表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王の嫁でございます ~僅か8歳で魔王の後宮に入内した元王女ブリジア妃の数奇な人生~  作者: 西玉
第2章 皇后デジィのお茶会

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/64

24 すれ違った虎の妃

 ブリジア傑女が憩休殿を出たところで、連れていたソフィが口を開いた。

 普段は口数の少ない美少女である。一緒に憩休殿に来たもう一人の侍女テティは、用が済んだところで先に帰らせていた。


「どうして、クリスが身ごもっていることを言わないのですか?」


 ずっと疑問に思っていたのだろう。ブリジアは前を向いたまま答えた。


「一つには、自分の子どもを身ごもったからといって、陛下がクリスを助けるべきだと判断する理由がないわ。二つには、クリスはテティに月のものが遅れていると相談したそうだけど、身ごもっていることに確証がないわ。もし違ったら、私が懇願して陛下に無駄な命令をくださせることになる。それでは、私の立場が悪くなるだけだわ。それともう一つ……」


「まだあるのですか?」

「クリスのお腹にいるのは、私の子どもということになるわ。私が身ごもったという噂が広まれば、後宮の妃のみなさんが、どんな反応をするかしら」

「どんな反応をするんですか?」


「少なくとも、8歳の人族のお腹に子どもが入るのかどうか、見にくるでしょうね」

「見せてはいけないのですか?」

「誰か来るたびに裸になるの? 嫌よ。私は、嫌なことを拒否できるほど、位は高くないもの」


 いくつかの角を曲がった。

 前方から、魔物たちが担ぐ輿が近づいてきた。

 宮殿の主人の誰かである。しかも、担いでいるのが性別を持たないホムンクルスでも、生殖器が機能しないハーフノームでもない。


 全員が女性の人族の特徴を持つ、獣人族だ。

 獣人族は、亜人にも魔物にも分類される特殊な地位にいる。

 概ね肉体の七割が獣のような毛皮に覆われているが、残りの三割は滑らかな人族に近い肌である。

 肌の面積が通常の人族より少ないことで、より官能的だとも、戦闘の際には弱点になるとも言われている。


「獣人の妃なんて、お会いしたことはないわね」


 輿を担いでいる面々から、担がれているのも獣人だろうとブリジアは想像した。

 まだかなり距離があるため、膝をつきはしない。

 背後のソフィも、妃どうしがすれ違うことに特別の意味は感じなかったようだ。


「でも、どうして私が作り話をすることになったのですか? ブリジア様が言っても同じことではありませんか」

「同じじゃないわ。だって……私は一度陛下に、人族には記憶を取り出す道具なんてないって言ってしまったもの。一度言ったことを覆すのは、陛下の心象を悪くするわ。それに……魔女の出であるソフィの方が、説得力があるもの」


「でも私の嘘で、クリスが殺されるようなことにならないでしょうか。陛下が見られたくない恥ずかしい記憶を見られる前に、殺してしまおうと思うのではないでしょうか」


「それはないわ。だって、クリスの記憶を覗ける状況なのかどうか、『万物の憂』を使用したのかどうか、クリスから聞くしかないもの。クリスを死なせてしまったら、陛下はずっと恥ずかしい記憶がいつ流れ出るか、心配しながら生きなければにならないわ」

「なるほど」

「ソフィ、跪いて」


 獣人たちが担ぐ輿が、ブリジアたちの目の前に迫っていた。

 輿の上には日除けと覆いがかけられ、中を見ることはできない。

 ブリジアは右手をあげ、左手を胸に置くいつもの礼をして膝を折った。


「止めよ」

「ご挨拶を申し上げます」


 上位の妃を知らないということは、それだけで不敬となり得る。

 ブリジアは、獣人が担ぐ輿がすぐに行きすぎることを願ったが、乗っている主人が止まるよう命じていた。


 慌ててブリジアは、名前を出さないまでも挨拶を述べた。

 叱責されるだろうか。地面に膝をつくべきだろうか。

 ブリジアの心配をよそに、輿にかけられた覆いが外された。


「その装いは、妃の1人だな?」


 妃と侍女たちでは、身につける衣装で異なるものがある。

 髪に髪留め以上の飾りを飾ることも、手に意味のない付け爪をつけることも、侍女には許されていない。


「はい」

「人族のようだね」


 ブリジアが顔をあげると、輿の上にいた美しい女性が、鼻をひくつかせていた。

 見た目は美しい。顔から胸元にかけて毛で覆われていないが、肌が黄色と黒のまだら模様となっている。


 着物はごく薄い白い布を体にかけているだけで、衣の下に艶やかな毛皮があることがはっきりとわかる。

 虎の獣人であり、妃である。

 獣人の多くは、獣の身体能力を持つ。嗅覚もその一つだ。


「はい。その通りでございます」

「人族でその大きさで妃……噂の来奇殿のブリジア傑女かい?」


 なによりもしなやかさを想像させる虎の美女は、がらがらとした声でブリジアに尋ねた。


「は、はい」


 自分は相手の名前を知らないのに、相手には知られている。

 相手が上位の妃であれば、それは致命的だ。

 ブリジアは緊張した。緊張して、命じられていないにも関わらず、地面に膝を着いていた。

虎の獣人が輿の上で続けた。


「コマニャスはエルフ族だろう。人族として、エルフ族の下にいつまでも、ついているつもりかい?」


 ブリジアは背後のソフィに助けを求めたが、ソフィはただ視線を反らせた。


「コマニャス様は、よくしてくださいます」

「今はそうかもしれない。でも、いつまでも優しくはないだろう。その点、獣雷殿の子たちは、人族に対する偏見はない。移籍したらどうだい?」

「あの……それは、可能なのでしょうか……」


「可能だよ。宮殿の主人が申請し、相手の宮殿の主人が受諾すればね。ただ、大抵は事前に承諾してもらってからのことになる。もし、申請された側が断ったりしたら、角が立つからだろう」

「はい」

「では、移籍するつもりはあるということだね。楽しみにしているよ」

「いえ、あの……」


 来奇殿は、コマニャスだけではない。ドワーフのドロシーは友達のように接してくれるし、最近ではホビット族のポリンの赤ん坊の面倒も見ている。

 来奇殿での居心地は悪くない。

 だが、ほかの宮殿を知らないブリジアに、宮殿の移籍について聞かれても、返事ができなかった。


 ブリジアとしては、特に望んではいない。

 だが、すでに獣雷殿の主人である虎の獣人は、輿に出発を命じていた。

 声をかけることはできない。

 輿を担いだ集団が過ぎ去るまで見送り、ブリジアは膝を払って立ち上がった。



 〜来奇殿〜


 正殿で報告すると、エルフ得意のミニチュア庭園の手入れをしていたコマニャスは、途端に不機嫌になった。


「輿に乗った虎の獣人ね。ランディ公妃に間違いないわ。私と同じ階級で、獣雷殿の主人よ」

「はい。確か、獣雷殿と言っていました」

「本当に、『宮殿を移らないか』と言われたのね?」

「はい。あの……私は初対面なのですかけど、どうして誘われたのでしょうか?」


 コマニャスは正殿の一番奥に、ブリジアは手前の椅子に腰かけている。

 ドロシーとポリンは同席していない。

 ブリジアの侍女ソフィと、コマニャスの侍女リーディアが控えている。


「目的ははっきりしているわ。俸禄のためよ」

「……俸禄ですか?」

「俸禄が何か知らないとは、言わないわね?」

「仕えてくれる侍女たちに振る舞うお給金ですか?」


 コマニャスは額を抑えた。


「さすがは、人族の王女様ね。ブリジアが言うようなものもあるでしょうけど……私たち妃だって、地下後宮に仕えているのだから、俸禄を受けるのよ。まさか、受けたことがないとは言わないでしょうね。毎月支給されているのだから」


 ブリジアは、ソフィを振り向いた。ソフィは頷く。


「もちろん、知っています」


 ブリジアの返事を値踏みするように、コマニャスは薄い唇を撫でながら言った。


「妃の階級によって、妃個人に与えられるものと、妃の数によって宮殿に与えられるものがあるわ。宮殿に与えられるものは、宮殿の主人のものだけど……宮殿に与えられる金額は、妃の数だけでは決まらないの。陛下が何回お越しになったか、何時間滞在されたかが数えられて、上乗せされるのよ。月に2回以上お越しになった宮殿は、俸禄が倍になるわ」


 ブリジアには、初めて知らされることだった。


「では……各宮殿の主人たちは、妃の取り合いなのですか?」

「無駄に数を増やしても、面倒な仕事が増えるだけなのよ。宮殿の主人が欲しがるのは……その妃が目的で、陛下が何度も訪れる妃ね」


 ブリジアは思い出した。魔王は、何度もブリジアを訪れてくる。

 初めては侍女たちが目的だと思っていたが、最近では用もなくブリジアの所に来て、世間話をして帰っていく。

 泊まっていくことも多いが、毎回夜伽に精を出しているわけではない。


「陛下って……お一人しかいませんよね?」

「あなたが魔王陛下のことを言っているのなら、当然ね」

「私のところに、よく見えていますけど……」


「ええ。お陰で助かっているわ」

「その分、ほかの妃の皆さまのところに行けていないのですよね?」

「当然そうなるわね」

「……私、ほかの宮殿の皆さまに、嫌われているでしょうか……」


 思い返せば、他の宮殿に行こうとした魔王を引き止めたこともある。

 ブリジアは、今までのことを思い出し、急に恐ろしくなった。

 コマニャスが立ち上がり、ブリジアの前に立つ。優しく微笑んだ。


「そう。陛下の寵愛が失われるまで、あなたはこの後宮で、もっとも嫌われている妃なの。だからランディ公妃は、あなたをただ虐めたいだけなのだわ。わかったわね? ブリジアは、私が守ってあげる。ランディがたとえブリジアの移籍を申請しても、きちんと拒否してあげますからね」

「……はい。お願いします」


 コマニャスの笑みに肌が泡立つ理由を理解しないまま、ブリジアは応じていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ