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138.三枚星を挙げる時 ③

 クロディスと紫苑(しおん)が工場内部から姿を現すと、トオルたちは顔を向け、紫苑のそばには六本の尻尾を揺らす福ちゃんが付き添っている。紫苑は自然体でありながらも、五人それぞれ以上の強力な源気(グラムグラカ)を放っている。一方、まるで気配を消したかのようなクロディスがさらに穣治たちの注意を引いた。美鈴は少し憧れた様子でクロディスに声をかける。


「あ、クロディス先輩が来てくれました」


近づいてきたクロディスに、依織は丁寧にお辞儀しながら言った。


「お疲れさまでした、クロディス先輩」


「いえ、疲れたのは君たちのほうでしょう」


クロディスはトオルと目を合わせ、静かに告げた。


「トオル、オリアンさんは逃げられた」


「そうか……逃げ道を仕掛けていたんだな。工場の中枢部で人質を助けているときに、どこかで覚えだ源気が上の部屋に現れて、続いて他にも複数の源気が次々現れたこともあるような……」


トオルがその源気を思い返していると、紫苑が応えた。


「私も同じように感じました。強い気配がそこに確かにありましたよね。一体、何が起きたのでしょうか?」


依織(いおり)が問いかけた。


「クロディス様を狙っている勢力がいます。メアリ・オリアンとの戦闘中、誰かがゲートを通じて彼女を救援し、連れ去りました」


紫苑が簡潔に説明すると、クロディスはトオルに向かって少し頭を下げた。


「トオル、捕まえるべき犯人を逃してしまい、申し訳ない」


「気にしないで。クロディスが無事で何よりだ。おかげで人質を無事に救出できた」


「そうですよ。クロディス先輩が来なかったら、私たちもオリアンにやられていたかもしれません」


トオルは考え込んで言った。


「でも、この事件を起こした貪食者が逃げ道を確保し、さらにクロディスを狙う勢力まで現れるなんて、偶然とは思えない」


「左門さん、どうしてそう思うのですか?」


「クロディスを保護するために、学校は彼女の居場所情報を隠すために色々処置で施している。彼女はいつも源気の反応を消せる法具を付けているので、紋章術を発動させない限りクロディスの反応が確定できない」


「つまり、誰かが意図的にこの事件を仕組み、クロディスをおびき寄せたということか?」


「金田さんが言う通り、僕たちははじめから図られていたのかも……」


「左門くん、この話はここでするべきではありません。クロディスさんのためにも、慎重に取り扱いましょう」


「わかっている。でも、まさか《《()()()()()()》クロディスに危険が及ぶなんて……」


トオルは悔しげに地面を見つめ、拳を握りしめた。


「トオル、気を落とさないで。この事件で二人の貪食者を確保できたのは君の功績でしょう」


「クロディス……」


 依織も熱さが感じる言葉で励む。


「トオル、君は考えが間違でしょう。そんな事は責めるべき相手はトオルくん自身なんかじゃない、責めるべき相手はこのことは差し金を入れた人たちでしょう?」


「依織さん……」


美鈴は優しく言った。


「無事に終わったんだから、良かったでしょう?また今度、私たちがクロディス先輩を守りますね」


大輝はやる気満々で拳を打ち合わせた。


「そうだな。そんな奴らに全部ぶち倒せば、問題を解決だろな」


「君たち……」


「皆さんのお心遣いに感謝します。ですが、今はそれぞれの鍛錬に励んでください」


穣治は粋した気楽そうな顔をした。


「クロディスさんの言う通り。これからは情報収集と技の向上、それに心身の鍛錬が必要だね」


五人が話し合う中、紫苑は美鈴をじっと見つめていた。


(彼女は白河家の令嬢か……図書館の手伝いの仕事をしているのが聞いたことがある。事件の被害者でありながらも、危険を顧みず飛び込むなんて、今後彼女の動向がもっと注意するべきかな?………それより、やっぱりこの事件に一番に気になる人はクロディスさんの兄弟である、左門トオルのことね……)


 その視線に気づいた美鈴は驚いて紫苑に視線を向けるも、紫苑は既にトオルに目を移した。


(彼女が着ている服に縫いてある家紋は……彼女はもしかして安倍家直系の人なの?)


その時、拘束されたユリアンとトニーが騎士団員に連行されてきた。二人とも源気を封じる縄で縛られており、ユリアンはさらに重い拘束具まで装着されていた。


 複数の源気が迫る感覚が、美鈴の思いを中断させた。


 身柄を確保されたユリアンとトニーは、サンジェストール騎士団に連行された。二人の手には源気を封じる縄が巻かれており、トニーは何も言わず、ただうつむきながら歩いている。ユリアンはさらに手足に、彼の体重の三倍の重さの拘束輪を装着されており、これは重大犯罪者を抑えるための特別な装備だ。


「脚を止めるな! 前に進め!」


 騎士団員に背を押されたユリアンが声を荒げた。


「俺を押すんじゃない! なぜ奴には拘束具が付けられていない?」


 ユリアンの質問に、騎士団員の一人が答える。


「お前が犯した罪の重さが違うからだ!」


 もう一人の騎士団員も補足する。


「取り調べ時の態度も全く違っただし。お前には凶暴性と欺瞞性が見受けられたため、逃走を防ぐための措置だ。これは我々の判断だ」


 ユリアンは怒りで顔をゆがませ、叫ぶように言い返した。


「ただの差別じゃないか!」


 その言葉に対し、騎士団を率いるアニスが冷ややかな表情で答える。


「差別ではない。お前の行動が引き起こすリスクを抑えるための措置だ。うちの本部に到着すれば、すぐに外す。お前自身の権利を考える前に、その粗暴な言動を改めるべきだ。さもないと、また罪を重ねることになるかもしれない」


「このアバズレ、こうさせたのはお前らの不公平な処置のせいだろ!ただの小娘分際で、俺に口出しするには十年早い!」


 ユリアンの挑発に対して、アニスは目を軽く閉じ、冷静に問いかけた。


「今、差別をしているのは誰でしょうか?」彼女は目を開け、毅然として続ける。「さらに、公共の場で暴言や他人の名誉を傷つける言葉を吐くのは、お前自身が罪に問われる行為だ。少しでも反省してみてはどう?」


 アニスの無雑なサファイアのように冷徹なまなざしに睨まれたユリアンは、彼女の気配に圧倒されたように言葉を失ったが、しばらくして再び抗弁した。


「お、俺は間違っていない。ただ俺のやり方で源気を求めただけだ」


「求め方は自由だが、人の意志を無視し、勝手に奪うのは許されない行為だ。お前の自由を主張する前に、まず他人の自由意思について考えてはどうか、ユリアン・バルデル」


 アニスの厳しい視線に、ユリアンは虚勢を張った言い訳が止まり、怯えた表情を浮かべた。


ユリアンはトオルたちを睨みつけ、ぶつぶつと呟いた。


「俺の行動は完璧なはずだ……トオル・サモン、お前が手を出さなければ……」


「飛空艇に乗れ。他に言いたいことがあるなら所内で聞く」


 再三の暴言を吐き続けるユリアンに対し、トニーは何も言えず、ただトオルたちの前を通り過ぎるときにクロディスを見つめた。


 クロディスは微笑みを浮かべて、静かに頷いた。


――イラーリオさん、どうかご自愛ください。罪を償えば、必ず幸せが訪れるでしょう。


 クロディスの言葉がトニーの心に届き、彼は生まれて初めて陽光のように安らかな笑みを浮かべた。


 二人の貪食者はサンジェストール騎士団の飛空艇に乗り込まされ、さらに三機の同型飛空艇が護送に付き添った。


 飛空艇が飛び立つのを見送ると、アニスはクロディスと紫苑の方へ歩み寄り、感謝の意を示した。


「クロディスさん、そしてノディクラシス会の安倍さん、事件解決にご協力いただき感謝いたします。このお礼は副会長にお伝えください」


 紫苑は丁寧に応じた。


「わかりました。必ず副会長に伝えます」


「クロディスさんの保護の件についても、今後ロードカナルがしっかりと対処します」


「ご配慮ありがとうございます」


 アニスは続けて、依織たちの方へ向き直った。


「左門トオル、金田穣治、白河美鈴、隼矢(としや)大輝、二人の貪食者の確保にご協力いただき、心から感謝します」


 工場突入から任務を終えた五人は疲労が滲んでいた。穣治は微笑み、大輝は得意げに、美鈴は照れくさそうに肩を寄せ合った。トオルは静かに頷いた。


 「そして、内穂依織さん。ケネル君からあなたの勇姿を聞きました。幼い後輩の代わりに虜になって、異端犯罪者(ヘラドロクシー)が占領された本陣に潜入し犯人と果敢に戦った、その覚悟と度胸を高く評価します。実戦の戦いでも見事な素質を示しましたが、地球界出身であることを考えると、何か経験が?」


「いえ、実戦経験は入学してから積んだだけです。ですが、母がセントフェラストのOBで、彼女から戦闘技術を学びました」


「お母様も騎士ですか?」


「いえ、彼女はフミンモントル学院の出身でした」


「なるほど、騎士ではなくても優れた戦闘スキルをお持ち方のようですね。親の話はさておき、君には相当な才能がある」


入学以来、初めての称賛に、依織は胸が熱くなり、湿った瞳に喜びの光が満ちる。思わず額に皺を寄せた表情を一瞬浮かべるが、すぐに晴れやかに微笑んだ。


「もったいないお言葉です。まだまだ未熟ですが…」


「謙虚ですね。しっかりとした芯の強さが感じられます。これからの活躍を楽しみにしています」


 アニスの激励を受け、依織は眉を寄せ、勢いをつけて答える。


「はい、精進してまいります!」

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