、その知らないだけってのも、差別とか偏見とかでいっぱいの人たちがいるせいで、当事者たちが表に出せないからそうなるんだろうなぁ…。私は気をつけよ。
色々と考えすぎて、頭がパンクしそうだった。一方で、正面の夜重はすでにバーガーを食べ終わっている。私が色んなものに気を取られている間も、黙々と食に当たっていたからだ。呑気なやつめ…。
でもまぁ…。
(そっか、私がじろじろ見られてたのが気に入らなかったのかぁ)
思えば、昔から夜重はそうだ。
顔も見えない文通相手にも嫉妬していたし、莉音にだって嫉妬してたのかも。大事な幼馴染を取られないように。
(ふふん、悪い気はしないぞ)
ぱくっ、と最後の一口を頬張り、私は満足そうに夜重へと微笑みかける。
「夜重」
「なに。気持ち悪い顔なんかして」
おい、それは余計だ…けど、気を取り直して…。
「気遣いありがと。でも夜重ったら、私のこと本当に好きだよね?」
とうっ、と言葉の剣で一太刀!
最近はやたらと夜重が私をからかう――ってか、揺さぶってくるから、今回ばかりは私から仕掛けて夜重を動揺させてやりたかった。
私の一撃は、こちらが想像したいた以上の威力をもって夜重を斬りつけたらしく、彼女は顔を真っ赤にさせて口をパクパクさせていた。
そうそう。この顔が見たかった。私の勝ちだ、と言えるこの慌てた顔が。
ややあって、夜重はすごく恐ろしい形相で私を睨みつけるとこう言った。
「勝手にほざいていなさい。口の端にチーズをつけるようなお子様を、私が好きになると思っているのならね」
がたっ、と立ち上がり、トレーを持ってゴミ箱へと行く夜重を横目にしながら、そっと口の端に触れた。
…本当だ、いつからついてたんだろ。
もしかして、男の子たちが見てたのって…これ?
日が西日になりつつある中、私と夜重はショッピングモールを出て、ぶらぶらと近くの商店街を歩いていた。
帰路につくためのバス停は駅の敷地の中にある。駅まではここから五分とかからないから、帰ろうと思えば帰れるんだけど…せっかくここまで来たんだから、それはちょっともったいない気がしていた。夜重も帰ろうと言い出さなかったから、同じ気持ちなんだと思う。
「もう一か所くらい、どこかに寄りたいね」と私が何気なく言うと、夜重は無言のままに立ち止まり、じっとカラオケ店の看板を見つめていた。
「夜重、カラオケ行きたいの?」
「行きたいというか…こういうところもアリなのかしら、って思っただけよ」
「それって行きたいってことなんじゃないの?」と私が笑うと、夜重は困ったふうに笑った。
これはちょっと珍しいことだった。夜重とは十年の付き合いだけど、カラオケに興味を示すようなことなんて一度もなかった。私は頻繁に別の友だちと行くけどね。
「行ってみる?」
小首を傾げて問えば、夜重は一瞬の間の後、神妙な顔でこくりと頷いた。
「おっけー、じゃ、私に任せてよ!」
私は夜重の手を引き、すぐに近場のカラオケ店に入った。それから、フリータイムで部屋を取って、適当なドリンクをコップに注いで指定された部屋へと移動する。どうでもいいけど、こういう場所でもコーヒーを選ぶ夜重は、なんだか夜重っぽかった。ちなみに、私はスプライトだ。
部屋に入れば、夜重は物珍しげに室内を見渡していた。ちょっとだけ警戒している様子が猫っぽくてかわいい。艶のある黒猫だ。
「思ったより、狭いのね」
「まあ、二人しかいないからね。五、六人で来ると広い部屋に通されるよ」
「…へぇ」
パッドを手に取り、ソファに腰を下ろす。さて、何を歌おうかなぁ、なんて考えていると、寄ってきた夜重が私の肩にかけていたシャツを回収し、それをハンガーにかけた。スマートな動きに、「…ありがと」と呟きが無意識にこぼれる。
その後、対面に座った夜重は落ち着かない様子で室内を見まわし、同じような広告が流れ続けているディスプレイをじっと眺めていた。「先に歌う?」と私が尋ねれば、夜重は、「えっ!?」とこっちがびっくりしてしまうほどのリアクションを見せた。
「い、いいわ、私は…先に祈里が歌って」
「そう?んー…あ、そっか、そうだよね、初めてって緊張するよね」
「…変な言い方しないで」
変な言い方って、なにが、と不思議に思いつつも、夜重の言葉の一つ一つに反応してたら会話にならないから、スルー。
さて、私はというと、可愛めの適当な曲をチョイス。私の声だとちょっと音域が高いけど、頑張ればなんとかなる。
イントロが流れ始めると、夜重は驚いた様子でスピーカーを見上げた。
「音に慣れるまでドキドキするよね。少しの間我慢してれば、いつの間にか気にならなくなるよ」
「そ、そういうもの?信じられないのだけれど」
「大丈夫、大丈夫――っと」
Aメロが始まったので急いでマイクを構える。何度行っても第一声は緊張する。だけど多分、カラオケ初体験の夜重より上手いはずだから、すぐに緊張はほぐれる。
流れるのは恋の歌。私の世代なら誰だって知っているような歌だけど、こんなに一途に恋をしたことがない私でも、なんだか感情移入しながら歌えるような曲だった。
誰よりも長く一緒にいたい気持ちとか。
一番の私を見てほしい気持ちとか。
特別な関係になりたいと思いつつも、肝心なところで自分からは踏み出せない気持ちとか。
神様とか運命とかが偶然という名の奇跡を起こして、私たちの『今』を守ったままで『何か』を変えてくれることを期待しているんだ。
(…なんて、ね。ちゃんと人を好きになったことなんてないくせにね)
本当は、自分でも分かってる。莉音『くん』だって、別に心の底から色々と期待していたわけじゃない。そこまでメルヘンな頭はしてない。ただ、何も変わらない私の青春を変えたかったんだと思う。きっと、いつも背中しか見えてない夜重が慌てちゃうくらいの、何かを。
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