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魔王の嫁でございます ~僅か8歳で魔王の後宮に入内した元王女ブリジア妃の数奇な人生~  作者: 西玉
第4章 地下後宮の慶事

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62 団子屋のクマ

 〜ヤマトの国エド 団子の老舗クマヤ〜


 ブリジアは、皿に守られた団子に歓声を上げた。

 横長の大きな皿に、このヤマトにも自生していた竹を串にしたものにいくつも貫かれた団子が、山になっていた。

 一つの串に10もの丸い球が貫かれ、ほんのりと焦げ目が入った上に、半透明の餡がかけられている。


 ブリジアが魔王を見上げると、魔王は頷いた。

 魔王は別の団子を注文していた。

 ブリジアは、積み上げられた串の一本を掴む。

 振り返ると、侍女たちが微笑んでいた。


「テティ、これを」

「あ、ありがとうございます」


 ブリジアが喜んでいる姿に微笑んでいたと思われる侍女たちだが、ブリジアが自ら串団子を下賜したことで、動揺するほど感動を見せていた。

 テティが串団子を受け取ってさがる。


「レガモン、これを」

「ありがとうございます」


 元騎士団長の精悍な侍女が、騎士の礼をとって受け取った。


「ソフィ、これを」


 ……


 全員に行き渡り、ブリジアは満足して皿に向き直った。


「……あれっ? 私のは?」


 ブリジアの前には、空になった皿に、残った餡のみがわだかまっていた。


「ふはははっ! 原資も顧みず、甘い顔をするからそうなるのだ。ブリジアは魔王の嫁である。自重することを覚えるのだな」


 大笑した魔王の元に、厨房からわざわざダキラが運んできた団子が届けられる。


「おかしいです。だって、ちゃんと8人分、あっ……」


 ブリジアは振り向いた。侍女が一人増えていたのを忘れていた。


「あ、僕の……」


 最後に団子を受け取った、勇者ナギサが狼狽えた。

 ブリジアが泣きそうなのがわかったのだろう。

 ナギサは、すでに口に入れていた団子を出そうとする。

 ナギサの前に、別の侍女が立ち塞がった。


「ブリジア様が8本しか注文されなかったこと、全員が承知しています。新参者を虐めるつもりなのかと思っていましたが、間違えたのであれば、これを」


 テティがブリジアに、下賜された団子を返そうとする。


「ならん。それは、ブリジアの過ちである」

「主人の過ちを繕うのも、侍女の役目です」

「朕に逆らうか?」


 魔王の言葉に怒気が混ざった。

 ブリジアは冷や汗を掻いた。

 魔王が本気で怒れば、団子屋が吹き飛びかねない。


 侍女テティは、普段は優しく、従順だが、安易な妥協はしない。かつて皇后デジィに死罪を命じられたこともある。

 ブリジアは魔王を振り返り、ダキラが持ってきた皿を目にした。


「あっ、陛下、ずるいです」

「何がずるい?」

「そんな大きなお団子、ひとりで食べるんですか?」


 魔王の元に届けられた皿には、人間の頭部よりも大きな、巨大な白玉が乗っていた。


「ああ。朕であれば問題ない」


 魔王は捧げられた白玉を掴み上げると、口に運んだ。

 一瞬で吸い込まれ、魔王は汚れた自分の手を舐めた。


「代わりを持て」

「わ、私も……」

「ならん」

「ど、どうしてですか?」


 ブリジアが悔しがろうとした時、魔王の目が笑っていないことに気づいた。


「人族が食えば死ぬ」


 魔王がダキラに視線を送る。

 ダキラは、厨房から大柄な男を引きずってきた。


「ま、まさか、あの団子を食って……平気なのか?」


 まるで獣のように這いつくばった男は、調理人の衣装としてヤマトでは一般的な割烹着を着ていた。


「クマヤの主人か?」

「……はい」


 男は、観念したように頷いた。


「魔族さんですね。えっ? じゃあ、私たちを殺そうとして……」

「侍女たちの団子には、毒はなかろう。そうだな?」


 魔王が尋ねると、ダキラと男は同時に頷く。


「魔王様、侍女の団子って言った。私のは……」

「これが作ったと知って、まだ食いたいか?」


 魔王は男を蹴飛ばした。

 男の体を隠していたアームスーツが壊れたのか、元々の姿が現れる。

 そこには、割烹着姿のクマがいた。


「お、俺は……俺も、真面目に働いていたんだ。でも、魔王が店に来た。殺せるかどうか……試したくなるだろう」

「そんな言い訳が通じるはずがあるまい。だが、悪くなかった。人族であれば100人以上殺せる毒だ。珍味であった。だが、こんな毒で死ぬ魔族はいるまい。貴様もそうであろう」


 魔王は言いながら、団子が載っていた皿を噛み砕いた。


「いえ。私は死にますよ」


 クマの魔族が驚いたように目を見開く。

 魔王がダキラを見た。


「存じません」


 ダキラは魔王の妹である。体の強さも、魔王、皇后に次ぐだろう。


「ふん。まあいい。朕を殺そうとしたからといって殺していては、世界に人族も魔族もいなくなる。ただの馳走として毒を入れたならよいが、朕を殺そうとしたのであれば、貴様には罰を与える。罰といえば、ブリジア、かつてそなたが朕に意見したことがあったな」


 魔王がブリジアに視線を向ける。

 かつて、地下後宮の罪人庁と呼ばれる牢獄で悲鳴をあげる罪人たちを見たブリジアが、魔王に抗議したことがある。


 ブリジアは、魔王をこれ以上不機嫌にしてはいけないことを感じた。

 魔王が食べてしまった皿の破片を見つめ、言った。


「陛下が食べたお団子……毒抜きで食べたいです」

「朕の妻の要望だ。叶えたら、許す」

「た、直ちに!」


 クマの魔族が走り去る。厨房から悲鳴が上がった。

 アームスーツを破壊してしまったので、姿を戻せないのだ。


「ダキラ、貴様は食わなくていいのか?」

「いえ。先ほど厨房でいただきました。店主らしい男が、陛下に毒を入れると相談しているのを聞き、途中で奪いました」


「人族に届けさせれば、問答無用で殺すからか?」

「はっ」

「魔王軍大参謀が、優しすぎるとは思わんか」


「申し訳ありません。ですが、私でもアームスーツを着ている者が魔族とは気づきませんでした。ブリジアは、どうして魔族だと気づいたのでしょう?」

「知らん。朕は直に見れば気づくが、長年の経験によるものだ。ブリジアの場合は別だろう。本人も理解しておるまい」


 ブリジアは、侍女たちが美味しそうに串団子を食べる様子を見て、口元を抑えていた。

 気を抜くと、涎が出てしまうのだ。


「魔族であることを隠す方法があること、全軍に周知いたします」

「うむ。現在、ヤマトで確認されている程度の魔族に殺される者は、我が軍にはおらぬだろうが、知らずにおれば混乱を生じることもあろう。頼むぞ」

「はっ」


 ダキラが下がった時、入れ替わるように声がかかった。


「お待たせしました」


 皿に乗せた大きな塊を運んできたのは、クマそのものであった。


 ※


 ブリジアは、自分の頭よりも大きな団子にかぶりついた。

 団子を食べる作法として、それが正しいと判断してのことだ。

 口を大きく開けて噛み付くと、柔らかい白子の塊が歯でちぎられ、口の中が甘く柔らかい食感でいっぱいになった。

 息ができなくなりそうだったので、すぐに顔を上げる。

 口の中に広がる白玉を咀嚼し、飲み込むまでにしばらくかかった。


「陛下」

「うむ」


 魔王は、ダキラが回収してきた毒物を、生のまま飲み干しているところだった。


「美味しいです」

「そうか」

「もちもちで、甘くて、柔らかくて……大きくて、幸せな気持ちになります」

「ブリジア様」


 テティの呼びかけに、ブリジアは応じる。

 テティは急いでブリジアの顔を手ぬぐいで拭い出す。ブリジアが顔をぬぐわれている間に、魔王は微かに頷いた。


「それは重畳」

「トボルソ王国で、世界中のお菓子とか美味しいものをいただきましたけど、このお団子は初めて食べました」


「それは、ブリジアの国と交流のある国の中に、ヤマトがなかったというだけのことだ」

「材料はあったはずです。でも、誰も作りませんでした」

「そうだな」


 テティが、ブリジアの髪を整えていた。

 ブリジアは構わず続ける。


「ヤマトは凄いです。私が知っているのは、ほんのちょっとですけど……ヤマトの国が凄いのはわかります」

「ブリジアほど、この国の細部まで見た者は少ないはずだがな」


「ヤマトの国と交流ができれば……いえ、もっともっと色々な国と交流できれば、人族はもっともっと、豊かな暮らしができます」

「ああ。だが、人族にとっては海も空も、山も砂漠も、マグマも凍土も、越えられぬ障壁だ」


 魔王の元に、別の団子が届けられた。

 今度は毒が入っていない。

 魔王はまた一口で啜り、飲み込んだ。

 ブリジアは懇願する。


「転移の魔法陣があります」

「人族には使えぬ」

「魔力を貯めれば使えます。何人かで協力しても、転移の魔法陣の作成と設置だけ、陛下がお力を貸してくだされば」


 ブリジアに転移の魔法陣の知識はない。これまでの経験や魔王との会話から推測したのだ。魔王が、転移の魔法陣を設置できないはずがない。魔王は、団子をすすった表情を変えずに言った。


「朕が、人族の発展に協力する理由があるか?」

「陛下のお力で人族が豊かになれば、きっと陛下に味方する人族が増えます。永久凍土の第四魔親王国を建設する時に、雪原の人族が協力して、大勢死んだと聞きました。ダキラ様から、この世界には、まだまだ世界を滅ぼせる魔物がたくさんいるのだと教わりました。人族を利用すれば……その魔物の棲家や特性がわかるかもしれません」


 魔王は大参謀ダキラに視線を向ける。

 ダキラは小さく首を振った。魔王は頷いて返した。


「ブリジアよ。そなたの考え、間違ってはおらん。魔族が協力すれば、人族はさらに発展を遂げるだろう。だが、それはむしろ、人族の滅亡を早めることになるかもしれん」

「……どうしてですか?」


「雪原の人族、30万人が一瞬で死んだ。それは、調子に乗った人族が、デジィに攻撃するきっかけを与えたから起こったことだ。デジィは、怒ったのではない。ただ、羽虫を払うように力を振るっただけだ。その結果、その場にいた全ての人族が金塊に変えられ、そなたは誘拐された。今回も、このヤマトの国が海に沈まなかったのは、僥倖に恵まれたからに過ぎぬ」


 魔王の言葉に、ブリジアは項垂れた。

 ダキラが魔王に耳打ちした。


「神々のことは、告げないのですか?」

「ブリジアに聞かせることはない」

「承知しました」


 二人の会話は、ブリジアにも聴こえていた。

 だが、ブリジア本人が知らないほうがいいと判断したのであれば、聞いても教えてはくれないだろう。

 ブリジアは、皿の上の巨大な球体を見つめた。

 少しだけ齧った跡がある。

 ブリジア本人がかぶりつき、噛みちぎった跡だ。


「私は、この後後宮に戻ります。もう二度と、食べられないのですね」


 ブリジアの呟きに、魔王が笑った。


「結局、食い意地か?」

「いけませんか?」


「いや……よかろう。ブリジアが望むのであれば、トボルソ王国と他の人族の領地との間で、転移魔法陣を設置することを許可する。ただし、一国につき、設置は一つのみだ。全てトボルソの王宮を経由せよ。それ以外の設置は認めない」

「魔王様……よろしいのですか?」


 ブリジアが、大きく目を見開いた。


「魔王様、それでは甘すぎるのでは?」


 ダキラも苦言を呈する。

 魔王は言った。


「ブリジアには、『魔王の嫁』という称号以外には褒章を与えていなかった。転移魔法陣の設置の許可をもって、褒美とする。ブリジアがいつでも、世界中の飯を食えるようになるし、その程度の交流で人族が栄えることはない。むしろ、トボルソが災厄に見舞われることになる可能性のほうが高かろう」


「なるほど。承知しました。ブリジア、運用は慎重に行うのだよ」

「ありがとうございます。ダキラ様」


 ブリジアは勢いよく答え、魔王に這いつくばって礼を述べようとした。

 魔王がブリジアを抱き上げて膝に乗せる。


 ブリジアは、自分の団子を完食するまで、魔王に抱えられていた。

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