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魔王の嫁でございます ~僅か8歳で魔王の後宮に入内した元王女ブリジア妃の数奇な人生~  作者: 西玉
第2章 皇后デジィのお茶会

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30 ブリジアの人形

 魔王ジランの背後の棚の上に座らされたブリジアと、魔王の妹であり魔王軍大参謀のダキラの視線が交差した。

 そう思ったのはブリジアだけだろう。そもそも、人形に視線などない。

 ブリジアは、視線を変えることができず、目を瞑ることができず、白目を剥くことができず、ただ首から下だけに冷や汗を掻いた。


「陛下、いつから人形を飾る趣味がおありなのですか?」

「『人形』だと? ああ……これか」


 魔王が振り返り、ブリジアを一睨みしてから咳払いをした。

 ただ一瞥されただけで、魔王の恐ろしさがブリジアの全身を硬直させた。

 普段は恐ろしいと思わなくても、魔王がブリジアを怯えさせることは簡単なのだ。


「普段は飾ってはおらん。ただ、預かったのだ」

「……よくできていますね。まるで、生きているようです」


 感心したのが、ダキラではなく魔王軍大元帥のダネスだったことに、ブリジアはさらに冷汗を掻いた。

 普段はできないが、この時だけは顔には汗をかかず、首から下だけに汗を掻くという貴族や芸人特有の技を実践していた。


「人族の人形ですね。精巧なものを作る種族はいくつかありますが、こういった用途不明な物を作るのは、やはり人族が多いですな」

「しかし……可愛らしい人形ですね」


 感心するダネスに続き、ダキラがため息と共に称賛する。


「大参謀にしては、珍しいことを言うものだ」


 魔王が笑った。


「魔王軍大参謀であることは、私の地位です。私も、地位を離れれば女なのですよ」

「そうか。それは悪かった。朕が軽率であった」

「陛下、そのような仰りようはおやめください」


 ブリジアが視界の端で見る限り、魔王は頭を下げす、むしろ胸を逸らしたままだったが、魔王軍を預かる2人は大いに恐縮していた。


「ダキラは気に入ったようです。陛下、構わなければその人形、ダキラに下賜されてはいかがですか?」


 ダネスの言葉に、ブリジアは凍りついた。

 断ってほしい。指一本動かせないまま、ブリジアは魔王に祈った。


「朕が預かったものだと言ったであろう。預かったものを下賜することなど、できるはずがない」

「そうですよ、お兄様。ですが陛下、一度抱かせてはいただけませんか?」

「子どもが欲しいのなら、ダキラの夫を探さねばならないな」


 魔王が笑った。ダキラは首を振りながら、ブリジアに近づいてくる。

 魔王が仕事に使用している巨大な机を回り込み、ブリジアが座っている棚の前に移動しようとしていた。


「子どもを産みたいのではありません。私とダネスはまだ、生まれてから1000年しか経っていないのです。ただ、こういう可愛いものに惹かれるのですから、私も女だということでしょう」


 ダキラがブリジアの正面に立った。

 魔王が振り返り、ブリジアの腰を抱く。

 魔王が観念したのだ。

 ここで、生身の人族だとばれだらどうなるのだろうか。


 魔王軍の話を立ち聞きしたとして、処刑されるのだろうか。

 いずれにしても、人形のふりを続けられるはずがない。

 ブリジアは、地下後宮に入内依頼、何度目かの死を覚悟した。

 魔王から、ダキラにブリジアの体が渡される。

 ダキラは女性ながらしっかりとした体つきで、ブリジアを軽々と抱きとめた。


「まあ……温かい。本当に、人族は不思議なものを作りますね」

「ああ。人族を滅ぼすのは簡単だが、それでは面白くない。その意味もわかろう」

「そうですね。おや……これは、最近後宮で流行っているという盤技ですか? 私も何度か試しましたが、戦略を練るには最適ですね。密偵の情報と、それを再現する魔女の手腕が必要ですが」

「この地形……最近、ゴブリン部隊が人族に敗れた場所ですね。さすがは兄上、いや陛下、ゴブリンに人族を襲わせること自体、口減らしも兼ねているというのに、敗因を探っていたのですね」


 ダキラの声を聞き、大元帥ダネスも身を乗り出した。

 魔王と大参謀と大元帥を間近で見ることになったブリジアは、ただ動かないことだけに意識を集中させていた。


「ゴブリンが負けるであろうことは推察できたが、人族の被害が意外に少なかったのでな。人族がどのように戦ったか、考察していたのだ」

「ほう。それで、何かわかりましたか?」

「後宮にいる妃たちの半分は人族だ。人族がどう考え、どう動くか、参考になった」


「後宮の人族にそのような人材がいるのであれば、私にも紹介してください。魔王軍が常に本気で戦うなら戦略など不要ですが、魔物の数を調整し、適度に他の種族が歯向かうよう調整するのは、骨が折れるのです」


 ブリジアを腕に抱きながら、ダキラが言った。魔王軍とは、単に戦うためだけの存在ではないのだと、ブリジアは恐ろしくさえなった。


「ああ。いずれ引き合わせよう。母上が目覚めるまでには時間がある。その間、地下後宮にいれば、会う機会もあろう」

「ええ。お願いします。でも……本当にこの人形が欲しくなりました。人族のどこで作られたのでしょうか?」

「トボルソ王国だ」

「トボルソ……知りませんな。ダキラは?」


 魔王の言葉を受け、ダネスが首を傾げた。

 尋ねた本人であるダキラは、小さく頷いた。


「人族の国で最も古くからあり、人族の帝国を成していた中核の国ですね。人族間の裏切りで今は小国となっていますが、人族の信仰も文化も、トボルソから生まれたものと言われています。あの国でしたら、よい職人もいるでしょう」


 言いながら、ダキラはブリジアを机にうつ伏せで寝かせ、服を捲り上げ、下着を露出させた。

 悲鳴を飲み込むブリジアに代わり、魔王が制した。


「何をしている。そこは、朕ですら……」

「これほどの人形です。人形師の署名があるでしょう。まだ現役であれば、同じ物を手に入れることができるかと思いまして」


 ダキラの口調は真剣だ。ブリジアはうつ伏せにさせられているために顔を見ることはできないが、本気で言っているのだと感じた。

 魔王の妹であれば、純粋な魔族である。人族のことを知らないはずはないが、理解できていないのだろう。


 その腕に抱いてすら、ブリジアを人形だと信じているのだ。

 さらにブリジアのスカートをずり下げ、パンツに触れたところで、流石にブリジアは声を出そうとした。

 止まったのは、ブリジアをまさぐる手が止まったからだ。


「これに、署名などはない。製作者は、朕が知っておる」

「では、同じものを作れるのでしょうか?」


 魔王が助けてくれたのだ。

 ブリジアの服がきちんと直される。

 持ち上げられ、収まった場所は、魔王の腕の中だった。

 ブリジアはまだ目を開けたままだったので、ダキラを目の前で見ることになった。


 肌の白さが白蠟のようで、唇の赤さが血のようだ。

 牙が生え、角が伸びている以外にも人族とは違う特徴がいくつもあるが、とても綺麗だと感じた。

 だが、この女におもちゃのように扱われたのだという思いは拭えなかった。

 我慢していた。


 だが、恐ろしさより屈辱が込み上げてきた。

 ブリジアの目から、涙が流れた。

 目を開きっぱなしで乾燥して辛かったこともある。ちょうど目が潤った。

 ブリジアの思いは、屈辱に塗れていた。


「陛下、この人形、涙を流しております。まさか……」


 呟いたのは弟のダネスだが、顔を近づけたのはダキラだ。ブリジアの頬を舐める。


「本物の人族の涙みたいだ」

「人族の人形だ。涙ぐらい流すだろう」


 魔王が言った。ブリジアは、これも魔王が本気で言っているのだと感じた。

 人族のことを、魔王は本当には理解していないのだ。

 ダネスが首を振る。


「陛下、俺は、涙を流す人形に、人族が大騒ぎしていたのを見たことがあります。人族の人形は通常涙は流しません」

「でも、あり得ないわけではないのでしょう?」


 ダキラの問いに、ダネスが続けた。


「ああ。涙を流す人形に、人族は女神の奇跡だと言っていた。陛下、この人形、女神の祝福でも受けているのでしょうか? 詳細に調べた方がよいのではありませんか?」

「うむ。朕が調べておく。先にも言ったが、これは預かったものだ」

「承知いたしました」


 ダネスとダキラが腰を折る。


「地下後宮に滞在するのであれば、皇后の永命殿がよかろう。あそこには、魔族しかいない。ダネスが永命殿から外出する時は、ダキラが必ず同行することだ。もし破れば、たとえ朕の弟といえど、容赦はせん」

「心得ました」


 ダネスとダキラが返事をし、退出する。

 魔王の膝の上にいたブリジアの頭部に、魔王の大きな手が乗せられ、紫色の髪を撫でた。

 ブリジアが魔王を仰ぎ見る。

 魔王ジランが笑っていた。


「よく我慢したな」

「魔王様、私……こんな屈辱、初めてです」

「ああ。済まなかった。朕が人族の妃を招いて戦術の研究をしているなどとは、知られてはならんことなのだ。朕がなんでもできては、血縁も配下も不要となる。それに、人族を寵愛しすぎてはならない。それは、魔族だけでなくあらゆる種族の共通の認識なのだ」

「……どうしてですか?」


 魔王に渡されたハンカチで、ブリジアは涙を拭きながら尋ねた。

 金糸銀糸で刺繍が施された高価なハンカチだが、ブリジアも高価な物を使うことに抵抗はない。


「人族は狡猾で欲深く、しかも傲慢だ。朕は人族も守ることがあるが、人族を守る場合、その相手は大抵が人族だ。人族以外の種族を守るときは、ほとんどが人族からなのだ。個人ではさほど強い種族ではないが、実に扱いが難しい種族なのだ」


「私も人族です」

「知っておる。だから、十分に注意するのだ。朕ですら守れない時もあるだろう。時にブリジアよ」

「はい」


「妹がいないか?」

「……産まれたばかりの弟なら」

「それは困ったな」


 魔王は頭をかいた。

 ダキラに、ブリジアと似たような人形を下賜することを約束したことを、悔いているのだ。

 ブリジアは言った。


「人族を人形として与えれば、その人族は死んでしまうでしょう。私によく似た人形を作るよう、お命じになればよいではありませんか」

「ブリジアの言うことはもっともだが……ガギョク」

「ここに」


 部屋の出入り口にずっと控えていた、魔王親衛隊第一部隊総督が答える。


「人形づくりを得意とする者は朕の配下にいるか?」

「残念ながら、心当たりはございません」

「……ふむ」

「でしたら、私にお任せください」


 ブリジアが答える。魔王はブリジアを見下ろした。


「できるのか? 人形など、人族以外で作っているのは見たことがないが」

「なんとかしてみます」

「そうか。頼む」


 魔王は言うと、ブリジアを床に下ろした。

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