14.ハイ・ジャック進行中 ④
戦闘員のマスクのヘッドホンに通信が入った。
<いいかお前ら、新入生の中から相応しい生け贄を選び、5階の連絡橋に集めろ。一組4人ずつだ>
「了解ラジャー!」
戦闘員たちはバスター砲を翳しながら、レストランにいる生徒たちを物色し始めた。
「四人か……。こんなにたくさんの新苗から生け贄を選ぶのは手間だな」
戦闘員の一人がそう言った。
その言語は地球界のものではない。会話の内容や情報が漏れないよう、新入生には分からないアトランス界固有の言語で話しているのだ。
「このマスクがあれば、相応しい生け贄を選ぶくらい容易いだろ」
「ターゲット分析機能を応用するわけか。お前、頭良いな」
彼らが見ているアーモンド型のレンズは、身体情報を数値化して見ることができた。さらには対象ごとに推奨の戦術も文字として現れる。戦闘員たちはその機能を使って、レストラン内にいる新入生たちの情報を明らかにしていった。
「あの人たち、人捜しでもしてるみたいですね……」
美鈴がこっそりと穣治に話しかけた。
「賊によくある行動だ。人質でも捜しているのかもしれん。交渉に使うんだ」
依織もひっそりと穣治の方を見る。
「金田さん、そんなことも知ってるのね?」
穣治は依織を振り返らず、戦闘員に警戒したままで答えた。
「ああ。遺跡や沈没船の財宝を狙う連中と遭遇したことがある。奴らは宝を手に入れるためなら、相手の家族や仲間を人質に取り、脅迫する手を取る。悪人の常套手段だ」
緊迫感のある状況で、トオルは頭が真っ白になっていた。
「流石元冒険家、まさに、海千山千だな」
「こら、こんな時に軽口を言うな。全く思い出したくないエクスペリエンスなんだぞ」
穣治が冗談に付き合ってくれたことで、トオルは少し冷静に戻っていった。
「金田さん、それなら今、私たちにできることは?」
「お嬢ちゃん、無鉄砲に争わないことだ。まずは状況の把握」
しばらく物色を続けていた戦闘員が、一人の男子生徒を指差した。
「メガネに短パンのガキ、こっちへ来い」
今度は日本語に通訳されたらしい。マスクの歯にライトが付いて、ボリュームグラフのように伸び縮みしている。
差されたのは、トオルたちと同じ、十代中頃の、地味な髪型の男子生徒だった。
「自分のことですか?」
「そうだ、こちらに来い!」
有無を言わせない戦闘員の恫喝にレストラン内が凍り付いていると、三十代くらいの男が声を上げた。
「お前ら、こんな素人を捕まえて、何をするつもりだ?」
「お前には関係がない」
「力のない者に手出しするなんて、卑怯だぞ!」
二度目の返事は銃弾だった。男は無防備なままバスター砲を食らい、その場に倒れる。女子生徒の悲鳴が上がった。
「いいか、無駄口を叩く奴は容赦なく撃つぞ!」
「お前、さっさと来い」
男子生徒はおどおどと足を踏み出し、戦闘員のところまで歩いていく。
「よし、まずは一人確保」
「次はどの新苗だ」
「間違いない。奴ら、人質を物色してやがる」
穣治が言った。
「人質なんて嫌です……」
不安がる美鈴を見て、依織が「どうすれば良いの?」と穣治を見上げた。
「目立つ行動を取るな。そして、なるべく目線を合わせないことだ」
そんなことを言っていると、戦闘員たちが近付いてきた。トオルたちは体を硬直させ、声を出さず、身じろぎ一つしない。目線は何もないどこか一点を見つめつづけ、戦闘員のマスクを見ないようにした。
ゆっくりと物色を続けていた戦闘員たちが通り過ぎようとした。ホッと胸をなで下ろそうとした時、「待て」と一人が振り返った。銃口でトオルたちを差す。
「麦わら帽子の若い女、来い」
「……えっ、私ですか……」
「そうだ、お前だ。早く来い」
美鈴は思わず戦闘員を振り返った。無自覚のうちに体がカタカタと震え、目は見開かれている。
「おいおい」と、穣治がユーモラスな雰囲気を意識しながら割り入った。
「彼女、怯えてるぜ?良ければ俺を代わりに連れていってくれよ。よく働くナイスガイだぜ?」
戦闘員は穣治を見た。彼の数値は6000。美鈴はわずか632だ。
<制御ユニットがあるため、戦闘意志が高まれば数値が一気に上昇する恐れがあります。高リスクのため人質として不適切です>
評価コメントを見ながら、戦闘員は苛立ったように穣治の案を棄却する。
「お前は不適切だ」
「お前のような不細工な男が贄になったところで、奴らはビクともしないだろう」
あまりの言いように穣治は青筋を浮かべたが、そこはさすがの経験値だ。衝突して良いことは何もないと言い聞かせ、怒りを抑えて笑みを浮かべた。
「そんな冷たいこと言うなよ!俺は従うぜ?ほら、あんなロボットまで使ってるようじゃ、手も足も足りてないんだろ?」
トオルと依織が穣治を見た。
(こんな状況でお芝居ができるなんて……。怖くないのかな)
(金田さん、テロリストの隙を突いて人質を救うつもりか。この状態でまだ心脈が安定しているとは、さすが冒険家だ。もしかしたら、どこかで攻勢に転じる気かもしれない。悪くないが、通用する相手なのか……?)
<信じるに値しない戯れ言です。彼は裏切りの打算をしています>
穣治にはマスクにそんな機能があることは分からなかった。
「黙れ!次に邪魔をしたらこのガキを撃つ!」
バスター砲を向けられ、美鈴が固まる。
「分かった分かった、穏便に、な」
穣治は敵意がないことを示すため、さっと両手を挙げた。
「女、もたもたせずに来い」
別の戦闘員が美鈴を急かした。
時間稼ぎをすればするほど、周りの皆を命の危険に晒すと理解した美鈴は、覚悟を決めた。
「大人しく行きますから、もう皆を傷つけないでください」
美鈴は戦闘スキルを持たないのだと、トオルは推測していた。それは男三人との同室を拒絶したことからも分かる。そんな女の子が人質に取られるというのは、あまりに不憫だった。穣治は不適切だそうだが、自分なら選ばれるかもしれない。そう思い、トオルは戦闘員をまっすぐに見た。
「すみません、ぼくも一緒に連れて行ってもらえませんか?」
戦闘員の一人がトオルに銃口を向けた。