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48 救済策

 それぞれの侍女たちが、大きな皿に乗った人族の頭部大の柿を運んでくる。

 柿は半分に割られ、切った断面がぷるぷると震えている。

 よく熟した、エルフの柿だ。


「以前見たのと、同じようだけど」


 皇后デジィが、金色のスプーンを手に、柿を見下ろした。

 以前、渋い柿を食べられなかったのはコマニャスら4人の妃であり、ただブリジアだけが食べ方を知っていた。


 コマニャスは、お茶会の時の話題が出ることを想定し、ブリジアにどうして柿を食べることができたのか、聞いておいたのだ。

 その時のデジィの反応はわからない。


 デジィは他の妃たちの反応から、コマニャスが食べられないものを供したのだと判断した。だが、デジィ本人は食べたのか、あるいは食べられなかったのかは、コマニャスも覚えていなかった。

 そもそも、侍女たちに止められなければ食事の際に器ごと食べてしまうデジィに、食べられないものがあるとは思えなかった。


「コマニャス、本当に大丈夫なんだろうね?」


 虎の縞模様が顔にくっきりと浮き出たランディが、爆発物でも扱うかのように眺めていた。

 この段階では誰も柿を食べようとはしない。

 コマニャスは説明の必要を感じて口を開いた。


「優れた柿ほど、旨味成分と渋味成分を併せ持っています。人族は渋味成分をもたない柿の栽培に成功したと自慢していますが、渋みの強い柿の持つ甘さには、到底及びません」

「人族の渋柿は、完熟すると渋がなくなるわよ」


 純粋な人族の最高位にいるエレモア王妃も、スプーンを手にするも動かずにいる。

 真っ赤な髪に白い肌と大きく切長の目がとても印象的な妃だ。


「エルフの柿は非常に優れた特徴として、どれほど熟しても渋はなくなりません。そのため、完熟させて虫や獣避けに利用されます」

「食べ物じゃないじゃねーか」


 ランディが牙を剥く。


「私は、もともと食材として柿を持ち込んだつもりではなかったのです。厨房の虫除けにと持ってきたのに、調理番のホムンクルスが勝手なことをしたのです」

「私は、虫除けを食べたのか?」

「さすがは皇后様、お体が強くていらっしゃいます」


 どうやら、皇后自身はお茶会の時に柿を完食していたらしいとコマニャスは気づいたが、すかさず天人族の王妃がおだてて機嫌が治った。

 コマニャスは続ける。


「先日のお茶会で、ブリジアだけがこの柿を気に入り、私たちの分まで持ち帰りました」

「あの子、舌がおかしいのかい?」


「人族の王族は、特にブリジアの国は、周囲の国々の調整役として、多くの国と付き合いがあります。数多くの国から特産品が持ち込まれるとか。その中にはエルフの柿のような、熟しても渋が抜けない柿もあるそうです。もちろん、エルフの柿ほど大きくも甘くもありませんが、渋みだけは強い人族の柿の渋を抑える方法をブリジアは知っていました」


「あの時、ブリジアは無理をしていたわけじゃなかったのか。誰にでも簡単にできるのかい?」


 ランディの問いに、コマニャス頷いた。


「あの時、食卓の上に料理酒が置いてありました。香り付のつもりだったのでしょうが、ブリジアは食べる場所に数滴垂らしたそうです」


 侍女たちが、コマニャスの合図で柿の上にアルコールを垂らす。

 コマニャスは事前に試していた。ブリジアに教わった通りに、本当に渋味を感じなくなったのだ。


「甘い。美味っ、こりゃ……ああ。だからブリジアは、私たちに教えなかったのか」


 エルフの柿のあまりに美味しさに絶句したランディが、笑いながら言った。


「でも、ブリジアがその時にちゃんと言っていれば、コマニャスに対する罰なんてなかったでしょうに」


 エレモア王妃が、柿を噛み締めるように口に運び、目を細めながら言った。


「エレモア様、頭のいいブリジアのことです。柿の食べ方をみんなが知ったら、自分の食べる分がなくなると思ったのでしょう」


 いつも乱暴な口調のランディも、目上の妃には気を遣って発言した。


「そうなの?」


 エレモアに尋ねられ、コマニャスは頷いた。


「代わりをもて」


 皇后デジィは言った。


「皇后様、気に入られたのは幸いですが、柿の在庫はこれで全部です」

「コマニャス、違うわ」


 勇気を持って発言したコマニャスに、エレモア王妃が首を振る。

 皇后デジィも柿を食べたのだろう。手に金色の棒を持っていた。

 スプーンだったはずのものだ。皇后デジィは、力加減を誤って、金のスプーンを食いちぎってしまったらしい。

 皇后の元に、新しいスプーンが届けられた。


「事情はわかった。では、コマニャスの罪はなかったものとしよう。あの時に、ちゃんと説明しておればよかっただけだが、余分な罰を与えてしまったな。何か、望みはあるか?」


 皇后デジィが尋ねたのは柿を完食した後だった。金のスプーンは、4本がただの棒に変わっていた。


「では、エルフの柿を後宮でお買い上げいただき、皇后様認定商品としていただけると幸いです」

「そのようなことでいいのか? 容易いことだ」


 コマニャスは、テーブルの下で小さく拳を握った。

 エルフ族は植物の栽培を得意としているが、野菜や果物に本来の力を引き出させた結果、不評になることが多い。


 リンゴに至っては、ブリジアさえ食べる方法を見いだせなかったのだ。

 魔王は世界中で恐れられている一方、世界最高の戦力として崇拝の対象ともなっている。

 その魔王の皇后デジィが支配する後宮での認定食材となれば、人族の間で高額で取引されることが見込めるのだ。


「では、他の話題はあるか?」


 デジィが妃たちを見回す。


「シン国の人族の多くが難民となり、救援を求めています。魔王様の出征に巻き込まれ、作物が取れなくなったとか。救済することはできないでしょうか?」


 エレモア王妃が発言した。コマニャスはランディと視線が絡んだ。

 互いに、全く興味がないことだった。

 地上の世界で、国家という単位でまとまっているのはほとんどが純粋な人族である。


 エルフ族や獣人族は、部族単位でまとまっているため、戦争があれば住む場所を変える。

 人族の考え方が理解できず、何を困っているのかわからないというのが、ほとんどの亜人族出身の妃たちの感覚だ。


「シン国は……魔王領の北、永久凍土に建国された第四親魔王国の東側にある国だったわね。何が起きたの?」


 皇后デジィの側近の侍女である、全身が蛇の鱗に覆われたパメラが囁く。


「建国前、凍土の女王討伐の余波で、国土の大半が凍りついたはずです」


 皇后デジィはパメラを見つめた。パメラの情報は正しいだろう。ただ、デジィはそこから情報を読み取るのに時間がかかった。


「ああ……純粋な人族は、土や鉱石を食べることができなかったわね」

「魔族の大半はできません」


 再び囁いたパメラを、デジィは再び見つめた。


「何を食べているの?」

「特定の植物と、動物の肉です」

「なるほど」


 デジィは視線を妃たちに戻した。


「全て殺してしまった方が簡単でしょう」


 皇后デジィに悪意はない。ただ、人族の命は、純粋な魔族にとってあまりにも軽い。


「人族数十万に及びます」


 エレモアが焦ったように言った。デジィは笑う。


「魔物たちの餌にちょうどいいわね」


 ごく当たり前のように言う皇后に、もはや公妃たちは何も言うことができなかった。

 口を開いたのは、王妃たちだ。


「凍土の女王を放置しておけば、世界が滅びかねなかったことは承知しております。シン国は誘導部隊として出兵し、二万の兵士が全滅しています。その結果、数十万の国民が飢えているのです。殺しては、陛下の悪評になります」


 天人族の妃は、黒髪と白い肌をした、直視するのも躊躇われるような美女である。

 性格は苛烈だが、無駄に命を奪わないことでも知られている。


「構わないでしょう。陛下は、魔王なのよ」

「以前から、不思議だったのです。どうして、陛下は良い評判を嫌がるのですか?」


「魔王だから……と言っても、納得できないからの問いなのでしょうね。理由は明確よ。この世界には神がいる。陛下がもしいい評判を求めれば、元々お優しい方だから、とても簡単でしょうね。でも、その人族や亜人族から、信仰を集めることになるわ。それは、忌まわしい神たちに、明確に敵意を向けることになる」


 天人族の妃が黙る。もう1人いる王妃のうち、獣人族の王妃はもともと興味がなさそうだった。

 エレモア王妃が言った。


「では、後宮の妃の独断ということで、飢えた人族を救済させていただけないでしょうか。後宮には食料も衣服も十分にあります。食料の生産量は、魔法でどうにでもなると伺っています」

「そう? 私はおやつを時々我慢させられるわよ」


 皇后が不満を漏らす。妃たちには理解できなかったようだ。

 おやつを我慢する皇后の姿が、思い浮かばなかったのだろう。

 パメラが囁かずに言った。


「純金をお菓子として食べるのは、皇后様だけです」

「そう……時々、お菓子としてあげた純金を、妃たちが喜んで受け取っていたと思ったのだけど。あれは私に気をつかった演技なの?」


「人族にとって、別の価値が……」

「パメラ、お黙り」


 理由を告げようとしたパラメを、獣人族の王妃が叱りつけた。デジィが口を開く前に、エレモアが慌てて言った。


「私たちには、食べることはできません。ですが、皇后様からの下賜品ですから、それは嬉しかったのです。しばらく飾って、一部は祖国に送りました」

「そう。ならいいわ」


 純金を金貨として加工していると知られれば、今後皇后が気軽に渡さなくなると考えたのだろう。エレモア王妃の説明に、デジィは頷いた。

 コマニャスは、最上位の妃たちの連携を感心して聞いていた。


「それでは、飢えた人族のために炊き出しを行いたいと思います。人族の妃たちの独断で行うものとし、その際に魔王陛下の悪評を振りまきましょう」


 エレモアが提案すると、皇后デジィは頷いた。


「それならいいわ。シン国は、人族だけの国だったわね?」

「はい。亜人はごく一部にすぎません」


 エレモア王妃が答える。


「なら、人族の妃たちだけでやりなさい。亜人族の妃は参加しないこと。どうしてもやりたいって妃がいれば別だけど、そんな人はいないでしょう。新しい妃を迎える慶事については、エレモア以外の2人の王妃に任せるわ。それから、知っていると思うけど、皇太后様が目覚めたわ。容体が落ち着いたら、いちど妃全員で祝宴を開きましょう」


「皇太后様は、お体が悪いのですか?」

「いいえ。長く寝ていたから、まだ力の加減と敵味方の判別ができないのよ。皇太后様に誤って殴られても死なない自身があるなら、すぐに引き合わせるわ。言っておくけど、皇太后様は魔王軍の将軍並には強いわよ」


 それは、魔王やデジィよりはるかに弱いことを意味するのだが、妃たちはただ震え上がった。


「今日はここまでにしましょう。お菓子を用意したのだけれど」


 皇后の隣に置いてあったトレイの上から、被せてあった布が取り払われる。

 現れたのは、金塊の山だった。


「ありがとうございます。皇后様」

「私は先に戻っているから、味わうといいわ」


 人族には純金は食べられない。そう言われたことを失念して、皇后は言った。


 妃たちが一斉に平伏した意味について、皇后デジィは考えることもしなかった。

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