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魔王の嫁でございます ~僅か8歳で魔王の後宮に入内した元王女ブリジア妃の数奇な人生~  作者: 西玉
第1章 魔王の嫁でごさいまちゅ

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18 ブリジア、魔王に挑む

 地下後宮の傑女ブリジアは、魔王を見据えて言った。


「罪人庁に行ってまいりました」

「そうか。どうであった?」

「陛下、どうして罪を犯した者を罰し続けるのですか?」

「罪を犯したから、罰しているのだ」


「罪を認めることにより、さらに辛い目にあうのであれば、誰も罪を認めません。収監されること自体が地獄のような責め苦を受けるのであれば、本当の罪人が名乗り出ることはありません」

「ふむ。だが、朕を恐れる者たちは増える。朕を恐れれば、罪を犯す者は減るのだ」


「では、陛下は罪を犯した者は、どれほどの苦痛を受けても当然だとおっしゃるのですか?」

「その通りだ」

「それでは……」


 ブリジアは言い淀んだ。少なくとも数千年を生きた魔王の所業だ。口論などすることすら、意味がないのかもしれない。


「陛下に、情けはないのですか?」

「ブリジア、1つ忘れておるようだ」

「私が『忘れている』? 何をでしょうか?」


 ブリジアは震えた。急に、魔王が大きく見えた。


「朕は、魔王である」

「……あっ……」


 ブリジアの膝が落ちる。自ら魔王を名乗ったジランを、急に恐ろしく感じた。

 足が震え、立っていられなかった。


「ブリジアよ。罪人庁で、ハーフノームに銀貨を与えて追い払ったそうだな。見物であれば、誰が側に居ても構うまい。肉切りの刑に処せられた人族に、用でもあったのか?」


 膝が床に就いたまま、ブリジアは魔王を見上げた。

 立ち上がろうとした。

 だが、足が言うことを利かなかった。

 力が入らない。

 床に手をつき、尻を落とした姿勢のまま、ブリジアは口を開いた。


「陛下が……性別を失ったと呼んだ人族は……私の夫になるはずの男性でした」


 嘘をついても意味はない。騙し続けられるはずがない。

 ブリジアは覚悟を決めた。

 言いながら、切れ長の釣り上がり気味の目尻から、涙が伝い落ちた。

 婚約者であった元公爵家嫡男に対する哀れみもあったし、この場で殺されるのだという確信もあった。


 殺されるために、魔王に直談判に来たわけではない。

 ただ、罪人に対する魔王のあまりの冷淡な態度に、自分の夫であるはずの存在に、悲しくなったのだ。

 後戻りはできない。

 ブリジアの告白を受けて、魔王ジランは薄く笑っていた。


「つまり、地下後宮に、生娘以外の妃が入内していたと?」


 可笑しくて笑っているのではない。魔王は怒っている。

 感情が爆発しそうになっている。

 ブリジアは、再度死を覚悟した。


「そのようなはずがございません。あの人族は、トボルソ王国の貴族、ナイレシア公爵家の嫡男で、私は生まれた時から婚約者を決められておりました。私が地下後宮に来るまで、お会いしたこともございません」

「……婚約者なのに、会ったこともないだと?」


 魔王の視線が、控えていたホムンクルスのガギョクに向いた。

 ガギョクは迷惑そうにブリジアを見ながらも、魔王に報告する。


「人族の王家や貴族では、珍しくないことと聞いております」

「そうか。では、未練はないのだな?」

「地上に未練を残して、地下後宮には参りません」

「うむ」


 魔王が深く椅子に腰掛けた。長く息を吐きながら尋ねる。


「銀貨を使い、ハーフノームを遠ざけたのはなぜだ?」

「生きながら肉を切り刻まれるという苦役を、見届ける自信がなかったからでございます。取り乱せば、あの人族との関係を疑われましょう。陛下……私とあの人族には、なんの関わりもございません。ですが、あえて申し上げます。罰を、軽くしてはいただけないでしょうか?」


「朕になんのメリットがある?」

「優しい魔王として、世界に知れ渡りましょう」

「意味のないことだ。だが……よかろう。あの人族の刑を一時取りやめる。朕が優しいなどとは、言いふらさぬのであればな」

「ありがとうございます」


 ブリジアは這いつくばる。本来の目的ではなかった。

 罪人庁の刑のあり方を問いただしたかったのだ。

 だが、せめてトボルソ王国の貴族であり、元婚約者は、これ以上苦しまなくて済む。

 ブリジアは、大量に汗を掻いていた。動いてはいない。精神的な緊張によるものだ。

 精神力の限界を感じながらも、ブリジアは再度口を開いた。


「それで魔王陛下、あの者はどんな罪を犯したのでしょうか?」

「それを知らないで来たのか?」


 魔王が眉を寄せた。


「……はい。お茶をこぼしてお召し物を汚したなどでしょうか?」

「人族では、そのようなことで牢屋に入れるのか?」

「場合によってはですが……ですから、あまりにも刑が重すぎると……」

「あれは、勇者の従者であった」


 魔王は、それで全てがわかるはずだと確信している言い方をした。

 ブリジアは反応しなかった。話が続くと思っていたのだ。

 どうやら、魔王がそれ以上説明するつもりがないことを理解し、部屋の隅に控えていたガギョクに視線を向けた。

 ガギョクは視線を逸らしたが、ブリジアは気にしなかった。


「ガギョク、どうして勇者の従者であることが罪になるのですか?」

「魔王様を唯一倒せるのが勇者だといわれており、魔王様に対抗する勢力の支柱となり得るからです。失礼いたしました。余計なことを」


 ガギョクは言った後、自分の頬を叩いた。


「よい。ガギョクの言う通りだ」

「ありがとうございます」


 ガギョクは自分を叩くのを辞めた。


「つまり、何も罰せられることはしていないのではありませんか?」

「従者はそうかも知れん。だが、勇者はすでに、朕の配下の者を殺害し、朕を殺しに来ておる」

「そうなのですか。でも……従者に罪はございません」


 ブリジアの元婚約者は、何も悪いことはしていないのではないか。

 魔王と魔王に敵対する勢力では、考え方が違って当然だ。

 だが、トボルソ王国は対魔王勢力であるはずの人族からの脅威にさらされ、第一王女を後宮に差し出したのだ。

 トボルソ王国に現れたという勇者が、魔王に対して敵対する行動を取ることが、ブリジアには理解できなかった。


「わかった、わかった。だから、あの人族の刑は中断させる。切り刻んだ肉も回復させよう。シレンサ、リディオスと共に回復させてやれ」


 突然、この場にいない魔女に話しかけた魔王に驚き、ブリジアは見回した。

 どこからも返事が上がらない。この場にはいない相手と魔王は話ができるのだと、ブリジアは思い出した。


「そもそも、どうして従者を捕まえて置くのですか? 従者がいなければ、勇者が不便しているでしょう」

「ブリジア、聞いていたか? 勇者は、朕を殺そうとして戦いを挑んだのだ」

「それは勇者の役目でしょうから」


「……許せというのか?」

「いいえ。ですが……勇者であれば、魔王に挑んでいるという立場をとることが必要なのではないでしょうか。本気で魔王陛下を倒そうなどとは、考えているはずがござません」

「どうしてそう思う?」


 魔王の眉が再び寄った。


「魔王陛下は、お優しいですから」

「朕は優しくなどない」

「侍女たちが申しております」


 ガギョクが自分の耳と目を塞ぎ、魔王が咳払いした。


「わかった。あの人族は、手足を回復させた後、ブリジアに払い下げる。好きにせよ」

「後宮においてよろしいのですか?」

「性別がないのだ。ホムンクルスやハーフノームと同じだ。言って置くが、ブリジア傑女よ」


「はい」

「朕が優しいなどと、朕の前以外では口が裂けても言わぬことだ」

「理由はわかりませんが、承知いたしました」


 ブリジアは言うと、深々と平伏した。

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