17.奪還 ②
それを聞いた大輝は、その時初めて依織がいないことに気付いた。気まずくなった大輝は「フン」と襟を握っていた手を離す。無抵抗なトオルはそのまま壁にぶち当たった。
「だから……何度も言ったのに。簡単に人を信じるなって。あいつは人が良すぎるんだ……」
「ハハ、気の毒だなぁ少年。お前はこいつの本性を知らないだろ?いいか、こいつと関わったら災難に遭う。まったく、これでお前の友人も内穂さんも、俺と同じ、こいつの被害者だ」
「黙れよ。お前みたいに何もしてないくせに口だけ出すチャラチャラした野郎が一番ウザいんだよ」
火の粉の飛び散る熱風に煽られ、昌彦は目を剥いた。
「おぉ?気の強い中坊だな」
ここにいても埒が明かないとでも言うように、大輝は船室を後にしようとした。
「どこへ行くんだ?」
トオルが引き留めるように訊ねた。
「誰も信用できない。俺は美鈴を救う」
「一人では無謀だ。外には玄人の源使いが数人と、奴らの支配するロボットが無数に見張りをしている。扉を出れば蜂の巣だ」
大輝は顔だけでチラリと振り返った。
「だったら何だ?美鈴は俺の大切な人だ。このまま何もせず、見殺しになんてできない」
穣治は美鈴に譲ったはずの席に座り、「はは……」と気の抜けた笑い声を上げた。
「みっともないよなぁ、俺たち……」
トオルは穣治の方を振り向き、大輝も横目に見た。昌彦も一瞥したが、そこには「どうせ子供だましの猿芝居だ」と言わんばかりの侮蔑の色が滲んでいる。
「少年、君の言うとおり、俺は誰かに説教できるような人間じゃない。つまらない男の戯れ言と思ってくれて良い。……俺には、冒険を共にしたフィアンセがいた。彼女がトラブルで死んだ時、俺は誓った。これから先、何が起きても、かならず力を尽くし、同行する仲間を最後まで見捨てない」
先ほどまで明るく振る舞っていた穣治にそんな過去があるとは知らず、トオルはいつもの無愛想な表情を崩し、目を瞠った。
大輝も少しだけ身を振り向かせている。
「俺が冒険で養ってきた感覚で言えば、今この船の中で、たった一人で刃向かえば必ず死ぬ。生き残りたいなら、俺たち四人が力を合わせることだ。そうすれば、きっとチャンスを掴める」
「美鈴はどうする気だ?」
「彼女を助けるのは当然のことだが、人質は他にもいる。その全員を助けなければならん。そのために最も重要なことは、俺たち自身が常に安全を確保できていることだ。それが効率を最大に引き上げる。君たちが俺と共に行動してくれるなら、まずは力を教え合う必要があると、俺は思っている」
美鈴を救いたい一心の大輝が、率先して自分の能力を話し始めた。
「俺は、気弾を飛ばして物を壊すことができる。全力なら……一軒家の民家の壁に穴を開けるくらいはできる」
「良い攻撃になりそうだな。お前はどうだ?」
「お前じゃない、俺様の名は左門昌彦だ。俺はまだ協力するとは言ってない」
昌彦は穣治に背を向けたまま、目尻だけで睨んだ。
「あえて言ってやると、俺は玉を作りだし、風船のように中に浮かばせることはできるがな」
大輝やトオルほどの動機もない昌彦は、まだテロリストと衝突することに抵抗があった。だが、彼の性格上、日和ったと思われるのも癪だった。
「そうか、昌彦くん。君の作る玉には、人を乗せられるか?」
「ああ、大きく作れば、一つの玉に一人乗せるくらい、問題ない」
「素晴らしい、便利な力だ。その力を使えば、船の図面にはない道を開き、人質を救えそうだ」
珍しく人に褒められた昌彦は、さっきまでの態度を改め、「ふぅん、面白そうな策だな」と言いながら、穣治の方に体を向けた。
「ええと、トオルくんは、どんな力があるんだ?」
穣治は「トオルくん」と呼び名を変えることにしたらしい。チームでの冒険にも慣れた穣治ならではの判断だ。
トオルは収納ロッカーに入れていたスーツケースを取り出した。ケースを開けると、中から金属でできた鳥のロボットが出てくる。その鳥は、オオワシの首や爪、雉の胴体に孔雀の尾羽を持っている。赤白黄が混じる鮮やかな配色の胴体は75センチほどだったが、尾の先まで測れば1メートルを超える大きさがある。
トオルが意識を集中すると、鳥の目が光った。金属の真っ赤な胴体や孔雀の羽など、それぞれのパーツの紋様にも光が駆け抜けていく。そして、胸元に付いた雫型の宝石に黄色のライトが光り、完全に起動した。
鳥は高木の枝の上から獲物を探すハヤブサのように、首を動かして周辺を鋭く警戒している。そして、主人であるトオルを認識すると歩き寄り、まるで挨拶をするように鳴いた。
「おはよう、機嫌はどう?」
鳥はその場で小さくジャンプし、短い鳴き声を聞かせる。胸のライトは黄緑色に変わった。トオルはそのライトの色により、ロボットの感情を読み取っているらしい。
「ハハ、これは傑作だな、トオルくん。まるで本物だ」
「これは秘密兵器です。護身用のタマ坊と違って、彼女は戦闘用だ」
トオルがロボットに性別を付与していたことに驚き、三人は「彼女?!」とツッコんだ。
「この鳥はメスなのか?」
大輝が大声で言った。どうやら、ふて寝しながらも依織たちの会話を聞いていたらしい。
「いや……依織さんが、勝手に名付けただけだ」
「内穂依織が……。何と名付けた?」
昌彦がトオルを睨んだ。
いつの間にトオルは依織を名前で呼ぶようになったのか。あの鉄部屋の中で、依織がトオルの作ったロボットに名付けまで行っていたと知り、昌彦はムシャクシャした気持ちになっていた。そんなのはまるで、拾った子犬に名前を付けるカップルのようじゃないかと思った。死ぬほど羨ましいと言葉にはできなかったが、それは憎しみと羨望の混じる目つきを見ていれば、言っているも同然だった。
「小玉」と、トオルは無愛想に言う。
「コダマ!?こんなでかい鳥に、コダマ?」と、昌彦はイライラを抑えきれず叫んだ。
トオルは自分が名付けたわけでないので、依織の代わりに言うのが恥ずかしく、少し声が小さくなる。
「タマ坊の後に作ったから……。それと、胴体が赤いから、妹だって、依織さんが……」
「普通にオミクロン11号って呼べば良いだろ!?」
「……プログラム上はナンバーで呼んでる。だが、この子もタマ坊と同じで、コダマと呼ばれる方が気に入っているようだから……」
「まあまあ」と穣治が仲裁に入る。
「名付けは本人が気に入っていれば良いじゃないか。それより、この子はどのくらいの戦闘能力があるんだ?」
「実際の機能を試す機会はなかったけど、万が一、戦闘に巻き込まれた場合を想定して、軍事の戦闘用マシンに負けないレベルに設計した」
昌彦は驚愕した。
「お前……あのアパートにこもって、こんな武器を作ってたのか?!」
まるで自分を狙うために作ったのではないかという目で見てくる昌彦を、トオルは呆れたように見返す。
「アトランス界の情報が少なかったから。自分の身は自分で守る。当然のことだろ」
「でも、こんな一度も試してない武器、いきなり使うのか?」
大輝の質問はもっともだったが、トオルは自信ありげに頷いた。
「武装を付ける前に、実際に飛ばしたことがある。鳥と同じように、上手く飛んだから大丈夫だろう。戦闘経験については、戦闘シミュレーションのチャンネルゲームを作り、訓練を受けさせたから問題ない。それと、この子はプライドが高いから、そんな言葉は聞かせない方が良い」
コダマはすでに大輝の方に近寄り、威嚇をするように孔雀の羽を大きく広げていた。そして、トオルの話が終わったのと同時に、不満を伝えるように鋭く高い鳴き声を聞かせた。
「ハハ、元気の良いロボットだな!」
「コダマ、落ち着いて、彼はしばらく同一戦線の友だ。マナーを忘れないように」
トオルはそう言うと、自分の右腕を止まり木のようにした。コマンドに従い、コダマはトオルの方に首を向けると、よく躾けられた軍犬のように翼を収める。そして今度は翼を小さく伸ばし、どっしりとした爪で床を蹴る。バサリと翼を一振りし、腕に止まる。胸元のライトが黄色に変わった。
「ああ、もっと情報が必要だね、分かった。彼には悪意はない、許してあげて」
コダマとの対話を終えると、トオルは三人を振り返った。
「皆、彼女には言葉遣いに気を付けてほしい。下に見られれば気を悪くする」
「ふむ、対話にデリカシーを求めるあたり、まさに女心を持つAIだな」
コダマは穣治の方に首を伸ばし、誇ったように鳴き返す。ライトがオレンジに変わった。
「戦闘用というわりに、人に馴染むように作ったんだな」
「最初からこのレベルの感情モジュールを書くつもりはなかったんだがね」
コダマに家事メイドのモジュールを書き入れるよう助言したのは、クロディスだった。トオルとしてもコダマは、ただの戦闘用ロボットではなく、人間を理解し、ともに戦えるパートナーにするつもりだったため、そのアドバイスを素直に受け入れた。
トオルはまた、クロディスの顔を思い出す。
コダマの胸元のライトは、オレンジ、赤、そしてピンクと入れ替わる。甘えたいのか、トサカとくちばしを使ってトオルに擦り寄っている。
「よしよし、分かってるさ、君を責めるつもりはない。さ、ここにいる三人は今から共に戦う友だ。良いね?」
穣治は四人が協力する必要があると考えているようだった。トオルはこの作戦に昌彦が加わることには抵抗があったが、合理的に考え、自分の感情を挟まないようにした。クロディスは友人と行動するよう言っていたが、その中に昌彦が含まれるとは思っておらず、トオルは複雑な気持ちだった。
コダマはトオルの腕に立ったまま首を伸ばし、穣治たち三人の姿をじっくりと見た。そして、それぞれの姿を覚えると、トオルに向かって一度、長く鳴いた。
「よし。コダマ、ぼくたちは今、この部屋に待機しているが、機が熟せばいつでも戦いに出る。君も心の準備をしておいてくれ。君と仲良くしている依織さんとともに、大勢の新入生がテロリストに捕まっている」
コダマは驚いたように首を引くと、やや小さい声で鳴いた。それから少しトオルを責めるように、鋭い大声を出した。ライトは薄青から赤に変わっている。
「うん、そうだ、ぼくも彼女が心配だ。だから、ぼくたちで助けないと」
「なぁトオル、そいつ、マジで敵と味方の区別付くのか?」
不躾な質問に、トオルは急に醒めた目つきになって昌彦を見る。
「ああ、お前が裏切ったらすぐに分かるだろうね」
昌彦の能力は、直接的に相手にダメージを与えられるものではない。実に戦いに向いていない力なのだ。昌彦は、外見からは分からない、秘められたコダマの武装を想像する。軍事用レベルだとトオルは言っていた。一体どれほどの火力、武力を備えているのか、考えただけで鳥肌が立った。
「ところで、金田さんの能力は?」
トオルは自分の秘密兵器を見せたことになる。もっともな質問だろう。
穣治は制御ユニットである帽子に触れると、自信満々の笑みをこぼした。
「うむ。俺は、一人で多人数を相手にできる。細かい作業にも向いているが、ハードな状況を一掃することもできる」
能力に被りがあるのが気に入らなかったのか、大輝が苛立ちを見せた。
「そんなマルチな能力、あるのか?」
「ああ、難しい状況ほど、打開できる能力だ」
「だーかーら、一体どんな能力なんだよ?」
「それはな……」と穣治が作戦を話していた時、船内にまた放送が始まった。