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魔王の嫁でございます ~僅か8歳で魔王の後宮に入内した元王女ブリジア妃の数奇な人生~  作者: 西玉
第4章 地下後宮の慶事

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67 慶事を楽しむ魔族たち

 皇后デジィが用意した中央櫓は、グラウンド全体が隈なく見渡せるように作られた、一見すると人族の宮殿のような櫓である。

 人族の宮殿のような、というのは形状とサイズの問題で、本物の人族の宮殿は、全て純金で作られるようなことはない。


 使われている純金は、人族の市場に出れば金の価値を左右するほどの量になる。

 だが、人族の市場に出ることはほとんどない。

 大部分、使用後にはデジィのおやつになるのだ。

 金色のめでたい櫓を中央から登ってきたのは、今日の主賓である名妃シャミンだった。


 背後に二人の侍女を連れている。

 階段を登ってきた途中から、シャミンの顔色が変わりつつあった。

 中央櫓のいたのは、デジィだけではない。


 後宮のみならず、世界の支配者と目される魔王ジランに、その片腕と呼ばれる大元帥ダネス、そのほかにも慶事に参加するため、集まってきた魔族軍の将軍たちが居並んでいる。

 加えて、普段は自領から出ることのない魔親王国の国王たちもいた。

 シャミンの入内が、それほど注目されているというわけではない。


 普段は世界中に散り、世界の崩壊に目を光らせている魔王軍将軍や魔親王たちが、情報の共有や互いの腹を探る機会として集まっていたのだ。

 実際に、この場で主賓であるシャミンの話題は一つも出ていないのだ。


「シャミン名妃、こちらへ」


 階段の上から魔王親衛隊第一部隊総督のホムンクルスであるガギョクが促した。


「あっ……うっ……えっ……」

「シャミン様、落ち着いてください。皆様がお待ちです」


 シャミンに囁いた人影に、魔王は見覚えがあった。

 だが、あえて口に出さず、ただシャミンを促した。


「そなたの住む宮殿を決めるための慶事である。ここに来て、じっくりと各宮殿の妃たちを観察するが良い」


 魔王が、魔王と皇后の間にある椅子の背を叩いた。

 ごく軽く触れたように見えたが、叩かれた椅子の背が崩れた。

 デジィが、シャミンには目もくれずに言った。


「ああ……この試合の球は、万年アルマジロだったのね。不用意にかみついたから、白虎が反撃されているわ。あっちの長いの……魔物が潜り込んだかと思ったけど、女王アリ種のブラスト傑女を乗せた人喰いムカデね。とすると、トモア名妃が乗っているのも魔獣かしら?」

「ただのダチョウでしょう」


 横にいたダネスが答えた。

 ダキラは仕事のため欠席である。

 大元帥のダネスと大参謀のダキラは双子の兄弟で、世界の裏側の音も聞き逃さないとされるダキラとは対照的に、ダネスは宇宙の果てまで見通せると言われる視力を持つ。


「魔王陛下と皇后様、高貴な魔族の皆様に、ご挨拶を申し上げます」


 立ち尽くすシャミンの背後で、クリスともう一人の侍女が土下座のように這いつくばった。


「おお。点が入った。老練殿の妃たちもやりますな」

「万年アルマジロを手懐けたと見えます」

「人喰いムカデが止まったようですな。乗っている妃の指示を無視して、グラウンドの中央で止まりましたな」

「どうして人族が、試合中のグラウンドにいるのだ?」


 将軍たちも、シャミンの存在にすら気づかずに試合を眺めていた。

 一方で、何やら戦況についての相談をしている将軍たちもいる。

 動いた者がいた。

 将軍たちの会話に、平伏していたクリスが頭をあげ、グラウンドを見下ろした。


「あれ……まさか、ブリジア様が? へ、陛下……」


 クリスが振り返る。魔王をまっすぐに見つめた。

 魔王は、威圧した。

 クリスが腰砕けになる。

 魔王は、クリスの腹が不自然に膨らんでいることに気づいた。

 魔王は、思念をクリスに送った。


『誰の子だ?』


 クリスの驚いた顔が、すぐに冷静に変わる。

 ブリジアたちの侍女で、能力的に劣った者はいない。


『ブリジア様と、陛下のお子です。私は、お預かりしています』

『そうだったか』

『ブリジア様を、お助けください。シャミン様が跪かせたのです』

『それは難しい。妃が罰を与えたなら、覆せるのは同じ宮殿の上位の妃のみだ。まだ、シャミンはどの宮殿にも所属していない』


 つまり、シャミンの命令を覆せる者がいない。

 魔王と皇后は別だが、魔王がブリジアを、後宮の妃たちの目の前で助けることは憚られた。


『レガモンは何を……』


 侍女たちの中で、最も戦闘に特化した侍女の名前を、クリスは思い浮かべた。

 たとえブリジアを動かせなくても、レガモンなら守りに出るはずだと考えてのことだろう。

 意図してではないだろうが、魔王にクリスの思いは伝わった。


『ここにはおらん。魔球の結果を受けて、ダンジョンに挑む準備をしている』

『ダンジョンに? なぜです?』


 クリスからの返事に、魔王は応じなかった。


「あらっ。人喰いムカデが蹴飛ばされたわ。あの小さな馬、やるわね」

「魔獣ですね。バイラコーンですか?」


 ダネスが言いながら振り向いた。

 グラウンドの中央で跪いたままのブリジアを守るため、ブリジアの魔獣が飛び出してきたのだ。

 その頭部には2本の角があるが、1本は飾りだ。


「うむ。あの妃が手懐けたようだな」

「ほう。バイラコーンを手懐けるとは、人族としては優秀ですな」


 魔族の将軍が賞賛する。


「しかし、グラウンドの中央に居座られては邪魔でしょう。負けた方の妃から、苦情がでませんか?」


 ダネスの言葉に、皇后は首を振る。


「どのような状況であっても、それを利用し、勝利できなければ、新しい妃を獲得する資格などないわ」

「皇后様、なにとぞ、ブリジア様をお助け下さい」


 クリスがデジィの前に平伏した。

 デジィは金色の肌を燻らせながら、シャミンに視線を向ける。人族の侍女になど興味はない。その主人である妃でなければ話す価値もない。それが身についているのだ。


「そなたは?」

「シャミンと申します」


 皇后デジィの高貴な迫力に気圧されたか、あるいは魔族に対する恐ろしさのためか、シャミンは這いつくばるように平伏した。


「私が言いたいのはそうではない。あれをしたのはそなたであろう。そなたが許さねば、あの妃は動くことは叶わぬ。陛下や私が見ている前で、規則を破るわけにはいかんからな」

「シャミン様、お願いです」


 クリスが向きを変え、平伏するシャミンよりさらに低く頭を下げた。

 シャミンがクリスを見つめる。


「ブリジアが、そんなに大切なの?」

「はい。私の大切な主人です」

「違うわ。クリスの主人は私よ。ブリジアではないわ。皇后様、ブリジアは格上の妃である私を軽視しました。許せません」


 シャミンは、全身を震わせながら答えていた。

 デジィは、全身が金色である上に、輝く素材の服しか着ない。

 黙って座っていると、初見の者は置物だと勘違いし、老人は手を合わせる。


「……そんな……」


 言葉を失ったクリスに、デジィは尋ねた。


「クリスとはそなたか?」

「は、はい」

「人族の下女ごときのために……難儀なことよ」

「皇后様、試合が終わったようです。老練殿の勝利ですね。ランディの白虎が、途中でバイラコーンに蹴り飛ばされて気絶したのが原因ですね」


 ダネスがグラウンドを指差す。

 居並ぶ将軍たちの中で、唯一試合を堪能しているのがダネスだった。

 魔王親衛隊第二部隊の総督バブルが階段を登ってきた。


「陛下、来奇殿のコマニャス公妃から奏上です。ブリジア貴女を試合に参加させてほしいと」


 バブルが巻物を魔王に傅きながら渡す。


「あのユニコー……いや、バイラコーンがいれば、主人に危害は及ぶまい。戦場では、不測の事態は常に起こる。ブリジアであれば理解している」

「はっ。そのように伝えます」


 バブルが下がる。

 魔王は、ずっとブリジアを見つめていた。

 シャミンがどこの宮殿にも属さない以上、シャミンの命名を上書きできる妃はいない。

 例外は魔王と皇后、皇太后だ。


 だが、魔王は自らが弱点を持つことを極端に避けていた。

 純粋な人族であるブリジア貴女を、寵愛しすぎてはいけない。

 それは、魔王自身の気概である。

 魔王はブリジアの安否を気遣いながらも、皇后や魔族軍将軍の前で、ブリジアを助けることができなかったのだ。


 第二試合も終わった。

 エレモア率いる耐火殿の妃たちは、統率された動きで来奇殿を圧倒した。

 第三試合は、負けた宮殿どうし、来奇殿と獣雷殿の試合だった。


「皇后様、このままブリジアが試合に出ないままですと、ダキラががっかりします」

「そういえば、あの子は来ていないのね」


 慶事である。魔将軍も魔親王も呼ばれたが、将軍たちは半分程度しか参加していない。


「海底に棲む魔物に、厄介な者がいたようで、手が離せないそうです」

「あらっ……なら、気にすることはないわ」


 デジィが笑った。

 結果は、獣雷殿が勝利した。

 ブリジアを守る角つきの馬が魔獣であり、かなり手強いことを学習したランディ公妃は、次の試合ではブリジアに近づかなかったのだ。


 もともと、グラウンドの中央でひざまずいているだけのブリジアに、近づく必要などはない。

 ただ、最初の試合ではブリジアがいたからちょっかいをかけて、結果として蹴り飛ばされることになったのだ。

 来奇殿は、コマニャス以外は戦力にならなかった。


 実質ランディとコマニャスの試合だったが、ランディの乗る白虎はただのホワイトタイガーではなく魔獣の一種だったため、コマニャスの名馬でも及ばなかったのだ。

 最後に老練殿と耐火殿の試合が行われ、エレモアが容赦なく力を見せつけた。


「陛下」


 グラウンドの試合が全て終わり、次のダンジョン攻略を中継するために、大きな四角い石板が用意されている。

 慌ただしく動く魔物たちが、中央を通ることだけは避けている。ひざまずいている妃がいるからだ。


「どうした、皇后」

「あそこにいると、魔物たちの準備の邪魔です。ブリジアを召してよろしいですか?」

「好きにせよ」


 皇后デジィの申し出に、魔王は内心で胸を撫で下ろしたことを悟られぬよう、重々しい声で答えた。

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