15.ハイ・ジャック進行中 ⑤
硬いトオルの表情を、依織は目を見開いて見つめる。「どうして?」と書いてあるようだと、トオルは思った。
「なんだ、お前は」
トオルの無表情さは変わらなかった。戦闘員はトオルを見る。源の数値は879。
「……まあ、この程度の数値なら、贄にしても悪くない」
「だが、評価コメントが遅いな……」
(分析要素が多いのか?)
トオルには彼らの声が頭の中に響くような気がした。戦闘員たちのマスクのライトは光っていなかったが、なぜかその言葉の意味が分かった。
――何だ、今の?いや、それよりも。数値と分析要素って何のことだ。奴らの仮面には何か仕掛けがあるのか?金田さんはそのせいで弾かれたのか?
「おぉ……!」
戦闘員たちの間に妙な驚きが起こった。
「な、んだ……これは?」
<制御ユニットを着装しています。無害に見えますが我が組織に対し、予想外のリスクがあります。この人物には関わらないことを推奨します>
「こんなコメントは初めて見た……」
戦闘員たちの間にどよめきが起こる。
「こんな地味なガキが……一体何者なんだ?」
「とにかく情報機元聖霊に従おう」
戦闘員たちの会話は、やはり頭の中に響いている。だが、意味の分からない専門用語があり、内容を読み取れない。トオルは少しだけ苛立った。
「どうしたんですか?ぼくも不適切ですか?」
「ヒィッ」
トオルが急に声を出したので、戦闘員たちは巣離れしたばかりの鷹の雛鳥のように呻いた。そして、数秒間停止したかと思うと、トオルから数歩後ずさる。
「お、お前は来るな」
「そ、そうだ。お前のような存在感の無いガキは贄に不適切だ。女の前で格好付けたいのかもしれないが、お前程度の弱い源では抵抗は不可能。死にたくなければ大人しくここにいろ」
トオルには、お前など眼中にないと言われているように聞こえた。これまでにも同じように存在を無視されたことはあったが、この新しい世界でもまだ無視されるのだと陰惨な気持ちになる。トオルが不愉快そうに睨むと、戦闘員はさらに遠ざかろうとした。
異世界に来てもぼくは……。
トオルは昌彦の言葉を思い出し、悔しさが体中に滲んでいく。
「……左門さん、大丈夫です。選ばれたのは私ですから、行ってきます」
これ以上、三人の迷惑をかけないようにと、美鈴は自ら踏み出した。
依織は人質になりたくない一心で、声を出すことができないでいた。トオルが自分の身を投げ打ってでも美鈴を庇おうとしたことに驚き、その勇気が出せず、自分だけが助かれば良いと暗に思っていた卑怯な自分を恥じた。そして、そんな自分を変えたかった。
「トオルくん、私、行ってくる。バックアップはお願いね」
依織はトオルにそう告げると、美鈴を連行している戦闘員たちの背中に叫んだ。
「待って!人質がほしいなら、私はどうですか?」
怪しい動きに反応し、フェジが依織を囲む。
「何だ?今度は女か?」
「お姉さん……」
戦闘員の一人が依織を振り向き、近付いていく。
「あなたたちの目的は分からないけど、私の母はセントフェラストの卒業生です。私はその娘ですから、人質として相応しいのではないですか?」
「あちゃー。お嬢ちゃん、一番言っちゃいけないことを……。こりゃマズイぞ」
(依織さん、どうして……?)
さっきまでの怯えようとみていると、どこからそんな勇気が湧いてくるのか。トオルには依織の心の移ろいが理解できず、驚いていた。
「ほう、良い度胸だな、女。ルックスも悪くない」
「何だ、この女が良いのか?」
「ああ、数値も2000に達していない。我らに抗う力はないはずだ」
「……ん?だが、評価コメントには人質には推奨できないとあるが?」
「女だぞ、平気だろう。キアーラ様の元へ連れていけば問題ない」
「そうだな。おい、女。お前も来い」
依織は跳びはねるように急いで美鈴の元に駆け寄った。
「お姉さんどうして!?」
皆を守るためにも大人しく人質に取られることを決意した美鈴だが、依織がいてくれることで少しだけホッとしたのも事実だ。
小声の美鈴と合わせるように、依織も声をひそめた。
「二人の方が心強いでしょ?」
恐怖がなくなったわけではない。だが、美鈴の心に一滴の水が染み渡っていくようだった。複雑な感情を言葉にできず、美鈴はじわりと目を潤ませる。
「はい……」
さらに12歳くらいの男の子が人質として選ばれ、四人は二名の戦闘員とともに、転送ゲートホールへと入っていった。
「依織さん!」
後を追いかけようとするトオルの肩に、穣治が手を置いた。その重みでトオルは留まる。
「今はダメだ。しばらくは彼女たちも身の安全を確保されているはずだ。策を練り直そう」
そう言われてトオルは、依織が囚われてしまったことに動揺している自分に気付いた。すぐに気持ちを落ち着け、(部屋に戻るチャンスがあれば良いんだが……)と思考を巡らせる。
その時、映像の中のキアーラが喋り始めた。
「よーし、選ばれなかった奴らはすぐに自分の部屋に戻れ。その時は船尾にある階段を使えよ。それ以外の場所でうろついてる奴がいれば、例外なく撃つぜ」
トオルはそれを聞くと、うっすらと口元に笑みを浮かべた。
穣治はトオルの表情を興味深げに見た。そして、心の中で笑った。
(何やら考えているな。この少年、思ったよりも器用だ)
「あ、そうだ。金田さんにタマ坊を貸しますよ。客室間で連絡を取るのに使えますから」
トオルが球体になったタマ坊を渡そうとすると、
「いや、データ上はそっちの部屋に振り分けられてる。むしろ、別の船室にいる方が怪しまれるだろう」
「ああ、そうでしたね」
そう言いながらトオルは、クロディスが言っていた仲間とは穣治のことだろうと思い至った。
トオルと穣治は、フェジや戦闘員に見張られながら船尾の階段を降り、客室へ戻った。
これで人質以外の生徒は全員がそれぞれの船室に幽閉された。船内のほかの場所には、戦闘員とフェジ、そして歩く屍と化したガードマンの姿だけが残り、フェジの機械音のみが響いていた。ゆったりとした快適な空旅の飛空船は、重苦しい空気に覆われ、空飛ぶ牢獄へと一変した。