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俺、飛んじゃった

「大丈夫だって、マスコットの着ぐるみの後について這ってくだけだよ。私もいっしょにやるんだからさ」

 何のかんので、パットは頼もしい。さすが姉ちゃん。


「そうか、じゃあパパは行くから。メリー、二人をよろしく。スケジュールの合間みて、行けたら顔をだすからね」


「ハーイ」

 三人そろって良いお返事をして、みんなで玄関に向かう。


 先頭は俺、続いてメリー。そのあとを羊よろしく、パットとケティがついて行く。


 SPの一人がメリーの胸に見とれて鼻の下をのばしてやがる。

「シャーッ」と、俺が威嚇するとあわてて目をそらす。

 ホワイトハウスに勤務している独身男のほぼ全員の体に、俺の爪のあとがどこかに付いている。白靴下のソックスの名にかけて、メリーに手ェ出すやつは許さない。


 赤いカーペットの上、しっぽをピンと立て、キャットウォークで堂々たる行軍の先頭に立つ俺は守護者ガーデアンソックスだ。

 メリーと子供達とホワイトハウスを守るのは、俺なんだ。


「じゃあ行ってきます」

 メリーが二人をつれて出て行った。


 みんなが行ってしまうと俺のしっぽが下っていく。

 一人になると悩みが心からあふれ出て、力が半分抜けちまうんだ。


 この頃、俺の体は背が伸びなくなった。初めてここに来た時、メリーの手のひらに乗っていた俺は、四カ月で四倍に大きくなった。

 あと一年もすればメリーの背に届く。

 そしたら俺はメリーを嫁にもらって、一生守るんだと心に誓っていた。


 でも、俺が独身男どもに爪を立てるから、この頃メリーはファーストレディに、早く俺を去勢しろと責められている。

 男性ホルモンがなくなったらもう背は伸びない。

 だから俺はメリーの眠ったあと、毎晩お星様に願っている。


「俺を大きくしてください。メリーに相応のりっぱな男になって、結婚させてください」

 だって星に願いをかけるなら、叶わぬ願いなどないって〝ピノキオ〟で歌ってるじゃないか。


 断っとくが、俺はパットと違ってディズニー派だ。

 俺は誇り高いアメリカの猫なんだからな。

 ジブリだか、ジャパニメーションだか知らないが、いくら流行りだからって、パットは節操がなさ過ぎるよ、まったく!


 そんな事を考えながら歩いたら、めったに来ない応接室の方まで来ちまった。


「Dr.ワ・ルイゾ、こちらでお待ちください。もうじき大統領がまいりますので」

 秘書の奴に案内されて、ビヤ樽みたいな腹したおっさんが入って来た。

 さっき言ってた友達か? しきりに時計を気にしてる。



 ドアの陰から見てたら、しっかり抱きかかえていたバッグから、真四角なタッパを出した。 

ゴムパッキンがついてて、横でパチンと止める、メリーがいつも海苔を入れてるのと同じやつだ。半透明の中に黒いものも見える。きっと海苔だ!


 おっさんは蓋をとって覗きこみ、ため息をついている。 

 カバンの中から水のペットボトルを出したが、中はカラだ。

 立ち上がって、さっきの秘書にトイレの場所を聞いている。

 よっしゃ、しばらく帰らないぞ。

 一度でいいから、海苔を丸ごと一枚食べてみたかったんだ。今日はツイてる。


 俺は、テーブルにのぼって、鼻でタッパの蓋をずらして、覗き込む。

 あれ? 黒いけど海苔じゃない。ペンキみたいでドロッとしてる。何だろう?

 両前足をタッパの縁にのせて、俺は臭いを嗅ごうと身を乗り出した。


「ひゃあっ」

 素っ頓狂な声がした。さっきのおっさんがもう帰ってきたのだ。



 やべっ! めっかった。俺はあわててバランスを崩して、ズルリ、ドボンと、黒ペンキの中に前足を二本とも突っ込んでしまった。


「ひゃああああっ」

 おっさんが悲鳴をあげる。


 俺は、大あわてで前足を抜こうとしたが、ペンキは思ったよりねばっこくて、タッパは前足ごと持ち上がり、黒ペンキが俺に向かって流れおちて来る。


 あわてて後ろに飛んだが間に合わず、俺の後ろ足を真黒に染めて、ペンキはタッパごとテーブルにひっくり返り、中身をぶちまけた。


「ひゃああああああーっ何てことを!」  

 おっさんは慌てて、汲んできたペットボトルの水で、テーブルの上の黒ペンキを洗い流していた。

 テーブルの下でペルシャ絨毯に真黒な染みが広がっていく。


「あ、あ、あ、どうしよう、どうしよう~」

 おっさんは完全にパニックを起こしていた。


「どうした、何事だ?」

 オハラ大統領がやっと現れた。おっさんの悲鳴を聞いた秘書と警備員も飛んで来た。


 ヤバイ、おこられる――俺は逃げ出した。


「オハラ君! あの猫つかまえてくれ。早くしないと大変な事になる」

 おっさんの声に警備員が俺を追いかける。


「またんか、コラー」

 待てと言われて待つバカァいない。俺も飛ぶように早く逃げた。


 なのに相手はいつまでも追って来る。

 変だと思ったら、あたりまえだ。

 廊下におれの真赤な足跡が、点々と一直線に続いてるじゃないか。

 これじゃ赤い道順付けてるようなものだ。


 え、赤い足跡? 黒だったはずじゃ――。

 見ると俺の足はいつのまにか、黒から真赤に変っていた。四本ともだ。


 赤い足――まるで赤い長靴をはいたみたいだ。

 アンデルセンの赤い靴の呪い? 俺は昨日のパットの言葉を思い出す。


『赤い靴を履くとね、呪われて靴がぬげなくなるの。そうして靴はかってに踊りだして、止まんなくなって、最後には足を切り落とされるんだよ――』


 人魚姫の話のおじさんが、えらいホラー書くもんだと驚いたんだが、まさか――。


 実はさっきから足の感覚がおかしいんだ。軽いというか、浮くというか、揺れる感じで安定しない。

 靴が、かってに踊りだす?――


『早くしないと大変な事になる』

 ビヤ樽みたいなおっさんの言っていた事って……。


「いたぞ! そっちだ」

 警備員が追いついた。壁ぎわに追い詰められる。

 どうしよう、あいつら俺の足を切り落とす気なんだ!


 俺は壁を使い、三角飛びで警備員の上を飛び越して、開いていた窓から、外の芝生に飛び降りた。


 芝生を全力で走る。

 体が軽い――ワンストロークがとてつもなく長くなってる。

 逃げ切れるぞ――その先に新聞記者に囲まれた、メリーとおチビ達がいた!


「メリー、ソックスが来るよ」とケティ。


「何だアイツ、足が四本とも赤いぞ?」とパット。


「待って、追われてるみたい。また何か悪さでもしたんじゃ……」とメリー。


「そいつを捕まえてくれー」と警備員。


「やっぱり! ソックスこっちにいらっしゃい」

 メリーが両手を広げて、こっちに駆けて来る。メリー助けて。

 俺をそのふわふわの 胸で受け止めて――


 俺は全力でメリーに向かって飛んだ。――つもりだった。


 俺はいつもの五倍、いや十倍も飛んでメリーの頭上をはるかに飛び越え、着地したのはホワイトハウスの屋根の上だったんだ!


「えーっ?」メリーとケティとパットが上を見あげて一斉に叫んだ。

 新聞記者達のどよめきと、フラッシュの嵐。俺は屋根の上でフリーズした。


「あ、あ、あ、やっぱり飛んじゃった~」

 遅れて来たDr.ワ・ルイゾは、息たえだえに叫ぶと芝生の上にへたり込んだ。



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