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魔王の嫁でございます ~僅か8歳で魔王の後宮に入内した元王女ブリジア妃の数奇な人生~  作者: 西玉
第4章 地下後宮の慶事

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63 慶事の準備

 〜永命殿〜


 皇后デジィは、金の板に刻まれた報告書に目を通した。

 金の板に刻まれた文字しか、デジィは読むことができないのだ。

 魔王不在の間、代わって執務を行うのは、大元帥のダネスである。

 魔族の組織に、文官というものは存在しない。


 賢く、器用な者は魔物の中に多くいる。

 魔族に求められるのは強さであり、強い者ほど高い権威を持つ。

 ただし、例外は皇后デジィである。

 皇后は後宮を統べるという立場上、政治に口を挟めないことになっている。

 デジィが目を通していたのは、数日後に開催される慶事の企画内容だった。


「魔球という競技で順位をつけ、高い順位を得た宮殿からダンジョンに転移し、時間内により多くの財宝を得た宮殿を勝者とする……なるほど、二段階の勝負なら長い時間楽しめそうだし、皇太后様も喜びそうね。魔球というのは、どんな競技なの?」


 常にデジィに仕えている蛇身族の侍女パメラが応じる。

 パメラは全身が蛇のような鱗に覆われており、人族のような滑らかな肌の部位は一切ない。

 純粋な魔族というのは、通常パメラのような者を意味する。


 デジィや皇太后ミスディは特殊な存在なのだ。

 純粋な魔族であるパメラは同族内では非常に地位が高く、それ故にデジィの侍女として採用された。

 侍女とならなければ、一族を率いる立場になっただろう。ヤマトの国の将軍と同格なのだ。


「人族の間で流行った、馬に乗って小さな球を所定の場所に入れ合う競技のようです。馬球というのが元の競技です」


 質問されることを想定していたのだろう。パメラが滑らかに答えた。


「少し、名前が違うわね」

「人族から亜人族に伝わる際に、変化したようです。馬に乗れない亜人族が、魔獣を利用するようになったことから名前を変えているようです。玉を打つのに、人族は木製のハンマーを使いましたが、素手でなければ何を使用してもいいようです」

「……なら、馬球でいいのではない? 参加者は妃と直属の侍女たちに限るのでしょう?」


 各宮殿には、侍女だけでなく様々な雑用をこなす魔物も仕えている。

 雑用ができる知恵が高く器用な魔物たちだが、戦闘力が低いというわけではない。

 妃に逆らわないよう調教されているが、いざとなれば魔族すら捕食する魔物もいる。


「はい。妃の産んだ王子や公子を参加させるかどうかで揉めていたようですが、危険なので不参加としました。ですが、中に獣雷殿のランディ公妃がいます」

「あの子、馬に乗れないの?」


 獣雷殿の主人はランディ公妃だ。虎身族の亜人で、体の7割が獣毛に覆われているが、残りの3割が頭部周辺に集まっていることから、非常に美しく、獰猛な妃だ。


「肉食系の亜人族を乗せると、馬が萎縮して動かなくなるそうです」

「来奇殿は……コマニャスはともかく、他は無理でしょうね」

「はい。競技の内容が伝達されて、コマニャスはカリエルとサバエバに抗議に行ったそうですが、門前払いだったようです。仲介しますか?」


 気を利かせてパメラが進言したが、デジィは手をひらめかせた。本物の黄金の塊ならあり得ない柔軟さだ。


「いらないわ。ブリジアが陛下からの寵愛を得ているのに、他の妃も欲しいなんて欲張りすぎだわ。妃が死ぬことは避けられるのね?」

「はい。前半の魔球では死者は出ないはずです。ランディが何に乗ってくるか次第ですが。後半のダンジョンは侍女たちのみの参加です」


「侍女たちに攻略できるほど、ぬるいダンジョンがあったかしら?」

「このために用意しました。地層の断裂を利用して、簡単なダンジョンを作成し、財宝と魔物を用意しました。魔球の成績が高い順に、ダンジョンに侵入します。1時間ずつ進入時間をずらして、12時間後には帰還させます」


「安全なダンジョンなんて、面白くないわね」

「魔物も配置しますので、見ているだけまなら楽しいと思いますよ。探索の様子は魔女たちが中継します」


「ふむ……ダンジョンについては、一工夫必要ね。パメラ、封眠殿に行ってきて。私もすぐに行くからと」

「……はい」


 封眠殿は、皇太后ミスディの居所である。

 純粋な魔族であるパメラが、蛇皮の顔で器用に引き攣った後、一礼して退出した。


「ダンジョンで財宝を探すなんて、お気に召さないでしょうね。ダンジョンは、攻略するものでしょうに」

「慶事には、皇太后様も参加されるのでしょうか?」


 パメラが出ていった後、控えていたやはり純粋な魔族の侍女が尋ねた。


「気分次第ね。それがわからないから、お伺いするのよ」

「さすがは皇后様」

「支度を」

「はい」


 全身が短い毛で覆われた侍女は、デジィの衣装を用意しようとして、服に潰された。

 デジィの衣装に、同量の金塊より軽いものは存在しないのだ。


 〜シュウ国バサルク侯爵邸〜


 バサルク侯爵の三女シャミンは、鏡に向かっていた。


「いかがです? シャミン様」


 正面の鏡によく写るように、背後で侍女が鏡を翳す。

 シャミンの結い上げた茶色い髪が、背後からきれいにまとめられているのが見える。


「いいわね。流石クリスだわ。ねぇ……本当に、私の侍女にならない? クリスなら、侍女頭にしてあげるわよ」


 シャミンは振り向いて尋ねた。

 背後のクリスが鏡を持っていたので、化粧した自分の顔に迎えられる。

 目がぱっちりと大きく、それ以外の造作は比較的地味な顔だちは、愛らしいと言われてきた。

 全体に白く化粧し、口元と目元に紅を入れているので、少しだけ舞台メイクのようだが、化粧を見せる相手のことを考えれば、これぐらいでいいのだろう。


「行くところは、一緒ですよ」


 クリスが笑った。

 切長の目元はいかにも妖艶で、束ねた黒髪はシャミンでも憧れる。

 シャミンが今までに出会った中では、最も綺麗な女性が侍女のクリスだ。


「でも、私がどこの宮殿に住むか、慶事で決まるのでしょう? なかなか会えなくなるかもしれないわ。クリスはそれでも平気なの?」

「ブリジア様が、シャミン様にお会いするのを拒むはずがありません。いつでも、遊びにいらしてください。さあ……あまり時間はありません。お召し物と宝飾品を調えませんと」


「ブリジアには、他に7人も侍女がいるらしいじゃない。私は、クリスを入れても3人しか連れて行かないのよ」


 シャミンは言いながら、それが負け惜しみであることはわかっていた。

 何しろ、行くところは魔王の地下後宮なのだ。

 主人にどれほど忠実でも、同行を望む侍女は少ない。

 人族の世界には二度と戻れない覚悟が必要なのだ。


「ブリジア様は、小さな国でも王国の王女ですから」

「ええ。分かっている。私は所詮、貴族の三女だもの。たまたま、私が嫁ぐのに最適な年齢だったから……魔王って、怖いわよね?」


 クリスは着付けをしながら、シャミンと話していた。

 他にも侍女はいる。クリスの指示で手伝っている。

 侍女としての能力は、クリスは突出して高い。


「お優しいですよ。その点は、心配要りません」

「嘘よ。怖い噂しか聞かないわ」

「後宮の妃たちには、優しいですよ」


 実際には、魔王が自ら悪い評判を流しているのだとは、クリスも知らないことだ。


「お嬢様、後宮からお迎えが見えています」


 ちょうど、クリスが頭飾りをシャミンの髪に乗せたところで、侍女の一人が姿を見せた。


「……もう?」

「お嬢様、ご両親に挨拶する時間ぐらい、待ってくれますよ」


 クリスが言うと、シャミンは胸を撫で下ろした。


 ※


 嫁入りの支度を整えたシャミンの前に、父てある侯爵と母である正室が腰掛けていた。

 父が口を開く。


「シャミンよ。お前は望んでいないかもしれないが、機会を与えられたのだ。トボルソの王女ブリジアは、魔王の寵愛を受けた。その結果、トボルソを守るのは城壁だけでなくなり、魔王の山に住んでいた巨神兵が国境を警備するようになった。ゴブリンやオークは周辺の土地を襲っても、トボルソの民には手を出さない。いずれも、魔王軍ですらない。魔王の寵愛を受けるとは、そういうことだ。シャミンが魔王の子でも産めば、我が家はシュウ国で最も権勢を持つことができる」

「はい」


 娘を魔王に差し出して、利用しようという父の言葉が不快だった。

 だが、事実その通りなのだ。

 魔王の後宮に入る者は、概ね魔物からの庇護を求めた一族のためだ。

 だが、魔王の後宮に入るのは意外と難しい。


 魔王との連絡手段を持つ人族が、ほとんどいないことが大きい。

 その一人が、トボルソ王国の国王なのだ。

 代わって、母が懐紙を広げながら口を開いた。


「これは、魔王殿へ差し出す嫁荷です」


 渡された紙を、シャミンは驚きを持って見つめた。それは目録だ。


「こんなに? 娘を差し出させたうえに、魔王はこんなにも要求をしたのですか?」

「失礼なことを言わないの。魔王殿は、何も要求をしていないわ。トボルソのブリジアは、何も嫁荷を差し出さなかったから、最下層の俗女と位置付けられたそうよ。シャミン、あなたは入内したときから、名妃の位を頂けると使者殿が仰っていたわ。まだ、宮殿が決まっていないということだったけど、心配ないわ。とても楽をさせてもらえるはずよ。現在のブリジアより、遥かに上の妃なのだもの」

「……ありがとうございます」


 物欲的な話だったが、シャミンは実際に感謝していた。

 姉妹の誰が嫁ごうが、これほどまでの嫁荷を持たせてはくれないだろう。

 だが、同じ人族に嫁ぐのであれば嫁荷は自分のものだが、魔王の後宮に入る場合、持参した財産は全て魔王のものとなる。


 それでいて、シャミンのために一族の保有する資産の半分を持たせてくれるのだ。

 シャミンは懐紙から顔をあげた。

 父も母も、満足して頷いていた。嫁ぐ娘を見て、感極まっているようだ。

 シャミンは、涙を堪えられなかった。


「私……嫌です。嫁ぎたくありません」

「シャミン……」


 両親が狼狽える。シャミンは止まらなかった。


「どうして私なんですか? 同じ年頃の娘なら、他にもいるじゃないですか。夫は魔王なんですよ。どうして、私を生贄にするんですか?」

「シャミン、お前も納得していただろう。お前に釣り合う人族の男などいないと」

「嘘に決まっているじゃないですか。私だって、普通に嫁いで……幸せになっちゃいけないんですか?」


 言葉が止まらなかった。同時に、涙が溢れ、こぼれ落ちた。


「……トボルソの王の意向なのだ。ブリジアが……年頃の娘たちの中で、最も仲がよかったのがシャミンだったからと……」

「そ、そんな理由で……」

「シャミン様、お化粧が崩れます」


 背後に控えていたクリスが、シャミンの涙を拭う。


「父様、母様、助けて……」


 シャミンは膝をついた。跪き、父に縋りつこうとした。

 だが、父はシャミンの手を払った。


「シャミン、お前はもう16歳になる。いつ嫁いでもおかしくない年齢なのだ。わずか8歳で嫁いだブリジアのお陰で、トボルソに逆らう国はない。ブリジアは、嫁ぐ時に一滴の涙も流さず、歯を食いしばっていたという。恥ずかしいとは思わないのか」

「ブリジア様は、王族としてのお覚悟を叩き込まれて育ちましたので」


 シャミンはクリスを睨みつけた。


「そんなにブリジアがいいなら、とっと行けばいいんだわ……御免なさい。嘘よ。一緒にいて」


 立ちあがろうとしたクリスの手に、シャミンが縋り付く。

 母が言った。


「クリス、シャミンのことを頼みましたよ。ブリジアのところに戻るのでしょうけど、気にかけてあげて。この子は、新入りのあたなのことを、誰よりも信頼しているのですから」

「お任せください」

「もう、よろしいですか?」


 部屋に入ってきたのは、魔王の最側近である魔王親衛隊第一部隊総督のガギョクだった。

 クリスはシャミンに囁いた。


「魔王様に、最も近しい者が迎えに来ています。シャミン様のこと、魔王様もすでに気にかけておいでです」


 シャミンが顔を上げる。


「……綺麗な男の人ね。あんな人が、後宮にはたくさんいるの?」

「あれは魔物ですよ。性別はありません」

「……そうよね。ねぇ……使者さん、魔王様は、私に優しくしてくれる?」


 シャミンはガギョクに語りかけた。後宮の妃たちは、ほとんど行わない行為だ。


「存じません」

「ガギョクは嘘を言いません」

「ガギョクというのね。あなたのような召使いを、用意してくれるの?」

「お妃様がご所望すれば、何人でも」

「……わかった。行きます」


 シャミンが立ち上がった。

 クリスは、最後に侯爵に深く頭を下げた。


 トボルソの王がシャミンを地下後宮に入れると言い出したそもそもの発端が、クリスを地下後宮に戻すためだとは、シャミンは最後まで気づかなかった。

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