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魔王の嫁でございます ~僅か8歳で魔王の後宮に入内した元王女ブリジア妃の数奇な人生~  作者: 西玉
第3章 外の世界

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52 黄金の惨劇

 炊き出しの配給場所で声を荒げていた人族は、レガモンが飛び込んだことに嫌らしい笑みを浮かべた。

 胸元に伸ばされた手を、レガモンは問答無用で弾き飛ばし、さらに男の顔面を殴りつけた。

 騒然とする人族の男たちに、レガモンは指一本触れさせず、叩きのめした男たちで人垣を作った。

 ブリジアの黄色い声援が飛ぶ。


「ブリジア、シリアに抱かれてご満悦のところを邪魔して悪いけど、せっかくのスープが冷めるわよ」


 ブリジアが振り返ると、真っ赤な髪を肩に垂らしたエレモアが見下ろしていた。


「ご、ご満悦じゃありません」

「ブリジア、私に不満があるの?」


 シリア侯妃は、ブリジアの頭に大きな胸を乗せた。

 ブリジアは抗議の声を上げる。


「ち、違います。そういうことではなくて……難民の中に、文句を言う人たちがいて、混乱しているんです」


「そう? 私には、ブリジアの侍女が暴れているように見えるけど……ブリジアの侍女は不思議ね。どの子も、妃でもおかしくないほど顔立ちも姿も際立っているのに……ブリジアのことが大好きなのが、見ていてわかるわ」

「レガモンが好きで暴れているわけでは、あっ、危ない!」


 難民の中に、武器を持っている者がいた。

 レガモンの頭上に、大鉈のような武器が振り下ろされる。

 レガモンは、背に隠し持っていた短剣で受け止める。

 弾き返した。


 レガモンを狙った男は大きく後退する。

 難民たちは、レガモンを中心に円を描いた。

 大部分は、レガモンを恐れて後退したのだ。


 ただ、本格的に武器を持った男がひとり、前に出た。

 先程、レガモンに大鉈で切り付けた男だ。

 まだ若い。黒髪に黒い目をした、可愛らしい顔つきの男だった。

 幼いようにも見えるが、筋肉は発達しており、子供ではないだろう。


「あらっ……本格的に戦い始めるのは頂けないわ。死人が大量に出たら、私の責任になってしまうわね。皇后様は喜ぶでしょうけど、難民に止めを刺しにきたわけではないもの。ああ……あれを使いましょう」


 エレモアは言うと、食事が並んだ机に戻っていく。


「シリア様、エレモア様は何を使うのでしょうか?」

「さあ。皇后様から、困ったら開けるように、木の箱を預かったと言っていたわ」


 シリアが答える間に、エレモアが木の箱を抱えて戻ってきた。


「皇后デジィ様から、今朝もいだばかりだと言って渡されたの。きっと、鎮静剤の成分を含む、植物の実だわ」

「ああ。それは素敵ですね。さすが皇后様」


 ブリジア感心して頷いた。


「キャアッ!」


 だが、エレモアは木の箱を開けると同時に、悲鳴をあげて取り落とした。

 箱の蓋が開き、床に転がる。箱の中から飛び出したのは、金色に輝く、生首だった。


「エレモア、失礼よ」

「しゃ、喋った!」


 エレモアはへたり込んだ。

 木の箱の中に収まり、床に転がったのりは、間違いなく皇后デジィの生首だったのだ。


「皇后様、どうしてこんな姿に……」


 生首は、ブリジアの足元に転がってきた。ブリジアはデジィの生首を両手で掴み上げる。


「今朝もいだのよ。ブリジア、何があったの? 説明しなさい」

「直接ご覧になった方がいいかと思います」

「ええ。わかった。任せるわ」


 デジィの承諾を得て、ブリジアは黄金の生首を難民たちに向けた。

 汚れた人族たちが、群れを成している。

 騒動に生じ、もはや列を成してはいない。


 並べられた食糧に、我先にと群がっている。

 レガモンと男が戦っているが、それは全体のごく一部だ。

 大部分はむしろ混乱に乗じて食糧を奪い取ろうとしている。


「見苦しい。こんな汚らしい生物でいるより、黄金に変えるべきね」


 ブリジアは、両手で捧げたデジィの生首が、熱を持つのを掌の温度で察した。

 何かが起こる。

 ブリジアは、恐ろしくなった。だが、デジィの生首を落とすわけにはいかない。


「レガモン! 私の後ろまで下がって! 危ないわ!」


 ブリジアの必死の叫びに、レガモンは即座に反応した。

 レガモンが配給所にいるブリジアの背後まで戻ったのと同時に、それは起きた。

 ブリジアが持っていられないほど、デジィの生首は高熱を発した。

 地面が、つまりデジィが見ている景色が、金色に輝いた。


 次の瞬間には、全てが黄金に変わっていた。

 数十万人、被害人数はそう語られる。

 皇后デジィの前に、数十万人の人族が一瞬で黄金に変わった。


「ああ……せめて、美味しそうになってよかったわね。エレモア、食糧庫に運ぶよう、ホムンクルスたちに命じなさい」

「……はい」


 人族にして最高位の王妃に位置するエレモアすら、へたり込んで言葉もなかった。

 デジィは言うと、形を崩した。

 ブリジアの足元に、デジィの頭部と同じだけの質量の黄金がわだかまった。


「レガモン……無事?」


 ブリジアは、自分の声が、どこか不自然な場所から漏れているように錯覚を覚えた。

 あまりにも、現実感がなかったのだ。


「はい」


 振り返る。先ほどまで激しく戦っていたレガモンまで、真っ青になっていた。


「私たち……難民を助けに来たのに……みんなに喜んでほしかっただけなのに……みんな、死んじゃった」

「ブリジア様、これが、魔王の妃というものです」


 ブリジアは、体の震えを抑えられなかった。

 レガモンに抱き寄せられる。

 しばらく、レガモンの胸に押しつぶされそうになりながら、震えていた。


「数万人の人族を一瞬で黄金に変えた……何かの間違いだと思いたいが……」

「あなたは?」


 妃たちも侍女たちも、ホムンクルスさえ、輝く大地となった人族の姿に言葉を失っていた。

 声を発したのは、レガモンと激しく戦い、レガモンと同時にどうやら避難したらしい人族の男だった。

 ブリジアの問いに、男は膝をついた。


「やっと逢えた。君がブリジアだね」


 男は、まだ幼いと思えるような顔つきで、はにかんだ笑みを見せた。

 数十万人が一瞬で死んだ時に見せる表情ではなかった。


「……誰なの?」


 爽やかな笑みを、この状況では薄気味悪く感じ、ブリジアは身を引いた。


「ナギサ……って言って、わかるかな?」

「ブリジア様に触れるな!」


 名乗った男に、レガモンが殴りかかる。

 レガモンも一流の騎士である。ナギサと名乗った男は避けず、殴られながら、ブリジアの腕に触れた。


「えっ?」


 引こうとしたブリジアの腕が動かない。ナギサの手に、しっかりと掴まれていた。


「こいつ、離れろ!」


 レガモンが蹴り上げるが、ナギサはあえて打撃を受けているように動かない。

 胸元から、一枚の羊皮紙を取り出した。


「前の時は失敗した。けど、もう間違えない」


 ナギサが言った。途端に、ブリジアはナギサが何者なのか理解した。

 かつて、地下後宮に潜り込んだ男がいた。

 生殖器を切り落とすことで、男であることを誤魔化し、ブリジアに魔法の髪留めと転移の魔法陣を授けた。


 魔法の髪留めは、侍女たちと共有し、結果として勇者により、ブリジアの侍女クリスがさらわれた。

 ナギサが、羊皮紙を広げる。

 魔力を注ぐのがわかった。


「レガモン! 離れて!」


 ブリジアであれば、どこに連れて行かれようが、魔王が助けてくれる。

 そう信じられるだけの関係を築いてきた。

 だが、侍女は違う。実際の伽を魔王としているのが侍女であれ、数多い人族の女性の1人に他ならない。


 ブリジアは、短く弱い手で、レガモンを突き飛ばした。

 ブリジアの力で突き飛ばせるはずはなかった。だが、ブリジアはレガモンを死なせたくなかった。

 かつて連れ去られたクリスは、まだ戻らないのだ。


 レガモンは尻餅をつき、呆けたように主人を見た。

 ブリジアの胴体を、勇者ナギサが抱いた。


「ブリジア様ぁーーーーーーっ!」


 叫ぶレガモンの声を聴きながら、ブリジアは勇者とともに、どことも知れない場所に転移していた。


 〜憩休殿〜


 魔王ジランは、魔王親衛隊第一部隊の総督であるガギョクから、奇妙な報告を受けていた。


「人族の被害、およそ30万だと? エレモアは、救済に行ったのではなかったのか?」


 報告したガギョクが腰を折る。


「その筈です。食糧の配給を行い、結果として人族30万が死にました」

「毒でも食わせたのか?」


 尋ねながら、魔王は湯呑みの蓋を開け、煮えたつマグマを啜った。

 魔王を殺せる毒が存在するかどうかは知られていない。それ以上に、マグマの中で有効な毒が見つかっていない。

 魔王が湯呑みを置くと、辛うじて形を保っていた湯呑みが、溶けて流れ出した。


「ミスリル製の湯呑みは、やはり熱に弱いようだ。つぎはオリハルコンにせよ」

「承知いたしました、陛下。人族30万人は、ことごとく金塊となって死んだようです」

「ならば、デジィの仕業か。朕を恐る人族が増えるなら、重畳だ。問題はない」


「しかし陛下、混乱に乗じて、陛下の妃がひとり、行方不明です。現場には、転移の魔法陣が描かれた羊皮紙が残っており、さらわれたものと見られます」

「今回参加した妃は、全員が純粋な人族だと聞いているが」


「はい。間違いございません」

「……ふむ。希少な種族なら誘拐するのもわかるが、どうして人族の妃をさらったのだ? 恨みを買うほど、妃たちは外の地上とは関わりがないはずだが」


「理由はわかりませんが、その場に居合わせた侍女の証言からしても、さらわれたのは間違いありません」

「転移魔法の羊皮紙と言ったな。転移魔法の設置は、寿命を持たぬ魔族しかできぬ筈だ」


 魔王の問いに、ガギョクは険しい表情で答えた。


「正しい魔法陣を描く知識があれば、魔族の方でしたら設置することはできます。転移の魔法陣は、高値で取引されるそうです」

「魔族の中で、人族の金欲しさに転移の魔法陣を売った者がいるということか。嘆かわしいことだ。それで、さらわれた妃というの誰だ?」


 ガギョクは、魔王ジランを見つめた。言った後の反応を心配しているかのように見える。

 魔王ジランは答えを待った。

 ガギョクが告げた。


「ブリジア貴女です」


 魔王の使用している、この世界で最も頑丈なはずの机が、真っ二つに割れた。

 重い机が左右に倒れる。


「デジィを……いや、あれでは話にならん。エレモアを呼べ!」


 魔王の怒号に、宮殿全体が揺れた。

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