37 皇后デジィのお茶会4
お茶会で提供した食材により、ランディ公妃に褒美を、コマニャス公妃に罰を与えることを皇后デジィが宣言した。
迷わずランディは、ブリジア傑女が欲しいと言ったのだ。
「駄目ね。他のものになさい」
皇后デジィが断言し、ブリジアと共にコマニャスが平たい胸を撫で下ろすのが見えた。
「理由をお聞かせ願いますか?」
落ち着いた声を装っていたが、ランディの目は獲物を狙う猛獣そのものだった。
だが、怒れる猛獣を前にしようと、皇后デジィが怯むことはない。
デジィの金色の肌は、美しいだけではない。その体は、恐竜ですら傷ひとつつけられないだろう。
「後宮の妃は全て、陛下のものですもの。侍女であればとにかく、妃を餌として与えるわけにはいかないわ。獣人族は、時に人族を食べるそうね。ブリジア傑女を餌にはできないわ」
「誤解です!」
皇后デジィの物言いに、ランディは立ち上がった。
「……人族は食べ物ではないと言うの?」
「いえ。人族は食べ物です」
ランディは座りながら答えた。
「ちょっと、レガモン、あんなこと言っているわ」
ブリジアはがたがたと震えながら、かつて騎士隊長として勇名を馳せた侍女の服を掴んだ。
「ブリジア様、落ち着いてください。ブリジア様がさっき召し上がった生首の脳みそだって、人族だったじゃないですか」
「あれは料理よ。私が食べられるわけじゃなかったもの。食べなければ失礼にあたるから、無理をしたのよ」
「大丈夫です。ブリジア様を、猛獣の餌にはしません」
怯えるブリジアに、レガモンが寄り添った。お茶会という場所でなければ、頭を撫でていたことだろう。
視界の端でダキラが口元を押さえているのが、笑いを堪えているように見えた。
大参謀ダキラは、耳が良いことで有名だ。
ブリジアの怯えとは別に、ランディは続けた。
「ですが、ブリジア傑女を食べようというわけではありません。我が獣雷殿には、まだまだ空き部屋がございます。ブリジア傑女を気に入りました。ぜひ、我が獣雷殿に迎えたいのです」
「ああ。欲しいとは、そういう意味だったのね。そうね……でも、妃の移動なら、移動願いを出せばいいはずよ」
「出しましたが、却下されました。コマニャスが拒んだのです」
「そう。では、ランディは以前からブリジアのことを知っていたのね」
「き、宮中で見かけたのです。その時から……」
ブリジアは、獣雷殿から移籍の申請が来ていたことは聞いていた。
「そう。コマニャス、どうして却下したの?」
「ブリジアは人族です。今までに、何人の妃が獣雷殿で行方不明になったか、皇后様もご存じでしょう」
「失礼な。妃は食べていないわ」
「食べなければいいというものではないでしょう」
「おやめなさい」
デジィがテーブルを叩く。コマニャスとランディが押し黙った。
「では、コマニャスは嫌なのね」
新ためて皇后がコマニャスに尋ねた。
ブリジアは、移籍したくなかった。来奇殿に愛着が出始めていたこともある。
同じ宮殿に住むコマニャスやポリンとも打ち解けたし、ドロシーは遊び相手として姉と呼ぶほどだ。
何より、獣雷殿のランディ公妃は躊躇なく人族を食べるのだ。
安心して暮らせるとは思えなかったし、ブリジアの侍女は美しく、才能に溢れた者たちばかりである。
侍女たちは真っ先に食べられそうな気がした。
「コマニャス様に、こちらを向かせて」
ブリジアは、背後のレガモンに囁いた。
コマニャスは深刻な表情で応えようとしていた。
意を決したところに、レガモンが指先で飛ばした柿の種が、コマニャスのこめかみに減り込んだ。
「は……痛っ」
「どうしたの?」
尋ねる皇后デジィに構わず、コマニャスは柿の種が突き刺さったこめかみを押さえて振り向いた。
コマニャスの目がブリジアを捉える。
ブリジアは意思を伝えるため、必死で目の下の皮を指で抑え、舌を出した。
ブリジアの意図を理解した侍女のレガモンが、背後からブリジアの顔の皮膚を引っ張った。
コマニャスが噴き出す。
「何かあったのかしら?」
皇后デジィが怪訝そうに首を傾げる間に、コマニャスはブリジアの意図を理解したのか、小さく頷いた。
「なんでもございません。わかりました。ブリジアを傷つけないというのでしたら、ブリジアは差し上げます。皇后様もご存じの通り、ブリジアはよく粗相をいたします。このような癖の悪い妃がいては、来奇殿の質を疑われましょう。私も、肩の荷が下ります」
「レガモン、あんなこと言っているわ」
「ブリジア様、泣かないで下さい。やむを得ないのです」
コマニャスは、ブリジアが意図した通りの答えをした。
だが、実際に酷評されるのを聞かされたブリジアは、泣きそうになっていた。
「丁度よかったじゃないか。私がブリジアを引き取ってあげるよ」
ランディ公妃が笑いながら、グラスを傾ける。
赤い色をしているのは酒だろう。だが、ブリジアには生き血に見えた。
ブリジアは目元をぬぐい、堪えて歯をくしばった。
怯えてはいけない。ブリジアを怖がらせて、楽しむ大人たちがいる。
皇后デジィが口を開くまでの数秒が、非常に長く感じた。
「ランディ、お待ちなさい。それでは、コマニャスに対する罰にならないわ」
「しかし……」
ランディが言い淀む。皇后デジィの隣に座る、大元帥ダネスが口を挟んだ。
「コマニャス殿への罰は、別のことにしたらいい。ランディは、ブリジアが気に入ったんだろう」
ダネスの意見は最もだ。ブリジアは、恐ろしさで震えた。
皇后を挟んで反対側で、ダキラが小さく手をあげた。
「住んでいるところが変わるというのは、本人にも影響が大きいでしょう。ブリジアも納得する決め方をしてはいかがですか?」
「そうね。例えば?」
デジィの問いに、あらかじめ考えていたのだろう、ダキラはすぐに答えた。
「最近流行りの盤技はいかがです?」
「あのつまらない遊戯? 退屈だわ」
「状況を整えれば、そうでもないでしょう。陛下すら、戦場の研究に採用していると聞きます」
「ああ。以前にそんなことを言っていたわね。大参謀のダキラが言うのなら、試してみるのも悪くないわね。どうかしら?」
皇后デジィが、2人の公妃に視線を向ける。
「望むところです」
ランディが牙を見せる。
「ええ。承知しました」
コマニャスが、苦虫を噛み潰したような表情で応じた。
「しかし、獣雷殿が負けたらどうするのですか? 褒美はなしに?」
「その時は、金塊を与えましょう。コマニャスの罰も別で考えるわ。それでいいわね」
グラスの中を飲み干し、ランディが立ち上がった。椅子から降りて、膝をついた。
「ご英断、感謝いたします。ただ、お願いがございます」
「なにかしら?」
「獣雷殿の妃たちは、人族のようにゲームで競うことをいたしません。盤技を行う者と、戦場の条件は私たちに決めさせてください」
「いいでしょう。もともと、ランディは褒美を受ける側なのだから」
皇后デジィが断言すれば、それはこの場にいる者たちでは覆せない。
盤技は、四角いマスと決まった駒だけで遊ぶこともできるが、人気なのは魔法を使用して実際の地上を舞台にして、実在の戦力で勝敗を競うものだ。
ランディの言いぶりから、四角いマスだけの遊戯をするつもりはないだろう。
「それでは、指名しなさい。パメラ、魔女シレンサに連絡を」
「承知いたしました」
地上を舞台にした盤技であれば、魔法の力は必須だ。デジィの侍女パメラが走り去る。
ランディは告げた。
「では、盤技を行う者は、獣雷殿はブラスト傑女、来奇殿はブリジア傑女、場所は……」
言葉を切り、ランディが同じテーブルについている女王アリ族のブラスト傑女に視線を送る。
小さく頷き返すのがわかった。ブラスト傑女は表情に乏しいが、触覚が揺れるので感情を読むのは難しくない。
ランディが、ブリジアにも笑いかけた。ブリジア自身がそう感じたのだ。
寒気を覚える。ランディが続けた。
「人族の王国、トボルソ王国でお願いします」
ランディの言葉と同時に、皇后デジィが柏手を打った。
「承知いたしました」
華宮の広間に、しわがれた老婆の声が響いた。
同時に、並んだテーブルの中央に、トボルソ王国を精緻に模った模型が出現する。
魔王親衛隊第四部隊の総督である魔女シレンサに直接働きかけられるのは、魔王だけだ。皇后が連絡すれば、忙しくなければ応じてくれる。
通常は、誰でも遊べるように魔力を注いで場所を指定することで、盤は用意される。
魔女が直接力を貸すのは、公式な場所での試合のみだ。
「ドロシー、どういうこと?」
ブリジアは動かなかった。青い顔をしているのだろうと、鏡を見なくとも感じた。
ドロシーに尋ねたのは、隣に座るコマニャスだった。
「ど、どうって……」
口籠るドワーフの令嬢に、エルフ族のコマニャスが顔を近づけた。
小声で、早口で捲し立てる。
「ブリジアが、自分の国を部隊にしたときだけ弱いって、私はあなたから聞いたわ。誰かに話したのね?」
「は、話してなんて……」
ドロシーが視線を迷わす。その視線が、無意識にブラスト傑女を見ていることに、ブリジアは気づいた。
「ドロシー姉さん、私を……売ったの?」
ブリジアの問いに、ドロシーは答えなかった。
「これは罠だわ。無効にしてもらいましょう。ランディは、もともとこのお茶会で、ブリジアを引き入れるために盤技を持ちかけるつもりだったのよ。それが、私に罰を、ランディに褒美が出ることになって、ダキラさんが盤技を提案したから、それに便乗したのだわ」
コマニャスはドロシーから視線を上げて、デジィを振り向こうとした。
ブリジアも近づいていた。2人の会話を聞いていた。ブリジアは、コマニャスの服を掴んだ。
「コマニャス様、駄目です。皇后様は、一度言ったことを覆しません。私は大丈夫……ドロシー姉さん、覚えておくわよ」
ブリジアは2人に背を向けると、侍女レガモンの手をとって盤技の席についた。




