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魔王の嫁でございます ~僅か8歳で魔王の後宮に入内した元王女ブリジア妃の数奇な人生~  作者: 西玉
第2章 皇后デジィのお茶会

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26 獣人たちの宮殿で

 〜獣雷殿〜


 公妃ランディは、地下後宮の天井を移動する真円の光るチーズが、宮殿群の向こうに沈むのを待ち侘びていた。


「ランディ様、夜明けでしょうか」


 正殿の外で椅子に腰掛けて空を見つめていたランディに、侍女であるモモンガの獣人タコパが声をかけた。

 獣人族は、獣と人族の特徴を併せ持つ者たちの総称である。

 区分けとして、人族の部分が3割以上なら獣人族、3割以下なら魔族とされる。


 稀に人族の部分が一切ない者が産まれることもあり、純粋な魔族といえば、通常は獣人族に生まれた人族の部分を持たない者を意味する。

 人族の部分が少ないほど能力が高い傾向があり、魔族は妃としては後宮に入れない。それは、皇后の立場を脅かす可能性があるために設けられたきそくである。


 結果として、地下後宮の獣人たちは、人族の部分がちょうど3割程度の者で締められる。

 ランディは、顔から胸元にかけて、人族のような滑らかな肌をしている。侍女たちは、動物の特徴が頭部に現れている。


「そうだね。ようやくこの日が来た。タコパ、内務庁に行っておいで」

「承知しました」

「急ぎで」

「はい」


 ランディが言うと、タコパは服を脱いだ。

 獣人族は総じて薄着である。多くの獣人は身体の半分以上が特徴を持つ獣の毛で覆われているからだ。

 妃が人前で全ての服を脱ぐことはないが、獣人族の侍女が、人族であれば全裸となる格好になることは珍しくない。


 それは、本気で移動するときには衣服は邪魔でしかないからだ。

 特にタコパはモモンガである。ランディの命により庭を掛け、地面を蹴った。

 塀の上から、さらに跳躍する。


 両腕と両足を広げる独特の方法で、腕と足をつなぐ革を広げて風を受ける。

 ランディがタコパに急ぐよう命じたのは、文字通り飛んで行くことを指示したのだ。

 結果として、タコパは広い後宮内で、わずか1時間で内務庁から戻ってきた。


「ランディ様、戻りました」

「ご苦労だった」

「もったいないお言葉、感謝いたします」


 タコパはランディ公妃の前に膝をつき、持ち帰った金属の箱をささげ渡した。

 ランディは箱の蓋をとる。

 見事な装丁の施された白銀の箱を開けると、中には銀貨が一掴み入れられていた。

 後宮の天井に真円のチーズがかかるとき、翌日が俸給の支給日であることを意味するのだ。


「箱は一つだけかい?」

「はい。ランディ様個人の分と獣電殿に支給する分は、一緒の箱に入れたと言っておりました。先月は、陛下のお見えがありませんでしたから、少なく済んだと言っておりました」


「内務庁のホムンクルスどもめ……では、これを全て獣神の森に届けるよう手配して。これで、しばらくは借金取りも大人しくなるでしょう」

「承知いたしました」

「ランディ公妃、また着服ですか?」


 タコパが背を向けようとしたところで、正殿の脇の廊下を通って肉感的な女性が姿を見せた。

 獣人ではない。獣雷殿に住む傑女ブラストだ。

 人族に似た姿をしているが、擬態である。頭部には触覚があり、手の指は2本しかない。

 虫族でも強力な指導力と繁殖力を持つ女王アリだ。


「着服とは失礼ね。私は、自分の俸給分しか受け取ってはいないわ」

「宮殿の主人には、個人の俸給分だけでなく各宮殿の維持費も支給されるはずです。それを全て公妃の実家に送るのは、着服と同じではありませんか」


 戸惑っているタコパに早く出かけるよう手で指示をし、ランディは立ち上がった。


「宮殿に支給される俸給分は宮殿の主人が使い方を決められることになっているのだ。私は公妃まで上り詰めた。文句があるなら、あなたもいつまでも傑女なんかでいないで、早く昇格しなさい」


 ランディは、持っていた扇でブラスト傑女の胸をついた。


「私の一族も、侵略を禁止されて大変なのです」


 ブラストは女王アリだ。アリ族の繁栄は、他の種族の死骸の上に築かれるものだ。


「そうは言っても、宮殿に支給される俸給なんてしれているわ。陛下が頻繁に足を運ばれるならまだしも、月に一度もお見えにならないのよ」


 魔王が来る回数と滞在する時間に応じて、俸給は上下する。それは、後宮と妃の存在意義に関わるからだ。

 月に一度も来訪していないというのは、宮殿としての役目を果たしていないというのと同じことなのだ。


「陛下にお願いするべきではないですか? このところ、ずっと来奇殿に入り浸っているというではありませんか」

「大丈夫、手は打ったわ。来奇殿でいつまでも独占させやしない。強欲なコマニャスから、あの子を奪ってやる」


 ランディは、あえて大きな音をたてて扇を畳んだ。


「上手くいけばいいですけどね」


 ブラスト傑女は、擬態した体を確認するように撫でながら呟いた。


「ちゃんと、内務庁を通じて移籍届を提出したのよ。落ち度があるはずがないでしょう」


 自慢げに語るトラ柄の肌をした美女に、蟻の女王は大きく嘆息した。


「さすがは虎の御方ですね」

「ありがとう」

「誉めたのではありません。呆れたのです」

「何ですって! たかが傑女が公妃に楯突くの?」


 ブラスト傑女が横並びになっていた椅子の一つに、大仰に腰掛けた。


「銀貨が必要なのは、獣族だけではございません。一族の生活を守るために、たとえ殺されようと意見せねばなりません」

「ふん。そこまで言うのなら、何か策があるのでしょうね」


 虎の公妃は、策を弄さないことで知られている。

 獣族は自尊心が高く、自らの毛皮が最も美しいと思っており、虫族の女たちのように擬態することを蔑視している。

 全てにおいて、裏表がないのが獣族なのだ。


「これまでも陛下の関心を買うために、多くの人族の妃を移籍させてきたではありませんか。今、残っているのは何人いるとお思いですか?」

「ちょっと陛下に好かれたからと、調子に乗っただけの者たちではないか。あの者たちなど、私が気にする必要があろうか」

「ブリジア傑女は違うと言うのですか?」

「違わないのか?」


 ブラスト傑女は歯ぎしりをした。大きすぎる顎がぎりぎりと鳴る。苛立ちを抑えているのだ。


「どうしてそこを考えないのです?」

「考えてもわからないことを、考える必要があるか?」

「わからないのに、事を起こしたのですか?」


「やってみなければわからないだろう」

「獣雷殿は、やたらと他の宮殿の妃を欲しがるけど、まともに役立てられずに潰してしまう。そんな噂があって、陛下が移籍を認めるとお思いですか?」


 ブラスト傑女が天を仰いだ。ランディ公妃は舌打ちをする。


「ブリジア傑女ほど、陛下が通い詰めた相手はいない。それは間違いないだろう」

「それはそうですね。その意味では、ブリジア傑女に注目したのはいいでしょう。でも、ただ移籍を嘆願するのでは、コマニャスが手放すはずがありません。陛下も、来奇殿から移籍させないでしょう。来奇殿に通っていた陛下が、ブリジア傑女の移籍と同時に訪問先を変えれば、誰のところに通っているか、すぐにわかってしまいます」


「……ふむ。さすがブラスト傑女、伊達に女王蟻ではないな。それで、どうするというのだ?」

「私の『女王』というのは、ただの種族名です。誤解なき様にお願いします。方法は一つではございません。陛下がブリジア傑女に通い詰めるなら、ブリジアが移籍したくなるように仕向けるか、陛下の寵愛を独占できないようにするかでしょう」

「なるほど。それで?」


 ブラストは擬態で作った眉を寄せた。

 自分でも少しは考えろと言いたげではあるが、あえて言わないのだ。

 獣族に頭を使えといっても、そもそも理解できないと諦めているのだ。


「ブリジアも、実家から泣きつかれれば、嫌とは言えないはず」

「ブリジア傑女の実家を攻撃するのか? 人族の国を攻めるのは危険だぞ。奴らは弱いが執念深い。下手をするとこちらが根絶やしにされる」

「いえ。人族の国には手は出せません。ですが、来奇殿の人族の妃はブリジア1人です」


「なるほど。だが、コマニャスは私と同じ公妃だ。大丈夫か?」

「はい。狙いはコマニャス様ではありません。コマニャス様も、あの者は守らないはずです。私の一族の親類には、坑道に巣を作る者たちもおり、その者はコマニャスの部族とは仲が悪いのです」

「つまり、ドワーフ族か……ふむ。悪くない」

「お任せください」


 ブラストがくふふと笑う。女王蟻の擬態は、見事に笑顔を作ってみせた。


「それで、ブリジア傑女の寵愛を奪う策はどうする?」

「移籍が成功した場合には、むしろ今のままの方がよろしいでしょう。それは、ブリジアの移籍が失敗した時でよろしいでしょう」

「そうか。もっとも……後宮も、少し騒がしくなるかもしないがな」


 ランディが言うと、ブラストが目を凝らした。見えにくいのではないだろう。目はまだ黒目一色で、複眼だ。瞳は擬態の研究中だと漏らしていたことがある。


「何かあるのですか?」

「最近、封眠殿の周囲に多くの食事が運ばれているという噂がある」

「……封眠殿……では、皇太后様がお目覚めになるのですか?」

「その兆候があるのだろう。私もお会いしたことはない。純粋な魔族は、子を産むと短くても50年は眠り続けるという」


「えっ? 陛下は魔王になられて、どのぐらいなのですか?」

「さあ。5000年ぐらいじゃないか?」

「なら、どうして皇太后様は産眠に入ったのです?」


 純粋な魔族の出産後の眠りを産眠と呼ぶ。前の魔王が死んだために代替わりしたのである。つまり、5000年前に魔王の父であり皇太后の夫は死んでいる。


「私が知るか。今度、陛下に尋ねるとよい」

「聞けるはずがないでしょう。もし、陛下の出自に関わるようなことで、お怒りでも買おうものなら、獣雷殿はお取り潰しになるかもしれませんよ」


「質問しただけで潰されはしない。だが、皇太后様が目覚めるなら、妃たちがこぞってお祝いを用意する……のか?」

「私に聞かないでください、ランディ公妃」

「そうだな。皇后様に聞いておこう」


 ランディ公妃が頷き、ブラスト傑女は退出するために立ち上がった。

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