16.奪還 ①
その頃、依織と美鈴は戦闘員たちに誘導され、5階の連絡橋に到着した。すでに十数人の人質が揃っており、手足は縄で縛られている。
戦闘員たちに背を押され、依織と美鈴は人質たちが集められている、橋の中腹に入る。
「ほら、さっさとあっちへ行け」
「ちょっと!大人しくしてるんだから、乱暴しないでよ」
「うるさい!生け贄が指図をするな。こいつらのように跪け」
そう言われてバスター砲を向けられると、依織も美鈴も我慢するしかなかった。反抗しない意思を表明するように、膝を地面につく。
その後も複数の人質が連れてこられた。男女問わず集められた人質だが、よく見ていると何となく似たような人物ばかりが集められている。依織は、きっとここにいるのは、セントフェラストに入学することが決まったものの、源の扱いが素人並の人だけなのだろうと思った。抵抗する能力がなく、また、これからの成長率を最も期待されている原石をわざと選んでいるのだ。
戦闘員が一人ひとりの手足を縄で縛っていく。とても丈夫で、靱性の高い金属の縄だ。
一人の戦闘員が依織の前に来た。アーモンド型のマスクと目が合う。今さら目を逸らすこともできずにいると、数秒間、戦闘員はいわくありげに依織を見つめた。そして、装備から金属縄の先端を引っ張り出す。蜘蛛が巣作りをする糸のように何度でも生成できるその縄を、十分な長さ引き出すと、ビームナイフで切断した。
依織が従順に手足を縛られていた時、戦闘員がそっと身を寄せ、耳元に口を寄せた。
「両手をグーにしろ。引っ張ればすぐに解けるように結ぶ。その代わり、力を貸してくれ」
依織は目を丸くしながらも、周りに気付かれないように黙って両手を握る。縛り終えた戦闘員が次の人質のところへ向かう後ろ姿に目を泳がせた。
--……刑事さん?テロリストの敵対者?力を貸してって、一緒にテロリストを退治してってこと?弱い源気じゃ、イリジウムを作るまでに時間がかかるけど、こっそり匕首を作ればいけるかも……)
依織は隣にいた美鈴に頼んだ。
「白河さん、ちょっといい?」
「ん?何ですか?」
「背中合わせになって、できるだけ近くに寄って」
美鈴は頷くと、膝立ちで少しずつ動き、依織の背に自分の背を合わせた。
「こうですか?」
「うん、それで大丈夫よ」
依織は目を閉じると、後ろ手に縛られた両手の間に源の光を集めた。美鈴にヘアピンを作って見せた時よりもずっと微弱な源を使い、戦闘員たちに気付かれないよう、じっくりと作っていく。
数分後、連絡橋の右側から船尾の階段を使って来たのがキアーラだった。映像で見るよりも大きく見え、身長は185センチを超えている。黒く太い刀のような眉に、憎しみに満ちた表情の男だった。喧嘩になれば相手の言い分も聞かず、息の根を止めてしまいそうなおぞましさがある。
キアーラは、撃ち取った獣をじっくりと鑑賞するジビエハンターのように人質を睨めつける。
「ふぅーん。今年はガキばっかりか?」
「キアーラ様!この船には地球界、アジアから来た者ばかりが集められています。彼らは年齢より若く見える特徴を持ちます」
キアーラは依織の前に立つと、気に入ったように見つめた。
「何だ、色気のある女もいるじゃねぇか」
「あなたたち、どうしてこんなことするのよ?」
依織は勇気を振り絞り、キアーラに言った。そんなところもお気に召したらしく、キアーラは憎しみの鬼のような笑みを浮かべる。
「良い質問だ。俺たちはセントフェラストで嵌められ、追い出された。それはそれは、汚い手口でねぇ」
絶望と怒りに満ちたその目を見ていると、依織の体がガタガタと震えだした。まだ形の見えない金属の塊を握りこぶしで隠し、何とか口を開いて虚勢を張る。
「な、何がしたいのか知らないけど、あなたたちのやっていることは……ひ、卑怯者のすることよ」
キアーラはますます興奮したようにギラギラとした目を近づけると、依織の顎に触れ、強引に顔を引き寄せた。
「女、良い度胸だけどなぁ、その目だ。希望でキラッキラの目を見てると、抉り出して叩き潰してやりたくなるなぁ」
脅し文句を聞いても、依織は冷静さを保とうとした。自分たちは殺されるために呼ばれたのではない。何かの交渉に使われるだけだと言い聞かせた。
「……何のために、こんなことを?」
「お前の勇気に免じて教えてやろう。ここにいる者の命は、等価交渉の条件として使う。生きるか死ぬかは、あのクソ学園の管理中枢次第だ。もしもの時は学園を憎みながら死ねよ?」
キアーラはわざと悪意のある笑顔でそう言い放つと、依織から手を離した。依織はさっと顔を逸らし、抗う意思を見せる。
「おい、これで全員か?」
キアーラが依織に話すのと同じ調子で戦闘員に言った。
「7階、8階がまだです!」
「遅ぇな!さっさと連れてこい」
「了解!」
*
一方、客室に戻ったトオルと穣治は、そこにいるはずのない人物がいたせいで、無駄に動転させられていた。そう、昌彦だ。
昌彦はトオルの席に座り、扉を開いたままで腕組みしていた。ずいぶん待たされたのか、不機嫌そうにしている。
「遅い!この俺をいつまで待たせるつもりだ」
「なぜここにいる」
「フン、お前の死相を見てやろうと思ってな」
あまりの言葉遣いに穣治はゾクリとさせられる。
「彼は君のことが相当嫌いなんだな」と、トオルにぼそりと呟いた。
トオルは昌彦の言葉を冷静に分析していた。その結果、こんな非常時に憎んでいる者に会いたいという矛盾した感情を起こすほど、昌彦は複雑な人間ではないと考える。きっと、テロリストに襲われ動揺し、尻尾を巻いて逃げてきただけだろう。
「怖かったのか?」
保護権も放り出され、今さら何の遠慮もないトオルは無愛想に言った。昌彦は頭に血を上らせたようになって、「ああ、怖いね!」と怒気を孕ませた。
この状況でトオルが冷静さを保っていることが、昌彦には意外だった。
「あのむさ苦しい鉄部屋にいたオタクのお前が、アトランス界に来た途端、内穂依織以外の女子とまでイチャイチャしやがって。俺はお前が怖いよ。こんな罪深いクソ野郎、死ねばいいのに!」
昌彦は、トオルばかりが美味しいシチュエーションに出会いすぎることに嫉妬していた。
穣治はあまりに酷い言い草にどこから突っ込んで良いか分からず、苦笑した。
「青いな……」
昌彦といるせいで頭がキンキンに冷えてきたトオルは、吠えながら墓穴を掘る昌彦に呆れ、
「はっ、要するにぼくを尾行してたのか?」と言った。
そうでなければ、美鈴のことなど知っているはずもない。
「分かるまで何度でも言ってやる。お前が幸せになる資格はない」
昌彦はトオルに返事をせず、否定もしなかった。きっと、乗船してからずっと、トオルを尾けていたのだろう。だから客室の位置も知っていたのだ。依織と美鈴とともに転送ゲートに乗ったところも見られていたのだろう。
恥ずかしい従兄弟の愚行に薄笑いを浮かべ、トオルは問い返した。
「昌彦の同室は誰だったんだ?」
「……オッサン二人とうるさいガキだ。オッサンの匂いがきつくてあんな部屋、いられねぇ」
「そうか。一応否定しておくが、ぼくは別にイチャイチャしてない。偶然同室になっただけだ」
その時、ずっと自分の席にいたはずの大輝が、トオルの前にやってきて、痺れを切らしたように声を上げた。
「なぁ。美鈴は?」
「……白河さんは、テロリストの人質に取られた」
「はぁ!!!?」
と怒号が響いた。トオルよりも5センチは低い大輝だが、トオルの襟を掴み、ドラムを力一杯叩きつけたような怒鳴り声を浴びせかける。
「ふざけんなよ……!美鈴はお前らのこと信用して付いていったんだぞ?お前ら何平然とした顔で戻ってきてんだよ。抗ってボロボロになって帰ってきたんじゃないんだろ?美鈴が連れて行かれるのをただ見てただけなんて……無責任すぎんだよ!!」
トオルは黙って聞いた。
小学生の頃からヘッドホンを付けていたトオルは、同級生、上級生問わずいじめの対象になることも多かった。家に帰れば叔父からも殴られる。身体能力に長けているわけではないトオルだ。暴力には弱く、抗えばさらに酷い仕打ちを受けてきた。だから、いつの間にか抗う心を失っていた。
だがこの時、トオルが抗わなかったのは、単に暴力に飼い慣らされていたからではない。美鈴がさらわれたことに関して、トオルは自分に責任があると感じていた。依織も囚われた。弁解の余地はない。罵られながら、トオルの瞳は悔しさで満ちていた。
穣治は火が燃え上がるのを危惧した。
「坊や、落ち着け。左門くんを怒鳴ったところで状況は変わらん」
「は?オッサンだって責任あるだろ?現場にいて見てたくせに、仲間を犠牲にして、手助けしようともしなかった。無責任なうえに説教垂れて、最悪の大人だろ」
大輝のトゲのある言葉は、穣治の胸の底にある古傷を引っ掻いた。穣治はそれ以上何も言えず、歯噛みしながらそっと身を引き、顔を伏せた。
襟を掴まれたまま、トオルはうなだれている。
「……すまん。突然のことで余裕がなかった。……ぼくの友だちも、彼らに囚われてしまった……」