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魔王の嫁でございます ~僅か8歳で魔王の後宮に入内した元王女ブリジア妃の数奇な人生~  作者: 西玉
第1章 魔王の嫁でごさいまちゅ

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19 魔王の行幸

 〜憩休殿〜


 魔王が地下後宮で過ごすようになって、一月が経過した。

 魔王の執務とは、各地から上がって来る奏上の処理である。

 細かい雑務は配下の魔物たちが処理している。


 力で君臨している魔王自身に、しなければならない仕事というものは存在しないが、各地から要望が上がって来る。

 見たくなければ見なくてもいいが、奏上を見ることで世界のことを知ることができる。

 対処するように命じれば、実際の処理は魔物がやる。

 魔王がいつものように奏上を眺めていた時、お茶を注いだガギョクに尋ねた。


「かつてブリジア傑女が言ったこと、覚えておるか?」

「どのことでしょうか?」

「勇者は立場上朕に敵対しておるが、本気で対立するはずがないとか」


「ブリジア様が罪に問われないために、とっさに言ったのではないでしょうか。ずっと後宮にいるブリジア様が、勇者のことを詳しく知るはずがありません」

「だが、手紙でのやり取りは禁じておらん。それに……人族の齢8歳というのは、そんなに知恵がまわるものか?」


「ただの人族ではございません。生まれた時から、王家を継ぐ者として育てられていたのです。知恵はまわるでしょう」

「ふむ……もしそれが本当なら、ブリジアの重要性が増したな」


 魔王は、ガギョクが運んだお茶を飲み干した。


「よい香りだ。どこのマグマだ?」

「先日噴火した、ピリオス山のマグマです」

「ほう。花崗岩の香りが香ばしい。味も良い。しばらく、噴火を鎮めないよう伝えよ」

「承知しました」


 魔王のお茶碗は、分厚い鉄鉱石の塊である。その中に、マグマが注がれている。

 ガギョクは、マグマを貯め込める炎の精霊から、お茶としてマグマを注いでいたのだ。

 当然、魔王はマグマのまま嚥下する。


 寿命を持たない純粋な魔族の中でも、マグマをお茶がわりに飲めるのは、魔王と皇后デジィだけである。

 それ以外の魔族は、死なないまでも重傷を負う。


「ベルジュ」

「お側に」


 いつものように、床板を持ち上げて吸血鬼の美女が姿を見せた。


「勇者の居場所はわかっておるか?」

「はっ。現在、人族の大国キンの街コウに潜伏しています」

「情報源はなんだ?」

「人族です」

「ふむ。そろそろ、動かすか」


 勇者とは、魔王を倒すことができると言われる、人族の間に現れる奇跡の存在である。

 本物の勇者はこの世界を統べる神によって、異世界から送り込まれると言われている。

 魔王は一度勇者の戦いを目視し、勇者の力量は把握していた。


 確かに魔王を倒す可能性はあるかもしれないが、魔王を殺すことができるほど強い力を、はじめから持っているわけではないと判断していた。

 純粋な魔族は寿命を持たないが、不死ではない。それはわかっていることで、どんな場合でも突然の死はあり得る。


 勇者を特別な脅威と考える必要はないのだ。

 後宮で生まれ育った魔親王たちと魔王軍に捜索させたが、上位に位置する魔物たちであれば、簡単には倒されないことはわかっていた。


 当初、トボルソ王国に派兵した親衛隊の者たちは、人族に襲われるとは想定していなかった。その後に派遣した魔王親衛隊第一三部隊は、人族での情報収集を主な目的として結成した半人族の集団である。強さは期待していない。

 リルト公妃の息子リディオスは、魔王の子どもたちの中でもっとも弱かったために、第一三部隊の総督になったのだ。


「『動かす』と仰いますと?」


 床板を持ち上げた姿勢のまま、第三部隊総督である吸血鬼のベルジェが尋ねた。


「朕が治める地を……いや、むしろこれから治める予定の地であれば、視察しなければならんだろう」

「なるほど……では、魔王軍を護衛にしますか?」


 床下を持ち上げた姿勢のまま、ベルジュ総督が尋ねる。


「いや。警備は親衛隊だけでよい。朕が襲撃を恐れているなどと言われれば、魔王の名折れである」

「危険ではありませんか?」

「うむ。警備を頼んだぞ」

「承知いたしました。しからば……もう一眠りさせていただきます」


 現在は昼である。地下であっても明敏に時刻を察し、ベルジュは床板を下げた。


 〜永命殿〜


 皇后デジィは、魔王の側近であるガギョクから魔王行幸の報告を受けた。


「いよいよ世界征服に動き出したかと思ったけど……どうやら違うらしいわね」


 行幸の行程を知り、デジィは侍女である蛇人族のパメラに、地図を持って来るよう命じた。


「実質遠征ではないのですか? 魔王様直轄の魔王領も、親族たちが支配する親魔王領も、ほとんど通らないのですから」


 パメラが去り際に尋ねた。


「遠征であれば、後宮の妃に陛下の側近であるガギョクが知らせに来るはずがないわ。魔王軍本隊を動かすでしょう。私に指揮を取れということは……陛下はただ暇つぶしをしたいだけだわ」

「はあ」


「移動はほとんどが陸地だから、大型の馬車を仕立てることになるでしょうね。大陸亀に牽かせることになるでしょう。馬車のサイズは宮殿並みになるから、街が動くような光景になるわね」

「楽しみですね」

「あなたは見られないけどね。中に乗るのですから」

「そうでした」


 パメラが頭を下げて去ると、デジィはガギョクに視線を戻した。


「私への伝達は以上かしら?」

「お察し頂きありがとうございます。陛下から、同行する妃の人選は任せると」

「……それだけ?」


「中に、必ずブリジア傑女を加えるようにとの仰せです」

「なぜなの? まだ新参者に過ぎないはずだけど?」

「存じません」


 ガギョクは深く頭を下げた。

 ほぼ同時に、パメラが戻ってきた。

 後宮の妃が地上に出ることはほとんどない。数年に一度、魔王が遊びに出る行幸の場合は例外の一つだ。

 パメラは、埃を払いながら地上の地図を広げた。


「ガギョク、目的地はどこになるの?」

「魔王領から人族の国を周り、戻ってきます」

「魔王領ではなくても、魔親王が治めている国であれば安全なのに……あえて人族の領地を巡るというのね。つまり……人族に対する示威行為、と見せかけて、目的は勇者ね?」

「存じません」


 ガギョクは静かに答えた。

 本当は知っているはずだ。だが、言っていいと魔王から言われていないのだろう。

 皇后デジィは頷いた。


「トボルソ王国には寄るべきかしら?」


 魔王の一行は、魔王領の東側に広がる人族の大国三ヶ国を巡る予定だった。

 トボルソ王国の外側をぐるりと一周することになる。


「特に用はないかと」

「ブリジア傑女を同行させよというのであれば、トボルソに寄るように私が言っていたと伝えて。ブリジアも喜ぶでしょう」

「承知いたしました。陛下にお伝えします」


 ガギョクが戻っていく。

 パメラが尋ねた。


「ブリジアと言えば、デジィ様に失礼なことをした人族ですね。俗女から傑女に封じられたことだけでも驚きましたが、まだ寵愛されているのでしょうか」


 ブリジアは、コマニャスに連れられて永命殿を訪れた時、失禁していた。

 皇后デジィとしては、優しく接したつもりだったのだ。

 そのあとは、勇者のことで釘を刺したが、ブリジアが本当に勇者とつながっていると考えたわけではない。


 あまり印象には残っていない。

 魔王が足繁く来奇殿に通っているが、それは気にしても仕方がないことだと諦めていた。


「そうなのでしょうね」

「そのブリジアのために、トボルソ王国に向かうよう言うとは、さすがデジィ様はお優しいですね」


 パメラは、皇后のためにお茶を入れながら言った。

 皇后のお茶は、黄金を溶かした水銀である。

 皇后もマグマを美味しく飲むことができるが、美しい黄金の肌を保つため、美容食として水銀を飲んでいる。特に黄金を溶かした水銀はお気に入りだ。


「そう? ブリジアはまだ幼いでしょう。親元を離れれば寂しいでしょうね。国に戻れば、里心がつくものではないかしら?」

「では……ブリジアが国に帰りたいと言い出したら……」

「もし泣き言を言うようなら、望みを叶えるぐらいのことはして差し上げましょう」


 皇后デジィは水銀を飲み干し、口元を拭った。


「さすが皇后様……賢明でございます」

「当然よ。おほほほほほほっ」


 永命殿に、皇后デジィの高笑いが響いた。

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