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魔王の嫁でございます ~僅か8歳で魔王の後宮に入内した元王女ブリジア妃の数奇な人生~  作者: 西玉
第3章 外の世界

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50 地下農場とブリジアのペット

 地下後宮の寵妃ブリジア貴女は、地下の農場を訪れていた。

 地下後宮の妃たちが、隣国の難民に対して救済を行うという。

 困窮する人族を集めて、食事の炊き出しをすることが計画されていると聞いた。


 だが、地下後宮で人族に施せるほどの食糧がどうやって調達できるのか、ブリジアは来奇殿にやってきた魔王に尋ねた。

 その時まで、ブリジアは自分の毎日の食事がどこからくるのかも知らなかった。


 一般的に知られる地上の魔王領では、食物は育たない。領土の全てが急峻な山脈であり、標高2000メートル以上の場所しかないのだ。

 他国から税として徴収することもない。だが、ブリジアは地下後宮の食事に不満を覚えたことはなかった。


「わぁ……ここも地下なのですか?」


 ブリジアは、見渡す限りの広大な小麦畑に歓声を上げた。

 両脇を魔王に掴まれ、持ち上げられていた。

 遥か遠くまで見ても、一面が黄金に輝く穀物地帯だ。

 空は青く、頭上には輝くスイカが移動している。


「うむ。魔力を利用すれば、天候の影響を受けない分、管理はしやすいのだ」

「あっちでは収穫していますね。牛さんがいます」


「あれは牛ではない。地獄の魔獣と呼ばれるベヒーモスだ。力が強く、鋤を引かせるのに適している。牛より知能が高いから、収穫に適した麦を自分の判断で収穫するのだ。あっちは米だな。向こうには茶葉、ここからは見えぬが、果樹園と野菜、家畜の養殖場もある」


 魔王は一通り説明すると、持ち上げていたブリジアをさらに高くあげ、ブリジアを肩車した。


「へ、陛下。このようなことは、叱られます」


 魔王の頭の上に担がれることなど、あってはならない。


「ここには朕とそなただけだ。誰も告げ口するものはおらん」

「地下後宮から人がくるかも……」


「来ないな。ここは、地下後宮とは別の地下空間だ。朕の領土は、地上20000メートルまで及ぶ。多くの地殻変動を経て、このような空間がいくつもできているのだ。後宮はそのうちの一つにすぎない」

「では、再び地殻変動……が何かは存じませんが、それが起きた時、この空間も後宮も潰れるのではないでしょうか?」


 ブリジアは、後宮の天井が崩れて生き埋めになるところを想像した。

 魔王は笑う。


「それはない。利用している空間は、魔法で強化している」


 魔王はブリジアを肩から下ろすつもりはないようだ。

 話しながら、ゆっくりと歩き始めた。

 ブリジアは観念して、魔王の髪に手を置いた。

 硬い剛毛に覆われているはずだが、魔王は自分の意思で髪質までも操れるという。ふかふかとした優しい手触りだった。


「そこでは安定しまい。角を掴め」

「よろしいのですか?」

「うむ」


 魔王の額から突き出た角が目の前に伸びている。ブリジアは根本近くをつかんだ。


「嫌がる魔族もいる。つかむときは、本人に確認をとることだ」

「陛下以外の魔族の方に、肩車されたりしません」

「それもそうだな」


 魔王が歩き出すと、隣で小さな馬状の魔物がいなないた。


「役割を取られて、シルビアが怒っていますよ」


 シルビアとは、広い地下農場を案内するにあたり、ブリジアに下賜された角のある馬である。

 本来は一本の角を頭部に生やしているが、魔王が無理やり、もう一本の角を埋め込んだ。

 まだその傷が痛々しい。


 体高は低く、馬で言えばポニーと呼ばれるサイズだ。

 まだ背の低いブリジアが、1人でまたがれるほどである。


「その馬はユニコーンと呼ばれる。ユニコーンは、誰かを主人と決めれば主人とともに成長する。ただの馬では知能が低く危険だからな。まだ、この馬の背では遠くが見渡せまい。いずれ、ブリジアが成長すればその背に乗せて走ることもあるだろう。我慢せよ」


 並んで歩く一角獣は、納得したようにいなないた。


「ユニコーンに主人と認められることは難しいはずだが、このユニコーンはすでにブリジアを主人と認めておるようだ」

「陛下が私に下さったからではないですか?」


 ブリジアが魔王の頭の上から、無理やり2本目の角を埋め込まれたシルビアを見下ろす。


「そう簡単なものではない」

「でも、どうして角を無理やり追加したのです? かわいそうでしたが……」


「ユニコーンは、男を知らぬ娘にしか懐かないのだ。一度懐けばその娘が変化するに連れて、体も大きく、角も増えていくのだが、朕に寵愛されているブリジアが、男を知らぬでは体裁が悪い」

「なるほど」


 ブリジアは納得した。魔王がブリジアを訪問し、美女揃いの侍女たちと何をしているのかは、よく知っている。

 それは、王女としての教育の一環でもあったのだ。


「陛下、あの野菜を近くで見たいです」

「わかった」


 遠目でも、水水しく美味しそうな野菜が成っていた。

 魔王が歩くと、すぐ目の前に野菜が出現した。


「この子、動きませんでしたか?」

「朕が見ることに決めたのだ。滅ぼされる前に、自ら身を投げ出したのだ」


 魔王は言いながら、ブリジアを肩車から下ろした。

 ブリジアが地面に着く前に、シルビアと命名されたユニコーンがブリジアを背に乗せる。


「わぁ……立派なトマト。人族にとっては、奇跡の野菜です」


 丸々と太り、真っ赤に色づいたトマトをブリジアが愛でる。


「魔王陛下に、ご挨拶を」


 突然上がった声に、ブリジアはトマトの木をじっと見た。大ぶりなトマトといえど、トマトが話すはずがないのだが。


「陛下、このトマト、話しました」

「ブリジア、話したのはトマトではない。そっちだ」


 魔王が指差すと、たくさんのトマトの木に囲まれた中に、古くしなびた木があった。

 ずっとそこにあったように見えるし、今出現したばかりにも見える。


「ただの……木です」

「魔王親衛隊第七部隊総督、古代樹族のシュッテだ。これはブリジア、朕の妃である」

「これはブリジア殿下、ご挨拶が遅れました」


 ブリジアは木の魔物を見つめていた。話しているのはわかるが、動いているようには見えなかった。


「あの……陛下」

「本人はちゃんと動いておる。慣れないと、見極めが難しいのだろう。シュッテ、変わりは?」

「魔王様にご挨拶したいと、野菜が移動して並びが混在した以外は問題ありません」

「そうか。ならば、戻れ」


 魔王が一喝すると、野菜たちはもともと植わっていた場所に急いで戻っていく。

 ブリジアは、野菜たちが自ら動く奇妙な光景に言葉を失った。


「挨拶に来たのに、一喝しては可哀想です」

「ふむ。ならば……戻れ」


 魔王の言葉に機敏に反応し、野菜が揺れる。わさわさと、魔王の前に野菜が整列した。

 その中には、トマトやキュウリのように成長した枝に大きな実をつけるものもあれば、キャベツやホウレンソウのようにそれ自体が食べられる葉菜、どうやって移動したのか、地下に大部分埋まっているダイコンやニンジンなどの根菜までいる。


「大義である。より美味くなるよう、しっかり栄養を蓄えよ」

「もったいないお言葉でございます」


 古代樹のシュッテが頭を下げる。ブリジアにも動いたのが見えたので、本人としてはとても深くお辞儀をしたのだろう。


「礼ならば、ブリジア貴女に言うが良い」

「ブリジア殿下、ありがとうございます」


 ブリジアは、目の前でただの木にしか見えない魔物の声に、しどろもどろになった。


「ひゃ、ひゃい。あ、あたちも、野菜は大好きで、その……いつも美味しくいただいていますって言って……怒りませんか?」


 素で舌を噛みながら、ブリジアは慌ててユニコーンから降りる。馬上のままでは失礼にあたると思ったのだ。


「彼らを見ればお分かりかと」

「えっ?」


 ブリジアは目を大きく見開いた。

 ブリジアの前に、大きなトマトがごろごろと積み上がり、キュウリがさらに山積みになった。

 キャベツがホウレンソウを抜き、ダイコンがニンジンを掘り出して、共に横たわった。


「野菜たちに気に入られたようだな」


 魔王は笑いながら、ブリジアの頭を撫でる。

 あまりの力に、ブリジアは野菜の山にめり込んでしまった。


「魔王様、痛いです」

「この野菜は、後宮の来奇殿に届けよ」

「承知いたしました」


 古代樹族のシュッテが答える。魔王が手を打ち鳴らすと、元の位置に戻っていく野菜たちが、どことなく誇らしげに見えた。


「ブリジア、見ての通りだ。魔王領内で食料の心配はない」


 魔王が再び、ブリジアを肩に乗せた。ユニコーンのシルビアは不満げにいなないたが、魔王に本気で抗議できるわけではない。


「はい。安心しました。これなら、シン国の難民も全員救えますね」


 ブリジアは胸を撫で下ろしたが、魔王は言葉を返さなかった。


「陛下、どうしたのですか? エレモア様がシン国の難民を助けるために、炊き出しをするのだと提案されたのでしょう? 人族の妃は手伝うように言われたのは、陛下のご命令ですよね?」


 魔王は、ゆっくりと歩き出す。

 ブリジアに対して怒っているのではない。それは、肩に乗せたブリジアを支える手つきでわかる。


「朕の命ではない。デジィか、エレモア本人からの提案であろう。魔王領より東部の国、特に北側の国はほとんどが人族のみの国家だ。シン国も同様だ。亜人の妃では、混乱が生じると考えるのはわかるが……人族の妃全員が出る必要もあるまい」

「でも、コマニャス様に出るよう言われました。来奇殿の人族の妃は私だけだからと」

「ふむ」


 魔王はブリジアを両手で持ち上げ、ユニコーンのシルビアの背に下ろした。

 ブリジアはシルビアの白いタテガミを掴んだが、魔王はブリジアにシルビアの角を掴ませた。

 ユニコーンの主人である以上、角を掴んで優位性を示すのが礼儀であるらしい。


「ブリジア、デジィのことを恐れているか?」

「最初は恐ろしかったですけど……今はよくしてくださいます」

「そうか。ならばよい。デジィのことだ。深く考えてはおるまい」

「……それ、誉めていませんよ」

「ああ。わかっておる」


 魔王は言うと、魔力を解放した。

 小麦畑一帯が、魔法陣の光に覆われる。

 ブリジアは、ユニコーンと共に来奇殿に戻っていた。

 魔王の姿はなかった。


「ブリジア様、お帰りなさいませ」


 庭の掃除をしていたテティが頭を下げる。


「テティ、知っている? 野菜って、歩くのよ」

「ブリジア様、また夢を見たのですね」


 お気に入り侍女が優しく微笑んだ。


「違うわ、テティ。私、お野菜に気に入られたんですって」

「たぶん、それは本当でしょう」

「……どうして?」


「ブリジア様のお部屋、お野菜で一杯です。もし、今日陛下がいらっしゃったら、どうしようかと相談していたところなのです」

「あっ……そんなに?」

「はい。熟したトマトは潰れています」

「ちょっと見てくる。この子、お願い」


 ブリジアは、走り出そうとした。ユニコーンのシルビアを、テティに任せようとした。


「ブリジア様、申し訳ありません。お待ちください」


 走り出したブリジアが、テティの悲壮な声に振り返る。

 ブリジアの視線の先で、テティがシルビアに蹴飛ばされ、地面にうずくまって足を押さえていた。


「えっ? シルビア、どうしたの?」


 ブリジアが戻ると、ユニコーンはブリジアに鼻先を擦りつけた。


「ブリジア様、これは……頭に別の角を埋め込まれていますが、ユニコーンではありませんか?」

「ええ。そうよ」

「ユニコーンは、汚れを知らない乙女にしか従いません」


「それは知っているけど……でも、それじゃ……」

「ブリジア様にお仕えする侍女たちは、全員、魔王様の『あれ』に、『あれ』されています」

「『あれ』が何かは、誤魔化さなくても知っているわ。じゃあ……」


 ブリジアは、満足げにブリジアに体を擦り付ける、白い一本角の馬を見下ろした。


「この子のお世話ができるのは、ブリジア様だけです」

「……そうなるのね。私、元王女で、皆の主人なのに……」

「お諦め下さい」


 こうして、ブリジアの日課に、馬小屋の掃除が加わったのである。

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