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魔王の嫁でございます ~僅か8歳で魔王の後宮に入内した元王女ブリジア妃の数奇な人生~  作者: 西玉
第2章 皇后デジィのお茶会

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36 皇后デジィのお茶会3

 〜華宮〜


 コマニャス公妃とランディ公妃が持ち込んだ食べ物は、結局料理上手なホムンクルスたちをしても降参させた。

 皇后デジィの命令で、そのまま皿に盛って供されることになった。

 ブリジアは、お行儀よく冷製のスープと白く柔らかいパンを口に運びながら、虎御前とエルフの食材を待った。


 そうしていたのはブリジアだけで、獣雷殿の3人は一瞬でスープを飲み干してしまったし、ドロシーもからの器を寂しげに見つめていた。

 ただコマニャスは、スープの具材に苦手な食べ物が含まれていたらしく、慎重に選り分けていた。

 賓客であるダネスとダキラは豪快にパンを口に入れていたが、皇后デジィは困ったように銀色の棒を見つめていた。


 ブリジアは、皇后が間違ってスプーンを食べてしまったのだと気付いた。

 ブリジアはレガモンに囁いて代わりにスプーンを届けさせ、デジィが小さく微笑んだことに、なぜか胸騒ぎがした。


「ランディ公妃とコマニャス公妃がお持ちになった食材を供させていただきます」


 魔王親衛隊の総督補佐を務めるゴリョウが声を上げ、大きな皿を持ったホムンクルスたちが入ってきた。

 皇后デジィと妃たちの前に皿が並ぶ。

 全員に同じ皿が供された。

 ブリジアは、皿の上にある人族の生首に見つめ返されていた。


 正確には、見つめていたわけではないだろう。

 人族は首から上だけでは生きられない。

 皿の上に、切断された人族の首が置かれていた。

 隣で、ドロシー貴女が吐きそうに口を抑えたのがわかった。


「コマニャス様、どうしてこんなものを……」


 ドロシーが尋ねると、コマニャスも青い顔をしていた。小さく首を振る。


「これは、私のではないわ。私が持ってきたのはこっちだけよ」


 あまりにも生首の衝撃が大きく、ブリジアも気づかなかったが、生首の隣に大きく瑞々しい、透き通るオレンジ色の果物が縦切りにされて置かれていた。


「これは、なんですか?」


 ブリジアが尋ねると、コマニャスは青い顔のまま答えた。


「故郷から取り寄せた柿よ。リンゴは旬ではないから」

「旬ではないリンゴはどうなります?」

「少し柔らかくなるわね」

「それでいいのでは……」


 エルフのリンゴは、魔族以外には食べられないほど硬いことで知られている。

 旬が過ぎて食べられなくなるなら仕方ないが、柔らかくなるのなら、食べやすくなるのではないだろうか。

 だが、そもそもエルフは売るためにリンゴを栽培しただけで、食べないのだ。

 エルフは商売に向かないのだと、あらためてブリジアは思い知った。


「そ、それより、これ、どうすればいいの?」


 ドロシーが、動揺して生首を指差そうとして、ブリジアが急いで止めた。

 ランディ公妃の意図はわからないが、単純に善意であれば、ドロシーの行為は失礼にあたるのだとブリジアは理解していた。


「どちらも、珍しいわね。人族の生首を供するなど、獣雷殿でなければできないでしょうし、人族の頭部と同じだけの大きさの柿は初めてだわ。さすが、エルフ族ね」

「恐れ入ります」


 皇后デジィの褒め言葉に、コマニャスが恐縮する。


「さあ、皇后様もこうおっしゃっているし、来奇殿の皆様には、私の故郷の味を堪能してもらいたいね」


 体の7割が虎柄の毛皮で覆われているランディが、人族の頭部に手を伸ばす。

 人族の生首は、眉毛のラインよりやや上のところに横線が入っていた。

 ランディは髪を掴み、持ち上げた。

 頭蓋骨の上の部分が、皮ごと持ち上げる。


 ブリジアは、この料理の食べ方を理解した。

 ブリジアは驚かなかった。

 ブリジアは王族である。

 人族の国の中で、最も古く、由緒正しい国の王位継承者である。


 様々な国の風習を学び、文化を吸収した。

 その中で、ゲテ物喰いという文化も学んでいた。

 ブリジアは生首の頭部に触れ、持ち上げた。

 人族の生首に見えたのは、まさしく生首であった。

 白い骨の内側に、調理された動物の肉が、ねっとりとした液体に浸されて浮かんでいる。


「ブリジア、無理しなくていいわよ」


 ドロシーが今にも吐きそうな顔で言った。


「どうした? 食べないのかい?」


 ランディが、あからさまに硬直したコマニャスに声をかけた。

 ランディ自身は、大きな匙で頭蓋骨の内側に浮かんだ肉を掬い、美味そうに口に入れていた。


「これ、何?」

「お肉と……」

「脳みそだ。美味いよ」


 ブリジアがドロシーに尋ねられて答えようとしたところで、正面に座る女王アリ族のブラスト傑女が言った。

 自らも、小さな匙で掬い取っている。

 ランディのように豪快に食べないのは、ブラストは小柄で、口も小さいのだ。


 触覚がある以外は、ほぼ人族の外見なのである。

 隣のフラミンゴ族のトモアは、直接顔を突っ込んでいた。

 コマニャスが硬直し、ドロシーが顔を背ける中、ブリジアはスプーンで脳漿に浸った肉を掬い上げた。


 腐ってはいない。臭いが、腐った食べ物ではない。

 ブリジアは口に運んだ。

 隣でドロシーが悲鳴を上げた。


「ああ。やはりブリジア傑女は違うね。初見でこの料理を食べた人族は、ブリジアだけだよ」


 ランディが快活に笑う。

 ブリジアの口の中で、脳漿だと言われていたねっとりとした液体が広がる。

 臭みは強いが、不味くはない。ちゃんと味付けがされている。

 肉は鶏肉だ。歯ごたえもあって、美味しかった。


「美味しいです」


 ブリジアが言うと、ランディは鋭い犬歯を剥き出しにして笑った。

 皇后のデジィは、人族の生首に蓋として乗っていた頭蓋骨に気づかず直接齧り付いた後、ランディの所作を見て頭蓋骨を外した。

 外した頭蓋骨を煎餅のように噛み砕き、スプーンを使ったランディを見て、何事もなかったかのように中身を味わっていた。


 誰も指摘しなかったのは、デジィが、それが本来のマナーであるかのように振る舞っていたためである。

 本当に問題だったのは、コマニャスの食材だった。

 二つ並んだ食材のうち、全員が先にランディの食材に手を伸ばしたのは、見た目のインパクトのためであり、もう一つが明らかにデザート風の外見をしていたからである。


 結局コマニャスは獣雷殿の料理には手を伸ばしもせず、ドロシーは蓋をとった後スプーンすら手にしなかったが、獣雷殿の3人が食べ終わるまで、縦切りにされた柿には手をつけなかった。

 結局、器に使われた人族の生首が、ただの器だったのか、本当の生首で中身が本人の脳漿だったのかは、ブリジアにもわからなかった。


 ただの生首であれば、頭蓋骨を輪切りにして、そのまらま脳漿が残っているはずがない。

 きちんと調理されていたのだ。生首風の器なのだろう。

 ブリジアが中身を食べ終わり、器の蓋を戻すと、ただの器である生首が、恨みがましく睨んでいるような気分になった。

 思わず、ブリジアは両手をあわせた。脳みそを食べてしまったことに対する謝罪の気持ちが込み上げてきたためである。


「ブリジアも食べ終わったようだし、エルフの果実をいただきましょう」


 皇后デジィの声にブリジアが主賓席を見ると、皇后デジィの前だけは、生首がなくなっている。

 左右にいたダネスとダキラの器をホムンクルスたちが下げていったので、デジィの器は先に下げたのだろうとブリジアは信じた。

 決して、器ごと全て食べてしまったのだろうとは考えなかった。

 ブリジアの生首風の器も下げられる。


「ご馳走様です」

『お粗末様でした』


 思わず呟いたブリジアに、運ばれていく生首が答えたように聞こえた。ブリジアは、首が痛くなるほど急激に振り向いた。

 すでにホムンクルスの背に隠れ、生首風の器は見ることができなかった。


「ブリジア、どうしたの?」


 目の前から生首がなくなって安堵したのか、表情を和らげたドロシーが尋ねた。


「さっきの生首……生きていなかった?」

「や、辞めてよ。ただでさえ、心臓に悪いのに」

「不死人族が混ざっていたかもね」


 ブリジアの呟きに、ランディが牙を見せた。笑ったのだと悟ったブリジアも笑い返すが、思い出すと鳥肌がたった。

 デジィがスプーンを手にしたことで、全身が黙る。

 ブリジアも、残った食材に向き合った。

 鮮やかなオレンジ色をした、瑞々しい果肉は透き通るほど美しい。


 人の顔ほどもある果実を縦に切ったのだとわかる。

 ブリジアがスプーンを入れると、抵抗なく沈む。

 ブリジアは、すくい上げた柿を口に入れず、供されていた酒の器に浸した。年若いブリジアに酒が供されたのは、全ての妃に同じものを提供するという給仕係りの判断によるものだ。


 柿は甘柿と渋柿があり、糖度であれば渋柿の方が圧倒的に高い。

 ただ、渋柿は渋を抜かなければ人族には食べられない。

 柿の渋を抜くとは、渋が無くなるのではく、渋の成分が水に溶け出さないよう処理することだと、ブリジアは教えられていた。


 渋の成分が水に溶け出さなくなれば、舌で感じることもなくなるからである。

 その処理の一つが、柿の身が柔らかくなるまで熟させることだ。

 普通に考えれば、目の前の大きな柿は渋くない。

 だが、エルフ特産の柿である。


 人族の常識が通じるとは限らない。

 アルコールに浸すことで、柿の渋は溶けださなくなることもある。ブリジアは念のため、複数の手段で柿の渋を処理したのだ。

 結果として、ブリジアが口に運んだ柿は、濃厚な甘みを持ち、口いっぱいに広がった。


 地下後宮では、地上と違って甘味は珍しくない。

 ブリジアも、王宮にいる時よりも簡単にお菓子が手に入った。

 それでも、完全に熟した柿の甘さとほのかな舌触りは、ブリジアをして悶絶させるほどだった。


「お……」


 ブリジアが感想を言おうとして隣のドロシーを見ると、食い意地が張っていることでも知られるドワーフ族のドロシーが身悶えしていた。


「ドロシー姉さん、どうしたの?」

「渋い。ブリジア、よくあなた、こんなもの……あ、コマニャス様、ごめんなさい」

「いえ、いいわ」


 見ると、コマニャスもスプーンを手に顔を歪めている。

 ブリジアが視線を転じると、獣雷殿のランディは仇にあったかのように牙を剥き出しにしているし、トモアは柿の中に顔を突っ込んだまま動かない。

 ブラストは、恐ろしいものを避けるように手で追い払おうとしている。


 貴賓席では、皇后デジィが実にまずそうに、皮まで完食していた。

 左右の魔王軍大幹部たちは、全身を震わせながら食べ終わるところだった。

 渋の成分さえなくなれば、これほど美味しい食べ物はないだろうと、王族であるブリジアですら感じたのだ。


 だが、ブリジアは言い出せなかった。

 皇后デジィが、まずそうに完食してしまっていたからだ。

 ブリジアは、こっそりと二口目を口に運び、さらに三度スプーンを差し入れた。


「コマニャス、どうして食材を持ち込んだあんたが食べないんだい? あんたんとこのブリジアは、あんなに頑張っているじゃないか」


 ランディが、険しい顔を隠さずに言った。


「この時期が旬なのよ。味までは考えなかったわ。どおりで……売れないはずね。ブリジア、無理して食べなくていいわよ」

「はい」


 ブリジアは、背後に立つレガモンに囁いた。


「残りは持ち帰って。コマニャス様とドロシー姉さんのも。2人の分は、ほとんど手付かずのはずだから」

「そんなに美味しいのですか?」

「ええ。食べ方にコツがあるけど」

「承知しました」


 侍女レガモンがブリジアの柿を下げると、他の侍女たちも真似をした。

 皇后デジィが口を開く。


「様々な種族が集まる地下後宮では、食べ物の好みが異なることは珍しくないわ。でも、自分の種族すら食べられないものを持ち込むのはいただけないわね。コマニャスには罰を、ランディには褒美をあたえましょう」


 コマニャスはうなだれた。実際、自分が持ち込んだ大きな柿は、コマニャス自身が食べられなかったのだ。

 ランディは嬉しそうに言った。


「ありがとうございます。褒美といいますと、どのような」

「何か希望があるの?」


 皇后デジィの問いに、ランディが頷く。


「ブリジア傑女をいただきたく存じます」


 ブリジアは、思わず口から悲鳴が出そうになり、慌てて自分の口を塞いだ。

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