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魔王の嫁でございます ~僅か8歳で魔王の後宮に入内した元王女ブリジア妃の数奇な人生~  作者: 西玉
第4章 地下後宮の慶事

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閑話5 転生したら、モブでした

 俺には前世の記憶がある。

 その記憶では、住んでいたのは地球という惑星の日本という国だった。

 比較的平和な国で、毎日を学校という教育機関に通って過ごした。


 その俺から見て、この世界が異世界だと判断したのは、生後直ぐ、目が開いたばかりだった時のことだ。

 俺を取り上げたのは産婆ではなく、緑色の肌をした小さな鬼で、黒くて醜い赤ん坊と取り替えようとしていたところを捕まって殺されたのを見た時だ。


 俺に前世の知識がなかったら、何も感じなかっただろう。

 だが、俺は知っている。

 俺の生きていた世界には、緑の小鬼なんていなかった。

 ただの鉄製の棒に奇妙な文字が浮かび、炎が生じることなんてなかった。


 人間が手のひらを向けてつぶやくと、死体が燃え上がることなんてなかった。

 俺が泣かないからといって、杖をもった老婆が水晶玉を覗き込むのは……あるいはあったかもしれない。

 とにかく、俺は異世界に転生した。


 これから、勇者とかになって冒険する日々が始まるのかと、とてもワクワクした。

 それが、17年前のことだった。

 結果、この世界には魔法があり魔物がいるが、俺は特に優れた能力もない一般市民だと、今は気づいている。


 幸いなことに、この世界は元々俺が暮らしていた世界に近い。

 穀物として米が主流で、魔法があり魔物がいるが、文明は遅れていない。

 科学技術の代わりに魔法が発達し、エネルギーの代わりに魔力が、精密機械の代わりに魔法陣が活躍している。


 ただし、海や空の魔物が強力であるため、他国との交流はほとんどないらしい。

 従って、前世の記憶があることは、この世界では役に立たなかった。

 前世で便利な道具は、形を変えて存在しているし、より高性能ともいえる。


 幼い頃から自主的に訓練をしていたが、両親は団子屋を細々と営んでおり、何かを学ぶという環境ではなかった。

 俺も団子づくりを学び、最近ようやく自作の品を店に並べることを、許されるようになった。

 ただし、団子づくりはほとんど父が行い、昼間の俺の仕事は接客と会計だ。


 前世の知識が、ここでは少し役立った。

 父も母も、計算ができなかったからだ。

 この世界の文明は決して侮れないが、教育は義務ではないのだ。


「……ほう。本当に団子を売っているのだな」


 ある日のことだった。

 俺が店の前で呼び込みをしていると、キップの良さそうな男が、まだ幼い可愛い少女を連れて店の前にいた。

 背後には、どうやら魔族らしい護衛を連れている。


「だって、お団子屋さんですもの」

「捏ねた白米の粉など、誰が買うのだ?」

「美味しいんですよ。ねぇ?」


 紫の髪をした女の子が、突然俺に向かって笑いかけた。

 店の商品を褒めてくれたのだ。応じなければおかしなことになる。


「もちろんです。このエドに二つとないお団子の老舗、クマヤの団子を食べたら、そりゃあもう、他のものは食べられないくらいです」

「そうなのか?」

「お兄さん、言いすぎよ。後で後悔するから、謝って」


 若旦那風の男が興味を持ったところで、女の子に釘を刺された。

 確かに、調子に乗りすぎたかもしれない。

 俺は、様子のいい旦那風の男に頭を下げた。


「構わん。それより、邪魔をする。個室はあるか?」

「はい。うちは、団子屋と言っても将軍様御用達で、山吹色のものを渡すこともあるんです。個室もしっかりと用意しております」


 俺が旦那の機嫌をとるように『えへへっ』と笑うと、小さな女の子が言った。


「謝って」

「すいません。でも、なんでですか?」

「ブリジア様に、下世話な話を聞かせたからよ」


 旦那の印象が強すぎて、視線が行っていなかった。

 少女の背後に、驚くほど顔立ちが整った美女が佇んでいた。

 しかも、一人ではない。

 タイプの違う美女たちが、少女を守るように控えている。


「お連れ様ですか?」

「うむ。全員が入れる部屋を用意せよ」

「お楽しみですか?」

「謝って」

「すいません」


 これは俺が悪かった。

 俺が這いつくばるように頭を下げていると、旦那と少女、それに10人近い美女たちが、団子屋の老舗クマヤの暖簾をくぐっていった。


 ※


 俺が立ち上がったときには、奇妙な一団の姿はなくなっていた。

 夢でも見ていたのだろうか。

 俺は客の呼び込みに戻り、前世の記憶はあっても何の役にも立たない生活を繰り返すべく、仕事に励んだ。

 しばらくすると、店から出て来た奇妙な一団が出てきた。夢ではなかったのだ。俺が見失っている間に店に入り、また出て来たのだ。出て来た理由はわからない。


「クマヤか……これが羊羹だったら、トラヤなのかな?」


 俺が出てきた旦那に頭を下げたとき、美女たちのなかにいた、比較的地味な女がつぶやいた。

 愛嬌のある顔つきだが、美人と呼べるかどうかは人によるだろう。

 ただし、俺は妙に懐かしさを感じた。

 感じただけではない。

 その女が呟いたのは、俺の知る前世の街のことだ。


「お嬢さん、トラヤをごぞんじですか?」

「行ったことはないけどね」


 周りと比べてやや地味な少女が、はにかむ様に笑った。


「分かります。あそこは高級店のイメージが強くて、私も行ったことがないんです」


 黒髪の少女が俺を見る。伝わっただろうか。

 少女の口が開いた。


「それは、このエドの話? それとも、東京?」


 今度は俺が、少女を見つめた。その前に、美女たちを引き連れた羽振りの良さそうな旦那がいる。

 俺が話すべきは、金払いの権限を握っていそうな旦那だ。

 それは分かっている。

 俺は、間違いを犯している。

 だが、俺は黒髪のまだあどけなさが残る少女に言った。


「このエドに、トラヤはありません」

「君、どこの生まれ?」

「もう、よせ」


 少女が前のめりになったところで、少女の顔を旦那が鷲掴みにした。


「は、離してあげて。死んじゃうから」

「仕方ない。このまま、頭蓋骨を握りつぶしてもよかったのだぞ」

「も、申し訳ありまん」


 旦那が手を開き、少女が地面に頽れた。


「ナギサ、立ちなさい。ブリジア様の侍女が、醜態を晒してはいけないわ」


 黒髪の少女は、ナギサというらしい。その背後から声をかけた美女が、手をとって立ち上がらせた。

 俺は、ナギサから視線を外した。もっと話したかった。

 だが、旦那が止めたのだ。あまり立ち入ってはいけない。


 俺は、この魔法があり魔物がいる世界に、何の能力も持たずに、モブとして転生した。

 慎重にならなくては、明日の命もわからない。

 ナギサから視線を外したところで、旦那が俺の前に立っていた。


「案内しろ。10人だ」

「はい。ご案内です」


 どうやら、店に入ったが接客するものがいなかったために、俺を呼びに戻ったらしい。

 俺が声を張り上げ、美女たちがなぜか最も幼い紫髪の少女を先頭に店内に入る。


「異世界の者ではないな。魂だけ転生したか?」


 突然だった。俺がナギサの背中を見つめていたことを見透かしたように、旦那が俺に尋ねた。


「……はい」

「ただの団子屋の下働きか?」

「はい。俺……私は、何も力は持ちません。特殊なスキルとか……魔力も人並みですし……」

「見ればわかる。命拾いしたな」

「は、はい」


 もし特殊な力があったら、俺は死んでいるのだろうか。

 旦那の言葉を恐ろしく感じながら、俺は言った本人を見つめた。

 旦那は歩き出そうとして、突然足を止めた。


「もう一人くる。ダキラという者だ」

「承知しました」

「この世界はどうだ? 地球とやらと比べて、暮らしやすいか?」


 旦那の問いに、俺は言葉を失った。

 地球を知っている。


「……あなたも?」

「朕は違う。ただ、長く生きている。このヤマトには、なぜか地球……特に日本という地域から転生や転移をした者が集まる傾向にある。質問に答えよ。この世界は、暮らしやすいか?」


「地球には、魔法はありません。その代わり、科学が発達していました。暮らしやすかったです。この世界と、同じぐらい」

「魔法なしの科学では、できることに限界があろう。どうやって、ドラゴンを従える?」

「魔物も魔族もいません。純粋な人族だけの世界です」


 旦那が顎を撫でた。考えているようだ。


「そうか。以前聞いた通りか……いずれ、より詳しく聞く必要があるかもしれぬ。それまで、息災でいることだ」

「ありがとうございます」


 俺が、よくわからないまま礼を言った時、案内された個室から、紫色の髪が突き出した。


「魔王様、早く注文してください。お腹が空きました」

「すぐに行く。子どもが腹を空かせているのでな」

「子どもではありません。私は……」

「わかっておる。魔王の嫁だ」


 旦那は大笑しながら個室に向かった。


「……魔王?」


 俺は、ただ呆然と呟いた。

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