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12.ハイ・ジャック進行中 ②

レストラン階で依織の姿を探し出せなかったトオルは、屋上庭園にやってきていた。

見たこともないような灌木や花々が彩り豊かに植えられ、小さな噴水が流れている。

 庭には十数人の新入生がいたが、敷地が広いため閑散としていた。

トオルが辺りを見回しながら庭園を巡っていると、船頭に依織の後ろ姿が見えた。彼女は庭の縁とガラス壁の間にある金属製のガードレールにもたれて空を眺めている。


「はぁ……どうしてこうなっちゃったんだろ。まだまだ覚悟が足りない……」


落ち込んでいる依織に、トオルは慰めの言葉も見つからないまま、ひとまず声をかけた。


「内穂さん、ここにいたのか」


依織はトオルの声を聞き、その姿を見て、少し驚いた。


「トオルくん……?金田さんたちは?」


「まだレストランにいると思う。それより、大丈夫か?」


「ありがとう……何とか落ち着いたけど……」


 落ち着いたと言いながらも、その表情にはまだ曇りがある。遺跡を散策していた時に探し出した時と同じで、依織の心脈のリズムに不安の色が混じっているように、トオルは感じた。


「さっき、限界って言ってたけど、内穂さんは何か我慢しているのか?セントフェラストへは、君が来たくて来たんじゃないのか?」


「……ううん、私、セントフェラストを受ける気なんてなかったの。源のことを隠して一般人として生きていく自信もあった。でも、両親が認めてくれなくて……。力を隠して生きていくのは自然に背くことだって、立派なウィルターになれば、自分のしたいことを自由にできる、自由な生き方を選択できるって説得されて。それで、試験を受けなさいって言われたの」


 叔父の元で育ったトオルには、親に何かを要求される気持ちを理解することはできなかったが、黙って聞いていた。


「それに実際、一般人の源使いに対する扱いも見るでしょ?白河さんが言ったように、きっと私も、セントフェラストを受ける以外に選択肢はなかった。試験を受けるしかなかった」

 

「入学が決まって、ご両親は喜んだんじゃないか?」


「お母さんは嬉しそうにしてた。でもお父さんには、「卒業まで生き残れない限り、評価は無い」って……」


父親の言葉は呪いのように依織を怖がらせている。トオルはそう思った。


「内穂さんはこの世界に、何の期待もないのか?」


「源使いの仲間ができるのは楽しみ。でも、こうして実際にアトランス界に来てみたら、これはチャンネルゲームとは違うんだってわかった。いつ命を落とすか分からないんだなって思ったら、新しい何かを楽しむより先に、死への恐怖がせりだしてきて……」


 そもそもセントフェラストを望んでいたわけではない依織だ。一ヶ月前まで、地球界でごく普通の高校生活を過ごしていた身からすれば、異世界で、命を落とすリスクを背負う日々に一変し、たしかに刺激が強すぎるのかもしれない。トオルとて、そのリスクは織り込み済みだ。


「たしかに事前説明会では、アトランス界にいる限りは、生命の安全や保証はないと言っていた。セントフェラストでは生徒たちがそれぞれの個性や才能を最大限に引き出すことが最優先の教育方針が採られていて、ルール違反でない限り、ぼくたちの意志が尊重されるという。その代わり、どんなことが起こっても、その責任は学校や関係機関ではなく、生徒個人が負う」


「何かトラブルに巻き込まれたら、死んでしまうかもしれないってことでしょ?そのリスクも責任も、すべて私が背負わなきゃいけないんだって思ったら、もう、動けない……」


 依織はまだ震えている。その心脈の音を聞けば、依織がどんなに不安なのかが分かった。トオルは何とか依織を慰めたいと思う。


「でも、内穂さんのお母さんはセントフェラストのOBなんだろ?源の使い方を教えてくれたくらいなんだから、この世界で生き抜くための方法も、人より学んできたんじゃないのか?」


「そりゃ、色々聞いたわ。でも、お母さんが話してくれたのはほとんど思い出話ばっかり。詳しいことはほとんど教えてくれなかったし、私が理解できないことも多かった。戦闘術についても教えてもらったし、準備はできる限りして、きっと大丈夫って思って、ここに来た。だけど……」


 言いながら、依織の声はだんだんと自信を失っていき、細く小さくなっていく。


「自分の何倍も大きな魔獣を見て、これからはあんな生き物を相手にして生きていかなくちゃいけないって思ったら、想像が追いつかなかった。お母さんに教わったことだって、一体どれくらい通用するものなのか、分からない……」


 高校ではいつもイキイキとしていた優等生の依織だ。その美しく整った顔に、不安や恐怖は似合わないと、トオルは聞きながら思っていた。依織のストレスを発散させたくて、トオルは訊ねる。


「知ってることが少なすぎるから、空想が膨らんで怖くなってるってことか?」


「トオルくんは、怖くないの?」


「まあ、情報が少ないなか、進むべきか退くべきかも分からないなかで、怖くないって言えば嘘になると思う。でも、命の危険があったとしても、ぼくは望むところだと思ってる」


 決して高揚しているわけではなかったが、トオルの目は輝いていた。


「ぼくは、自分の未来を自分の手で作りたい。あの家、異端犯罪者の子どもっていうレッテルは、ぼくにとっては牢屋だった。そこから脱出できた今、たとえ命を失ったとしても、ぼくはこの未知の世界に挑むよ」


 トオルの思いを、依織は好ましく感じた。興味深そうに「んー」と相づちを打つと、素直な気持ちを打ち明ける。


「トオルくん、凄いね。高校の時はいつも空気みたいに扱われてたのに。そんなふうに冷静に、生き抜く強さを持ってるなんて、ちょっと意外」


「ぼくは、内穂さんなら、大丈夫だと思う」


「どうしてよ?」


「だって君は、いつも輝いてた。充実してるように見えていた。君のような優等生なら、この世界でもうまくやっていけるだろう」


 依織は照れくさそうに笑って言った。


「やめてよ、優等生なんて。私はただの、親の言いなりよ。敷かれたレールから逸れないように、女子高生を演じていただけじゃない」


「それだけの演技ができるなら、それは本物だよ。いつもトップの成績を維持できるなら、それはもう実力だし、人間関係を構築することだって同じだ。クラスで仲良くしていた久保さんたちとも、演技で付き合ってたのか?あれは偽物の君だった?」


 依織は自分の胸に手を当て、仲間たちの顔を思い浮かべた。


「……ううん、皆、本気で好きな友だちよ」


「それが本当の気持ちなら大丈夫だ。この世界の科学技術は、地球界より進歩していると聞く。この世界にだって、ルールや秩序はあるはずだ。そのルールに従えば、君は地球界で暮らしていた時のように、上手く生きられるだろう」


「でもここは地球界と違って、源使いしかいないのよ?そう上手くいくかしら……」


 あまり自分に自信のないトオルだったが、依織の不安な気持ちを解消するため、これからは余裕があれば依織の協力者でありたいと感じていた。勇気を絞って言う。


「……もしトラブルがあれば、ぼくはできる限り、内穂さんをバックアップする」


 依織はトオルが自分を励まそうとしてくれているのだと分かった。そして、彼の無表情さと、素朴な言葉につい笑ってしまった。


「ふふっ、変な理屈。でも、トオルくんにそう言われたら、何だか落ち着いてき

た気がする」


 依織は不安から来る苛立ちと過敏症のような心がようやく和らぐのを感じた。柔らかい笑顔に戻りつつある依織を見て、トオルは加えて言った。


「ぼくたち、同じセントフェラストの学生だから。お互いに協力するのは基本じゃないか?」


「そうだね。……そういえば、私のこと、依織って呼んでいいからね?」


「な、名前で……?」


 あの内穂依織を下の名で呼ぶ日が来るなんてと、トオルは恥ずかしいような気がして目を逸らした。


「だって、友だちでしょ?名字で呼ぶなんて、ちょっと硬いじゃない」


「わ、分かった……。これからもよろしく……い、依織さん」


「ふふ、こちらこそ」


 その時、船が強く揺れた。


「?!」


 船は乱気流に襲われた飛行機のように揺れ、船身を傾けながら進行方向を変えていく。依織の足下が崩れ、トオルは支えるように抱き止める。咄嗟に支えた柔らかい感触に、トオルは真っ赤になりながら、「大丈夫か?」と声をかけた。


 船が傾いたのは一瞬のことで、その後バランスを取り戻していく。


「あ、ありがとう……ただちょっと、恥ずかしい……」


 依織も頬を紅潮させている。

 女性経験のないトオルは、思春期の少年のようにあわあわと手を離した。


「ご、ごめん」


「う、ううん、大丈夫」


 依織はそう言いながら、妙に甘酸っぱいような気持ちを振り切るように、船のことを口にする。


「それより、さっきの揺れは?出航してから今まで、あんな揺れはなかったのにね?」


「航路の前方に何かあったのか。それとも、ルートが急に変更になった……?」


 トオルは依織から目を逸らした。


――やけに気になる。まさか、すでにどこかで……。


「トオルくん、金田さんと白河さんのところに戻ろう」


「ああ」


 二人は庭園を後にし、カフェレストランに戻った。


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