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魔王の嫁でございます ~僅か8歳で魔王の後宮に入内した元王女ブリジア妃の数奇な人生~  作者: 西玉
第3章 外の世界

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43 ブリジア集団

 〜憩休殿〜


 皇太后の目覚めを見届けた後、魔王はすぐに辞去し、自らの居住宮殿に戻った。

 ブリジアが解放されたのは、その直後のことである。


 魔王が軍用の礼装を脱ぐと、その高い防御力を誇示するかのように、魔王が着ていたままの形で床の上に立った。

 服から出され、魔王の自室で、ブリジアは肩で息をしていた。


「狭いところに長くいたのだ。途中で黙ったから、死んだのかと思ったぞ」


 魔王は逞しい姿のまま、ぐったりとして深呼吸を繰り返しているブリジアを抱き上げた。

 魔王の膝の上で、ブリジアはようやく落ち着きを取り戻した。


「魔王様が間違って返事をされないよう、できるだけ何も考えないようにしていたのです」


 ブリジアは、思念で意思を伝える術を持たない。だが、魔王は送ることも読み取ることもできる。

 魔王の懐に入ったままのブリジアの思念に答え、間違って口に出して答えることを何度か繰り返した。

 幸いにも皇后デジィにはばれなかった。魔王が懐に寵妃を隠していることは、皇后デジィには面白くないだろう。


「朕はそのような失態はせぬ」

「はい。存じています」


 魔王は、魔王に従う国々の皇帝たる地位を占める。間違いなど犯さない。そう言わざる得ないのだ。

 ブリジアは同意すると、魔王の膝に抱かれたまま尋ねた。


「でも、せっかくお母様が目覚めたのに、すぐに出てきてしまってよかったのですか?」

「構わん。これから、長い時を過ごすことになる。今日朕が訪れたのは、ダネスとダキラを引き合わせるためだけだ」


「すぐに出て来られたのは、私のためではないのですか?」

「少しばかり、激しく動いた。中にいるブリジアの意思が途切れれば、気にもなる」

「も、申し訳ありません」


 ブリジアは、言いながら涙が溢れてくるのを止めることができなかった。


「ブリジア、どうして泣く? さっきも言ったであろう。皇太后は長い付き合いになる。朕が長居する必要はなかった」

「でも、でも、私のために……私は、祖国を裏切りました。わ、私は、いつでも、裏切るかもしれません。陛下に、優しくしていただける資格はありません」


 ブリジアは、舌をもつれさせながらぐずぐずと泣いた。

 魔王は膝に抱くブリジアを持ち上げ、向きを変えて再び膝に下ろした。


「『祖国を裏切った』とは、デジィの茶会でのことだな? 盤技でのことだと聞いている」


 皇后デジィのお茶会で、ブリジアは盤技という遊戯の勝負に勝つために、トボルソ王国の隠された防衛機能を晒してしまった。


 騎士隊長だった侍女のレガモンすら知らないはずのことだ。王あるいは王の承継者にしか知らされない。

 ブリジアは後宮に入内する前に知らされていた。


「はい」

「人族の城に、あのような隠された設備があるとは意外だと、大参謀すら驚いていた。むしろ、我らにとってはありがい情報だ」


「でも、私はどんなことがあっても……本当に国が滅びそうな時まで、あの秘密を明かしてはいけないんです。でも、私のわがままです。もし、私がランディ様のところに引っ越すことになれば……侍女たちのうち誰も死んでほしくありません。みんな、私にさえ仕えたりしなければ、幸せになれた子たちなんです」


 ブリジアの侍女たちは、ブリジアを守るためにトボルソ王国をあげて容姿と能力を精査した結果選ばれた者たちだ。

 後宮の侍女にならなければ、テティやクリスは近隣3大国の大貴族に嫁ぐこともできたはずだ。他の侍女たちも、それぞれ好きな道を究められたはずの才女たちだ。


「誰かがブリジアを責めたのか?」

「いいえ。でも、私は国を裏切ったのです。魔王様のことも、いつ裏切るかわかりません。私は……汚い人族です」


 ブリジアの目から、とめどなく涙が溢れ続けた。魔王はブリジアの涙を拭うことなく、ただブリジアの紫色の髪に手を置いた。


「ブリジアはまだ幼い。それゆえに、王族に生まれたにしては、純粋すぎるのだろう。トボルソが滅びることはない。トボルソは、国王ですら知らぬ、強い守りを手にしているのだ」

「……私も、知らないことですか?」

「いや。ブリジアは知っているはずだ」


 魔王は恐ろしい声と姿で、優しく諭すように語った。

 ブリジアは考えた。まだ、ランディ配下のブラスト傑女との盤技では使用しなかった仕掛けはある。

 だが、隠された仕掛けの存在自体は知られてしまった。対策が講じられないはずがない。


「いえ。そんな仕掛けはありません」

「仕掛けではない」

「……では、トボルソの守りとはなんでしょうか?」


「ブリジアは、朕の寵妃だ。かつて、ブリジアほどの寵愛を受けた人族の妃はいない。それこそが、トボルソ王国の切り札よ」

「では、私は……」


 ブリジア声を詰まらせた。何も言えなかった。全てを察したように、魔王は言った。


「ブリジアを、傑女から貴女に昇格させる。同時に魔女シレンサをトボルソ王国に派遣し、より強固な警備体制を構築させる。ブリジアが虐げられないよう公妃に昇格させられればよいが、それでは羨む妃がいるだろう」


「陛下……貴女ではドロシー姉さんと同格になってしまいます。私は来奇殿が好きなので、居心地を悪くしたくないのですが」

「ならば、ドロシー貴女を名妃に昇格させる」

「魔王様、ありがとうございます」


 ブリジアは笑った。気がつくと、涙は枯れ果てたように流れ出なくなっていた。

 ブリジアが魔王の膝から下される。

 魔王が脱いだ戦闘用の礼服が、形も崩れず直立している向こう側に、見たことがある人影が見えた。


「陛下、あれはなんですか?」

「ああ。ダキラに頼まれたものだ。なんとかしないと、ダキラの奴、ブリジアをさらって行きかねん」

「それでは陛下が……困りますか?」


 ブリジアが魔王を見上げると、魔王は鼻で笑った。


「後宮の妃は全て朕のものだ。たとえ身内であっても、渡すわけにはいかん。ブリジアが特別なわけではない」

「そうですよね」


 魔王は、全ての妃を大切にするべきだ。だが、自分が特別ではないと告げられ、ブリジアは少し寂しく感じた。

 魔王が直立したままの礼服を回り込み、ブリジアが尋ねた人型が置いてある場所に移動する。

 ブリジアは、魔王が見せようとしているのを悟ってついていった。

 床の上だけでなく、五段もの高い棚に、さまざまな人形が置かれていた。


「これは……なんですか?」

「わかっておろう。ブリジアだ」

「いえ。あの……あっ、ドロシー姉さんが作ったのがある。私、似ていませんよね?」


 来奇殿で魔王がブリジアと間違え、ブリジアが激怒した人形が、棚の一番高い場所にあった。


「もちろんだ。本気でよく似ているなどと言えば、後宮にはああいう容姿の妃ばかりになるだろう」


 魔王だけでなく、魔族は人族の見分けができないのではないかという噂がある。

 魔王はそれを認めたことがある。後宮の妃だけははっきりと識別できるらしい。

 その理由は、ブリジアにはわからなかった。


「じゃあ……どれも私の人形なのですか?」

「心外か?」

「上に行くほど、出来がひどいです」

「ダキラがどんな人形を欲しがるかわからなかったのでな。様々な種族の職人に、複数作らせたのだ。これは、トボルソ王国から朕宛に送られてきた」


 魔王は、棚の一番下に置かれていた複数の人形を取り出した。

 全て同じ背格好で紫色の髪をしているが、どれも微妙に違う。

 肌色や目つきの違いは、使っている素材の違いかもしれない。

 そのうちの一つは、ぬいぐるみでつくられていた。


「私が、できるだけ私にそっくりな人形を送ってくれるよう、手紙を書きました」

「そうか。朕も、ブリジアの双子の妹を送れと使者を派遣したが……いないそうだ」

「まだ赤ん坊の弟が一人いるだけだって、申し上げたではないですか」


「そうだな」

「ダキラ様には、どれを渡すのですか?」

「ダキラに選ばせるつもりだが、おそらくこっちだな」


 魔王は、棚に並べてある人形とは別に、棺ほどの大きさのある木製の箱を指差した。

 木の箱といっても、表面に複雑な意匠を施された優美なものだ。

 魔王が蓋を開けると、中からひとりが飛び出した。


「えっ? 私?」

「そうよ。私はブリジア、魔王様に閉じ込められていたの」


 飛び出したひとりはブリジアの前に飛び出そうとしたところで、魔王に捕まった。

 魔王はブリジアそっくりな姿をした何かの頭部を指で弾く。

 たちまち、ブリジアに瓜二つの何かが、ぐったりと脱力した。


「これは、なんなのですか?」

「ドッペルゲンガー、魔物だ。姿を移し取り、本物に成り代わろうとする。力をつけるとどんな存在にも変われるし、能力も写しとれる」


「……怖いですね。でも、これなら初めからこの子をダキラ様にあげれば……なんで、こんなに沢山あるのですか?」


 一体は箱から飛び出した。だが、箱の中には、びっしりと同じ姿のブリジアがいた。

 全て、動かない死体のようなブリジアだ。


「ドッペルゲンガーは、姿と能力を写しとる。だが、性格や性質は別物だ。ドッぺルゲンガー自身に意志があるのがその証拠だ。ブリジアのことを知る前ならよかっただろうが、一緒に生活して、ダキラはブリジアが気に入ったらしい。後宮の中を見て回りたいが、ダキラが外出しないために出かけられないと、ダネスがぼやいていた。ブリジアと共にいることを選んだのだろう。ならば、ドッぺルゲンガーを生きたまま渡しても納得するまい。姿が同じであればいいのならと、ブリジアの姿をしたまま、石化や心臓停止や凍結や封印といった処置をしたのがこれらだ」


 魔王は言いながら、固まった動かないブリジアそっくりの塊を持ち上げた。


「全部、ドッぺルゲンガーなのですか?」

「そうだ」


 ブリジアは、箱の中を覗いてから後悔した。

 目を見開き、眉一筋うごかさないブリジアに生写しの物が、人形であればよかった。

だが、全て魔物であり、姿を残すために殺されたか固められたのだと思うと、恐ろしいとしか感じなかった。


「陛下、来奇殿のコマニャス公妃が見えています」


 魔王の部屋の入り口で、いつものホムンクルス、ガギョクが声をかけた。

 魔王は人形を戻して部屋の中央に移動しながら、ブリジアに尋ねた。


「大方、ブリジアを戻してほしいということだろう。ダキラはすぐにでも本来の職場に戻る。デジィと一緒に暮らしたいのでなければ、来奇殿に戻るか?」


「はい。でも、その前に一度、ダキラ様にお礼を言わせてください」

「ああ。構わない。コマニャスを通せ。ブリジアは、人形の中にでも隠れておれ」

「わかりました」


 ブリジアは、人形が並んだ棚の中で、一番下の端に収まった。

 魔王の許可を得て、コマニャス公妃が入ってくる。

 エルフ特有のスラリとした容貌と、高い耳が美しい。

 白い肌に薄く白い衣がよく似合った。


「陛下、御目通りいただきありがとうございます」


 コマニャスが膝をつき、這いつくばるように頭を下げる。


「頭を上げよ。朕に言いたいことがあるのか?」


 立つことは許さなかった。コマニャスは顔を上げると、ブリジアも知らなかったことをきりだした。


「今度入内する人族の娘は、来奇殿のブリジア傑女と古くから親交があったようです。来奇殿の安寧とブリジアのために、ぜひその娘を来奇殿に住まわせてください」

「ほう」


 魔王はブリジアに視線を送る。コマニャスは言い終わると同時に深く頭を下げていたため、魔王の視線には気づいていない。

 魔王は言った。


「次に入内するのは、シュウ王国のシャミンという娘だと聞いておる。大貴族だと聞いているが、ブリジアと親しいのか」


 魔王の視線を受け、ブリジアは何度も頭を振る。


「シャミンなら、きっと陛下も気に入ります」


 ブリジアは思念を送ったつもりだが、魔王が受け取ったのかどうかはわからない。魔王はコマニャスに言った。


「コマニャスが同じ宮殿の妃のことを大事にしていることは理解した。それならば、どれがブリジアか当てられるな?」


 魔王は、自分の礼装用の軍服をどかす。


 壁一面のブリジアに、コマニャスが細い目を見開いた。

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