136.三枚星を挙げる時 ①
ロードカナル学院の生徒会副会長であるアニス・ミズキが率いるサンジェストール騎士団が、工場内にある擬似体を制圧し、人質を解放する作業は迅速に進められた。メアリが遠くに去ったことで、彼女の作り出した植物怪人や、工場内に張り巡らされていた蔦の動きが止まり、あっけなく消滅したのだ。
左門トオル、内穂依織、金田穣治、白河美鈴、隼矢大輝の5人、そして途中から加勢した心苗の活躍によって、工場を占拠していた貪食者たちは制圧された。ヒーラーたちが工場内に入り、捕らわれていた人質たちを搬送して治療を施し、医療センターへと中型救急艇で順次運んでいく。
トオルは簡易な取り調べと応急処置を受けたあと、工場の入り口を歩いていた。周囲には担架に横たわる人々と、治療に忙しく立ち回るヒーラーたちの姿が見える。
「トオル君!」
「依織さん」
トオルは足を止め、向こうから歩いてくる依織を見つめた。
「少しの間離れてしまったけれど、何があったの?」
「ルーラーさんの手当てを受けたよ。それからサンジェストール騎士団の人に軽く取り調べられた。トオル君は?」
「僕も同じだ。貪食者を追う目的についての聞き取りがあって、必要なら後日にまた詳しく話を伺うって。調査はそう簡単には終わらなさそうだ」
「そうでしょうね。でも、私たちの立場を考えれば大きな問題にはならないんじゃない?」
戦いが終わり、トオルは安堵の息を漏らした。
「そうだといいけど」
「……あれ、もしかして?」依織は前に歩くながら話し合っている男女の二人に手を振った。
「おーい!美鈴ちゃん、大輝君!」
美鈴と大輝が顔を見合わせると、美鈴が先に早足でこちらに向かってきた。大輝も、両手を頭の後ろに当てたまま、彼女の後に続いている。
「美鈴ちゃんも来たの?」
美鈴は少し眉を寄せ、両手を腰に当て不満げに言った。
「もちろんですよ。依織姉ちゃんったら、元々囮役は私だったのに、相談もなく勝手に役を代わるなんてずるいです……」
依織は申し訳なさそうに眉を下げた。
「美鈴ちゃん……やっぱり、そんな危険な役を後輩に任せるのは良くないと思ったの」
美鈴は少し安心したように、顔をトオルに向ける。
「まあ、でも左門さん、依織姉を無事助けてくださってよかったですね」
「いや、他の方々の協力もあって何とかなったんだ。そういえば、美鈴さんと大輝君も魔導士と戦っていたよね。無事だった?」
依織が二人の服装に目をやると、大輝の服には乾いた血痕が残っていた。気になった依織が問いかける。
「二人とも、かなり激しい戦いだったんじゃない?大輝君、服は血まみれているわよ」
大輝は腕を挙げ、肘から下を見せると見栄を張って笑った。
「ああ、これ?最初の戦闘でちょっとやられたんだ。でも、ヒーラーさんの手当てのおかげで完全に治ったよ。どうやらビーストタイプの僕は、瀕死の状態から回復すると生体能力が強くになれるらしい」
「らしい?」
「うん、ヒーラーのお姉さんがそう言っていたんだ。それより左門さん、俺たちはあのタコ頭のオヤジを倒したんだよ」
「お疲れ様。二人とも苦戦しただろう」
「ええ、何度も危ない場面がありました。でも、なんとか乗り越えましたよ。依織お姉ちゃんたちはどんな戦いがあったでしょうか?お二人の姿もズタボロじゃないですか?」
依織も微笑みながら、二人を労わった。そんな中、大輝がつぶやく。
「ああ、ユリアンさんと戦いがしんどがった……クロディスがこうないならダメかもね」
「そうですよね。クロディスさんが加勢してこうないならばやばいですよね。私は人質を救いに移行しました。放って置いた戦いがどうなったでしょうか?」
「うん、先に取り調べを受ける途中に聞いたが、そちらの戦いが上手くいったらしい」
トオルの話を聞いて、胸に腕を組んだ依織は右手を頬に支えて言う。
「ところで、金田さんはどこにいるんだろう?全然見かけないけど」
「一緒に来た筈だが、先から彼の姿が全く見て居なかったけど。どこに行っただろ?」
「……もしかして、戦死したんじゃない?」と冗談を飛ばす大輝を、美鈴がたしなめる。
「大輝君、そんな縁起でもないこと言わないでよ!」
「うーん」と大輝は肩を聳える。
「しかし、ユリアン・バルデル、触手型の擬似体を造る奴に金田さんの一人で戦いさせるのは確かに無理させたもしれない」
トオルは冷静に言って、美鈴は顔を垂れて、依織も命惜しい気分に吐く。
「まさかもう……?」
すると遠くから、野放図に高い男声が響いてきた。
「おいおい、人を勝手に殺すんじゃねぇ。俺は生きているぞ!」
その声に、トオルも依織も、そして美鈴と大輝も振り返る。
「金田さん?ご無事だったんですね!」
「もちろんだ。ほら、あの肩踏み台作戦、やっぱり正解だっただろ?」
「肩踏み台作戦?」依織が首をかしげた。
「要は、時間を争う時に誰かが先に出逢えた敵を抑えて、他の人間が先に進むって戦法さ」
トオルは首を傾けて惑わすような口調で訊ねる。
「作戦って、あれは偶然にゴリ押しことじゃないか?最初からそんな用意周到な作戦を講じたと覚えないけど」
依織はやや呆れた様子で笑う。
「それは、ほとんど勢い任せることでしょうか?もしうまく出来たら、それなりに綺麗な名称を見せ掛けたこと?」
依織も冗談交じりに笑顔を返した。
「うん、そう言うこと」
トオルは軽く頷き、依織の言葉に同意した。
大輝は再び両手を頭に当て、片目を閉じながらさらにツッコミを入れた。
「金田さん、その作戦名、ちょっとセンスないんじゃない?」
一連のツッコミを受け、穣治は泰然とした笑みを浮かべながら答える。
「とはいえ、あの敵は大量の触手を生み出す能力を持っているし、多人数を同時に相手にするのが得意なんだ。もし俺たち全員で突っ込んで戦ったら、初戦でみんな傷だらけになって、その後の戦いがさらに厳しくなっちまうだろ?」
「でも、それから私たちもその『肩踏み台作戦』を活かして、なんとか一気に内部まで突っ込むことができましたよね」
「そうなのか?」
「うん。でもおかげで貪食者の身元も確保できたし、全員無事に戻れたことはまま善処したことかも」
「何でもかんでも、結果オーライってことなら良かったぜ。それにしても、トオル、お前がこの作戦のために『隠し札』を二枚も用意していたなんて、ちょっと見直したよ」
トオルは肩をすくめ、首をかしげて答えた。
「隠し札?確かに協力者としてクロディスには頼んだけど、もう一枚って誰のことだ?」
「違うのか?」
一瞬、会話が止まり、微妙な空気が流れた。
そのとき、疲れ切った表情のケティアが工場の入り口から出てきた。すでにスズメバチのアーマーは脱いでおり、右肩をわずかにずらして着たVネックのノースリーブとフィットしたジーンズ姿だった。こちらに目を向けると、猫のように目を吊り上げ、肩を怒らせて声をかけた。
「ああ〜!そっちに居たよね!!」