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魔王の嫁でございます ~僅か8歳で魔王の後宮に入内した元王女ブリジア妃の数奇な人生~  作者: 西玉
第2章 皇后デジィのお茶会

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40 お茶会の余波

 〜来奇殿〜 お茶会終了直後


 来奇殿のブリジア傑女の侍女であるレガモンは、獣雷殿とのお茶会の後、ブリジアに付き添うことは許されず、コマニャス公妃、ドロシー貴女と共に宮殿に戻された。

 レガモンは魔王の後宮に入る前は騎士団の団長を勤めており、侍女に選抜されたのは外見の美しさだけでなく、物理的にブリジアの護衛を務めるためでもあった。


 そのため、レガモンはブリジアを守るために死ぬ覚悟すらできていたが、地下後宮に来てから考えは変わりつつあった。

 魔族たちの強さを、直近で観察したことによるものだろう。


 実際のところ、獣雷殿の主人であるランディ公妃にすら、完全武装したところで勝てるとは思えなかった。

 そのランディが、存在にすら怯えているのが皇后デジィだ。

 皇后デジィは、ランディに褒美として自らの左手を与えた。レガモンが見える範囲で確認できた時には、すでに左手は生え変わっていた。


 その間は、数十秒しかなかったはずだ。

 ブリジアを連れ去ったのは、ブリジアが恐れていたデジィではなく、大参謀として知られるダキラだった。

 ダキラの容貌は魔族にふさわしい恐ろしいものだったが、ブリジアに笑いかけた表情は優しげだった。

 レガモンは、ブリジアに戻るよう言われたこともあり、コマニャスたちと共に来奇殿に戻った。


 ※


 宮殿に戻ったレガモンを待っていたのは、仲間の侍女たちによる質問攻めだった。

 クリスが戻らないため7人となった侍女たちだが、レガモンも含めて絶世と呼んで差し支えない美女ばかりである。


 しかも、いずれも一芸に秀でた者たちで、ソフィは魔術に長け、チャクは芸事であればなんでもこなす。

 レガモンも、剣を持っての戦いであれば、人族には負けない自信がある。

 例外はテティとクリスで、二人はメイドとして鍛え上げられた本職の侍女である。


「レガモン、ブリジア様はどうしたの? どうして一緒じゃないの?」


 レガモンが抱えて持ってきた巨大な渋柿3つを受け取りながら、テティが尋ねた。

 すでにブリジアの生活区域であり、コマニャスとドロシーはそれぞれ自室に戻っている。


「ブリジア様は戻らない。永命殿でしばらくは過ごされる」

「どういうこと? 永命殿って、皇后様の宮殿でしょう。ブリジア様、殺されてしまうわ」


 テティが別の侍女に渋柿を渡しながら、食い下がった。


「ブリジア様のご指示だ。仕方ないだろう」

「ブリジア様に何かあったら、仕方ないじゃすまないでしょう」


 ソフィが、木の板の上で水晶玉を除きながら口を挟んだ。非常に繊細な印象を与える侍女だが、魔術の才能は随一で、侍女になる前は宮廷魔術師に任命されていた。


「わかっている。それより、私はブリジア様の命令を果たさなければならない。部屋に行かせてくれ」

「『それより』って言い方はないんじゃない? ブリジア様に何があったのか、話すのが先だよ。でないと、ずっとレガモンの頭の上でお手玉してやる」


 チャクなら本気でやるだろう。レガモンは大きく息を吐いた。


「わかったよ。皇后様が、コマニャス様が持ち込んだ食材が気に入らずに、罰を与えることにした。コマニャス様にとって困るのは……ブリジア様を来奇殿から奪われることだってことになって、しばらく永命殿に寝起きすることになった。大参謀のダキラ様が同席していて、ダキラ様の希望もあったんだ。ダキラ様が探している人形に、ブリジア様がそっくりらしくて、しばらく手元にいてほしいらしい。だから、命を奪われるなんてことはない」


「ダキラ様の話は聞いているわ。私も、人形作りを手伝ったけど……ダキラ様が探している人形は、魔王の部屋で動かないように我慢していたブリジア様ご本人だよ」

「えっ?」


 レガモンが声を裏返して問い返した。侍女たちが、不安そうに互いの顔を見た。


「レガモン、ブリジア様の罪ではないのね? コマニャス様への罰なのね?」


 テティが真剣な表情で尋ねる。金色の髪を結い上げた優しげな顔つきの美女で、髪を下ろせば本人が王女で通用しそうな顔立ちである。


「ああ。それは確かだよ」


 同僚たちを安心させるように、レガモンは笑った。


「ならなんで、一人で帰ってきたの? 魔族の巣窟に、ブリジアをお一人にするなんて」


 ソフィが、自分なら耐えられないと言わんばかりに蒼白な顔をした。


「仕方ないだろう。ブリジア様の御意志だ。ブリジア様は、ご自分が害されないと知っている。でも、侍女たちの安全は保証されない。私たちは、ブリジア様を守るために地下後宮に入った。なら、私たちを守るのはブリジア様ご自身でなければいけないと……永命殿には、魔族しかいない。侍女たちを住まわせれば、いつ殺されてもおかしくない。だから、同行は許されなかった。そんなブリジア様の命令を、どうして断れる」

「ブリジア様の命令で部屋に行くって、何をするの?」


 テティが尋ねた。先ほどのレガモンの言葉を忘れていなかったのだ。


「獣雷殿から、盤技での勝負を挑まれた。ブリジア様を陥れるためだろう。舞台はトボルソ王国だった。ブリジア様は、トボルソが舞台の時は、国の秘密を漏らさないために城砦の装置を使わないから、負けることが多い。そのことを、ドロシー様が獣雷殿に教えたんだそうだ。ブリジア様は負けるわけにはいかなかった。負ければ、獣雷殿に移籍させられる。ブリジア様が移籍すれば、私たちもそうなる。獣雷殿の人族は、死ぬ確率が高いそうなんだ。だから、ブリジア様は今まで使わなかった城砦の機能を使って、盤技には勝った。でも、これで魔王はじめトボルソ王国の防衛の秘密が全て晒されてしまった。私は、国に手紙を出して、防衛計画を練り直すように伝えることを命じられたんだ」

「つまり……悪いのはコマニャス様とドロシー様?」


 ソフィの言葉に、テティ立ち上がった。


「抗議しに行きましょう」

「これはどうする?」


 侍女の一人が、巨大な渋柿を持ち上げた。


「持っていきな。ブリジア様が戻らなければ、これを食わせるってコマニャス様を脅すといい」

「エルフの果実なのに?」


 テティの問いに、レガモンは頷いた。


 ※


 コマニャス公妃とドロシー貴女は、来奇殿の一室、ポリン伯妃の部屋で赤ん坊をあやしていた。

 ホビット族のポリンの産んだ娘である。名はポリャスといい、ホビット族特有の小さな体と魔族らしい鋭い角、全身を覆う黒檀のような鱗が特徴的だ。


「コマニャス様とドロシーが揃ってくるなんて珍しいですね。お茶会はどうでした?」


 ホビット族の侍女が入れてくれたお茶を傾けながら、ポリンがポリャスを抱いているコマニャスに尋ねた。

 コマニャスのエルフ族とドロシーのドワーフ族は、仲が悪いと言われる。

 あくまで種族間の反目であり、二人が仲が悪いということはないが、特別いいわけではない。


「散々だったわ。ランディの奴が、ブリジアを獣雷殿に移籍させたくて、色々と仕掛けてきたのよ」

「ブリジアをと言うと……ブリジアがいれば、陛下がよくお越しになるから……俸給のかさ増しが目的ですね」


 ポリンの言葉に、コマニャスが頷いた。

 地下後宮で生活するのに、妃が窮することはない。妃たちが金を欲しがるのは、常に地上にいる同族たちに仕送りをするためである。

 人族の妃は裕福な出自の娘が多いが、人族ではない亜人は、族長であっても生活に余裕がないのが実情だ。


「ええ」

「それで、ブリジアはどうなりました?」

「コマニャス様、ブリジアの侍女たちが来ていますが」


 ポリンの言葉を防ぐように、戸口に現れたコマニャスの侍女リーディアが告げた。

 コマニャスが、赤ん坊を抱いたまま天井を仰ぐ。


「せっかくポリンのところに逃げてきたのに、しつこいですね」


 ドロシーが言ったので、コマニャスは顔をしかめた。


「逃げてきたわけではないわ。ポリンはお茶会に参加できなかったから、教えてあげようと思ったのよ」

「侍女を残してきたのは失敗でしたね」


 コマニャスは、ドロシーと打ち合わせてポリンのところに来たのだ。

 それは、ブリジアの侍女たちから逃れるためだったようだ。


「お話は後で伺います。お二人は、どうぞブリジアの侍女たちを安心させてあげください」


 ポリンがポリャスを受け取ると、コマニャスは小さく舌打ちした。


 ※


 コマニャスは、ドロシーを連れて自室に戻った。

 ドロシーは自主的についてきた。ブリジアが泣きながら盤技をすることになった理由は、ドロシーにある。

 コマニャスの前に、人の頭ほどもある巨大な渋柿が、三つ並んでいた。

 柿の前に、ブリジアの侍女テティとソティ、チャクがいた。


「ブリジアのことなら、心配いらないわよ。魔王軍の大参謀ダキラ様がいたくお気に入りなさって、しばらく手元に置きたいとおっしゃったのよ。しばらくしたら、何事もなかったように元気で帰ってくるわ」


 コマニャスは、あえて強い口調で告げた。

 相手は侍女たちである。来奇殿の主人であり、公妃という地位にあるコマニャスがへりくだることはない。


「どうして、食べられもしないものを持ち込んだのです? 全ては、エルフの柿が原因だと聞きましたよ」


 テティが言った。侍女でなければ王女でも通用すると言われる美女だ。

 ブリジアへの忠誠は、コマニャスもよく知っていた。誤魔化したところで、納得はしないだろう。


「……私は、食材として持ち込んだわけではないわ。ホムンクルスの料理番に渡したら、勝手に勘違いしたのよ。エルフの渋柿は凄いのよ。植物に与えればどんな病気でも治るし、害虫は寄り付きもしなくなる。根の張りがすごくて、エルフの柿一つで、大木が育つと言われるわ」

「つまり、食べ物ではないと?」


 テティはじめ、ブリジアの侍女たちが切られた渋柿に触れた。

 急いでテティが手を引っ込める。触れただけで痺れるような感覚があるのが、エルフの渋柿なのだ。


「ええ」

「レガモンから聞きました。ブリジア様はお食べになったと」

「びっくりしたわ。ブリジア以外は全員が一口で止めたのに。ブリジアは、止められなければ食べ続けたでしょう」


「ブリジア様が気に入って、レガモンに食べかけを持ち帰らせたほどですから、ブリジア様は気に入ったのでしょう。ブリジア様は、王家の生まれです。どんな少数民族の食事も食べられるように訓練されているし、渋柿の渋を感じないように食べる方法もご存じです」

「……食べられるの? これ……」


「どうして、エルフ族のコマニャス様が聞くのです? 食用でないのなら、そう言えばよかったじゃないですか」

「仕方ないじゃない。私はただ渡しただけよ。勝手に、料理人たちが皿に乗せて持ってきたのだもの。今更、食べ物じゃありませんだなんて、言えなかったわ」


 テティの視線が、ドロシーに向かう。ドロシーは豊かな髭を撫でていた手を止めた。

 挑戦的に睨み返したが、侍女は黙らなかった。


「レガモンから聞きました。ブリジア様が、泣きながら盤技をしていたと。レガモンすら知らない、トボルソ王国の隠された防衛システムを魔王軍に晒したと」

「ま、魔王軍は敵じゃないわ。知られても、そんなに……」

「ドロシー様が、ブリジア様が盤技で、トボルソが舞台だと弱いと、獣雷殿の方々に教えたそうですね」

「……はい」


 ドロシーは、小さくなって肩を落とした。


「どうして、そんなことをしたのですか?」


 テティが問い詰める。ドロシーは泣きそうになっていた。


「私の故郷が、女王アリ族の虫人たちに滅ぼされる。そう脅されたのよ。し、仕方なかったのよ。同じ洞窟に住んでいるのは知っていたし……共存していたのよ。でも、戦えば、虫人たちに皆殺しにされることもわかっていた」


 テティは大きく息を吐いた。ため息だ。傍にいたチャクと言う名の侍女が口を開く。

 いかにも身軽そうな、バネの強い体をした印象の娘だ。


「コマニャス様は、ブリジア様が早く来奇殿に戻れるよう、陛下に掛け合ってください。ドロシー様は……お国はどちらなのですか? 私たちに協力できるかもしれません」


 コマニャスが頷き、ドロシーは首を振る。


「無理よ。私の国は、魔王領の西側だもの。人族が半分、半分が亜人ね」

「それとコマニャス様、ブリジア様がお戻りになっても、陛下は以前ほどはお越しにならないでしょう」


 テティが告げる。コマニャスが眉を寄せる。


「どうして? ブリジアは陛下の寵愛が厚いでしょう? 他の宮殿では推測にすぎなくても、来奇殿でそれを知らない者はいないわ」


 テティは視線を逸らさずに答えた。


「お二人がお茶会に出かけている間に、通知がありました。ひと月ほど先に、新しい人族の妃が入内します。私たちも知っている方でした。魔王領に隣接する人族の大国シュクの大貴族のお嬢さんで、ブリジア様も姉のように慕っていました。今年で15歳になられるはずです。若く、美しいお妃です」


「その美女に、ブリジアが負けるというの?」

「そうは言いません。ですが、これまでのようには行かないでしょう。それほど、魅力的な方です」

「わかった。なんとしても、来奇殿に引き入れるわ」


 テティの忠告とは意味が違ったが、コマニャスは真剣な表情で頷いた。

ここまでお付き合い頂き、ありがとうございます。

挿話を1話入れて、第2章終了です。

続きは「私が悪役令嬢にならないと、人間が滅びるらしいので」の完結後にしたいと思います。

ご了承ください。

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