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魔王の嫁でございます ~僅か8歳で魔王の後宮に入内した元王女ブリジア妃の数奇な人生~  作者: 西玉
第2章 皇后デジィのお茶会

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39 お茶会の後に

 お茶会は、獣雷殿にとっても来奇殿にとっても、悔やまれる結果に終わった。

 ただ、ランディ公妃は目的を果たしたといえる。皇后デジィの手は、同じ重量の金塊と同等の価値で取引されるのだ。


 お茶会が終了すると、ブリジアはレガモンに言伝をしてそのままダキラと永命殿に帰ることになった。

 ドロシーはブリジアを裏切ったことを後悔しているのか、目に涙をためてブリジアを見送った。

 コマニャスはすれ違いざま声をかけた。


「すぐに戻れるわ。なんとか、陛下にお願いして……」

「コマニャス様、侍女たちを残しておきます。陛下がお楽しみを目的であれば、来奇殿にまたお越しになるかと」

「そ、そう?」


 コマニャスは、困ったように頬を歪めた。ブリジアの言うことがわからなかったのかもしれない。

 ブリジアは、まだ魔王と伽をしたことはない。全て侍女たちが代わりに、しかも全員で勤めている。

 クリスがまだ戻らないため1人減ったが、魔王は満足しているようだ。

 ブリジアは、来奇殿の妃たちは承知しているものと思っていたが、実はそうでもないのかもしれない。


「ブリジア、行くわよ」

「はい。ただいま参ります」


 ダキラの呼びかけに、ブリジアは急いだ。

 気心のしれた侍女たちを1人も連れずに皇后デジィの宮殿に住むのは、ブリジアにとって恐怖でしかなかったが、侍女たちを守ると言ったのは、本心だった。

 ブリジアの身代わりとして侍女クリスが勇者にさらわれ、生死も不明なのだ。


 もう、誰も犠牲にはしたくなかった。

 追いついたブリジアを、ダキラが抱き上げる。

 デジィほど恐怖は感じなかった。

 ブリジアは、自分でも気づかないうちに、ダキラにしっかりとしがみついていた。


 ※


 ダキラがかつて気に入った人形は、じっと動かないようにしていたブリジア本人である。

 ダキラはすでに承知しているとブリジアは覚悟していたが、そうでもなかったことを知る。

 ダキラは自分の寝室の隣に寝台を用意させると、今日からはブリジアにそこで寝るように命じながら言った。


「ジラン兄上……失礼、陛下がブリジアそっくりの人形を手に入れてくれると約束したんだ。陛下が約束を違えるはずはないから、実行される。それまでは、私のそばにいるといい」

「あの……お茶会の時に、私からダキラ様の匂いがすると仰いましたが」


 ダキラの言葉を聞いた時、魔王の背後に座っていたのがブリジア本人だったのだと、ばれたと感じたのだ。


「ああ。不思議だね。どこかで会っていたかい?」

「……そうかもしれません」

「会っていたら忘れないと思うんだけどね」


 ダキラは真っ白い首を傾けた。角が怪しく光る。どうやら、本気で気づいていない。

 ブリジアは話題を変えようとした。

 勘違いしてくれているなら都合がいい。


 視線をダキラの部屋の中に向ける。

 すると、王女であるブリジアが、全く知らないもので溢れていることがわかった。

 一番不思議に感じたのは、壁に貼られた不思議な模様だった。


「ダキラ様、あれはなんでしょうか?」

「うん? ああ。あれは、この世界の地図だよ。そんなに珍しいかい? そうか、陛下は魔女たちの魔法で好きな場所を実際に見ることができるから、世界地図を部屋に貼ることはなさらないんだね」

「世界地図……というのですか? この世界の地図なのでしょうか?」

「ああ。そうだよ」


 ブリジアが見た壁に貼られた模様は、二つの丸い輪をつなげたような模様をしている。


「世界とは、こういう形をしているのですか? 瓢箪みたいな……」

「いや。平面上で表現するには、この方が、都合がいいというだけさ。実際には、こんな形をしている」


 ダキラは、自らの両手を近づけた。

 手のひらの間に、水晶のような球体が出現する。


「えっ? でも、地面は平らです。丸かったら、下側にいる人たちは、どこに落ちるんですか?」

「さあね。魔王城の反対側にも大地はあるけど、みんなどこにも落ちていないよ。人族は、自分達の住む周辺しか知らないんだね。この世界が球体であることは、魔王軍の将軍たちなら皆知っていることだよ。将軍たちは、ドラゴンを従えないとなることができないからね。ドラゴンは、空のずっと上まで飛べるんだ。この世界が丸くて、空に上輝くスイカではない、本物の太陽が水平線の向こうからゆっくりと登ってくるのを見れば、世界は決して平らではないことをブリジアも知るだろう」


「私が、ドラゴンを従える時なんて来ません」

「でも、ブリジアのことを寵愛しているのは、聖なる金色のドラゴンを従えているお方なのだよ。寵妃が願えば、無視するお方ではないさ」

「……陛下のことですか?」

「他に誰がいるんだい?」


 ダキラは笑いながら、ブリジアを抱き上げた。

 ブリジアの感触を楽しむかのようにしっかと抱くと、壁に貼られた世界地図のところまで歩く。

 魔族たちの作った世界地図は、海と大地だけが描かれた、単純だが精巧なものだった。


 測量技術が発達しているわけではないだろう。魔女たちの多くは、敵を殺すための魔法には興味がない。

 それは、魔族の強さが度を越しているからだと言われている。

 魔族に仕える魔女たちは、生活を便利にするさまざまな魔法の研究に生涯を捧げている。


 盤技の開発もその一つだし、同じような技術が、地図にも使われていた。

 ブリジアは、ダキラに抱えられて目の前に地図を見た。

 触ってみたくなった。手を伸ばし、触れた。

 ブリジアが触れた場所を中心に、ただの白い地図が鮮やかな緑色に変わった。


「えっ?」

「驚いたかい? 刺激を受けると、その土地の現在の状況を映し出す。ブリジアが触ったのは、魔親王国の一つだ。天然の大密林で、猛烈な猛獣や貪欲な虫たちの帝国だ。その一帯を支配していた巨大昆虫の群れを魔王様が従え、魔王様の叔父さんを魔親王に封じた。魔物たちですら、弱いものたちではすぐに病気にかかって死ぬ。人族や亜人たちでは、1日と持たない場所だ」

「そんな場所に国を作って、どうするんですか?」


 ブリジアがまだ見たことのない多くの国があり、魔王国以外にも魔親王国が複数あることは知っていた。

 だが、ダキラの説明には首をかしげざるを得ない。


「魔親王国は、いずれも人族が生活できない過酷な環境の場所にあるんだ。その環境に適応できる魔物たちや魔族の一族が生活できるし、魔王様に敵対する魔物を制御する必要もある」

「魔王様は……世界を守ろうとしているのですか?」

「もちろん。ブリジアの故郷はトボルソだと聞いた。君の故郷も、魔王様に守られているんだ」


 ダキラが地図の一点に触れた。

 地図上では、大きな大陸ある東側だ。ダキラが触れた場所に、地図上ではとても小さな、城壁に守られた町が出現した。


「魔王領はここだよ」


 ダキラは、トボルソ王国の王都より西側の場所に触れる。

 地図上に表示されたのは、国というより急峻な山脈地帯だった。


「どんな人たちが住んでいるのですか?」

「世界で最も高い山脈地帯で、標高20000メートルを越える頂に魔王城がある。もちろん、人族どころか生物は生きられない。この世界で、最も過酷な場所の一つだね」


「じ、人族がいるのは……」

「人族は世界中にいるよ。魔王領の西側は、トボルソ王国と三つの大国があるのは知っているね」

「はい」


 ブリジアは、人族の大国に囲まれた祖国を思った。

 他の人族の国に攻められないよう、ブリジアが後宮に送り込まれたのだと言われている。


「この一帯は、大規模な平原地帯だ。魔法と産業がうまく噛み合って発展している。こっちにも大規模な人族の支配地域がある」


 ダキラは、魔王領を挟んで反対側の大地に触れた。


「魔王領の西側は、東側ほど平坦ではないけど、人族たちが住むのに適度な地形の変化があってね。人族以外にも、エルフやドワーフ、獣人のような亜人の集落も多い。そのため、争うように技術を競い合ってね。魔法が廃れて、科学に傾倒しつつある。ブリジアは、銃は知っているかい?」

「いえ」


「魔物や魔族にはほとんど効果はないけど、生物や人族なら簡単に殺せる。魔王様の後宮の亜人たちは、この地域の人族たちから、自分の種族を守るために入内している子が多いらしいよ」

「へぇ」

「興味深いかい?」


「はい。とても面白いです。西の山脈の反対側にも人族がいたなんて、知りませんでした。交易できれば楽しいのに」

「ああ。そうだね。魔法でも科学でも、遠方に通話する方法はあるんだ。でも、魔王領が広すぎて、この大陸の西と東は通信できない。海を行こうとしても、人族が航海できるほど、海の魔物は優しくないからね」


 ダキラが、地図の最も広い部分を占める海をなぞる。

 鮮やかな青い海が現れた。


「でも私は、一生後宮から出られないんですね」

「後宮にきたこと、後悔しているのかい? でも、魔王様の妃にならなければ、世界の広さを知ることはなかった」

「はい」


 ブリジアは頷いた。世界は広い。


 自分がそのごく一部しか知らなかったことを思い知り、同時に世界の広さを自分の目で見ることはできないのだと落胆した。

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