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魔王の嫁でございます ~僅か8歳で魔王の後宮に入内した元王女ブリジア妃の数奇な人生~  作者: 西玉
第1章 魔王の嫁でごさいまちゅ

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13 勇者の遣い

 皇后デジィがリルト公妃を連れて帰った後、コマニャス公妃はブリジアに告げた。


「守ってあげたわ。これで、リンゴの借りは返したわよ」

「はい」


 ブリジアは言葉少なにかしこまる。


「もう巻き込まないで。肝を冷やしたわ」


 ドロシーは言うと、ポリンと一緒に部屋に戻っていった。

 ブリジアが立ち上がると、足元がふらついた。侍女のクリスが支える。


「……怖かった」

「ブリジア様、ご立派でした。でも、勇者の目的がブリジア様であるはずはありません。これで一安心ですね」

「そう簡単にはいかないわ」


 クリスに支えられながら、ブリジアも自室に向かった。

 途中で、侍女テティが控えていた。

 皇后デジィの怒りを買い、影に隠れていたのだ。


「どうして、まだ安心できないとお思いなのですか?」


 話を聞いていたのだろう。ブリジアを支えるように手を伸ばしながら、テティが尋ねる。


「勇者の目的がはっきりわからないということは、誰もが納得する証拠をでっちあげさえすれば、いつでも私を殺せるということよ」

「誰が、ブリジア様を殺したがるのですか?」


 クリスが眉をひそめた。ブリジアが二人を見る。


「あなたたちを気に入った永遠のおじさんに、寵愛されたいと望んでいる誰かじゃないの?」

『永遠のおじさん』が魔王であることは間違いない。後宮の妃たちには、気に入られたのはブリジアだと思われているが、実際に魔王の夜伽を受けているのは侍女たち全員である。


「では……後宮の妃全員ということですか?」

「ええ。まだ、ほとんど会話もしたことがない妃もいるわ。顔を合わせたこともないのに、私を嫌っている素振りをしていた方もいる。用心しないと……この後宮で、もっとも命を奪いやすいのが私なのでしょうから」


 ブリジアは、足元がおぼつかなかった。自分で言いながら、事態の深刻さに足が震えた。

 ようやく自室前に辿りつき、テティが扉を開ける。

 ブリジアの部屋に、見知らぬ人族が4人、かしずいていた。


「ブリジア様にご挨拶を申し上げます」


 1人は男で3人は女に見えた。

 着ているのは、明らかに鎧だ。

 武器も携えている。

 ブリジアは、テティが開けた扉を無理やり閉めた。


「なに? いまの?」


 ブリジアは、全身から冷や汗が吹き出してくるのを感じていた。


「新しい侍女では? 王国の父君に手紙を出していたではありませんか」


 テティは、ブリジアが出した手紙を知っていた。ブリジアは睨みつける。


「追加の侍女が、武装しているはずがないでしょう。それに……見間違いだと思いたいけど、男がいたわ」

「そんなはずがありません。人族の男が節操ないのは、有名なことです。後宮に入れるはずがございません。間違いでしょう」

「私もそう思いたいわ。見てみてよ」


 ブリジアは、意見したクリスに確認するよう促す。

 クリスとテティが目配せし、クリスが扉を開けた。

 ブリジアは自分の目を手で覆った。


「ブリジア様にご挨拶を……」

「あなたたち、何者ですか? どこから来たのですか?」


 先程と同じ口上を述べようとしていた人族を遮り、クリスが尋ねる。

 ブリジアへの挨拶を中断し、中で一人、ブリジアが男と判断した者が立ち上がった。


「この鎧は、魔王親衛隊第一三部隊、半人族隊の制服です」

「ああ、陛下の……」


 ブリジアは、覆っていた手を外した。それならば、魔王の命令で来たのだ。ブリジアに不利なことはないはずだ。


「はい。魔王親衛隊を殺し、奪いました。私たちはトボルソ王国の兵士で、勇者ナギサに従う者です。ブリジア様をお救いに参りました」


 ブリジアは、聞いた言葉のあまりの衝撃に、視界が真っ暗に染まるのを感じた。


 ※


 ブリジアは目覚めた。

 目覚めると同時に、呼吸困難に陥り咳が止まらなかった。

 刺激臭が鼻を突き、むせかえった。

 頬が、熊に張り手をされたかのように痛かった。


「な、なに? なにが起きたの?」

「ああ、よかった。お目覚めですか、ブリジア様」


 ブリジアは鼻をつまみ、頬を撫で、咳き込みながら深呼吸をすると、声をかけたのがブリジアの8人の侍女の一人で、最高齢でもある元騎士隊長のレガモンであることを見て取った。


「起きたわ。起きたわよ。だから、そのお仕置き棒はしまって」

「はっ! まさか、ブリジア様をお起こしするのに、折檻棒など使用しませんよ」

「使おうとしただけって言うつもり?」


「はい。使わずに済んで安心しました」

「残念そうに見えるわ」

「気のせいです」


 女性ながら騎士団長を勤めていたレガモンは、美しい筋肉を持った鋭い顔つきの美女である。

 ブリジアの侍女として後宮にくることを、自ら志願したとも言われる。当然ながら、後宮に入る前は生娘だった。

 言いわけをしながら、いかにも痛そうな木の棒を背後に隠した。


「私、王女だったのに……虐待されているわ……」

「今でも敬愛しておりますとも。そうでなければ、起きるまでお待ちすることなどしません」

「……待ったの?」

「はい」


 断言するレガモンに、ブリジアは言い合うことは無駄だと悟った。


「どうして、起こしたの?」

「時間がないからです。勇者の使者たちは、時間を制限されて後宮に入ることを許されました。あと5分で戻らなければ、魔王のことですから死罪となりましょう」


 ブリジアには聞き捨て出来ない言葉がいくつもあったが、全てを追求している余裕はなかった。起こさずに待ったと言ったことと、そもそも矛盾しているのだ。


「勇者本人ではないのね?」

「残念ですが」

「どうして残念がるの? 私が殺されてもいいの?」

「ブリジア様、その心配は無用です」


 レガモンは口角を釣り上げて笑った。


「どうして?」

「バレなければいいのです」


 レガモンは本気だ。ブリジアは、再び目の前が暗くなりつつあるのを感じた。

 踏みとどまったのは、レガモンの背後で動く痛そうな折檻棒が目に入ったからだ。


「勇者に、私に関わらないでって伝えて」

「お声がけなら、本人たちに是非お願いします。おい、ブリジア様がお会いになる!」

「えっ? まだいるの?」

「あと5分しかないと申し上げたはずです。いえ……あと3分ですね」


 レガモンの声に答えるように、ブリジアが寝かされていた寝室の扉が開いた。

 意識を失う前に、4人の人族を見たはずだ。

 だが、扉の前にいたのは1人だけだった。


「ブリジア様、お目にかかり、光栄に存じます」

「よく、人族の男が後宮に入れたわね」

「男ではございません。魔王も了解しました」

「よせ」

「はっ」


 レガモンが止めた。ブリジアが男だと思った人族は、自らの股間に手を伸ばしていた。

 腰の覆いを取ろうとしていたのだ。

 ブリジアは、魔王と侍女たちの狂乱を目撃している。人族の股間になにがあるのかは理解している。

 だが、レガモンが止めたのだ。ブリジアが見ない方がいいものが、そこにあるのだろう。


「私に用なの?」


 覚悟を決めて、ブリジアは尋ねた。

 もはや、勇者と無関係でいることが不可能であることは間違いない。

 もともと、濡れ衣で殺されるかもしれないと恐れていたのだ。


「必ず、この地獄からお救いいたします。今しばらく、ご辛抱ください」

「地獄って、なんの……」


 ブリジアは、言葉を切らざるを得なかった。

 目の前にひれ伏した男が、声を殺さずに号泣し始めたのだ。


「ちょっと、静かに。聞かれるわ」

「も、申し訳ありません。俺も、すぐに戻らなければなりません。俺だけがこの場に止まったのは、これをお渡しするためなのです」


 男の姿をした者は、丸めた動物の革と、宝石があしらわれた髪留めを差し出した。


「これは?」

「転移の魔法陣です。多くの魔力を使用するため人族には使用できないと言われていますが、髪留めに魔力を貯めることで転移が可能となります」

「転移先はどこ?」

「地上の世界でもっとも安全な場所、勇者様の持つ魔法陣です」

「そ、そう。あなたは、どうして私を助けようとするの? あなたの名前は?」


 聞きたいことは山積みだったが、男が急いで後宮を出なければならないこともわかっていた。

 ブリジアが尋ねると、男は嬉しそうにほほ笑んだ。


「ブリジア様が魔王の後宮に送られなければ、あなたと結婚していたはずの男です」

「ナイレシア公爵家の、アイレ様……」

「面識もない婚約者のこと、よく覚えていましたね。では、俺は戻ります。ブリジア様、次に会うときは、勇者様の前でしょう。俺は、勇者様の従者になりました」

「あなたは、公爵家の嫡男でしょう?」

「人族の存亡がかかっているときに、生まれなど意味はありません。では!」


 トボルソ王国で数少ない公爵家の嫡男アイレは、深く頭を下げてから背後に向かって走り出す。


「人族の存亡って……そんなものが、どうして私と関係があるの?」


 魔王が人族に被害を与えることはある。だが、人族を滅ぼそうとしているとは聞いたことがない。ブリジアの疑問には答えず、勇者の従者は走り出していた。

 勇者に従っているだけあり、見事な脚力で走り去った。


「ブリジア様のことを、一途に思っていたのでしょう。すでに男ともいえないようですが……立派な若者ではありませんか」


 部屋の隅に控えていたレガモンが述懐する。


「それどころじゃないでしょう。どうしよう。私、殺されるの?」

「いいように考えれば、殺される前に逃げる手段を得たではありませんか」

「私一人が逃げたら、侍女たちは殺されるのではない?」

「そうですか? ブリジア様がお逃げになっても、私たちは魔王に寵愛され続けるのではありませんか?」


 ブリジアは、渡された巻物と髪留めを握りしめ、レガモンを見つめた。

 美しいが最高齢の侍女は、ほほ笑んでいるように見えた。


「レガモン……私が邪魔になったの?」

「とんでもございません。私はただ、ブリジア様が後顧の憂いに縛られないようにと、考えているだけです」


「勇者の従者が訪ねてきたことは、絶対に秘密よ。もし裏切ったら……あなたの食事はエルフのリンゴだけにするわ」

「ブリジア様、それはあんまりです」


 レガモンは悲鳴をあげて抗議したが、ブリジアは本気だった。

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