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魔王の嫁でございます ~僅か8歳で魔王の後宮に入内した元王女ブリジア妃の数奇な人生~  作者: 西玉
第3章 外の世界

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57 ブリジア救出隊対勇者ナギサ

 ムサシノは、ヤマトを治める将軍のお膝元だという。

 エチゴの基地は、ムサシノと比べると狭く、殺風景だった。

 だが、対魔王軍として揃えられた施設は同じもののようだ。


 転移した直後、ブリジアは外の景色を映し出す画面に吸い付けられた。

 まだ遠い位置なのだろうが、明らかに近づいている。

 真っ直ぐ、エチゴの基地を目指している。

 ブリジアは、10頭以上の麒麟がひく馬車の御者台に、小さな獣がいるのをみてとった。


「……やっぱり……」

「指令、僕は準備できています。転移させてください」

「わかった」


 ブリジアの呟きを知らず、ナギサが基地の司令官と思われる男に了解をとった。

 ブリジアは、ナギサを仰ぎ見た。


「私も行きます」

「駄目だ。危険すぎる。どうしたんだい? 戦場に行きたいなんて……」


 ナギサは上着を脱いだ。

 体の中心に、青く光る水晶のような球があるのがわかる。

 ブリジアは、あえてその玉については尋ねなかった。


「あの馬車がエチゴを越えて真っ直ぐ進むと、ネズミの遊園地があるのではありませんか?」


 ブリジアは尋ねた。それは、先ほどまでブリジアが遊んでいた遊園地である。

 その問いにナギサは答えず、指令に視線を向ける。指令は首を縦に動かした。


「その通りだ。ナギサが連れて来た娘、ヤマトの人間ではないようだが……地理に詳しいのか?」


 指令と呼ばれる男は、頬のこけた中年で、髪が薄くなりかけていた。


「ブリジア、どうして、そんなことを……」

「だって……ネズミの国が巻き込まれたら大変でしょう」


 ブリジアが言うと、指令が口角を吊り上げた。笑ったつもりなのかもしれない。


「なるほど……子供にとっては、テーマパークは重要な施設だろう。許可を出す。ナギサ、連れて行け。ただし、君が死んでも、我々は関知しない」

「はい」


 ブリジアは小さく膝を折る。

 ナギサとブリジアが、海岸に転移した。

 海上に、海を割るように接近する、馬車が近づいてきた。


 その左右に、巨大な海獣の残骸が漂っている。

 麒麟がひく馬車は、人間には渡航不可能と言われている海獣の巣を、簡単に踏破できるだけの戦力を持つのだ。


「ブリジア、魔王が乗っていると思うかい?」

「陛下なら、あんな小さな箱には乗らないわ」

「それは残念だ。ここで決着をつけられると思ったのに」


「陛下は、空を覆うほど大きな、金色のドラゴンを従えているって聞いたことがあるわ」

「……今すぐは無理でも。、そのうち倒せるさ」

「声が震えているわよ」

「気のせいだよ。アームスーツ、転送願います」


 ナギサが会話を切り、何かに呼びかけた。

 ナギサだけに答えが返されたのだろう。ナギサが頷くと、その姿が変異した。

 人型ではあるが、人間ではない。

 無数の青いパーツに覆われた、巨人のような姿だ。

 手に、大きな筒を持っていた。


「エネルギー装填」


 ナギサは言いながら、長い筒を構える。

 身長にして10メートルもの巨大な人型になったナギサが抱える筒は、人間ですら弾にして飛ばせるサイズだ。


 形状は、一部の人族がライフルと呼んでいるものに似ているとブリジアは理解した。

 遠くの敵を倒すのに使用される。魔力で弾を飛ばすものと、火薬と呼ばれる燃える粉を使用するものがあったはずだ。


 ナギサが抱えているのは、前者だろう。

 銃身に丸い弾があり、色が急速に変わっている。


「なんだ?」


 ナギサが何かに尋ねた。

 同時に、ナギサが構える筒の、赤く色が変わった玉が、発射されること無く、筒の中で弾け飛んだ。


「狙撃された? あり得ない。どこからだ? 前だって?」


 ナギサは誰かと話している。

 ブリジアには、ナギサの話し相手の言ったことはわからなかったが、ナギサが筒を構えたことで、接近してくる馬車から狙撃されたのだろうと理解した。

 基地の中で見た馬車と、ナギサが狙撃されたことで、ブリジアは誰がきているのか、正確に理解した。

 麒麟たちが目の前に迫る。


「来るぞ。武器の8番をくれ。増援求む」


 ブリジアがいた地面の前方に、大きな穴が口を開ける。

 その中から、ブリジアがかつて画面越しに見た蜘蛛のような姿のアームスーツがぞろぞろと出てきた。

 人族の体に上乗せする形で、別の物質を貼り付けたのだ。


 姿は異様で、体は大きい。

 20体ほどの蜘蛛たちは、担いできた槍のような形状の武器をナギサに渡す。

 正体不明の馬車を曳く、麒麟たちが砂浜に上陸した。


「かかれ!」


 ナギサが命じ、槍を持って麒麟に打ちかかる。

 その槍が、馬車から飛び出した小さな影に止められた。

 馬車から飛び出した影は、全身が鉄の塊であるかのような鎧を身につけ、自分の身長ほどもある剣を構え、槍を受け止めていた。


「シルビア!」


 馬車の御者台にいた獣、ユニコーンのシルビアが、真っ先にブリジアに抱きついた。

 無理やり埋め込まれていた2本目の角がとれている。

 地下後宮ではない場所で、ごまかす必要はないということだろう。

 頭を押し付けてくるシルビアに、ブリジアは持っていたお菓子をあげた。


 動物の肉以外は何でも食べるシルビアは、何日も絶食していた痩せた体で、ブリジアの手からお菓子を食べた。

 シルビアは、頭を下げたブリジアの体を背に乗せた。


 ブリジアは、慣れた手つきでユニコーンの角を掴んで背に跨った。

 20体ほどの蜘蛛型アームスーツは、10頭の麒麟に簡単に駆逐され、巨人となったナギサは、通常の人間サイズの鎧の武人と互角に打ち合っていた。


「イブリン、青い玉を狙って!」


 鎧の武人がレガモンであることを疑わなかったブリジアは、馬車に乗っているはずだと信じて、侍女の中でも狙撃の名手として知られるブリジアの8人の侍女の1人の名を呼んだ。

 イブリンが乗っているなら、これまでのこと全てが説明できるのだ。

 案の定、ブリジアには理解できない速さで、ナギサの体の中央にあった青い玉が砕け散った。


 ナギサの兵装が解ける。

 全身鎧のレガモンが打ち下ろした大剣に、ナギサが打ち据えられた。

 まるでブリジアを背に乗せていることで力を得たかのように、ユニコーンのシルビアは駆け回った。

 レガモンがナギサを押さえつけ、シルビアが満足して並足になり、ブリジアが砂浜に降りる。

 ブリジアの体が、暖かく柔らかいものに包まれた。


「ブリジア様、よくご無事で」

「テティ、あなたまで来たの?」


 ブリジアを抱きしめたのは、ブリジアの身の回りの世話をしているテティだった。


「はい。ブリジア様が誘拐されて、どうして黙って留守番などしていられましょう」

「それじゃ……」

「はい。全員おります」


 ブリジアは、テティに抱きしめられたまま顔を上げた。

 ナギサを取り押さえているレガモンと攫われたクリスを除く6人の美女が、半泣きでブリジアを見下ろしていた。


「ブリジア様、この男には見覚えがあります。誘拐犯ですね。殺しますか?」


 輪に入れなかったことに苛立つように、レガモンが声を上げた。


「いいえ。その人は……理由はわからないけど、私を助けたいってずっと言っていたの。だから、殺したくはないわ」

「しかしブリジア様、あの男が勇者だとすれば……生かしておくだけでブリジア様に災いを呼ぶかもしれません」


 テティが囁く。ブリジアは頷いた。

 皇后デジィの勇者嫌いはよく知っている。

 魔王の妃が勇者と接触し、殺す機会があっても逃したと知られれば、その妃を殺そうとするだろう。


「……うん。ソフィ……お願いがあるんだけど」

「はい」


 ブリジアは、侍女たちの中でも最も若い、卓越した魔法技術と魔力を持つ少女に囁いた。

 ソフィは少し困ったように首を傾げたが、可能だと判断したのだろう。微笑みを見せた。


「それと……あの麒麟が踏みつけているのは、この国の人たちよ。離してあげて」


 ブリジアは、周囲を囲むように立っている、逞しく不思議な四足獣を指さした。


「この国は……人族の国ではなかったのですか? あれは魔族……いえ、魔物ですか?」


 狙撃の名手として名高く、トボルソ王国の守り神とも呼ばれた美しい女性イブリンが尋ねた。

 色素の薄い瞳をしているが、視界に入るものであれば全て狙い打てるほど遠くまで見通せる。


「ううん。純粋な人族よ。変な道具を使って、あの姿に変わっているの。レガモンがぶら下げている勇者と同じよ」


 レガモンは、ナギサを気絶させることに成功したようだ。ナギサの足を掴み、引きずって歩いてきた。


「そいつらはもういいわ。放して、整列なさい」


 テティが声を張り上げて、鞭を打ち鳴らす。

 人族の間では伝説とも聖獣とも呼ばれる麒麟が、従順に整列する。


「テティ、凄いわ」

「いい子たちですよ。魔王様のしつけがいいので」

「あっ……あなたたち、後宮から出ていいの? 戻れるの?」


 突然思い出したブリジアは、声をうわずらせた。

 地下後宮に仕える侍女は、通常一生を地下後宮で終える。

 外部の人族と出会う機会は無く、人族の男性に見染められる機会もないのだ。


 例外は、侍女の実家が、結婚させるために戻したいと申請した時だが、全員ブリジアと運命を共にすることを覚悟している。

 逆に、一度外に出ると、戻るのは難しいはずだ。よほどしっかりした理由と、後宮関係者の同伴でもないかぎり、戻ることはない。


 人族にとって、自分の意思で地下後宮に行くこと自体が不可能なのだ。

 だからこそブリジアは、難民の配給所でナギサが転移魔法を使用すると思ったとき、全力でレガモンを突き飛ばしたのだ。


「心配ありません。魔王様が一緒です」


 テティが微笑んだ。ちなみにユニコーンのシルビアは、やや離れた場所で疎ましそうに侍女たちを見ている。

 シルビアからは汚れた存在に見えるため、ブリジアに近づきたくとも我慢しているのだ。


「魔王様が? えっ? どこにいるの?」

「御用があるとかで、途中で走っていかれました。海の上をですが」

「……鎧とか、着ていた?」

「将軍たちと同じ軽装だとおっしゃっていましたよ。ここはそれほどの危険がないからと」

「将軍たちと同じ、軽装……」


 魔王が海身の上を走ったと聞かされても、ブリジアに驚きはなかった。

 魔王の配下である大参謀ダキラにドラゴンに乗せてもらい、魔王の鎧の内側で、魔王の戦いを体験したおかげだろう。


 だが、魔王にとっては軽装でも、魔将軍たちの武装は1トン以上あるはずだ。

 その鎧を着て、海の上を走るということが、ブリジアを絶句させたのだ。


「ブリジア様、お下がりを」


 掴んでいたナギサを捨て、レガモンがブリジアたちと海の間に立った。

 海の中に、巨大な影が立ち上がっていた。

 ブリジアがヤマトの国に来た時に、ムサシノの基地を脅かした怪獣ジーラだ。

 海水が流れ落ち、黒く禍々しい全身が露わになる。


「レガモン、大丈夫よ。シテン、お願いするわ」


 テティが言った。レガモンは頷くが、それでも警戒は解かない。

 体のサイズからして、レガモンがいたところで障害にもならないはずだが、レガモンは身長10メートルの巨人となったナギサと互角に戦った。


 現在着ている鎧は、ブリジアの知らないものだ。特別な力があるのかもしれない。

 テティに呼ばれたシテンは、レガモンの後ろに立った。


「お任せを」


 シテンと呼ばれた女性は、ブリジアの侍女の1人であり、魔法技術と機械を組み合わせた魔道機械の専門家として知られる美女である。

 手にした小さな機械に魔力を送ったのがわかった。


 いままで打ち捨てられていたように見える、侍女たちが乗り、麒麟が引いていた馬車が、侍女シテンの力により、姿を変えた。

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