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魔王の嫁でございます ~僅か8歳で魔王の後宮に入内した元王女ブリジア妃の数奇な人生~  作者: 西玉
第2章 皇后デジィのお茶会

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21 失われたもの

本編に戻ります。

 魔王一行がトボルソ王国を訪れた際、勇者ナギサによる襲撃を受けた。

 結果として勇者の力は魔王に通じず、勇者ナギサはブリジアの侍女の一人クリスをかどわかして連れ去り、魔王の追っ手を逃れた。


 魔王一行はトボルソ王国に宿泊する予定を繰り上げ、大陸亀が曳く移動する宮殿に戻った。もともと、勇者をおびき寄せるための行幸であり、勇者が逃げ去った以上、長居する必要がないのだ。

 ブリジアと侍女たちは祖国の土を踏みながら、王宮の者たちとは一言も交わさず、トボルソ王国の王都を後にした。

 ブリジアが窓から遠ざかる王城を見つめていると、扉が叩かれた。


「誰?」

「ブリジア様、コマニャス様がお見えです」


 侍女のテティが声をかける。勇者に連れ去られたクリスは、テティの親友だった。

 テティは何も言わないが、真っ青な顔をしている。

 ブリジアは誰にも会いたくなかったが、コマニャスは地下後宮でブリジアが住む来奇殿の主人である。

 避けることもできない。


「通して」

「はい」


 いつも白く簡易な服を来たコマニャスは、切れ長の目と高く上に伸びた尖った耳が印象的だ。

 普段連れているエルフ族の侍女すら、今は連れていない。


「コマニャス公妃様にご挨拶を」


 ブリジアが、腰掛けていた小さな椅子から飛び降りて膝を折る。


「ブリジア、跪きなさい」


 挨拶をしてから伸ばそうとしていた膝が、そのまま床に落ちる。

 命じられたため、つい習慣で従ってしまったのだ。

 王女だった頃、当然そんな習慣はなかった。

 後宮に入内してから、最底辺の妃として身についた習慣である。


「コマニャス様、私はどんな罪を犯したのですか?」

「お黙りなさい。あれはなんなのですか?」


 黙れと言いながら問い質されたため、ブリジアは口を開いていいのかどうかわからずにコマニャスを見つめた。


「私の質問に答えるなら、口を開いてもいいわ」

「コマニャス様に感謝を。『あれ』とはなんでしょうか?」

「しらを切るの? 勇者が言ったことよ。勇者が持っていた魔法陣、あれはなに? 大量の魔力を注がないと反応しないと勇者は言ったそうね。その魔力を貯めるための道具が、あなたの髪留めなのでしょう?」


「コマニャス様……私に、魔法陣の見分けがつきましょうか? 勇者が持っていた魔法陣と同じものが私の持ち物にあったとして、私が使い方を知っているはずがございません。それに……私たちはトボルソ王国の伝統で、侍女たちと共通の髪留めを使用しています。私のこれは、ドワーフ族のドロシー様の侍女たちに作ってもらったもので、魔力を貯める効果があるとは知りませんでした」


 ドワーフ族は、鍛治と細工物で有名な、地下鉱山に住む種族である。

 その一族の一人が、ブリジアと同じく来奇殿に住むドロシーだ。

 かつては喧嘩仲間だったが、最近はむしろ友人といっていい仲になっている。


「その話、誠であろうな」


 コマニャスの背後から、野太い声が響いて来た。

 声の主がすぐにわかったブリジアは、とっさに這いつくばった。コマニャスも膝を付き、頭を下げた。

 ブリジアたちがいる区画は、構造を人族サイズにしてあるため、魔王はブリジアが見る中ではもっとも小さな、大人の人族男子ほどにまで縮んでいた。

 普段は知性あるケダモノのような印象を受けるが、人族サイズまで小さくなると、肌が青い紳士に見えるから不思議である。


「コマニャス、立て」

「魔王陛下に感謝を」


 コマニャスが立ち上がる。だが、平伏するブリジアには、立っていいという言葉はない。

 ブリジアは、這いつくばった姿勢のまま魔王を見上げた。


「ブリジア、聞いておくべきことがある」

「……はい」


 ブリジアは、かつて勇者の従者であるアイレから、魔法陣と魔法の髪留めを渡されていた。

 魔王を裏切るつもりはなかった。地下後宮の生活から逃げ出したいとは思っていなかった。

 だから、魔法陣は普段使用しない荷物入れに放置したままだったし、魔力を蓄積できるという髪留めを捨てるのがもったいないと考え、意匠だけは全く同一の髪留めを全員で使用することにしたのだ。


 ブリジアは魔王を裏切ったつもりはない。

 だが、勇者という存在に対して、過剰な反応をする皇后デジィをはじめとする魔族たちを見ている。

 罪に問われるかもしれない。

 罪人庁での苛烈な刑罰を見ているブリジアは、服の下に汗が吹き出るのを感じていた。


「人族に、記憶を引き出す魔術はあるか?」


 魔王が尋ねたのは、ブリジアにとっては意外な内容だった。

 魔法に関する専門の教育は、王宮でも受けていない。

 だが、王女であるブリジアは、宮廷魔術師からよく逸話を聞いていた。


「嘘を言っているかどうか……それぐらいなら、判別する魔法があったはずです」

「その者の記憶を再現する魔法はどうだ? 覚えている光景を、他者が見ることができるようなものは?」


「……いえ。聞いたことがございません」

「誠か?」

「あの……陛下は何を案じているのでしょうか?」


 ブリジアが疑問に思ったのは、ブリジアの答えに、明らかに魔王ジランが安堵していたからだ。


「なんでもない。ブリジア、立て」

「ありがとうございます」


 ブリジアが立ち上がるのを待って、魔王は言った。


「後宮の妃は、一生自由にはできぬ。あまりにも、朕のことを知りすぎている。だが、侍女たちであれば、制約の魔法を施すことで外に出すこともある。だが、ブリジアの侍女たちは、ブリジアと一心同体、地下後宮に一生縛られることを覚悟してもらう」

「陛下、それはなぜでございますか?」


 魔王の背後で控えていたコマニャスが尋ねる。

 魔王は咳払いをした。


「知らないのか?」


 魔王が尋ねた相手は、ブリジアである。


「はい」


 ブリジアは大きく頷いた。


「ブリジア、私に何を隠しているの?」

「あっ、あの……」


 来奇殿の主人であるコマニャスに隠し事をすることは、本来許されない。だが、魔王本人の前で言うことではない。

 ブリジアは、魔王を見つめた。魔王が首を振る。

 本当のことを言ってはいけないのだと、ブリジアは理解した。


「コマニャス様、私と……侍女たちは……魔法契約で縛られているのです。ですから……後宮から出ることはできません。それは、トボルソ王国の秘儀ですので……魔王陛下にも解くことができないのです」

「そうだ」


 魔王は、重苦しく吐き出すように言葉を発した。

 驚くコマニャスに見えないところで、魔王が親指をブリジアに向かって立てた。


「では……ブリジアの侍女、クリスは今頃どうしているでしょうか」


 コマニャスの問いは、まさにブリジアが知りたいことだった。ブリジアは考えながら言った。


「後宮にいて、連れ去られることがあるとは思っていませんでした。自分の意思で逃げたわけでないですし、勇者がさらった相手を簡単に殺すことはないと思います。ですから……すぐに命に別状はないはずです。勇者に害されなければ、いずれ戻ってくるはずです」

「そうなのね。でも、戻ってきたクリスを陛下が後宮に戻すかどうかは……」


 コマニャスとブリジアの視線を受け、魔王が首を振る。


「行方が掴めぬのだ。朕にもわからん」

「……はい」


 重苦しい魔王の言葉に、ブリジアも同意した。

 魔王が背を向ける。


「ブリジアの侍女の行方は、魔女シレンサに探らせておる。いずれ判明しよう」

「ありがとうございます」

「それで、今回の件でのブリジアの処分はいかがなさいますか?」


 コマニャスが尋ねた。魔王はブリジアを振り返る。

 魔王の視線は優しく感じだが、魔王がどう考えているのかは、ブリジアにはわからなかった。


「ブリジアと勇者に繋がりがあったとは思えぬ。勇者が口走ったことで罪に問うていたら、地下後宮には誰もいなくなるであろう。それより……ブリジアは本当によかったのか? せっかくの里帰りを、両親と一度も触れずに出立してしまったが」

「私は……」

「そなたが『魔王の嫁』を目指すことは、すでに聞いておる。ブリジアの覚悟は、よくわかっておる」


 魔王は立ち去ろうとしていたきびすを返してブリジアの前に立ち、豊かな紫色の髪を撫でた。


「陛下……私の侍女クリスをお救いください」

「ああ。わかっておる」


 魔王の手は暖かく、力強かった。


 ※


 ブリジアは、移動する宮殿の中で泣いて過ごした。


「ブリジア様、クリスがご心配ですか?」


 窓際に腰掛け、外を眺めて泣いてばかりいるブリジアに、侍女のテティが声をかけた。


「……ごめんなさい。テティの方がクリスのことは心配のはずなのに。私……自分のことしか考えていなかった……」

「ああ。仕方ありませんよ。ブリジア様は王女とはいえ、まだ8歳なのですから」


 要は、ブリジアは故郷が懐かしくて泣いていたのである。

 両親に数ヶ月ぶりに会った。

 8歳の少女にとっては、長い年月である。


 両親に抱きつきたかった。

 王女としての立場というより、魔王と皇后が見ている前ではできなかった。

 懐かしさより、魔王の嫁であるという立場が、ブリジアに自制させたのだ。

 故郷を去り、懐かしさが込み上げてきた。

 我慢できず、泣いて過ごしていたのだ。


「あと数日で、地下後宮です。ブリジア様……少し、お耳に入れておいた方がいいと思われることがございます」


 テティが声を落とした。

 ブリジアは、涙を拭いて向き直った。


「なんですか?」

「クリスのことですが……」

「ええ。続けて。どうしたの? 行方が掴めたの?」

「ここしばらく、月のものが止まっていたようなのです」


 テティが、深刻な顔で告げた。

 ブリジアには、理解できなかった。


「『月のもの』って何? 毎月の日課でもあったの?」

「ブリジア様……つまり、クリスはひょっとして……魔王の子どもを身ごもっていたかもしれません」

「……えっ?」


 たっぷりと時間をかけて、ブリジアは聞き直した。

 テティは真顔だ。


「言い直しますか?」

「……ううん。わかった。でも、人族と魔族では、簡単には子どもはできないはずでしょう?」

「ブリジア様がどれほど寵愛されていることになっているか、ご存じないのですか? 簡単に出来たわけではないでしょう」

「そうは言っても、つまり……どうすればいいの?」

「魔王に、クリスをなんとしても探し出すようにお伝えください」


 テティは真剣だ。ブリジアは、首を振る。


「クリスが陛下のお子を孕ったら……それはつまり、私が身ごもったということよね?」

「お立場的にはそうです」

「私が孕ったから、クリスを絶対に見つけてって言うの? 無理があるでしょう?」


「理由はなんでもいいのです。ブリジア様なら、魔王がなんとしてもクリスを見つけなくてはならないと思うような理由を思いつきませんか?」

「そう言われても……考えないと……」

「お願いします」

「うん。やってみる」


 ブリジアは、先日魔王が来た時、まず何を尋ねたのか思い出した。

 魔王が尋ねた理由を、その時はわからなかった。

 だが、考えれば明白だ。魔王は、地下後宮で大勢の妃を抱えている。それでも、複数の美女たちを同時に相手にすることは、これまでしてこなかったのだろう。


 魔王としては、それを知られるのは恥ずかしいのだ。

 大陸亀は、魔王一行の宮殿を轢いて、魔王城に戻ってきた。


 ブリジアは、地下後宮をすでに懐かしく感じていることに奇妙な感覚を抱いていた。

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