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魔王の嫁でございます ~僅か8歳で魔王の後宮に入内した元王女ブリジア妃の数奇な人生~  作者: 西玉
第2章 皇后デジィのお茶会

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22 勇者と侍女

 〜大国キン辺境の街ドタ〜


 勇者ナギサは魔王を襲撃した後、トボルソ王国を脱出して辺境の街ドタに潜伏していた。

 この世界には、女神の奇跡により異世界から召喚された。

 人族の側では召喚していないので、奇跡の押し付けである。


 この世界に転移してから数ヶ月が経過しており、魔族による世界の支配に反発する人間たちの支持を得て、多くの戦果を上げてきた。

 ただし、まだ魔王には敵わない。

 それは知っているはずだった。


 だが、異世界からこの世界に転移する時、女神から言われていたのだ。

 トボルソ王国が滅びることがあってはならないと。

 理由はわからなかったが、魔王が魔王城から、軍勢を連れずに行幸するという情報を知り、もしトボルソ王国に立ち寄るのなら、必ず王女ブリジアを連れているはずだと考えた。


 王女には、王女の婚約者公爵家の嫡男アイレを通して、転移の魔法陣と魔力を貯めるための髪飾りを渡してある。

 アイレは魔王軍に捕らえられ、おそらくもう死亡しているものと諦めているが、役目は果たしたはずだった。


「もう一度確認するが、あなたがブリジア王女ではないのだな?」

「ええ。私はブリジア様に仕える侍女に過ぎないわ。どうして、そんなブリジア様そっくりのお人形を持っている人が、間違えたりするの? 納得したら、私を魔王城の地下後宮に戻して。私がいないと、ブリジア様が何をしでかすか、分かったものではないのよ」


 勇者ナギサは、茶色い豊かな髪を束ねた目の細い美人が話すのを聞きながら、腰帯に下げていた布の人形を握りしめた。

 かつての世界から持ってきた数少ないものだ。勇者本人は、この人形がブリジア王女だとは知らなかった。ただ、この世界に転移する前から、人形の元となった少女を知っていた。


 ギタの街は辺境であり、勇者であることが知られる可能性は低く、魔物出没が多いため訓練にも金を稼ぐためにも最適な場所だ。

 勇者ナギサはすでに、対魔王を掲げて結束した地下組織と繋がりを持ち、十分な支援を受けられる立場だったが、異世界に転移した以上、自分の力で魔王を討伐したいと願っていた。


 もし、ナギサがもともと住んでいた世界のように、人族以外の種族がいない世界だったなら、政府の転覆を企むテロリストの立場であることは、あえて考えないようにしていた。


「あんたが王女様じゃないなら、どうしてあんたが転移の魔法陣を持っていたんだ?」


 勇者ナギサが眺めている先で、絶世の美女と言っても差し支えない美しい娘クリスの足に靴を当てているのは、ナギサの仲間でギタの街を治める町長の息子である。名をトムヤムという。

 魔族に支配されることに反発しながら、一人では戦えずにいた男の一人だ。

 ナギサがギタの街にきた時は頼るが、普段行動を共にしているわけではない。


「私が持っていたわけじゃないわ。魔法陣がブリジア様の荷物の中に紛れていたのよ。紛失したと思われていたわ。私が転移したのは……きっとこれね」


 クリスは、自分の髪を止めていた銀細工を手にした。

 髪留めをとっても髪が乱れないのは、丁寧に編み込まれているからだろう。


「ああ……それは、ダンジョンに潜った時に見つけたマジックアイテムだ。普段身につけることで、魔力を上限なしで溜め込んでくれる。いざという時に、魔力を供給してくれるんだ。王女のために、特別に……どうして、君が持っているんだ?」


 ナギサは、自分が苦労して手に入れたアイテムを見せられ、つい饒舌になった。

 クリスの白い手のなかで、髪飾りがうれしそうに見えたのは、ナギサの見間違いだろう。


「そう。凄いアイテムね。売れば一財産じゃないの?」

「ああ。屋敷ぐらいは買えるだろう。ダンジョン最奥地のアイテムだからな。それを取って来られるだけでも、ナギサの強さがわかる」


 トムヤムが、クリスの足型を取りながら言った。


「でも、ブリジア様は同じものを侍女の数だけ作らせたわ。同じものじゃないわね。同じ形の物をよ」

「どうして?」


 ナギサは、つい乱暴に尋ねた。クリスは笑った。


「ブリジア様が、それだけ用心深いってことよ。ブリジア様は、覚悟を決めて後宮に入ったのよ。決して逃げ出すことを望んでいるわけではないわ。でも、魔王がいつ豹変するかわからない。普段は優しくても、魔王は魔王だもの。突然後宮の妃を皆殺しにするかもしれないわ。そんなことが起きた場合に備えて、ブリジア様は同じものを侍女たち全員に身につけさせて、いざという時に魔力が使えるようにしておいたのでしょう」


「本物を君が持っているということは、実は君が本物の王女じゃないのか?」

「私が本物を持っていたのは、たまたまよ。多分、ブリジア様も誰が持っているか知らないわ。全部混ぜて、好きなものを取らせたのだから」


 勇者ナギサは、まるでゲームでも楽しんでいるようなやり方に、めまいを覚えた。

 少なくとも、ナギサは本気でブリジアを魔王の手から救い出そうとしていたのだ。


「……さっき、ブリジアが『何をしでかすかわからない』と言ったけど……そういう意味か?」


 クリスは、形のいい薄い唇を歪めた。


「『そういう意味』の意味がわからないけど、多分違うわね。ブリジア様は、正義感が強くて、向こう見ずなの。周りが見えなくなって突っ走って、泣いて後悔するのよ。私がいないと知ったら、なんとしてでも、探して助けようとするでしょう。勇者を探し出すためじゃない。私を助けるために、魔王の軍勢が総動員されたら、人族の住む場所は更地になるわ」

「……まさか、そんなことが……」

「ナギサ、大変だ」


 口をぱくぱくさせている勇者ナギサの目の前に、旅の仲間の一人、ホビット族の戦士カリムウが飛び込んできた。

 ドタの街が属するキン王国は、大国であり魔王に従ってはいないが、表立って対立しているわけではない。

 キン王国に魔王軍が出現すれば、それは侵略行為となる。


「カリムウ、どうした?」

「ナギサの首に、懸賞金がかけられた」

「……そんなことか。かけたのは魔王か?」


「だと思う。でも、冒険者ギルドが発行している。人族の誰かがやったってことじゃないかな。これじゃ、ナギサは外に出て活動できなくなる」

「いや……俺が強くなればいい。指名手配の条件は、『生死に関わらず』かい?」

「うん」


 小さな戦士カリムウは、手にしていた羊皮紙を差し出した。

 生き写しのナギサの似顔絵と、『生死を問わず』金貨1000枚と書かれている。


「この額なら、S級冒険者でも動くな」


 世界でもっとも数が多く、広い領土を持っているのが人族である。

 魔王領は人族が支配する領地より広大だが、魔族の数は少なく、支配する土地の大部分は山岳地帯や密林、海中都市など、そもそも人族には住めない土地だ。


 人族には住めない場所を、人族は生活圏として認識していないため、人族から見てもっとも広い領地を持つのは、人族なのだ。

 その人族には、魔物退治を請け負う冒険者という者たちが、組合を作って運営している組織がある。

 S級と呼ばれる冒険者は、強力な魔物すら打ち倒す、勇者ナギサも侮ることができない相手なのだ。


「ほかの条件はないの?」


 クリスが尋ねたのは、もし懸賞金がかけたのが魔王だとしたら、ブリジアの侍女のことに触れているかもしれないと思ってのことだ。


「……『侍女クリスの保護に金貨5000枚』って……なんだこれ?」


 勇者ナギサのつぶやきに、クリスが手をのばしてひったくった。

 確かに、羊皮紙の一番下に添え書きがしてある。


「……ブリジア様、また無茶をしたんじゃないでしょうね……」

「ブリジア様は、魔王の寵妃なんだな」

「ええ。そうよ」


 ナギサの問いに、クリスは微笑んだ。


「なら、俺の懸賞金を下げるように言ってもらえないか? いくらなんでも、合計で金貨6000枚もかけられていると、街にも入れない」

「なら、私を魔王城に送り届けてくれる?」


「……仕方ない。カリムウ、対魔王連合に連絡してくれ。魔王の寵妃の侍女クリスを捕獲した。魔王から軍資金を奪うため、魔王城に戻すと」

「わかった。人質として金をとるのか? それって、犯罪者がやることだろう」

「世界を支配しようとしている奴を倒すために、本人に金を出させるんだ。犯罪者がそんなことをするかよ」


 クリスの足に靴をはめるのに集中して、黙っていたトムヤムが口を挟んだ。


「そっか……そうだな。わかった。でも、寵妃じゃなくて、その侍女だろう? どうして、そんなに大金がかけられたんだ?」


 ホビットの戦士は、体のサイズに似合わないたくましい体で首をひねった。

 勇者ナギサも、答えを求めてクリスを見る。クリスは、新しい靴の具合を確かめながら言った。


「きっと、私の主人のブリジア様が無理を言った結果じゃないかしら。それを確かめるためにも、私は早く主人のところに戻りたいのよ」

「わかった。カリムウ、頼んだぞ」


「ああ。対魔王連合の方針が決まるまで、ナギサは隠れていろよ。ひょっとして、ついでにナギサも渡せばいいって言いだすかもしれない」

「そうなったら、せめて生きたまま渡す方向にしてくれと伝えてくれ」

「うん。ナギサが暴れないならね」


 カリムウは駆け出した。


「勇者様も大変ね」

「仕える主人がいないだけ、ましだと思いたいけどね」


 同情するクリスに向かい、ナギサは小さく笑った。

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