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魔王の嫁でございます ~僅か8歳で魔王の後宮に入内した元王女ブリジア妃の数奇な人生~  作者: 西玉
第3章 外の世界

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60 勇者ナギサの試練

 〜ヤマトの国エドの街〜


 魔王ジランは、エドで最も高い建物の最上階で、盃を傾けた。

 エドの街は、エド城より高い建物の建造が禁止されている。

 魔法による技術で高層ビルを建てることはできるが、ヤマトの国で最も高い建物でも、20階である。


 各地に領主の治める城があり、防衛上の理由から城より高い建物は禁じられているのだ。

 エドで最も高いビルの最上階は、遊郭である。

 高い場所にあるだけに料金も高く設定されている。

 接待をする遊女も非常に美しいことで知られるが、魔王ジランはただ料理と飲み物だけを注文した。


「陛下、残念ですが……ニトログリセリンは置いていないそうです」


 魔王ジランと斜向かいに座った魔王軍大参謀のダキラが告げる。


「ふん。ヤマトの国には、魔族が多く住んでいると見たが……その程度も置いていないか」

「お言葉ですが陛下……魔族といっても獣の姿に似た者たちは、酒といえばエーテルを意味するとか。爆発物を飲めば、大怪我をするそうです」

「情けない。それではまるで、人族ではないか」


 ジランは吐き捨てる。ダキラは、懐から瓢箪型の水筒を取り出した。


「陛下、よろしければ、私の手持ちがございます」

「いや。せっかく遊郭にきて、手持ちを飲むのは興醒めだ。まるで、毒殺を警戒しているようではないか。おい」

「ひっ、ひえぇぇぇっ!」


 ただ呼ばれただけで、遊郭の経営者である傷だらけの中年の人族が、腰を抜かした。

 現在、魔王ジランの姿はほぼ人である。ダキラは姿を変えてはいないが、首から上は元々人に近く、体をコートで覆っている。


 威嚇するような姿ではないはずだが、支配人は怯えて震えていた。

 数えきれない人族の女を売り買いし、その人生を破滅させてきたはずの男である。


「よいものを飾ってあるな。あれを寄越せ」

「はっ?」


 魔王は、床の間に置いてある、花崗岩の塊を指差した。


「こ、これは、きっ、菊花石でその……ひ、非常に高価な……いえ、お買い上げいただけるなら……」

「朕は人族に遠慮して飲み物を注文したが、それすら手に入れられないのだ。朕の前で作ることを許可する。あれを持て」

「はっ、はひっ!」


 支配人は人を呼ぶ。

 大の男が3人がかりで、床の間の菊花石を魔王の前に運んできた。


「マグマをたてよ」

「……はっ?」

「耳が遠いのか?」


 ジランの眉が寄る。ダキラが乗り出した。


「陛下、人族は茶をたてはしても、マグマをたてることはないようです」

「しようのない連中だ。ダキラ」

「……恐れ入ります。少しだけ、お手を」

「仕方ない」


 ジランは舌打ちすると、菊花石の真ん中に手を当てた。

 人族の男たちが驚愕する。

 魔王の手は、まるで綿飴でも掴み出すかのように、菊花石を抉り、大きなくぼみを作った。


 魔王が握り出した岩を握り潰す。

 岩のえぐれた部分に、砕けた花崗岩が積みあがった。


「後はできるな?」

「お任せください」


 ダキラは進み出ると、懐から金属の棒を取り出した。

 材質は、アダマンタイトである。

 ダキラはアダマンタイト製のスリコギを持ち、砕けた花崗岩を潰す。


 十分に砕けたところで、輪を描くようにスリコギを動かす。

 わずかの時間で、岩石だったものが、熱を帯び、液状に変化する。

 マグマをたてるとは、岩石をマグマに戻すことを意味する。

 ちなみに、魔王ジランは、岩石を握りつぶすけだでマグマに変えることができる。


「よい煮え具合だ」


 魔王は、床の間の菊花石だったものからマグマをのみ、一息ついた。

 魔王を接待するために控えていた人族は、もはや言葉もなく震えていた。


「ダキラよ。勇者を逃したそうだな」


 冷えて固くなりそうだったマグマに指をつけ、魔王はさらに融解させながら言った。

 ダキラは岩石が溶けるほど掻き回したのにも関わらず、汗すらかかずに自分の席に戻っていた。


「逃したのではございません。すぐに、殺すことも捉えることも可能です」

「ならば、殺せ」

「お言葉ですが、かの勇者の目的は、ブリジアにございます」

「承知しておる。だから、殺せと言ったのだ」


 魔王の指先で、岩石がふたたび溶けた。指についたマグマを、魔王は舐める。


「しかし、我らが勇者を敵視するのは、勇者が陛下のお命を狙い、その手段を持つと言われるがゆえです。かの勇者の目的は、陛下の妃ブリジアのみにあり、ブリジアが幸せであれば、陛下に歯向かう意志はないそうです。今回は、勇者がブリジアをさらいました。ですが、別の誰かがブレジアを連れ去るかもしれません。その時、かの勇者であれば、ブリジアを命懸けで守ろうとするはずです。そのような者は、多いほどよいのではないでしょうか」


「ブリジアを、2度と外に出さねばよいことだ」

「それでは、ブリジアが悲しみます」

「地下後宮に入内したものの定めだ」

「それほどまでに、ブリジアが大切なのですね。魔族の雑兵が、ブリジアを殺そうとしたのも頷けます」


 ダキラの発言に、魔王の手が止まった。

 花崗岩の器に、指先で穴を開けてしまい、塞ごうと持ち上げたところだった。


「……『殺そうとした』だと? その魔族はどうした?」

「消し炭に変えました。もはや、再生は不可能です」


 魔族を殺す方法の一つが、細胞を残らず燃やし尽くすことである。

 どんな魔族でも、灰からの復活などはあり得ない。もっとも、魔王ジランが灰にされたことはない。


「朕は、ヤマトの将軍に、ブリジアを傷つけることなく連れて来いと命じたのだ」

「ブリジアを見つけた魔族は、殺そうとしました。殺したまま、生きていると思わせる方法はいくらもあると。その魔族は……陛下の弱点だとも……」


 ダキラは、魔族随一の聴力の持ち主であり、場所と相手が特定できれば、世界の裏側の会話すら聞き取れるとも言われている。


「魔王に、弱点などあってはならぬ」


 魔王の持つ器が砕けた。魔王の手がマグマで濡れる。


「陛下!」


 魔王の怒りの理由を察した、ダキラが吠えた。


「ブリジアは何処だ?」

「隣の部屋に。しかし、陛下! おやめください!」


 魔王が立ち上がった。


「朕の弱点ならば、捨ておけぬ。ダキラ、下がれ!」


 魔王に縋りつこうとした大参謀ダキラを、魔王は一振りで薙ぎ倒す。

 床ではなく広い部屋の壁に、ダキラが叩きつけられた。

 魔王はダキラを顧みず、隣の部屋の扉を開けた。


 ※


 魔王ジランの前に、豆粒のような塊が落ちていた。

 それが、正座をしてうずくまり、ヤマトの国特有の畳と呼ばれる床の上で額を擦り付けているブリジアだとわかるまで、しばらくかかった。


「……ブリジア、何をしている?」


 普段の、楽しそうに屈託なく笑うブリジア妃をよく知る魔王は、目にしているのがブリジアだとはまだ信じられなかった。

 ヤマトの国で侍女たちと合流し、さぞかし楽しんでいるだろうと思っていたのだ。


「陛下に……お願いがございます……」


 ブリジアは、顔を床に押し付けたまま答えた。

 泣いている。

 その声から、合間に鼻を啜る音から、魔王はそれを知った。


「……何だ?」


 魔王に弱点があってはならない。その思いから、ブリジアを殺すつもりだった。

 どんなに悲壮な命乞いをしても聞き入れまい。そうまで思っていた魔王だったが、あまりにも予想外のことに、ただ問い返した。


「私が死んだ後、侍女たちのうちの1人を、妃にしてください。その他の侍女は……その子に仕えさせてください」

「ブリジア……どうして、自分が死ぬと思うのだ?」

「陛下が海を越えてヤマトにいらっしゃった時に……死ぬことは覚悟していました」


 魔王は畳の上に座り、ブリジアに顔を上げさせた。

 畳の上に、水たまりができている。

 ブリジアの陶器のような白い肌に涙の跡が、額には畳の模様がついていた。


「どうして、朕が殺すと思った?」

「陛下は、魔王です。私はただの妃です。陛下がいらっしゃったなら……必ず、私を殺すのだと……」

「では、なぜ逃げない? そなたを拐った勇者がいる。この国には、魔族も多い。魔族も一枚岩ではない。朕を殺したがっている魔族と勇者が手を組めば、朕とて簡単には手出しできん」


 ヤマトの国の内情は、将軍職として国を牛耳る龍の魔族から聞いていた。

 動物の特徴を持つ人族のうち、人族の部位が3割以下の者は魔族と分類される。

 ヤマトの国には、動物の特徴を持つ魔族が多く生活し、人族と交わっているのだ。


「私は……魔王様の……いえ。ただの……」

「『ただの妃で』はない。ブリジア、そなたは、『魔王の嫁』である。そう名乗ることを許す」


 魔王が嫁を名乗ることを許したのは、皇后であるデジィに対してだけである。

 それ以外の妃に、嫁だと名乗ることは許していない。

 すでに、ブリジアも承知している。だからこそ、自分からは名乗れなかった。


「では……」


 ブリジアは、さらに大量の涙を流した。

 魔王は毛深い指で拭う。


「これほどの覚悟をもって朕に仕える者を殺しては、朕は狭量と笑われよう。それはむしろ、朕の欠点を晒すことになる。ブリジア……だが、デジィは許すまい。そなたを拉致し、朕に歯向かう者を見過ごしにはできん。勇者を捧げよ。その功績を持ち、朕はそなたに魔王の嫁の称号を与える」

「陛下……ありがとうございます」


 ブリジアが、魔王にぎゅっと抱きついた。

 魔王は首をかしげる。ブリジアの反応も、礼を言われた理由もわからなかった。


「みんな、入って。陛下が、お許しくださったわ」


 ブリジアが声をかけると、横開きの襖と呼ばれる扉もどきが、一斉に開かれた。

 ブリジアに仕える7人の美女たちの真ん中に、黒髪で愛らしい顔をした美少女がへたりこんでいた。


「ぼ、ぼく……」

「なっ? こやつは……」


 魔王ジランは、見覚えがあった。

 魔王城のある山岳地帯で見かけ、魔女シレンサの魔術で姿を認め、トボルソ王国で対決した。


「ブリジア様にお仕えする、新しい侍女でございます」


 代表して、侍女テティが口上を述べ、その背を押した。

 黒髪のあどけない美少女は、ふらふらと前に出た。


「女だったのか?」

「女にいたしました」


 少女の背後で、侍女の1人、若き宮廷魔術師だったソフィが微笑んだ。

 空の容器を手にしている。


「性転換の秘薬か。だが、効果は永続ではあるまい」

「永続にする方法がございます」


 ソフィが述べる。


「い、嫌だ……」


 美少女ナギサが首を振る。


「どうすればよい?」

「女としての喜びを、薬が効いている間に、体に教え込むことです」


 ソフィの言葉と同時に、テティがナギサに服を解き、レガモンが背を突き飛ばした。

 半裸の姿で、勇者ナギサが魔王の前にへたり込む。


「……ブリジア、朕は、勇者を捧げよと言ったのだぞ」

「勇者ナギサを、侍女として差し出させていただきます。もちろん……ナギサが孕れば、私の子とします」

「承知した」

「嫌だ。嫌だぁぁぁぁぁっ!」


 勇者ナギサは逃げようとした。

 だが、侍女たちが結託し、魔王が押さえつける。

 全身の力が抜け、従順になるのに、長い時間は掛からなかった。


 ただ、ブリジアだけが部屋の隅で、祈るように大人たちの行為を見守っていた。

勇者が片付いたところで、コンテスト用の新作を作成するため、少しお休みします。

悪役令嬢ものです。

必ず帰ってきますので、お待ちいただけると幸いです。

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