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魔王の嫁でございます ~僅か8歳で魔王の後宮に入内した元王女ブリジア妃の数奇な人生~  作者: 西玉
第2章 皇后デジィのお茶会

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29 魔王軍 ダネスとダキラ

 〜憩休殿〜


 来奇殿の傑女ブリジアは、魔王の執務机の横で盤を睨んでいた。

 魔王に呼びつけられ、最近後宮で流行り出した、実際の地上を舞台にした戦争シュミレーションゲームの相手をさせられていたのだ。

 縦200マス、横200マスの大きな盤に、実在の地上の一部がミニチュアとして再現されている。


 1マスが10メートル四方の正方形を表しており、山地や市街地、渓谷など実際の地形に合わせて再現された中を、ゲームの駒ではあっても生きているように動く兵士の人形を置いていく。

 盤の大きさには決まったものはないが、縦200マス横200マスというのが定番になっていた。

 地上にして2キロ四方であり、実際の戦争を再現するのに最低限必要な面積だと考えられている。


「この盤技という遊び、今後は魔族の将軍たちの訓練として使用するつもりだ」


 魔王ジランは人間に近い形ではなく、自分の宮殿で最も多く取る、魔王本来の恐ろしい姿をしている。

 ブリジアとしては、むしろ見慣れた姿である。


「あっ、陛下……ここは逃げさせていただきます」

「どうした? かの国は、人族でも有数の軍隊を持つ国だ。ゴブリンの群れに恐れをなすのか?」


 ブリジアと魔王は、ほぼ同時に駒を動かす。

 実際の戦争を想定しているので、順番に駒を動かすということはしないのだ。

 ブリジアは人族の軍隊を、魔王はゴブリンと呼ばれる小鬼の軍勢を指揮していた。


「人族は死ぬと大変なのです。香典を出さなければいけないし、葬儀にも時間がかかりますし」

「そんなことだから、ゴブリンに遅れをとるのだ」


 正面から突っ込んでくるゴブリン軍に対し、ブリジアは兵を分散させて森の中に隠した。

 ゴブリンが近づくたびに、ブリジアは回避させる。

 一般に、ゴブリンは人族より弱いと考えられている。魔王軍にしてみれば、ゴブリンの部隊は使い捨ての駒なのだ。


「人族だからといって、ゴブリンに対して臆病すぎるのではないか?」

「1人でも死ぬと、遺族が悲しみます」


 ゴブリン軍が森の中に踏み込み、人族の兵士が逃げ回るという図式が続いていた。


「……ぬっ! これは……」

「攻撃です」


 ブリジアの操る人族の軍隊に、ゴブリン軍が包囲殲滅された。

 圧倒的に数で勝るゴブリン軍だったが、優位な位置をとるまで執拗に逃げ回り、ここぞと言うときに一気呵成に攻勢に出た人族の勝利だった。


「……なるほど。ゴブリンたちはこうして負けたか。いかに個々の能力が低くても、少数の人族軍に蹴散らされたのが不思議だったのだ」

「私がこうしたというだけで、実際に起こったことではないでしょう」


 ブリジアは否定するが、魔王は大きな手でブリジアの頭を撫でた。


「実際に投入したゴブリンの数と、現地で確認された人族の数はこのとおりだ。現地で何が起きたのかわからなかったが、疑問が解けた」

「どうして、私をお呼びに?」


 ブリジアは、王女としての教育は受けたが、軍事については素人である。

 戦闘訓練も受けたことはないし、戦術も知らない。


「盤技の発案者だろう」

「わ、私が言ったのは、8マスとか9マスの平らな板の上で、お互いに全く同じ条件で王を追い詰めるという……こんな、実際の地形と戦力を反映させて、戦略を練る手法ではありません」


 時間が空いた、つまり暇だったブリジアは、トボルソ王国の王宮で度々貴族たちが遊んでいた、ボードゲームを思い出したのだ。

 戦争をイメージしたゲームなので、魔王の許可を得た方がいいというコマニャスの助言で、その日遊びに来ていた魔王に相談した。

 結果として、ブリジアが全く想定していない完成度のものが後宮内で流行ったのだ。


「そうかもしれんが、他の者は、朕が負けるような駒の動かし方はせぬ。だから、朕の手持ちの駒には、必ず朕自身が入るのだ。どんな悪手を打とうが、朕が負けることはない。朕は1人で、人族の軍ぐらいは蹴散らせるのだ。だからといって、朕が朕の駒を持たないと、誰も相手をしようとはしない。そなただけなのだ。何も考えず、朕に勝とうとするのはな」


「皇后様もですか?」

「皇后は、朕と勝負するようなことはしないのだ」

「……陛下に勝つと、食事が減らされたりするのでしょうか?」


「そんなことはない。最も、そなた以外の者が、遊びで朕を負かせたのであれば、食事だけではすまないかもしれないがな」

「陛下はお優しいのに」

「そう思っていない者が多いのだ」


 納得いかないブリジアの髪を、魔王が撫でる。

 部屋の入り口でガギョクが声を上げた。


「魔王軍大元帥と魔王軍大参謀がお見えです」

「おお。ようやくきたか。通せ」

「はっ」

「陛下、私はどうすれば」

「おお。そうであったな。じっとしておれ」


 魔王は言うと、ブリジアを抱き上げ、壁際の棚の上、花瓶が置かれた隣に座らせた。

 人形の振りをしていろということだろう。

 ブリジアは、初めて見る魔王軍の最高責任者たちを前に、瞬きすら禁じられたのだ。


 ※


 ブリジアが人形の振りを初めてすぐのことだ。

 魔王ジランの前に、2人の魔族が颯爽と現れた。

 ブリジアは動かないように硬直しながら、2人の動きを見ていた。

 見たかったのではない。目を開けたままでいた時に2人が入ってきたので、閉ざすわけにはいかなかったのだ。


「魔王陛下にご挨拶を申し上げます」


 2人の声が揃い、2人が膝をついて平伏する。

 2人の全てがシンクロした、美しい動きだった。

 魔王軍関係者に特有の姿勢で、平伏しながらも片膝を立て、攻撃にも防御にも移行できる体勢だ。

 魔王軍所属の者には当たり前の仕草だが、ブリジアは感嘆するのを堪える必要があった。


 ブリジアが2人を魔族だと断定できたのは、人族ならば目の白い部分が黒く、瞳が赤かったことに気づいていたからだ。

 だが、それ以外にも大きな口からは牙が伸び、額から3本の角が生え、耳が魚の鰓のような形をしている。


 意外にも、肌は白かった。

 魔王ジランや皇后デジィより、よほど人族に近く感じられた。


「大元帥ダネス、大参謀ダキラよ、朕らの間で水臭い。立て」

「魔王陛下に感謝を申し上げます」


 ダネスとダキラと呼ばれた2人が立ち上がる。

 名前と役職から、3人は血縁なのではないかとブリジアは想像した。


「報告があるか?」


 魔王が妙なことを尋ねたと、ブリジアは首を傾げそうになり、自重した。

 配下である2人が、報告することもなしに来ることがあるのだろうか。

大元帥と呼ばれたダネスが口を開く。


「魔王軍本隊、および第1軍から第8軍まで、予定通り編成されております。地中の赤き月が満ちた時の準備は万全です」

「それは重畳」


 魔王ジランは満足げに頷いているのだと、後頭部の動きでわかった。

 ダネスの後に、大参謀と呼ばれたダキラが言った。声からして女性だろうとブリジアは想像していた。


「赤き月が満ちるまで、まだ魔王領に従属していない国々の動向が気がかりです。特に、人族は油断なりません。先日キン王国の辺境を焼き討ちしましたが、キン王国は魔王軍の横暴だと非難しております。宣戦布告ととられても仕方がないかと」


 ブリジアは、キン王国のことは知っていた。

 トボルソ王国を取り巻く三大国の一国であり、軍事力を傘にトボルソ王国に何度も宗主国の立場を放棄するよう求めていた国だ。


 最近では、侍女のソフィに魔道具がある場所として、ドタという町の名を告げさせたこともある。ドタの町があるのがキン王国だ。

 ブリジアは、キン王国は嫌いだったが、焼き打ちされたと聞くと気の毒に思う。


「戦になるならなるで構わん。地中の赤い月……全軍で当たらねば対処できないというわけではない」

「はい。幸いにも焼き打ちされた地域に勇者が潜んでいたことが判明しました。勇者の存在は魔王陛下の仇敵と認識されております。魔王陛下への苦情は限定されましょう。ですが……」

「朕が、勇者を狩るために軍を用いたとなれば、勇者を調子付かせることになるか」

「御意」


 ダキラが頷く。


「勇者は捕らえたのか?」

「潜伏していたことは明白ですが、取り逃しました。周辺国をしらみ潰しにいたしますか?」


 大元帥と呼ばれたダネスが代わって尋ねた。魔王は首を振る。


「勇者の消息は、人族を使ったほうが簡単に見つかるだろうとは、至極妥当な手段であった。いずれいぶり出す。今は放置しておけ」

「御意」


 ダネスが頷いた。魔王は肘掛けを叩く。


「2人が来たのは、主にそのことではなかろう。母君に目覚めの兆候があるそうだ。2人とも、会うのは初めてであろう。母が目覚めるまで、地下後宮の出入りを許可する」

「私たちをお産みになって以来、眠り続けていた母上にようやくお目通りかないますな」

「ずっと眠っていたのなら、1000年ほどですか。それは、早いのでしょうか?」


 ダネスとダキラが口々に尋ねた。

 ブリジアには、理解できないことだらけだ。

 2人が帰ったら、魔王に聞きたいことが大量に出てきた。

 だが、今はそれどころではなかった。

 ずっと目を開けていたので、目が乾いて痛かったのだ。


「お前たちは、まだ連れ合いがいなかったな。魔族は、孕っていた期間と同等の間、出産後に眠り続ける。通常は一年ほどだ。身籠る期間が10年を超える魔族は、一族の長となるだろう。2人は同時に生まれた。双子だったのだから……500年分、母君から力を注がれ続けたのだ。いずれ朕が倒されたときには、どちらが魔王となっても不思議ではない」


「兄上、いえ、陛下、陛下が倒されることなどありましょうか」

「陛下をお産みになった後、母上はどれほど眠り続けたのですか?」

「5000年だ」


 魔王の言葉に、ブリジアは吹き出していた。

 我慢できなかった。

 魔王が振り返る。

 唇の前に指を立てていた。


 理解はしている。だが、魔王の言葉に反応してしまったのだ。

 ブリジアは頷いた。

 だが、見てしまった。

 先ほどまで、魔王しか見ていなかった魔族軍大参謀のダキラが、ブリジアを見ていた。


 赤い瞳と、視線が交錯した。

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