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魔王の嫁でございます ~僅か8歳で魔王の後宮に入内した元王女ブリジア妃の数奇な人生~  作者: 西玉
第1章 魔王の嫁でごさいまちゅ

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挿話3 地下後宮の仕組み その1

 地下後宮には、チップスと名の大ネズミがいる。

 ただの大きなネズミではなく、魔物である。

 後ろ足だけで立ち、ウサギほどもある大柄な体に、頭部を守る黄色い頭飾りに、作業用の道具を操る職人である。


 チップスは、同じ大ネズミの仲間たちとスイカの栽培を担当していた。

 ある日、チップスは無事大ぶりなスイカを空中に送り出していた。

 地下後宮では、太陽ではなく輝くスイカが地面を照らす。


「おい、チップス。いい朝日だな」


 大ネズミの畑の中から、匠モグラのディンが顔を出していた。


「こんな時間に顔を出すのは珍しいな。眩しくないのかい?」


 匠モグラは、見た目は大きなモグラである。魔物であり、ミミズを求めて穴を掘りまくる野生のモグラとは違い、畑の水量を調整するために土の中を掻き回すのが仕事だ。

 食事は肉食だが、土を肥やすミミズを食べることはしない。その代わり、食事として家畜の肉が支給されている。

 匠モグラは鼻の上に黒いメガネ、通称サングラスを乗せている。


「ああ。これは飾りだ」


 匠モグラのディンは、鋭い爪で鼻に乗せたサングラスを持ち上げた。

 サングラスの下には目が存在しない。


「なんだ。明るいのが苦手なのかと思っていた。平気なら、もっと顔を出せばいいのに」

「苦手じゃないが、好きでもないんだ。流石に昼間はゴメンだな。それより、いいスイカだな。次はどれだい?」

「ああ。土も水もいいからな。次か……」


 大ネズミのチップスは、広いスイカ畑を見回した。

 スイカの蔓と葉が茂っているのをかき分け、目についたスイカを持ち上げては、軽く叩く。

 ぽこぽこと軽い音が上がるものもあれば、ぼんぼんと重い音がするスイカもある。


「うん。これが良さそうだ」


 チップスは、大きなスイカを持ち上げた。


「普通のスイカだな。1日で、あんなに大きくなるのかい?」


 ディンが空に登り始めた、輝くスイカを鋭い鉤爪で指した。

 まるで水平線から顔を出す朝日のように、ゆるゆると登っていく。

 登り始めたときは輝き始めたばかりだが、空に登る間に、太陽もかくやというほどに光り輝き、十数時間で光を失う。

 その間にスイカ自体も大きくなるのだ。


「ああ。勘違いの魔法薬『月はいつか太陽になれる』につけておけば大丈夫さ。魔法薬につけて、おとぎ話を読み聞かせると、スイカがそのうちその気になるのさ」

「勘違いしてやる気を出すと、スイカも輝いて巨大になるのか」

「しーっ……勘違いしているって、スイカに教えるなよ」


 チップスが口の前に指を立てる。


「ああ。わかった。すまん」


 スイカに言葉がわかるのかという問いは、すでに意味を持たない。

 魔法薬につけるにしても、効果を顕すためには、スイカにおとぎ話を読み聞かせることが条件になっているのだ。


「スイカが登っていくとき、一緒に乗っていくと、空が飛べるのか?」


 ディンが尋ねた。チップスがやれやれと首を振る。


「ただ輝くだけじゃないんだぞ。太陽の光と同じくらい熱いんだ。スイカ自身も熱くなるのさ。今度、西の端に行ってみるといい。焼けたスイカは美味いぞ」

「そりゃいいな。今から行かないか? 地下を潜れば、1日あれば後宮の反対側まで行って、帰って来るぐらいはできるだろう」


 地下後宮の中である。スイカが飛ぶ空とは、実際には青く高い天井なのだ。

 どこまでも登っていけるわけではない。

 やる気になったスイカに、どこまでも飛んでいくと勘違いさせることが重要なのだ。


「そうだな。今日はこのスイカを魔法薬に浸けて、おとぎ話を読み聞かせれば仕事は終わりだ。あちこちにでかい野糞をして、肥やしにするぐらいだ。行ってみようか」

「そう来なくっちゃ」


 匠モグラは喜んで穴に戻ろうとしたが、チップスが止めた。


「このスイカを魔法薬につけるまでは駄目だ言っただろう。怠けると、明日はスイカが昇らない。日食になるんだぞ。魔王様が気づかないはずがない」

「そりゃ怖いな」


 大ネズミのチップスが持ち上げた立派なスイカを、穴から出てきたディンが支える。

『月も勘違いすれば太陽になれる』という長い名前の魔法薬の桶に、2人で運んだ。


「月だって太陽になれるんだ。スイカが慣れないはずがないさ」


 チップスが言うと、魔法薬に浮かんだスイカが微妙に上下した。まるで頷いたかのようだ。


「そうか? 本当は、月は巨大で……」

「しーっ。スイカをその気にさせないとならない。魔王様に怒られたいのか?」

「すまん」


 口を抑える大ネズミに、ディンは素直に謝った。


「輝くスイカは格好いいだろうな。きっと、空にだって浮かべるさ」


 大ネズミが繰り返して囁くと、スイカがほんのりと光りだす。


「よし、これでいい。今日は、長い童話を読まなくてもよさそうだ」


 チップスが背を向けた。

 魔法薬の中で、スイカがぷかぷかと浮かんでいる。


「いいのか?」

「ああ。あんまり早くその気になられて、朝からでっかくなられてみろ。妃様たちから暑いって苦情がくるし、チーズ工房から、月が見えなくなるって怒られる」

「ああ……それも嫌だな」


 輝くスイカとは別に、光るチーズを作っている工房があるのだ。

 輝くスイカが浮かばない、夜の時間帯に月の代わりに空を移動する。

 チーズを光らせる方法はチップスも知らなかったが、二つの工房が別に存在するため、スイカとチーズ互いに譲らないのだとも言われる。


 大ネズミのチップスは、匠モグラのディンが彫ったトンネルを走り、地下後宮を横断した。

 後宮がある地下空間の中で、後宮はほぼ中央にある。

 輝くスイカや光るチーズの恩恵で、地下後宮の内部にも緑豊かな庭園がある。

 後宮の周囲は畑や山林など、自然に満ちているのだ。


 その中でも、輝くスイカを育て、おだて、登らせるスイカ畑は地下空間の端にある。

 途中で落下されると大惨事になるため、輝くスイカが輝き終えて沈む場所は、地下空間の反対側である。

 匠モグラは、体内に方位磁石を持っていると言われるほど、正確に方位を知ることができる。


 体が小さな魔物たちの移動手段を作っているのが匠モグラである。

 地中に通り道ができていることを知られないことが重要なので、比較的深い場所を掘り進む。

 すでに何度か通った場所なので、一から掘らなくても、道はできていた。

 地下の空間を、二匹の小さな魔物が駆け抜け、ほぼ半日ぶりに土の中から顔を出した。


「おっ……ぴったりだったな」


 匠モグラのディンが先に顔を出した。その背後から、チップスが続く。


「ああ。いい匂いだ」


 二匹の前に、輝きを失ってこんがりと焼けたスイカが転がっていた。

 すでに丸い形は失い、分厚い皮が茶色く染まり、空気の抜けたゴム毬のように潰れていた。

 確かに、焼けてスイカ特有のみずみずしさは失われている。

 だが、巨大に膨らんで地下後宮に生命の息吹を吹き込んだ姿は健在で、小さな民家ほどの大きさのままだった。


「スイカって言っても、皮しかないぞ」


 匠モグラは、地面に落ちたスイカに恐々手を伸ばした。

 まだ熱くないかどうかを確かめているのだろう。


「そりゃそうだよ。中身のみずみずしくって甘くって、シャキシャキした部分を燃やして輝いているんだ。焼けたスイカは皮しかない。あまり知られていないが、この皮が美味いんだ」


 チップスが焼けたスイカの皮に噛みついた。

 大ネズミの鋭い前歯が、焼けたスイカの皮に突き刺さる。


「……へぇ。そんなもんかい?」


 匠モグラのディンが、チップスの真似をしてかみついた。


「うん。美味い」

「うげぇ。なんだいこりゃ」


 同じ物を食べながら、大ネズミと匠もぐらは真逆の反応を示した。

 匠モグラはモグラである。モグラは肉食だ。

 雑食でなんでも食べる大ネズミと、味覚が同じはずがない。


「さあ、帰ろう。光るチーズが沈むまでにあっちに行かないとならないぞ。スイカが登らなきゃ、魔王様に怒られる」

「……光るチーズは美味いのかな?」


 匠モグラは懲りずに言った。大ネズミはモグラの肩を叩く。


「今度、チーズ作りの牛頭たちに会いに行こうぜ」


 光るチーズは、牛頭と呼ばれる人間の体に牛の頭を持つ魔物のメスの乳で作られる。


「ああ。楽しみだな」


 基本時に肉しか食べないモグラにとって、それ以外の食べ物が美味いはずがないことを、大ネズミは言わなかった。

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