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魔王の嫁でございます ~僅か8歳で魔王の後宮に入内した元王女ブリジア妃の数奇な人生~  作者: 西玉
第3章 外の世界

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41 皇太后、起床する

連載していた悪役令嬢ものが完結したので、再開します。引き続き、よろしくお願いします。

 ブリジア傑女が永命殿に預けられて、十日ほど経過した。

 皇后デジィは、ブリジアを魔族軍大参謀ダキラに預けると宣言したとおり、ほとんど姿は見せなかった。


 ダキラは、ブリジアにそっくりな人形を手に入れたがっており、本人であるブリジアが同居することになると、手元に置きたがった。

 ブリジアの寝台を自分の部屋に置き、寝食や衣服の世話をダキラ直属の侍女たちに委ねた。


 ダキラ直属の侍女であれば、間違いなく魔族である。

 ブリジアの世話は、二足歩行できるように進化したコウモリとカメレオンを思い起こさせる、魔族の侍女たちが行った。


 当初はブリジアとしても恐れたが、ダキラに絶対服従している侍女たちが、ブリジアを害することも、敵意を向けることもないと断言できた。

 それほど、ダキラはブリジアに優しかった。


 それが、愛玩動物を愛でる種類の優しさだとしても、ダキラの側にいるだけで、知らなかった多くの知識を得られることに、ブリジアは充実した生活を送っていた。

 魔王ジランは、ブリジアが永命殿に住むことになってすぐに訪ねてきたが、ダキラの態度に安心したのか、それ以降は姿を見せなかった。


 ブリジアが永命殿で暮らすようになって十日後に、ブリジアに世界情勢を教えていたダキラが呼び出された。


「いよいよか。ブリジア、一緒に来るかい? 私が一緒なら、誰も手出しはしないよ」


 ダキラが、相変わらずの真っ白い肌に赤い瞳で、ブリジアに笑いかけた。


「どちらに行かれるのですか?」

「呼び出されたのは皇后様のところだけれど、魔王様も来ているらしい。なら、皇太后様のところだろう。私とダネスは、元々皇太后様のお目覚めが近いからこの地下後宮に滞在しているのに過ぎないからね」

「では、ダキラ様はもう後宮を出られるのですか?」


 ブリジアにとっては衝撃だった。ブリジアは、一時的に永命殿に預けられただけである。

 だが、ダキラと一緒にいることが条件となっているわけではない。

 ダキラがいなくなれば、皇后デジィだけが支配する宮殿に戻るのだ。

 ダキラがいなくなった永命殿を想像し、ブリジアは恐怖した。


「すぐにではないよ。私も、皇太后様……いわば私の母上だけど、初めてお会いするんだ。初めてお会いして、会ったからすぐに出て行けとは言われないだろう」


「はい。そうだといいんですけど」

「私がいないと寂しいかい?」

「はい」


 ブリジアは迷わず答えていた。正直に言えば、不安なのだ。

 だが、この世界の広さを実感させてくれたダキラがいなくて寂しいと感じるのは、嘘ではない。


「それなら、外の世界に一緒に連れて行けないか、魔王様にお願いしてみよう。ブリジアは魔王様のお気に入りだって噂もあるけど、十日間会いにきていないんだ。噂ほど溺愛しているわけではないだろう」


 ダキラの推測は当たっていないだろうとブリジアは思っていた。

 魔王は、ブリジアの身を心配して、あえて会いにこないのだ。

 ブリジアのことを気にかけていることは、少なくとも皇后デジィには悟られないようにしていることを、ブリジアは知っていた。


「じゃあ、別の大陸の人族と会えるかもしれませんね」

「魔王様のお許しが出ればね」


 ダキラはブリジアの髪を櫛削っていたコウモリの姿をした侍女に、ブリジアに外出用の服を準備するように言うと、自らは魔族軍の正装である重量500キロのマントを軽々と羽織った。

 魔族軍の正装は、位が上がるほど重くなる。ダキラ、ダネスの正装は、フル装備で2トンである。


 8人の将軍たちは、1トンの重量を身につける。

 魔王自身の装備の重さは知られていないが、魔王が置き忘れた兜を片付けようとして、ダキラは持ち上げることすらできなかったという。


 魔王の従えるドラゴンは、フル装備の魔族軍将軍全員を背負ったまま自在に空を飛ぶだけの能力があるとも、ブリジアは聞かされた。


「皇太后様って、どんな方なのですか?」

「知らないな。私も会ったことがないと言っただろう。だけど、魔王様や私とダネスを産んだんだ。それはすごい方なのは間違いない。魔族の女は、体内に長く子どもを止めることで、強い能力を与えるんだ。その反動で、孕っていたのと同じだけの期間、眠りに入る。私とダネスは双子だったから、孕っていた期間は500年だけど、1000年間眠っておられた。双子の魔族は例が少ないから、いつ目覚めるか、はっきりとはわからなかったんだよ」


「ダキラ様は1000歳なのですね。魔王様は、どのぐらいお腹の中におられたのでしょうか」

「聞いた話では、5000年らしい」


 それは、トボルソ王国ができる前のことになる。

 人形の振りをしていた時にも、魔王自身の口から聞いたことがある。

 改めて聞いて空いた口が塞がらなかったブリジアを、2トンの装備をつけたダキラは、まるで重さを感じていないかのように抱き上げた。

 ブリジアがぬいぐるみのように抱えられていくと、ダキラは普段皇后がいる永命殿の正殿に向かった。


「来たか」

「遅れましたこと、お許しください」


 聞き覚えがある声に、ダキラが膝をつく。

 ブリジアを抱え直したことで、正面の椅子に座るのがデジィではなく、魔王軍の総大将としての正装をした魔王ジランだと気づいた。


 魔王は、普段は地下後宮で武装などは身につけていない。

 それはダキラについても同じことだ。

 正式な武装をした魔王たちに、ブリジアは身震いするほどの恐怖を覚えた。


「ダキラ、その人形、どこにあった? 見つけたのか?」


 魔王の横に控えていたダネスは、ダキラとほぼ同じ武装をしている。

 真っ黒いコートに赤い線が入った衣装だが、重さが2トンあることをブリジアは知っている。


「いいえ。これは……」

「ダキラ、寄越せ」

「しかし、陛下」

「わかっておる」


 魔王の口調は、反論を許さないものだった。

 魔王軍の中で最も重い武装を身につけるダキラですら、魔王の兜すら持ち上げられないのだ。

 武装をすると、その力の違いがさらに鮮明になる。

 ダキラは、ブリジアを抱えて魔王の前に進んだ。


「ブリジア、ダネスは好色だ。人形だと勘違いしているなら、そのままの方がいい」


 ダキラが耳元で囁いた。

 ブリジアはあえて動かず、魔王の大きな手に預けられた。


『どうして来た?』

『ダキラ様と離れるのが寂しくて』


 魔王の言葉が頭に流れ込む。ブリジアは口を動かさずに頭の中だけで思うと、魔王が頷いた。

 魔王の言葉はブリジアにしか聞こえず、ブリジアの考えも魔王だけに伝わっているのだと感じた。


「せっかく見つけた人形だ。荒ぶる皇太后に破壊されてはつまらぬ。朕が預かる」


 魔王は声に出してブリジアを抱き直すと、自らの装備の腹を開けた。

 黒地のうっすらと青く光るコートだが、魔王の正装である。ブリジアがどんなに力を入れても、形を変えることすらできないだろう。


 魔王は、コートの内側にブリジアを入れた。魔王は胸の筋肉が発達しており、まっすぐに落ちるコートは腹に空間があったのだ。


『外は見えるか?』


 再び、鼓膜ではなく脳を揺さぶる魔王の声が聞こえた。


『はい。ポケットに穴が空いています』

『聖剣エクスカリバーを入れた時に空いたか。その穴から外を覗くだけで我慢しておれ。皇太后の気分次第では、一瞬で死ぬぞ』

『わ、わかりました』

「陛下、皇太后様……母上は、荒ぶっているのですか?」


 ダネスが、魔王の言葉を思い出したかのように尋ねる。ブリジアに対する魔王の言葉が、聞こえていないことがわかる。魔王は頷いた。


「100年間寝続けていたのだ。腹は減っているだろう。空腹なら不機嫌にもなる。もともと、寝起きの良い方ではないしな」

「もう起きていらっしゃっているのですか?」


 ダキラが尋ねると、再び魔王は首肯する。


「ああ。料理人たちが、大慌てで調理しておることだろう」

『食事が終わってから行くのではいけないのですか?』


 ブリジアが思念で尋ねる。


「皇太后が起きたというのに、身内が姿を見せんのでは、むしろ不機嫌になるのだ」

「……陛下、誰に答えているのですか?」


 ブリジアの思念に対する答えを、魔王はうっかり口に出して答えていた。

 使い分けるのは、能力以外の苦労があるのだろう。


「なんでもない。では行くとしよう」


 魔王が誤魔化すように立ち上がった。大きく揺れ動いたため、ブリジアがコートの内側にしがみついた。


「お待ちください。私を置いていくつもりですか?」


 金属が響くような声がかかる。ブリジアにも聞き覚えがある声だった。

 魔王が振り返る。

 コートの破れ目から、普段の黄金の肌を黄金で隠すような出立ちの皇后デジィの姿が見えた。


「皇后様の戰装束を、再び見る日が来るとは思いませんでした」


 ダキラが感嘆の声を漏らす。


「デジィの装備は5トンを越える。お前たちも、精進することだ」

「承知いたしました」


 ダキラとダネスが声をそろえた。

 ブリジアは、皇后とはこれほどまでに強くなければならないのかと、愕然としながら覗き込んでいた。

 魔王を筆頭に皇后デジィ、大元帥ダネス、大参謀ダキラが宮殿を出る。


 侍女たちが従わないのは、危険だからである。

 魔王を産んだ皇太后が、目覚めたばかりで空腹なのだ。魔族とはいえ、侍女たちではあっさりと食べられてしまうかもしれない。


 魔王が正装をするのは礼儀を守っているのではない。危険だからなのだ。

 宮殿の外では、輿が用意されていた。

 輿に乗れるのは、宮殿の主人だけである。魔王と皇后がそれにあたる。


 二つの輿に、魔王と皇后が乗る。

 輿の担ぎ手は、通常は魔王親衛隊第一部隊のホムンクルスである。

 だが、この時は魔王親衛隊第三部隊のゴーレムたちだった。

 ゴーレムとは、命令を与えると命令通りに行動する、人型の物体である。


 一般に、ゴーレムは石や土を使って作ることが多いが、魔王親衛隊第三部隊は、死者の肉体を使用したゴーレムだ。

 おそらく、世界でも最強のゴーレム部隊だ。魔王が従えるゴーレムたちは、世界で最も壊れにくいとされる、魔族の死体で作られたゴーレムなのだ。


 魔王と皇后が輿に乗るのを待ち、最強のゴーレムたちが輿を担いだ。

 歩き出す。震えていた。

 魔王と皇后の装備が重いのだ。

 ほんの3歩と歩けず、ゴーレムたちが崩れ、倒れた。


「出来損ないどもめ」

「仕方ありません。歩きましょう」


 舌打ちをする魔王に、デジィが手を伸ばして誘った。

 ブリジアは、魔王の腹部に収まったまま、輿を支える頑丈な横棒が、全てひしゃげているのを見た。


「やむを得んな」


 魔王は、まるで重さを感じていないかのように歩き出す。


 一体何トンの装備を身につけているのか、ブリジアは尋ねるのも恐ろしく、コートの内側で震えていた。

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