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魔王の嫁でございます ~僅か8歳で魔王の後宮に入内した元王女ブリジア妃の数奇な人生~  作者: 西玉
第4章 地下後宮の慶事

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64 ブリジアの魔球

 〜遊食園〜


 ブリジアは、地下後宮に戻っていた。

 新しい侍女ナギサを加え、ブリジアは何事もなかったかのように来奇殿に戻り、翌日には慶事があるから出席するようにと、コマニャスから命じられた。


 ブリジアが事情もわからずにユニコーンのシルビアに偽物の角をつけて侍女テティと共に指定された遊食園を訪れると、かつて獣雷殿とのお茶会が行われた遊食園は様変わりしていた。

 もともと広い庭園だったはずだが、植物がなくなり、グラウンドが出来ていた。


 櫓のようなものがいくつもあるのは、各宮殿で競って見物席を用意しているからだ。

 さらにその上には、ヤマトの基地で見たような四角いモニターが空中に浮かび、グラウンドの様子を映し出していた。


「大工事ですね。慶事の度に、このような模様替えを行うのでしょうか?」


 真っ白い上品な馬に跨ったテティが頭上から尋ねた。

 ブリジアが主人であることは間違いないが、ブリジアが普通の馬に乗ると、シルビアが怒るのだ。

 シルビアはユニコーンだがまだ子供で、馬であればポニー種ぐらいのサイズしかない。


「それは多分違うわ」

「どう違うのですか?」


 テティは簡素な服を着ている。見た目が綺麗で体も細いため、コマニャスより上品に見えるのは秘密だ。

 豪華な衣装を着させると、ブリジアとどちらが主人かわからなくなる。

 その点について、ブリジアの侍女たちは全て共通なのだ。


「庭園の植物たちは、自分で歩いて移動したのよ。グラウンドの整備も、植物たちが均したのだと思うわ。根を張って、平らにするのは得意だもの。後は、妃たちの命令で、魔物たちが見物席とあのモニターを作ったのね」


「ブリジア様、まだ夢と現実をごっちゃにされていますよ」

「夢じゃないもん。地下の植物は、栄養が豊富な土がある場所に、歩いて移動するもん」

「はいはい。来奇殿の櫓はあっちですね。慶事に参加する宮殿ですから、真ん中に近いところですね。慶事に参加しない宮殿は、ただの見物でしょうか?」


 今回は、新しい妃シャミンを受け入れるお祝いである。

 シャミンの配属を願ったのは、ブリジアが所属し、コマニャスが主人を務める来奇殿、エレモア王妃が治める耐火殿、リルト公妃が治める老練殿、ランディ公妃が治める獣雷殿である。


 皇后デジィ以下、妃たちの宮殿は九つあり、他の宮殿はただの祝い事を楽しみに来ているのだ。

 ちなみに、妃たちの宮殿が九つというだけで、実際の宮殿数はもっと多い。

 魔王の住む憩休殿、皇太后の住む封眠殿ほか、多くの宮殿が存在する。

 その中で、魔王を除いて後宮の中核をなすのは、やはり妃たちの宮殿なのだ。


「あっ、コマニャス様たちがもう準備をしているわ。ドロシー姉さんが乗っているの、ロバじゃない?」


 ブリジアは、来奇殿の櫓の下で、馬に乗ったコマニャスたちが練習しているのを見つけた。

 ブリジアがシルビアの背を叩くと、シルビアは嫌そうだが従った。

 シルビアは、ユニコーンの性質として、妃たちが嫌いなのだ。

 ブリジアは、ドロシーもちゃんとシルビアに嫌われたことに、安心したほどである。


「コマニャス様、お早いですね」

「ブリジア、遅いわよ。何をしていたの?」


 コマニャスは、長い棒を肩に担いでいた。

 精悍な顔つきの黒い馬に乗っている。


「ブリジア様は、昨日戻られたばかりなのです。体調を考えれば、お休みさせていただきたいのですが」


 テティが申し出たが、コマニャスは首を振った。


「駄目よ。慶事の前半の魔球は、妃しか参加できないことになったの。もともと、直属の侍女までは参加できるはずだったけど、ランディの奴が獣人たちを侍女登録するって言い出して、デジィ様が妃だけの参加に限定したわ。その代わり、人数制限がなくなったから、ブリジアが抜けると痛いのよ」

「……私、戦力にならないと思いますけど」


 ブリジアは言った。コマニャスが眉を寄せる。


「ブリジアあなた、この状況を見て、それを言うの?」


 ブリジアは、練習しているドロシーとポリンを見た。

 ロバに乗っているドロシーは、ただ必死にしがみついている。

 ホビット族のポリンが乗っているのはポニー種で、しかもポリンは緊張して震えている。

 ブリジアの乗るシルビアは、小さいが麒麟の曳く馬車を先導するほど能力は高い。

 しかも、来奇殿では唯一の魔獣である。


「……御免なさい。でも、魔球って……貴族たちの嗜みだったので、私はルールも知りませんけど」

「私も詳しくは知らないわ。あの球を、あっちのゲートに入れると得点になって、多くの得点をとった方の勝ちみたいよ。人族の遊びなのだから、テティは知らないの?」


 コマニャスに尋ねられ、テティが応じた。


「概ね、コマニャス様の言った通りです。乗るのが馬でなくてもいいことと、球を扱うのにも何を使用してもいいことが、人族のルールとは少し違いますけど」

「ブリジアは何を使うの?」


 ロバにしがみついて、ただふらふらと移動しているドロシーが尋ねた。


「えっ? 私ですか? でも……道具なんてなにも……テティ、持ってきたの?」

「これはいかがですか?」


 テティから、ブリジアは見事な装丁が施された杖のようなものを渡された。


「いいわね。握りやすいし。でも……いいの?」


 ブリジアは満足したものの、首を傾げた。


「それは何? 武器なの?」


 コマニャスに尋ねられ、ブリジアが答える。


「王笏です」

「はっ?」


 冠と並び、王権を象徴するものを手に振り回すブリジアに、コマニャスは声を裏返した。

 驚くコマニャスを置いて、ブリジアはテティに確認する。


「これ、パパが持っているものに似ているわね。作らせたの?」

「陛下からお預かりしました」

「えっ? いつ?」

「先日、トボルソ王国の王宮地下に転移の魔法陣を設置しに戻った時です」


「じゃあ……パパはどうするの?」

「陛下の顔を知らない国民はおりません。儀式の時には返すようにとのことでした」

「私は……パパとママに会っていないのに……」


 魔王ジランは、トボルソ王国の王宮と世界の各国を転移魔法陣で繋ぐ許可を出した。

 トボルソ王国側にそのことを伝えるため、ブリジアと侍女達全員がトボルソ王国に帰国した。

 姿を変えていたために誰にも気づかれなかったが、魔王も一緒である。

 その為、魔王の嫁の称号を賜ったブリジアは、宰相と最低限の打ち合わせをした以外は、身内には接触せずに地下後宮に帰還していた。


「お元気でしたよ。ブリジア様のことを心配なされていました。相変わらず、無茶をしているのではないかと」

「私の心配のされかた、ちょっとおかしくないかしら? 私、そんなに無茶をすると思われているの?」

「ブリジア様に、ご自分の立場を思い出させるためにもと、お預かりしたのです」


 ブリジアは、手にした王笏を見つめた。


「でも、これであの球を打ったりしてもいいの?」

「いいはずがないでしょう。何をなさるおつもりです」

「えっ? だって……魔球……」

「私は、ブリジア様が魔球に使う道具をお探しだとは思いませんでした」

「なら、なんでこのタイミングで渡したのよ」


 呟くブリジアに、テティは別の道具を差し出した。


「ブリジア様が乱戦に入れば、怪我をします。レガモンの指示で、弓矢を用意しました」

「ブリジア、先端が尖った道具は、今回は禁止よ。妃が怪我をしないようにとの、デジィ様のご配慮よ」


 ブリジアとテティのやりとりを、呆れるように聞いていたコマニャスが口を挟む。


「大丈夫です。先端をご覧ください」


 テティに言われて矢を見ると、通常の矢尻ではなく、吸盤がついていた。


「……子供もおもちゃみたい」

「子供のおもちゃですから」

「こんなの使って、逆に怒られないかしら。そもそも、尖っていなければいいっていうのも、どうかと思うわ。ドロシー姉さんが持っているの、鍛冶で鋼鉄を叩くハンマーじゃない。あんなので頭を撃たれたら、死んじゃうわ」


「頭に被るものがいりますか?」

「そうね」

「では、こちらを」


 テティは、ブリジアに煌びやかな冠を差し出した。


「パパが被っているのに似ているわね」

「本物ですから」

「……王位につけない私に、王笏と王冠を渡したの? どういうこと?」

「ご存じありませんか? ブリジア様はまだ、トボルソ王国の王位継承権第一位のままです」


「おかしいわ。弟が産まれたから、私は王位継承権を放棄して、後宮に入内したはずよ。そもそも、後宮の妃が別の国の王になれるはずがないじゃない」

「夫である魔王陛下が認めれば、可能だそうです」


 言いながら、テティはブリジアに王冠を被せた。

 ユニコーンにまたがり、王冠を被り、王笏を携えたブリジアの姿は、遠くの観客席から見物していた侍女のチャクにより絵姿として残され、トボルソ王国の王宮に飾られることになる。


「ブリジア、出場する他の宮殿の方々も練習を始めたわ。後宮を不在にしていたブリジアが出場するのに反対した方もいるみたいだから、挨拶してきたら?」


 娘を侍女に預けて参加した、ポニー種の馬に跨ったポリンが声をかけた。


「はい。そうですね。せっかくの機会ですし、挨拶してきます。シルビア」


 ブリジアが声をかけると、ユニコーンのシルビアは低くいなないて、自ら歩き出した。

 王冠と王笏はテティに渡し、代わりに吸盤付きの弓矢と頭部を守る鉢金を巻いて広いグラウンドを見回す。


「……シルビア、本当にわかっているの?」


 ブリジアが不安を感じて声をかけた。


 ユニコーンのシルビアが真っ先に向かったのは、巨大な白虎にまたがるランディ公妃が率いる、獣雷殿の櫓近くだったのだ。

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