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7 勇者出現に慌てる者たち

 〜魔王城、魔玉座の間〜


 玉座に座す魔王の前に、魔王の側近である魔王親衛隊の部隊長、総督たちが集まっていた。

 勇者降臨とは、それほどの事態なのである。


「勇者が出たとのことだが」

「はい。こちらでございます」


 魔王親衛隊第四部隊の総督である魔女のシレンサが、水晶玉を差し出した。


「拡大できんのか?」

「まずは、お目通しを」

「うむ」


 シレンサの腰は極度に曲がっており、水晶玉を高くは持ち上げられない。

 魔王ジランが玉座を降りて水晶玉を受け取った。

 水晶玉を覗き込み、魔力がこもった鎧を身につけ、魔剣を振り回す人族が、アンデッドと思われる魔物を打ち倒す姿を見つめた。

 打ち倒された中の一体は首がない騎士のゴーストであり、デュラハンと呼ばれる強力な魔物だ。


「ベルジュ」

「はっ」


 魔王親衛隊第三部隊の総督ベルジェは、吸血鬼である。

 昼であれば床下で寝たまま参内しているのだが、現在は活動時刻である。

 膝をついて礼の形をとっているのは、勇ましく妖艶な美女だった。


「部隊の損害は?」

「陛下、それをお尋ねになるのは、事態を全員に知らせることになります」


 ベルジェが答える前に、魔女シレンサが口を挟んだ。

 水晶に映った映像をまず魔王に見せたのは、他の総督たちに見せないための配慮だったのだろう。


「黙れ。勇者が出たのは、人族のトボルソ王国であろう。なぜ隠す」

「トボルソ王国の第一王女は、陛下の寵妃でございますれば」

「そのようなこと、承知しておるわ!」


 魔王が声を荒げ、玉座の肘掛を叩く。


「お、お静まりを」


 発言した魔王親衛隊第一部隊のホムンクルスだけでなく、すべての総督がひれ伏した。

 魔王は深く玉座に腰掛け、背もたれに背を預けて尋ねた。


「ベルジェ、トボルソ王国に派兵した配下はどうなっている?」


 ひれ伏して床を見つめていた女吸血鬼が、立ち上がって報告した。


「派兵した200のうち、1割に達する20名あまりが打ち取られました。すでにトボルソ王国と周辺諸国の戦争が始まり、他の人族に打ち取られたものと考えておりましたが」

「実際には、王国に出現した勇者に滅ぼされたということか?」

「そのようでございます」


 ベルジェが震えながら答える。魔王はひれ伏したままの第四部隊総督の魔女シレンサに尋ねた。


「トボルソ王国は、何を考えておるのだ? 王女を朕の後宮に入れ、朕の部隊を護衛のために派兵したのに、勇者を召喚してその部隊の者を殺害するとは」

「恐れながら申し上げます。勇者は、人族が召喚した者と、この世界の神が遣わした者がおります。トボルソの勇者は、後者かと」


「この世界の神……長い間何もしていなかったではないか。何故、突然遣わした?」

「わかりません」

「勇者が遣わされたとしても、朕が派兵したのだ。勇者に用はないはずだ。送り返せばよかろう」

「陛下、人族にそのような技術はございません。それに人族は、信仰した対象を無条件で信じる傾向がございます。遣わされた者を、無下にはできないのではないかと」


 シレンサが言葉を止めた。再び、魔王が玉座の肘置きを殴りつけたからだ。


「朕が派兵した魔王親衛隊第三部隊配下のアンデッド兵を勇者に殺させたことは、宣戦布告である。トボルソ王国に通告せよ。勇者を支持するのであれば、攻め滅ぼす」


 総督たちが震えている中で、体つきも細く、人族に似た風貌の魔王親衛隊第一部隊の総督ガギョクが立ち上がった。種族はホムンクルスであり、後宮内の運営を司っている者だ。


「陛下、ブリジア俗女の処置はいかがなさいますか?」

「勇者の正体がわかるまで、外出を禁ずる」

「承知いたしました」


 ガギョクが再び平伏する。魔王は告げた。


「勇者について情報を集め、殺せ。魔王親衛隊、第一三部隊に任せる」

「御意」


 魔王親衛隊第一三部隊は、魔王に従う人族の集団である。総督は人族の妃と魔王の息子だ。

 魔王は告げると、居並んだ総督たちに退出を命じた。

 一人、ガギョクが残った。魔王が命じたのだ。


「今後、地下後宮内の札から、来奇殿を除け」

「承知いたしました」


 魔王が地下宮殿を訪れる予定は、ある程度事前に決まる。その選択をするのに、各宮殿の名称がかかれた札を使用する。

 その札を除けというのは、来奇殿への訪問を辞めることを意味する。

 ガギョクはなにも言わず、ただ承知の返事だけをして下がった。


  〜トボルソ王国王城〜


 人族の王国で最も由緒正しい、かつての大国であり現在では小国に成り下がっているトボルソ王国の国王は、頭を抱えていた。


「ではラオネル将軍よ。勇者ナギサが討伐した魔物とは、魔王軍の兵士だというのだな?」

「間違いありません。勇者が持ち帰った戦利品に、魔王の親衛隊であることを示すエンブレムが施してありました」


 トボルソ王国の国王は、ムスタフ二世と呼ばれる壮年の男である。

 気力も体力も充実しているが、かつて王国に仕える貴族だった3国が独立し、それぞれに大国となっている現状では、気の休まる時はなかった。


 報告に訪れたラオネル将軍は、兵士としては優秀だが指揮官としての見識には問題があると感じていた。

 だが、人材を求められる状況でもないので、将軍職から外せないのだ。


「その魔物、どこにいたと言っていた?」

「街中を徘徊するように移動していたとか」

「魔物による被害は?」


「ございません」

「なぜ、勇者はその魔物に襲いかかったのだ?」

「詳細はわかりませんが、魔物なので討伐したと言っていました」

「つまり……魔王が我が国に配置した魔物を、罪もなく滅ぼしたのか?」


 ムスタフ二世が尋ねると、将軍は咳払いした。


「陛下、お言葉ですが、魔物が出れば恐れるのが人族です。勇者ナギサの故郷に、魔物はいなかったとか。魔物が民家の近くにいれば、討伐したとしても責めることはできますまい」

「将軍、どうして私の愛娘であるブリジアが、魔王の側室になったと思う?」

「魔王に脅されたというのが、もっぱらの噂ですが」

「違う!」


 ムスタフ二世は玉座の肘置きを叩きつけた。目の前の将軍が顔色を変えずに立ったままであることが魔王との差であると、王が知るはずがなかった。


「財力も軍事力もない我が国を守るための切り札として、魔王との繋がりを持つのが狙いなのだ。表沙汰にはできん。だから、事情を知るものはごく一部だ。その魔王が、余に連絡も無く魔王軍を配置したとはいえ、それを勇者が許可なく滅ぼしたのだ。ブリジアの身に何が起こるか、考えてみよ」

「そう言われましても……ブリジア様をお救いすればよろしいのですか?」


 ラオネル将軍は、本気でわからないような表情をしていた。

 だが、たどり着いた結論は間違いではない。


「……そうだ。ブリジアを助けねばならない。まずは、財務局にエルフのリンゴ50000個を購入するよう話をしなければならない。それに、美しい生娘を集めなければ。ブリジアがどんな酷い目にあっているか……余は、余にできることでブリジアを助ける。将軍も協力せよ」

「承知いたしました」


 ラオネル将軍が退出した。

 将軍が何をどこまで理解しているのかを確認しなかったことを、ムスタフ二世は後日後悔することになる。


 この直後、トボルソ王国に現れた勇者が旅立った。

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