137.三枚星を挙げる時 ②
気丈な言動で近づいてくるケティアに、トオルは驚いて身を引きながら問いかけた。
「ケティア先輩!どうしてこんな所に?」
「おやじに頼まれて追ってきたのさ。お前が妙に動きが変わったって言うから、気になってね。それにしても、随分厄介なことに巻き込まれてるんじゃないか!」
「心配かけてすみません。でも、普段は事件に関わるのを避ける先輩が、ここまで来てくださるなんて驚きました」
「そりゃそうだ、事件に首を突っ込むと面倒な取り調べが待ってるからね。けど、お前が何かに巻き込まれたら仕事が回らなくて困るんだよ。しかも、この件で損も大きいしね……おじいさんにファーストキスを奪われる羽目になったし」
それを聞いた依織や美鈴、大輝は一斉に穣治を鋭く睨んだ。
「金田さん!?」
責めるような視線に、穣治は焦って弁解する。
「そ、それは不可抗力だってば!わざとじゃないんだ」
依織はじっと穣治を見つめて、ため息交じりに言った。
「その態度、余計に痛いんじゃないですか?まさかその事をする気持ちが本心じゃないですか?」
「いや、宙に落ちてきた彼女を救うのが本心だが、それ後、起こったアクシデントが不本意なこと……」
トオルは冷静に考え、納得したように頷いて言う。
「つまり、金田さんが言っていた『もう一枚の切り札』って、ケティア先輩のことだったんですね?ケティア先輩、金田さんに協力してくださってありがとうございます」
「まあ、そんなもんさ。でも、これで貸しが一つ増えたから、明日の仕事は10倍増しで頼むよ」
「うーん、わかりました……そういえば、先輩、最近ぼくにプルトス合金の機材や小型パーツの製造用3Dプリンターを送ったりしましたか?」
「そんなレア機材を無料無償で送るわけないでしょう?」ケティアは呆れた表情を浮かべて、トオルを見やった。「それにしても、君って本当にそんなものが欲しいか?」
「いえ、そういうわけでは……」
「ほんと、変わった人ね。白昼夢でも見てたんじゃない?」
「はい……ぼくの勘違いかもしれません……」
――それなら、ケティア先輩ではないなら、あのパッケージを送ってきたのは一体誰だ?ブルーノさんも機材を贈るのもあり得ないし……
渋々と了承するトオルに、ケティアは肩をすくめて笑った。今回の事件のために急な配達仕事をすべてケティアに押し付けたことを思い出し、申し訳ない気持ちになる。
依織がケティアに声をかける。
「あなたは、トオルが働いている職場の先輩なんですか?」
ケティアは依織の引き締まった体つきを一瞥し、薄い笑みを浮かべた。
「ええ、彼のことはトオルから聞いてるよ。成績優秀なだけじゃなく、見たところ君、腕も立ちそうじゃないか」
「いえ、まだまだ未熟ですが、精進して参ります」
女子二人が話し込む様子を見て、トオルは肩を落として小さく息を吐いた。明日には仕事が山積みになっていることだろう。
トオルの状況に同情した穣治が耳打ちする。
「しかし、トオル、お前、そのお転婆な女の下で働いているなんか、よくも耐えてくるな?」
「ケティア先輩は普段とても親切で、なんでもハッキリに言う人ですが、怒らせると理不尽なこともあるけれど……あ、それと、意外と金田さんと気が合いそうなところもあります」
「ほう、趣味とかか?」
「うん、冒険や探検が好きらしくて。開拓研究士の話もよくしていますから」
興味を惹かれた様子で穣治が言う。
「なるほどね。彼女があの装備を身に着けているのもそのためか」
トオルはケティアに向き直り、紹介する。
「ケティア先輩、こちらが金田さんです。彼は地球界のあちこちで探検してきた経験豊富な人なんです」
ケティアは右手を銃の形にして頬に当て、ニヤリと笑った。
「それなら、おじさんのドジな冒険譚をぜひ聞いてみたいね」
「ドジって、お前、辛辣だな」
穣治は苦笑するしかできなかった。
「ま、今度ゆっくり聞かせてもらうね。ところで、私はそろそろ帰るわ」
「先輩、もうお帰りですか?」
「ええ、また意味無い取り調べされたらもうごめんだしね。それにこの件をおやじに伝えないと」
「それも大事ですね」
「トオル、明日製作所には来るかしら?」
「はい、もちろん行きます。お疲れ様でした、先輩」
ケティアは満足そうに笑みを浮かべ、現場を後にした。
依織がケティアを見送り、感想を漏らす。
「随分とマイペースな人ですね」
依織の評価に対して、トオルが答えた。
「先輩はいつもあの調子です。でも、彼女はやるべきことを理解していて、自分を律することもできる人なんです」
「ふん、そうなんだ」
依織はちらりとトオルの表情を見つめ、二人の関係に気になっているようだった。
そのとき、エンドルヌスとサンジェストールの騎士団員たちに護衛されながら、地下に幽閉されていた女子生徒たちが姿を現した。
「あれは……バルテルに囚われていた行方不明の人たちですか?」
美鈴の問いに、穣治が答える。
「ああ、さっきラウラお嬢さんやエンドルヌス騎士団と一緒に救出してきたんだ」
救出された女子生徒の中にはリーゼロティやナティアの姿もあり、セレスティアも付き添っていた。
「リーゼロティさん、無事でよかったです」
トオルの言葉に、リーゼロティは手を胸に当て、目を細めて微笑んだ。
「トオル様、助けてくださりありがとうございます。ずっと誰かに見守られている気がしていましたが、それがトオル様だったんですね?」
「はい、ずっと機元使い魔で追跡していたこと、内緒にしていてごめんなさい」
頭を下げるトオルに、リーゼロティは優しく微笑んで応じた。
「そのことは、許してあげます」
「えっ?怒らないんですか?」
「トオル様は、私を守るためにしてくださったのでしょう。それに、皆さんを助けるために戦ってくださいましたから。もしその件が事件に少し協力に意味があれば幸いと思います」
その様子を見ていたナティアが、誇らしげにトオルに声をかけた。
「左門殿、ずっと物を作ることしか考えていないそなたは他人のことために戦ったなんか、見直しましたよ。そなたの活躍とその武勇の振る舞えを拝見いたしまして、あなたの行い自責にはクラスメイトとして誇りを感じます」
エタニアリス海国の姫であるナティアに褒められ、トオルは頬を赤らめて照れながら言った。
「ロレーラティスさん、武勇って、ぼくはそんな逞しい男じゃないんですが……」
「頭が堅いね、クールボーイ。謙虚な姿勢はいいけれど、君は筋肉ではなく、頭脳で戦っているんじゃないかしら?」
「はい……」
「トオル君、ここは元気で生き抜く世界なんだから、力を発揮する方法もたくさんあるわ」
「わかりました……。ところで、セレスティアさんが探しているのはロレーラティスさんのことですか?」
すると、もう一機の中型救急飛空艇が着陸してきた。
「ふん、さすがね。私たちは護衛契約を結んでいるからね」
「そうだったんですか」
「君に同行したのは正解だったようね。助かったわ」
「いえ、助けられたのはこちらですよ。セレスティアさんの協力がなければ、オリアンさんのもとに辿り着けなかったでしょう」
セレスティアは妖艶な笑みを浮かべた。
「ふふ、君は不利な状況でもしっかり戦い抜いたわね。まさに将来有望な騎士の卵ね?」
その称賛の言葉に、依織は少し肩をすくめ、目が笑っていない。
「そうですか……ありがとうございます」
そこに救急隊のヒーラーが声をかけた。
「すみません、お話は後ほどにお願いします。彼女たちを医療センターにお連れしなければなりません。このエリアは緊急搬送用なので、飛空艇を長く停泊させることができません。ご協力をお願いします」
「お邪魔してすみません」
「失礼、私は彼女と一緒に行きます」
「あなたは?」
「セレスティア・メイア・サキュバスラです。ロレーラティスさんの護衛を任されている者です」
「そうですか?」
「はい、間違いありません。私が同乗すれば安全が確保できます」
「それでは、どうぞ」
トオルは少し気が緩み、とある女性の心の声がふと聞こえてきた。
――トオル様、あなたが好きです。ありがとうございます。また明日。
リーゼロッテの念話が頭に響いた。振り返ると、彼女はすでに飛空艇に乗り込んでいて顔を合わせることができなかった。
「クールボーイ、こちらの仕事の効率を上げるためにも、君が開発中の機元使い魔の完成を期待しているわ」
トオルはリーゼロッテのことが気になりながらも、セレスティアの言葉に耳を傾けた。気を取り直し、頷いて答えた。
「はい、必ず完成させます」
セレスティアとナティア、そしてユリアンに襲われた心苗たちがヒーラーと共に飛空艇に乗り込み、扉が閉まると、飛空艇はすぐに離陸し、空へと飛び去った。