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魔王の嫁でございます ~僅か8歳で魔王の後宮に入内した元王女ブリジア妃の数奇な人生~  作者: 西玉
第3章 外の世界

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51 難民キャンプの騒動

 魔王領に隣接する国のうち、北東にあるのが人族のシン国である。

 大地はほぼ平地だが、厳しい自然環境に覆われ、王の都がある他はほとんどが遊牧民である。

 国民の全員が乗馬を嗜み、騎兵としては大陸一と評価される。


 かつて、魔王領の北に居座る凍土の女王を魔王軍が討伐した際に、陽動部隊をつとめ、2万の騎兵が全滅、凍土の女王殲滅戦の余波で、国土のほとんどが数年は凍りつくという災難にあっていた。

 魔王軍の攻撃の余波は、時に自然災害を凌駕する。そのため、人族の間では災害だと諦めるのが一般的である。


 災害の原因はともあれ、シン国の国民のうち、数十万に及ぶ人族が食料を求めて流浪し、魔王領の手前で死に絶えているという事実がある。

 魔王領に届く前に死に絶えるのは、魔王領は山岳地帯で、世界で最も高い山脈地帯のうち、標高2000メートル以上が魔王領と認められているからである。


 寒さと空腹に脅かされた人々が、険しい山脈を登ることが不可能だったのだ。

 地下後宮の妃であり、来奇殿から唯一の参加となったブリジア貴女は、他の人族の妃たちと一緒に魔法陣により転移した。


 ブリジアたちが転移した場所はすでに魔王領ではなかった。それは、見渡せる景色で明らかだった。

 目の前に広がる大平原に、神殿風の巨大な建造物は、ブリジアをして感嘆の声を出させた。


「レガモン、凄いわね」


 親しい妃たちと離れたブリジアは、護衛のために、侍女たちの中から元騎士団長の肩書きを持つ、美しくもたくましい女性を連れてきていた。


「ええ。これは大変ですね」

「大変って?」


 ブリジアがやや上方を振り返ると、彫刻のように均整のとれたレガモンの顔が、不安そうに曇っていた。

 視線を追ったブリジアは、新設の神殿の向こうに、立ち上る陽炎を思わせる、ふらついた人々の波に気づいた。


「並ばせなさい」


 地下後宮で皇后の次に位が高い、エレモア王妃が声を上げた。


「はい。直ちに。並ばせなさい」


 この場で、エルモアの指示は絶対である。だが、ついてきたのはいずれも純粋な人族だからと命じられた妃たちだ。

 魔王が通ってきたらもてなすのが仕事で、それ以外のことはほぼ何も強要されない。

 どうしていいかわからず、結局配下の侍女や、同行しているホムンクルスたちに命じるしかないのだ。


「レガモン、配る食べ物はどこ?」

「用意されているはずです。あれではないでしょうか」


 レガモンは、とても美味しそうな匂いをあげている、テーブルの食事を指差した。


「ああ……そうなの? 一人分しかないじゃない。とても足りないわよ」


 ブリジアが爪先立ちでテーブルを覗き込むと、暖かいスープに、焼き上げられた肉、添えられた野菜を見て、魔王に見せてもらった農場を思い出した。


「ブリジア、私のお昼ご飯に何か御用?」


 凛とした声を発したエレモアだったが、先ほど一声発しただけで役目は終わったものと考えているのか、温かい食事が並ぶテーブルの席についた。

 エレモアが柏手を打つ。ホムンクルスが腰を折って現れた。


「ブリジアがお腹を空かせたらしいわ。もう一人分、追加できる?」

「エレモア様、ゆっくりお食事している場合ではないのでは?」

「すぐにご用意いたします」


 ブリジアの疑念を他所に、ホムンクルスは腰を折って下がっていった。ホムンクルスとは、人工的に作り出された生命体で、魔王直轄では魔王親衛隊第一部隊として組織されている。

 だが、エルモアに仕えるのは、魔王の親衛隊とは別の魔物のようだ。


「いいのよ。真面目にやっているという態度を見せれば、それ以上、私が何をしても変わらないわ。あの死にかけた人たちに、豪華な食事を振る舞っても仕方ないでしょう。配るのはあっちよ」


 エルモアはスプーンで、神殿に運び込まれたパンと餅、粥を指した。


「あっ……配り始めました。手伝わないのですか?」


 ブリジアの知る老練殿の妃たちや、直接言葉を交わしたことのない妃たちも、侍女たちと一緒に、並んでいる人々に食べ物を渡していた。


「ええ。だって、汚いもの」

「汚い?」


「見ればわかるでしょう。あの汚い格好……何日湯浴みをしていないのかしら? 天女族のカリエルさんが、人族は臭いって言うけど、この人たちはまさにそうね」

「でも……」


 ブリジアがレガモンを振り返る。レガモンは目を光らせながらも、小さく首を振った。

 人族でもっとも高い地位にいる妃に逆らうべきではない。そう言っているのがわかった。


「私、ちょっと……」

「必要ないわ」


 手伝ってくると言いかけたブリジアの機先を制し、立ち上がりかけたブリジアの首元に、エレモア王妃は食事用のナイフを突きつけた。

 レガモンが動こうとするが、ブリジアが止めた。


「シン国の救済は、エルモア様のご提案だと伺いましたが」

「そうね」

「1人でも多く、その……」


 助けたいと言うべきかどうか迷うブリジアに、エレモアは髪と同様赤い唇を、微かに広げて微笑んだ。


「ブリジア、コマニャスのところで辛くない?」


 エレモアに命じられたホムンクルスが食事を運んでくる。ブリジアの前に、エレモアと同じものが並べられていく。


「大丈夫です。コマニャス様も、ドロシー様やポリン様も、よくしてくださいます」


 ブリジアが話す間に、エレモアはブリジアに食べるよう仕草で促した。

 ブリジアはレガモンを振り返る。レガモンは、ブリジアにナイフを向けたエレモアを警戒していたが、険しい顔のままで囁いた。


「私が毒味をいたしましょう」

「私が信用できないの?」

「我が主人に、刃を向けた方を信用はできません」


 レガモンはエレモアに視線を向けたまま、並べられたパンを手に取った。

 難民に配布されている硬く味気ないパンとは違う。柔らかく、ふっくらと焼きあがった、バターが混ぜられた美味しいパンだ。


「妃への無礼で殺すこともできるのよ」

「できません。私が守ります」


 エレモアを前に、ブリジアは言った。かつて、皇后デジィのいるお茶会で、侍女たちのことは自分が守るのだと宣言してから、ブリジアの意識は高まっていた。

 相手が誰であろうと、引くつもりはなかった。


「……そう。ブリジアがそのつもりなら、陛下に言って殺さないようにしてもらうこともできるでしょうね。でも、ブリジアの侍女たちは変わっているわね。専属の侍女が8人、今は7人だけど、そんなにいるのに、全員が……妃であっても不思議でないほど綺麗な子が揃っている。あなたも……例外ではないわよ」


 エレモアは、レガモンを指差した。レガモンは表情を変えず、手にしたパンを完食していた。


「ちょっと、レガモン、毒味じゃなかったの? 全部食べたら、私の分はどうなるの?」

「ブリジア様、難民の施しに来たのですよ」

「あっ……そうだった」


 ブリジアは席を立とうとする。エレモアが食器を鳴らした。


「ブリジア、お待ちなさい。まだ話は終わっていないわよ」

「エレモア様、お話なら、後宮に帰ってからでも伺えます。騒ぎ出している人がいるみたいです」


 ブリジアは、椅子から飛び降りた。レガモンが支える。

 走り出した。

 シン国の難民が、配給している侍女たちやホムンクルスたちに群がっている。

 多くの難民は指示された通りに並んでいるが、配給している侍女たちに向かって、大きな声を出している人族がいた。


「なんだ、この飯は! これが粥か? まるで水じゃないか。こっちの餅には、藁が入っている。パンには石が入っているぞ。魔王の妃たちが炊き出しをするからって集まったんだ。これじゃ、死ねって言っているようなものだ」


 声を荒げている男は、わざと大声をあげて、周囲に知らせているように見えた。


「どうしたの?」

「ブリジア様、危険です。お下がりください」


 配給をしていたのは人族の妃に使える侍女たちで、つまり人族の侍女たちだ。

 飛び込もうとしたブリジアは、レガモンに抱き上げられて、空中で足をばたつかせた。


「何があったの?」

「文句を言っている男がいます。関わらない方がいいでしょう」

「でも……困っているわ」


 炊き出しに参加した人族の妃は、人族の妃がいる各宮殿から1人ずつだった。

 炊き出しを提案したエレモア王妃の耐火殿からは、エレモアしか出ていない。

 リルト公妃の老練殿からは、シリア侯妃が代表して出ていた。


 妃たちは、各宮殿を代表して出席はしていたが、働くことはしない。

 ただ眺め、魔王の後宮が施しをしていることを知らしめることが役割なのだ。

 従って、混乱が起きたところで、関わろうとする妃はいなかった。


 連れてこられた侍女たちが、泣き顔になっている。

 侍女と言っても、難民の近くで給仕しているのは、各妃に仕える専属の侍女ではなく、ホムンクルスやハーフノームと一緒に働く女官たちである。


「言いがかりです!」


 ひとり、気丈な女官がいた。


「言いががりだって言うなら、自分で食べてみろ!」


 言い返された女官は、突きつけられたパンにたじろいた。

 たじろいだのは、パンに石が入っているからではなく、男の汚い手で掴まれているからだろうと、ブリジアは想像した。


「レガモン、止めてあげて」

「しかし……ブリジア様から離れるわけには参りません」

「ブリジアは、私が見ているわ。無茶はさせない」


 ブリジアの背後に、老練殿の妃シリアが立ち、肩を抱いた。

 ブリジアは、かつて老練殿に監禁されて、泣きながら逃げ出したことがある。

 その時は、老練殿の主人リルトから逃げたが、シリア侯妃は同情的だった。


「シリア様、それでは、私を守ると言うより、私が無茶をするみたいに聞こえるのですが……」

「シリア様、ブリジア様が無茶をしないよう、頼みます」

「ちょっと、レガモン?」


 ブリジアの抗議を聞かず、レガモンは騒然となった難民たちと女官たちの間に飛び込んでいった。

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