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144.エピローグ 捨てるもの、新たな目標 ④

それは、事件が解決した夜のことだった。担架ユニットに運ばれた昌彦まさひこは、ヒーラーの治療を受け、意識を取り戻したものの、まだ恍惚とした状態だった。目をかすかに開いたまま、救急飛空艇に運ばれる途中、トオルは彼に声をかけた。


「すみません、彼に少し話したいんですが。」

「君は?」

「僕は彼の従兄弟です。」

「そうですか。あまり長くならないようにしてくださいね。」

「はい、すぐに済みます。」


トオルは昌彦のそばに近づいた。


「……お前、なぜこんなところに……」


昌彦の問いに、トオルはまっすぐな目で彼を見つめ、重い口調で言った。


「今回の事件をきっかけに、ぼくたちはここに関わることになった。昌彦、お前がどんな生活を送るのかはお前の自由だ。ただ、他人のために何もできないなら、せめて人に迷惑をかけるな。」


初めて従兄弟に説教された昌彦は、一瞬ぼんやりとした表情を浮かべたが、すぐに意地を張るように口元を歪めた。


「……ふん、お前なんかが人を説教するなんて、10年早い。」


「説教するつもりはない。ただ、こんなみっともない姿を見て叔父さんや叔母さんがどう思うか、少しは考えろ。」


トオルの言葉を、昌彦はどうでもいいとばかりに聴き流そうとした。


「余計なお世話だ。」


「確かに余計なお世話だ。でもな、俺はお前を放っておけない。」


トオルが珍しく強い口調で言い放つと、昌彦は驚いたように目を見開いた。


「お前は本気を出せばやれるやつだろ?叔父さんと叔母さんのことをちゃんと考えて、しっかり生きろ」


トオルの言葉は、昌彦にとって痛烈だった。だが、プライドを守るように鼻で笑い、こう言い返した。


「ふん、調子に乗るなよ。いつかお前なんか、ぺっしゃんこに踏み潰しやるさ」


それを聞いたトオルは、小さく微笑みながら静かに答えた。


「やってみろ」


そのやりとりを最後に、救助隊員が声をかけた。


「あの、もう運んでもよろしいでしょうか?」


「はい、後はお願いします。お疲れ様でした。」


そう言って、トオルはヒーラーたちに礼を述べると、昌彦はそのまま飛空艇に搬送されていった。




その時の記憶を思い返しながら、トオルは静かに語った。


「従兄弟として、あいつをこのまま放っておくのは恥ずかしいからな。あいつが完全な駄目人間にならないよう、引っ張れしかなかったんだ。俺が彼の家に居候していた頃、確かに嫌な日々もあった。でも、その経験が俺に折れない心を育ててくれた。そして、クロディスやここでの生活に出会えたのも、叔父さんと叔母さんのおかげだ。いつか恩を返したいと思っている」


依織は、トオルの言葉に少し心配そうな顔を見せた。


「でも、そう言っても、彼がまた邪魔しに来るかもしれないじゃない?それでもいいの?」


「昌彦は大げさな言葉を吐くし、態度も尊大だけど、彼なりのプライドは持っている。この件がいい教訓になれば、彼は彼なりのやり方で立ち直れるはずだ」


依織は軽く頷きながら、トオルの顔をじっと見つめた。


「そうね……でもトオル君、最近顔色がすごく良くなったよね。笑顔も増えたし、何かいいことでもあったの?」


急にそう言われ、トオルは一瞬赤面した。少し照れたような表情を浮かべながら答えた。


「そうかな……たぶん、この世界で毎日が新鮮だからかな。やりたいことに挑戦できて、周りの人にも助けられている。そう思うと、何でもうまくいきそうな気がして」


依織はそんなトオルの変化を感じながら、柔らかい笑みを浮かべた。


「まるで大空を自由に飛ぶ鳥みたいだね」


依織自身も、この世界での生活にまた慣れきっていない。それでも、トオルのように自由に生きる姿にどこか羨望を抱いていた。ふと彼女は首を伸ばし、空を見上げた。そこには、浮かぶ島が静かに漂い、反射する光が鋭く輝いていた。そして、その近くを旋回する二羽の魔獣の影を見つけ、指を差して言った。


「トオル君、あの空を飛んでいる島って何?」


トオルは依織が指す方向を見上げ、涼しげな表情で答える。


「あれか。あれはセントフェラストの気候を調節する装置らしい。柱として結界を支える役割があると、クロディスが言っていた。」


「登って行けるかな?あんなに高いところにあるんだから、相当遠くまで見渡せそうだけど。」


トオルは少し冷めた表情を浮かべて答えた。


「やめたほうがいい。あそこは一般の心苗が立ち入れない聖地だ。守護精霊が住んでいて、下手に近づいたら不審者扱いされて排除される。命を奪われるかもしれない。」


依織は目をわずかに大きく見開き、意外そうに言った。


「綺麗に見えるけど、危ない場所なのね。この学校、そういう場所があちこちに多い気がするわ。」


「クロディスも何度も言っていたけど、無断で立ち入る新入生が、ほとんど帰ってこられなかったみたいだ。でも、そんな場所に近づかない限りは安全だよ。」


依織は再びトオルに顔を向けながら、知っている情報を語った。


「事件の詳細はよくわからないけど、確か、この1か月でそんな理由で亡くなった心苗が800人を超えたらしいの。しかも、一部の人は犯罪意図を見抜かれて捕まった異端犯罪者だったっていうニュースも見たわ。」


トオルは顔を伏せ、しばらく考え込んだあと、静かに言った。


「それと、“貪食者”か……。そんな人たちが何の目的でここに来たのか、よくわからないな。」


依織はトオルのそばへ歩み寄り、水辺から少し離れた。


「金田さんが言ってた通り、みんなが同じ目的でアトランス界に来るわけじゃないものね。」

トオルはため息をつき、先日見た嫌な出来事を思い出しながら言葉を続ける。


「アトランス界の住人のことはさておき、ぼくたちと同じ地球界から来た人たちが、無断でルールを破るだけでなく、地球で禁止されているような悪習や悪知識をそのままここに持ち込むのは、同じ地球に育った人間として、見ていて本当に耐えられない。」

依織は眉を少し寄せ、苦笑を浮かべながら応じた。


「その気持ちはわかるけど……人の問題って本当に難しいわよね。私は自分のことだけで精一杯。他人の力になるのは、正直、まだ難しいわ。」


「そうだね。」

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