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魔王の嫁でございます ~僅か8歳で魔王の後宮に入内した元王女ブリジア妃の数奇な人生~  作者: 西玉
第1章 魔王の嫁でごさいまちゅ

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12 皇后デジィの宣告

 ブリジアは、臆病ではない。だが、かつてその存在感に圧倒され、それだけで失禁してしまった相手に対して、体が動かなかった。

 ブリジアに覆いかぶさるように抱いていた侍女のテティが、ブリジアを一度強く抱きしめてから、一人で皇后デジィの前に出て行った。


「皇后様に申し上げます。ブリジア殿下は具合が悪く、皇后様に御目通りできる体調ではございません」


 膝を付き、額ずいて報告した。

 デジィはテティを見下ろし、地面に触れるほど下げた頭を踏みつけた。


「気のせいかしら? 妃でもない人族のゴミが、私に話しかけたのかしら?」

「申し上げます」


 コマニャスが膝を付く。


「お立ちなさい。どうしたの?」

「感謝します。皇后様、この者は新参のブリジア俗女の侍女でございます。後宮の基本的なしきたりもまだ知らないのです」


「来奇殿の主人であるあなたの責任ね?」

「申し訳ありません」

「いいわ。では、この人族の首を届けなさい。顔だけは整っているようだから、永命殿の飾りぐらいにはなるでしょう。もう一度言うわ。ブリジアはどこなの?」


 テティの死罪が確定した。ブリジアは、もう一人の侍女クリスの手を振り払って飛び出した。


「こ、ここでございます。罪は私が受けます。どうか、テティの死罪だけはお許しください」


 地面に這いつくばった。

 頭を地面に押し当てた。

 皇后のことは恐ろしかったが、ブリジアを守るために飛び出したテティを見殺しにはできなかった。


「あらっ、元気そうね。その格好はなに?」

「老練殿に監禁され、逃げ出して来たところです」


 嘘を思いつく余裕も、嘘を言う理由も思い当たらず、ブリジアは事実をそのまま告げた。

 デジィの視線が、かしこまっている公妃リルトに注がれる。


「教育を施していたのです」

「3日間、帰りませんでした」


 コマニャスが告げると、ブリジアも応じた。


「食事はなく、水も満足に与えられず、後宮の規則を書き写すよう命じられました。寝る時間もなく……お目汚しはお許しください」


 ブリジアは、下着姿同然である。


「監禁していた俗女が逃げたから、追って来たというの?」


 デジィの問いに、リルトは震えながら答えた。リルトも、デジィは恐ろしいのだとわかる。


「ブリジアの国の勇者のために、私の息子が、両手と両足を切り落とされました」

「そうね。そっちでしょうね。早く、ブリジアにまともな格好をさせて来なさい。侍女を殺しては着替えもできないと言うのなら、この侍女の処刑は当分見送るわ」

「ありがとうございます」


 テティの代わりに、ブリジアが答えた。再びテティが答えることによる、デジィの心変わりを恐れたのだ。


「もっともその結果、ブリジアの命が伸びるという保証はないけれどね」


 皇后デジィの不吉な言葉を聴きながら、ブリジアはテティを立たせた。


 ※


 来奇殿の正殿の奥、本来なら主人が腰掛ける場所に、皇后デジィはまるで自分が主人であるかのように腰掛けていた。

 本来の主人である公妃コマニャスが脇に腰掛け、その隣に怒鳴り込んで来た老練殿の主人で公妃のリルトが座った。


 逆側の脇には、来奇殿に住まいを持つホビット族のポリンと、ドワーフ族のドロシー、人族のブリジアが並んだ。

 ポリンとドロシーは、あからさまに迷惑そうだった。


「本来、後宮は地上の世界の政治には干渉できない規則です。ですから、妃の出身となる一族や国が飢饉に襲われても、戦争で滅んでも、干渉はできないわ。ただ、魔王陛下はお優しいから、妃が泣いて頼めば対処してくださることもある。それは、魔王陛下のお節介ということになるわね。もちろん、冷遇されている妃がなにを訴えようと、無視されるでしょうけどね」


 皇后デジィの言葉は、ブリジアに向けられていることが明らかだった。

 後宮で唯一の魔族の妃で、正妻である。

 めったに出歩くことはない。そのデジィが、来奇殿までわざわざ足を運んだのだ。目的がないはずがない。


「でも、私のリディオスが大怪我をしたのです」


 リルト公妃が身を乗り出した。


「ブリジアの責任ではございません」


 コマニャス公妃がすかさず口を挟む。

 皇后デジィが頷いた。


「勇者が出て以来、陛下は魔王城に詰めたきりで、憩休殿にもいらっしゃらない。直接伺ったわけではないけど、ブリジアの祖国で勇者が湧いたのは間違いないでしょう」


 勇者を蛆虫のような言い方をするが、魔王側の認識としては似たようなものだろう。


「私たち、関係ないじゃない」

「しっ。舌を抜かれるわよ」


 ぼやいたドロシーの口元を、ポリンが塞いだ。

 デジィが続ける。


「正式には、ブリジア俗女は関係ないでしょう。地下後宮から出たという記録はないし、既に国を出た後祖国で何があろうと、罪に問われることはない。ただし、例外があるわ」

「例外とは、なんでございますか?」


 真っ青な顔で震えているブリジアに代わり、コマニャス公妃が尋ねた。


「地上の世界で起きていることの目的が、後宮の妃の奪還である場合がその一つね」


 皇后デジィの言葉に、全員がざわめいた。さらにデジィが続ける。


「あるいは、魔王陛下の治世に影響がある場合」

「勇者を湧かせたことは、まぎれもない罪です」


 リルト公妃がブリジアを指差した。

 ブリジアは真っ青なまま、言葉もなくただ口をパクパクと動かした。

 皇后デジィが柏手を打った。


「お黙りなさい。ぽっと出の勇者に、陛下が破れるはずがないでしょう。ただし、ブリジア俗女、勇者があなたの奪還を目的とした場合、わかっているわね?」

「はい。ドロシー様……私はどうなるのですか?」


 ブリジアは肯定の返事をしてから、隣に座っていたドロシーの袖を引いた。


「へ、返事をしたのはブリジアじゃない。私は知らないわよ」

「勇者を倒すのは難しい。後宮の者にできるのなら、魔王軍の存在が疑われます。でも、勇者の目的が後宮の妃の奪還であれば、まず鼻を明かす事ができるわ」


 コマニャス公妃が助け舟を出した。

 だが、コマニャス公妃の語ったことから連想した内容は、ブリジアには助け舟とは思えなかった。


「では……もし勇者の目的が私であれば……」


 ブリジアが生唾を飲み込みながら尋ねると、皇后デジィは自分の首の前で手を水平に動かした。


「リルト公妃、あなたにリディオスの負傷を知らせたのは誰なの? 後宮の魔物たちなら、まず私に報告がないのはおかしいのだけれど」


 デジィが尋ねると、リルトは前のめりに答えた。


「いえ。リディオス配下の人族たちです。総督のリディオスが重体だというのに、おめおめと逃げ帰った者たちです。死を賜るよう、お願いいたします」


 リルトの権限では、魔王親衛隊の者たちを死罪に問うことはできないのだ。

 だが、後宮の主人であるデジィの権限でもない。


「魔王親衛隊は、陛下の直轄部隊だわ。陛下には、リルトの嘆願は伝えましょう」

「感謝いたします」

「それより、勇者の目的については、その者たちは何も言っていなかったの?」

「いえ。ただ……トボルソ王国の勇者です。目的は、ブリジアの奪還ではないでしょうか?」


 リルト公妃の言葉に、ブリジアは身を震わせながら口を開いた。

 勇者の目的がブリジアであれば、ブリジアは勇者に恥をかかせるというだけの目的で、死ぬことになるのだ。


「私の父であるトボルソ国王は、私が魔王陛下に立派に仕えることを望んでいます。勇者を召すはずがありませんし、仮に勇者が湧いたとしても、私の奪還を命じるはずがありません」


 ブリジアの言葉に、コマニャス公妃をはじめとして、妃たちが押し黙った。

 正論だったのだと、ブリジアも胸をなでおろす。皇后デジィが口を開いた。


「勇者とは、異世界から召喚された特殊な力を持つ者で、人族が多いらしいわ。ほとんどが、魔物や魔王軍に反発する人族が召喚するらしいけど……ごく稀にこの世界を統べる女神が遣わすことがあるそうよ。トボルソ王国の現状から言って、今回の勇者は女神が直接遣わした可能性が高いわ。陛下はそう考えているし、だから後宮に足も踏み入れず、魔王城に詰めているのだわ」


「ならば、勇者の目的はわかりませんね。ブリジア俗女の言う通りなのでしょう。湧いたのがトボルソ王国だというだけで、王国からの支援を受けられず、リディオス総督と戦うことになったのでしょう」


 コマニャス公妃が冷静に分析した。


「どうやら、そのようね。でも、忘れなきように。勇者の目的がブリジア俗女の奪還だと判明した時には……」

「はい」


 ブリジアは、震えながらも答えるしかなかった。

 皇后デジィは、リルトに向かって言った。


「ブリジア俗女は、勇者の鼻を明かすための貴重な駒となるわ。その時まで、無駄に傷つけることは禁じます」

「承知いたしました。皇后様」


 リルトは跪いて承諾した。

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