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魔王の嫁でございます ~僅か8歳で魔王の後宮に入内した元王女ブリジア妃の数奇な人生~  作者: 西玉
第2章 皇后デジィのお茶会

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23 万物の憂

 〜憩休殿〜


 魔王ジランは、行幸から帰還した後、勇者ナギサに懸賞金をかけた。

 魔王に対峙し、退けられ、策が尽きた勇者の行動に大義はない。

 表立って勇者を守る勢力が出てくることはないだろうと判断し、人族の国のどこかに潜伏するだろうと検討をつけた。

 勇者を探すために、人族に勇者を裏切らせることにしたのだ。


「陛下、第六部隊総督プルミンが報告に来ています」


 常時控えている第一部隊の総督ガギョクが告げた。

 魔王は、各地から送られてくる奏上に目を通していた手を止めた。


「ほう。奴が自分から来るとは珍しい。怪我人でも出たのか?」

「さあ。内容までは聞いておりません」

「わかった。通せ」

「はい」


 魔王親衛隊第六部隊は、癒者の部隊である。

 治療能力を持つ魔物で構成されており、総督のプルミンは治療庁の庁官でもある。

 非常に重要な立場でありながらあまり重視されないのは、魔王には一切必要ない役所だからである。

ほとんどの魔族にとっても、殺されるまで用がないのだ。


「御目通りいただき、ありがとうございます」


 ガギョクと入れ替わりで入ってきた第六部隊総督のプルミンは、ぷるぷると全身を震わせながら言葉を紡いだ。

 姿は半透明のかたまりであり、取り込んだものを何でも溶かすことができるが、修復することもできる。


 種族はスライムである。

 非常に高い治癒能力を持つことから総督に任じられた。

 怪我人のちぎれた体を簡単に繋げることができるが、失われた腕を再生するのは別の能力であり、治療庁とは異なる能力が必要となる。


「構わぬ。楽にせよ」

「ありがとうござます」


 床の塊が、ほんのりと広がった。

 まるで、シミのようである。


「報告に来たのだったな」

「はい。封眠殿に動きが見られます」

「何? 本当か?」


「凡そ1000年ぶりのことでございます。間違いはございません」

「そうか……母上が目覚めるか」

「陛下、おめでとうございます」


 ガギョクがスライムの後方でひれ伏した。

 封民殿は、魔王ジランを産み、皇太后と位置付けられている魔族の住む宮殿である。

 1000年におよび眠り続けていた。動きが見られるとは、皇太后が目覚める兆候を意味する。


「朕にとっては、めでたいことではないがな。だが、朕の弟妹たちにとっては僥倖だろう。あの二人は、まだ幼い。知らせておけ」

「はっ。ところで陛下、来奇殿のブリジア傑女が見えておりますが」


 ガギョクも、魔王と同様に離れた相手と会話をする能力を持つ。

 憩休殿に訪問者があれば、門番から報告があり、ガギョクに伝わるのだ。


「ブリジアか。プルミン、下がれ。ガギョク、通すように伝えよ」

「はっ」


 二体の魔物が応じる。

 スライムがぷるぷると下がり、ガギョクは皇太后の目覚めを伝えに行った。

 代わりに、小さなブリジアが背後に侍女テティを連れて入ってきた。


「魔王陛下にご挨拶を申し上げます」

「構わん。立て」

「ありがとうございます」


 平伏して床に額づいたブリジアが立ち上がる。

 立っても小さいとは、魔王は言わなかった。


「ブリジア、どうした? 朕に用か? 単に遊びに来たか?」

「用の方でございます。陛下が、いつかお尋ねになったことでございまちゅ」

「朕が尋ねたか……なんだったか?」

「私の侍女の一人、クリスがさらわれました」

「当然承知しておる。朕も見ていたからな。まさか……」


 魔王の腰が上がる。

 玉座から立ち上がりかけ、もちあげた尻を落とした。


「人族の魔法で、記憶を映像として映し出すものは存じません。ですが……テティ、ソフィを」

「はい」


 侍女のテティが出て行った。


「ソフィというのは、ブリジアの侍女の一人だな」

「はい。普段は来奇殿から滅多に出ることのない娘です。トボルソ王国宮廷魔術師の孫娘です」

「……うむ。よく覚えておる」

「大きな声を出しているのをよく……」

「ブリジア」

「失礼しました」


 魔王は、自分の唇の前に指を立てた。ブリジア傑女が口を閉ざす。

 ブリジアの侍女ということは、魔王ジランの夜伽の相手になったということである。

 テティに連れられてきた娘は、周囲を恐々と見回しながら入ってきた。


「ソフィ、大丈夫?」

「はい。ブリジア様。あ、あの……魔王陛下に、ご、ご挨拶を……」

「よい。そなたの主人が挨拶をしたところだ。従者にまでいちいち挨拶を求めては、本題に入れない」

「し、失礼を」


 ソフィは口を閉ざした。たしかに若く美しい娘だったが、テティやクリスのような鍛えられた侍女ではないのだと紹介されたことがある。


「それで、この侍女を連れてきた目的はなんだ?」

「ソフィは、人族の魔法に詳しく、伝承や魔道具にも精通しています。少なくとも、私よりははるかに詳しいのです」

「……つまり、他人の記憶を映し出す方法があるということか?」

「ソフィ、あの話を」


 ブリジアが促すと、ソフィは青い顔をして頷いた。

 侍女ソフィが話し出す。


「私は、魔法を司る家に産まれました。魔女は、人族にもいます」

「承知しておる。最初の魔女は人族だった。人族から、さらなる生と力を求めて魔物となった者がいた。その魔物から産まれた魔女は、初めから魔物だった。それが、魔女シレンサの祖母で、2000年前のことだ」


 ソフィの話を、魔王が補った。魔王としては、知っていて当然のことだ。

 ソフィは続けた。


「人族の魔女は、通常の人族よりは長く生きることが多いと言われていますが、それでも200年を越えて生きる者は稀です」

「十分長生き……失礼しました」


 ブリジアがぼやき、邪魔をしたと思ったのか、自ら口を塞いだ。


「生も短く魔力も弱い人族の魔女ですが、魔物になろうとする者は少数です。魔物になるのなら、何世代も前にすべきだったのです。そうしなかった現在、これから魔物になろうというものは限られています。ですが……短い命は諦められても、力が弱いのは諦められません。それでは、魔女に生まれた意味がないからです」

「そうであろうな」


 魔王は頷いた。短命であることを諦めても、弱いままであることは諦められない。その気持ちは理解できた。


「人族の魔女は、足りない力を補うため、他の職業、あるいは種族に力を借りました。力を借りることができることも、また強さだと考えたのです」

「朕には理解できん。自らの強さを求めることに意義があるのだ。だが……そうだな。朕の剣を鍛えたドワーフの職人がいた。それと同じか。その結果、何を得た?」


「正確には、わかりません。人族の魔女は、人族の生活圏全てに存在します。私がそのすべてを知ることはできません。ですが、言い伝えでは、ある水盆に、記憶を保管することができるとか……」

「なに?」

「も、申し訳ありません。私の罪は、万死に値します」


 魔王は、突然ひれ伏して罪を認めたソフィにあっけにとられた。

 怒ったつもりも、威嚇した自覚もなかった。


「ソフィ、陛下は怒っていないわ。陛下、ソフィが怯えております。寝台の上でするように、優しく扱ってください」

「ブリジアに、朕の優しさがわかるものか」

「それは、いずれ」


 口を挟んだブリジアは、頬を染めて顔を背けた。

 侍女たちがブリジアにどんな話をしているのか、魔王は察した。

 這いつくばっていたソフィが、そろりと頭をあげる。


 魔王が立つよう手で示すと、一度ブリジアを見てから立ち上がった。

 8歳のブリジアよりはるかに年上のはずだが、ブリジアの方がしっかりしているように見えるのは、さすがに王位継承者ということだろうか。


「人族の記憶を残す水盆だと言ったな。それは、どのような形で残すのだ? 文字か? それとも、匂いや音か?」


 ソフィは首を傾げた。ややあって口を開く。


「どう言えばいいでしょうか……見た物、聞いた音、嗅いだ匂い、それらをすべて経験という形で保管するとか。私はその道具を見たことがありませんが、お話が真実であるとすれば、そのような道具かと」

「待て。お話だと?」

「はい。手のひらに乗るほどの小さな者が、数多の冒険を繰り広げる童話です」

「人族の作り話か。それが、朕になんの意味がある」


 恐れるソフィの代わりに、ブリジアが口を開いた。


「陛下、人族は弱く、狡猾です。知られたくない秘密を、物語の形で継承していくのは、昔から行われたことです。私の祖国、人族でもっとも長い歴史を持つトボルソは、非常に多くの童話がありますが、ほとんどが宮廷詩人により伝えられたものです」


 魔王は舌打ちをした。ソフィが再び震え上がるのがわかったが、ブリジアは恐れなかった。

 ブリジアの言葉は要を得ている。魔王はそれを認めたために、舌打ちをしたのだ。


「その水盆に名はあるか?」

「『万物の憂』たしかそう呼ばれていたはずです」


 魔王の問いに、ソフィが答える。


「見たことはないと言ったな。トボルソにはないのだな?」


 魔王が念を押すのは、ソフィが言う通りの力を持った水盆が存在するとして、もし拉致されたクリスの記憶が覗かれたら、魔王の痴態が世界中に晒されるかもしれないからだ。


「はい。ですが……小さな冒険者の逸話は、真実を含むと言われております。小さな冒険者が『万物の憂』を使用したのは、現在のキン王国の辺境だと考えられています」

「キン王国……」


 魔王は、人族の国の名前には興味がなかった。

 あまりにも度々、出来ては潰れるからだ。

 トボルソ王国ですら、魔王が産まれた時には存在していなかったのだ。


 ソフィの話が終わると、ブリジアは侍女を連れて帰って行った。

 魔王がブリジアを送り出した時、たまたま戻ってきたガギョクが目に入った。

 魔王がキン王国について尋ねると、ガギョクは答えた。


「先日、勇者ナギサが潜伏していると密告があった周辺です」


 ガギョクの答えに、魔王は玉座の肘置きを殴りつけ、椅子が半壊した。

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