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魔王の嫁でございます ~僅か8歳で魔王の後宮に入内した元王女ブリジア妃の数奇な人生~  作者: 西玉
第4章 地下後宮の慶事

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61 ヤマトの始末

 〜ヤマトの国 湯屋〜


 ブリジアは火山大国とも言われるヤマトの国の各地で湧き出す温泉地の中で、最も大きな湯屋で平たい石板を眺めていた。

 石板の中で、様々な人物が行き交っている。

 監視モニターだと説明を受けたが、何のことかわからなかった。


 だが、やることも目的も明白だ。

 ブリジアは、ヤマトの国の魔族を見破った。

 そのブリジアの実績を買われ、魔王から人族に紛れ込んでいる魔族を探すよう言われたのだ。

 ブリジアがいるのは湯屋の最上階、鳳凰の間と名付けられた宴会場である。


「陛下、どうぞ」


 ブリジアの隣では、人族に扮した魔王が、ブリジアの侍女テティから酌を受けていた。

 魔王は、完全に人族に扮すると、長髪の優男になる。

 ブリジアの侍女たちと交わるときもその姿になることが多い。


「うむ」


 魔王は盃ではなく器で、テティが注ぐ液体を受けた。

 テティが顔を背けているのは、それが酒ではないからだ。今ではブリジアも知っている。

 魔王は器からひと呑みし、大きく息を吐いた。


「王水か。後宮ではデジィが嫌がるので、こういうところでなければ味わえんからな」

「お粗末でした」


 テティが平伏する。王水は黄金すら溶解するといわれる酸の一種で、全身が黄金の皇后デジィは苦手にしているのだろう。


「陛下、ブリジアの侍女たち、自由すぎませんか?」


 モニターを見つめているブリジアを膝のにせたダキラが尋ねると、魔王は宴会場を見渡した。

 侍女として特別な訓練を受けたテティは、魔王の要求に答えようと神経を張り巡らせている。

 だが、レガモンは最近下賜されたらしい刀を眺め、ソフィは魔導書を読み、チャクは宴会場の様子を絵に認め、イブリンは離れた器に爪楊枝と呼ばれる細い木を投げ入れている。

 他の侍女たちも、それぞれに好きな事をしている。


「ああ。構うまい。何も命じておらんのだ。こう見えて、ブリジアが攫われた時には全員が死をも辞さぬ覚悟を見せた。だから、全員の参加を許したのだ」

「陛下がそうおっしゃるならいいのですが」


 ダキラは、供された石炭を口に入れた。

 新しい石炭を手にしてブリジアの口元に運ぼうとしたところで、魔王が止める。


「ダキラ、人族にとって、それは食い物ではない」

「そうでした。私としたことが」


 ブリジアは、口元に近づいていた黒い物体が何かわからず、しばらく見つめていた。


「魔王様、いました」


 ブリジアは、モニターの一時停止ボタンを押した。

 画面上に指で触れると、指の跡が残る。

 魔王が覗き込んだ。

 モニターは、湯屋の玄関を写していた。


「ふむ……ダキラ、わかるか?」


 魔王が尋ねると、ダキラは膝の上のブリジアが指し示したモニターを、ブリジアの頭ごしに眺めた。


「いえ。画面越しではなんとも……拡大すればわかるかもしれません」

「ああ。そうだろうな」


 魔王が手をかざすと、ブリジアの指の跡が残った人物の姿が大きくなった。

 歩き、動いている。見た目には、人族そのものの姿だ。


「ヤマトで開発された、アームスーツを着ているということですか?」

「そうであろうな」


 ダキラの質問に、魔王は頷く。


「確認しますか?」

「うむ。確認だけで良い。この国の魔族を全滅させる必要はない」

「承知しました」


 ダキラが柏手を打つと、座ったままのダキラの影が揺れ、影だけが立ち上がった。

 すぐに色を持ち、実体化する。

 ダキラの影は、一礼して会場から出ていった。


「さて……」


 魔王はダキラの膝の上にいるブリジアの髪を撫でながら、視線を前に向けた。

 そこには、自由に寛いで食事を楽しむ侍女たちの中で、ただひとり、緊張して震えている美少女がいた。


「陛下、ほんとうにこの者を後宮に置く気ですか?」

「ああ。なかなか、具合もよかったのでな」

「うっ……ぐすっ……」


「勇者ナギサよ。貴様の目的がブリジアを守ることにあるのなら、後宮にいても構わん。ただし、ブリジアの侍女として扱われることを覚悟せよ。ブリジアの侍女である以上、役目はわかっておろうな」


 勇者ナギサは、最近まで躍動的な肉体をした少年だった。

 現在、華奢な肉体の割に凹凸のはっきりした美少女となっている。


「あ、あのようなことを……度々……」

「ほぼ毎日です」


 テティが言うと、ナギサは怯えたような表情をみせる。


「ブリジアを守るためだ。ブリジアはこの通り、8歳にして優れた才を持つ。並の人族であれば、一生かけても得られない特性も備えている。外に繋がれているシルビアという馬の種族をこれほど簡単にしたがえられる者はいない。この国でも、その力は顕著であろう」


 魔王の指摘に、ナギサは怯えながら声を絞る。確かに、心当たりがあった。


「ブリジアは……この国の博士たちが魔王軍と呼ぶ巨大モンスターを、産卵が目的で上陸しているだけだから、攻撃するなと指摘しました」

「ふむ。あれが魔王軍のはずはないが、軍備に金を回すための虚言であろうな。だが、よくブリジアの提言を受け入れたものだ」


「怪獣たちとの戦いに、研究資金も人員も限界だったようです。もし、間違っていたらブリジアに全ての責任を押し付け、処刑するはずだったと知りました」

「えっ? 私、聞いていないけど……」


 ブリジアは、続けてモニター見ていたが、驚いてモニターから顔をあげ、ナギサと名前は元のままの美少女を見た。

 ナギサにどういう事情があろうと、ブリジアにとってナギサは自分を誘拐した犯人でしかない。

 女性になったことは、むしろ喜ぶべき事だと思っていた。


「僕も知りませんでした。エド城の将軍が、やけになって暴露したのを聞いたんです。本当にそうなっていたら……僕はブリジアをさらって逃げたでしょう」

「ブリジアのために、ということはわかりますが、陛下にとって危険ではありませんか?」


 ダキラは言いながら、盆に乗せられた石炭を指で弾いた。

 凄まじい速度で飛んだ石炭を、ナギサは掴み取った。

 ナギサの手の中で、石炭が崩れて粉になる。


「人族の反応速度ではありません。女体化しても、勇者であることに変わりはないのです。陛下を殺せる者を、そばに置くのですか?」

「朕を殺せるから側に置かないというほど、朕は臆病であらねばならぬのか? 人族などは、どれほど位が高かろうと、ナイフを持ったブリジアにも殺せるというのに」

「しかし……」


 さらに言葉を続けようとしたダキラを、魔王は制した。


「かつて、魔王の代替わりは勇者に打ち取られたことにより起きた。勇者がそのために準備を整え、罠を張り、仲間を集め、自らを極限まで鍛えて、初めて達成できることだ。勇者ナギサのそもそもの目的がブリジアを守ることだというのであれば、朕を討つことは叶うまい。ブリジア、そなたにとって、朕は服従すべき主人か?」


 魔王は尋ねてから、王水と呼ばれる、金ですら溶解する酸を飲み干した。

 空になった器に、ガラスの容器からテティが注ぐ。

 ブリジアは、モニターから視線をあげた。


 魔王の意図はわからなかった。モニターで魔族を見つけるよう指示を受けていたため、魔王の言葉を真剣に聞いていなかった。

 だが、先日の遊廓での言葉を思い出した。

 王女であるブリジアは、いずれ夫とともに国を支えることを望まれていた。

 ブリジアにとって、魔王のあり方はひとつだ。


「支えるべき夫です」

「ブリジア?」


 答えに驚いたのか、ダキラが腰をあげた。再び魔王が制止する。


「先日、ブリジアにある称号を与えた。それは、『魔王の嫁』である。肩書きだけとはいえ、ブリジアはそう名乗るだけの気概を見せた。勇者に聞こう。妻の幸せにとって、夫はどうあるべきか?」


 勇者ナギサは、震えながら答えた。


「我が国の伝統では……夫というのは、丈夫で、不在がちであることが望まれます」


 魔王は勇者の答えに満足しなかった。舌打ちをすると、好き放題に楽しんでいたブリジアの侍女たちが一斉に緊張した。

 魔王が笑みを見せると、途端に弛緩する。

 ブリジアの侍女たちは、好き勝手に楽しんでいる振りを装っているのだ。


「不在がちであるほうがいいとは朕も初めて聞くが、丈夫であることが必要だ。ブリジアは朕の妻である。ならば、勇者であろうとなかろうと、するべきことは変わるまい」

「……なるほど。しかし、デジィ様がなんと言うか……」

「まあ、なるようになる」


 魔王としても、皇后デジィだけは完全に御せるとは言い切れないのだ。

 魔王は再び器を空にしてから、勇者に尋ねた。


「ところで、前々から不思議に思っていたのだ。異世界からの勇者は、そなたが初めてではない。多くが黒髪と黒い瞳を持つが……やはりそのうちの多くが、このヤマトの国を目指す。この国に、朕に服従することを拒む魔族の者たちが多く集まるのも、勇者が必ず目指すことを知ってのことだ。この国の、何が勇者を惹きつける?」


 ヤマトの国の魔族は、純粋な魔族といっても動物の特徴を持つ者ばかりだ。

 魔王にとって脅威となる存在ではないが、多くが寄り集まり、魔導の研究をして勇者と結託するのではあれば、話は違ってくる。

 ナギサは、唇を噛みながら答えた。


「この世界は……僕のいた世界に似ています。大陸の形や、住んでいる人の特徴など、共通している部分が多いのです。その中で……ヤマトの国は、僕の故郷である日本という国に似ています。国の配置もそうでしたし、食べ物や、住んでいる人々……この湯屋も、ある映画で出てきた舞台にそっくりで……」

「つまり、郷愁か。今後、この現象を止めるためには、ヤマトを沈めるしかないということだな」

「いたしますか?」


 ダキラが尋ねる。ナギサは震え、ブリジアが再び顔をあげた。

 ヤマトは島国だが、けっして小さくはない。

 魔王に、その島国を沈めるほどの力があるのか、ブリジアにもわからなかった。


「いや。勇者がいずれ向かうのだとわかっていれば、利用すればよい。朕に従わない魔族の把握にも役に立つ。それに……人族の国の中でも、ヤマトは変わった発展の仕方をしている。海を越える方法がないはずなのに、他国の風習や発明を取り入れていることが多いのだ。それが、勇者からもたらされたものなのであれば、むしろ発展させた方がよい。いずれ、我らにも役立つ時がこよう」

「はっ」


 ダキラが畏まる。

 魔王は柏手を打った。

 四方の襖が開く。黒い影をまとわりつかせた人族たちが膝をついたまま姿を見せた。


「ダキラ、どうだった?」

「ブリジアが指摘した者たちは、全て魔族でした。アームスーツというのですか……魔力を注ぐと全身を覆う膜を貼る道具を使い、姿を変えているようです」


 魔王はぐるりと見回す。

 ブリジアの侍女たちは、テティを除いてレガモンを中心に集まっていた。

 拘束している黒い影は、ダキラの術なのだろう。


「頭数を揃えただけで、どうにかなると思っておるのか?」


 魔王が指を鳴らした。

 天井から、ばらばらにされた人間大の体が落ちてきた。

 人族のものではないだろう。

 全て鱗で覆われている。


「エド城とやらで、将軍と呼ばれていた龍の魔族だ。こいつの配下が、朕の妃を殺そうとしたゆえ、報いを受けさせた。再生を阻害したが、つなげれば生き返るやもしれん。捨ておく。好きにせよ。もっとも、貴様らも生きていたらだがな」


 魔王はダキラに視線を向ける。

 ダキラが頷くと、人族の皮を被った者たちを拘束していた黒い影が燃え上がり、人族の皮を焼き、その下の肉体を焼いた。

 魔族たちがころがり、のたうち回る。


「ブリジア、朕は残酷か?」

「人族の王家であれば、謀反人は全て殺します。優しすぎるのではないでしょうか」


 ブリジアは真顔で言った。本心だった。

 王家を継ぐ者として育ったのは、伊達ではないのだ。


「……ふむ。朕も反省しよう。後宮には、10日後に帰ることになっている。ブリジア、それまで時間があるが、この国で見たいところはあるか?」

「えっ? 陛下も一緒ですか?」


「うむ」

「ダキラ様も?」

「お供します」


 ダキラが笑った。


「では、団子屋に行きたいです」

「……爆発物の製造工場か?」

「陛下、団子とは食べ物です。ブリジア様に、妙な隠語をお教えにならないでください」


 テティが囁いた。魔王は頷き、モニターを抱えたままのブリジア貴女を、ダキラの膝の上から奪った。

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