135.暗躍の手 ②
その時、扉が開き、元気な少女の声が響いた。
「そこまでよ!福ちゃん!狐火放射!」
もふもふの長い尻尾を持つ生き物が部屋に飛び込むと、青い炎が一気に戦闘員たちに噴射され、彼らの攻撃態勢は止められた。
広いおでこを覗かせ、火のように赤い髪が揺れる少女が続いて入ってきた。マンドと同じ黒の羽織の下にはアトランス界の素材で仕立てられた巫女服がちらりと見え、朱と白の配色が鮮やかに映えている。上着はぴったりとしたデザインで、安倍桔梗の家紋が縫いてある。特注の袴は前が短く、後ろが長めに仕立てられており、歩くたびに柔らかく揺れ動いた。彼女の左腰には白い鞘に収めた太刀があり、その柄や鍔までが朱の縄でしっかりと巻かれている。また、左鬢には縄が結ばれ、その一部は頭の後ろまで伸び、等間隔で紙垂が五本、揺れながら垂れ下がっていた。
霊狐は吹き吐く炎を止めたら、少女は羽織り中から長い札を取り出し、手指に7枚の札を扇子のように展開すると思い切り戦闘員たちに投げ出す。
「急急如律令、術封印解除!」
お札から発動された紋章が戦闘員を弾き飛ばし、クロディスは少女に微笑みかけた。
「紫苑ちゃん、ついてきたのですね?」
「もう〜〜クロディスさんたら、一人で事件に飛び込まないでください!それが危ないって生徒会長が何度も言われたでしょう?」
「ごめんなさい、トオルのことが心配で来ました」
「その気持ちが理解できますが、やはり暗躍する者がクロディスさんを狙っているではないですか。あと少し遅ければ、危ないところでしたよ」
「仕掛けた紋章もまだ半分しか使っていませんよ?」
「そんな問題じゃありません。もしも《《出逢われ相手が公爵階級の厄介者》》だったら、どうするつもりですか?」
「だからこそ、紫苑ちゃんが追ってきたんでしょう?おや?協力してくれるのは君だけじゃないみたいですね」
リーズは冷静に指示を出した。
「魔導士が二人ですか?恐れる必要はありません。全員、接近戦に移ってください」
衝撃を耐えた戦闘員たちは体勢を整え、手に構えたバスター砲を背後のバックパックに装着し、短柄と長柄をそれぞれ持ち出し、グラムソードとグラムハンマーアックスを構えた。
「知恵の女神アヌーナティよ、我が誓願をもって、白金の息吹のような意志をこの手に差し上げ…」
戦闘員たちは若い青年の詠唱声にぎょっとした。
「この声は?」
「誰かが詠唱している!」
「人の目を惑わす者め、姿を見せろ!」
戦闘員たちが騒然とする中、詠唱は続いていた。
「…森羅万象の操りし秘宝を我が右手に添え、眼界に見える汚れ者に神罰を与えよ!
『クリエーションクティアラ』!」
紋章が部屋に大きく広がり、半円状の光が男女問わず一同に迫った。
クロディスと紫苑は即座にその紋章を回避し、福ちゃんの名を呼ばれている霊狐も俊敏な動きで跳び避けた。
リーズも咄嗟にメアリを引き倒して避けた。戦闘員たちが前に出て紋章を受けたが、何も変化がなく、自分の手足を確かめて薄笑いを浮かべた。
「何も起こってないじゃないか?」
「詠唱失敗か?」
「まやかしのトリックに違いないね」
「ふん、三流の魔導士など我らデストロンドの敵ではないな」
「そうでしょうかね?僕が仕掛けた紋章は失敗したことがありませんよ」
扉が再び開くと、20代前半の青年が現れた。金に近い赤の髪のマッシュショート、女性より綺麗な顔をもつ、黒マントを纏ったその青年の姿に戦闘員たちは驚きの声を上げた。
「お前は術を唱える正体か!?」
「ふん、二度と詠唱はさせない!」
「三人まとめて始末すればいい!」
リーズはその男の顔を見て、手を出した戦闘員たちに慌てて告げる。
「待ってください!彼に攻めてはいけません!」
「容易に掛かりましたね?『縮む』」
そう言うと、青年の魔法で攻めかかっていた戦闘員たちは急速に縮小し、目に見えないほどの小さな姿に変わってしまった。
「しまった……」
「これで形勢は逆転しましたね。あなた方が戦い続けるつもりなら、僕、クリス・ジェラート・アルナルディがお相手をしましょう」
リーズは観念して跪き、小さくなった戦闘員たちを拾い上げ、真剣な面持ちで告げた。
「まさかこの事件にアイラメディスの副会長が自ら手を下すとは、予想外でした。仕方がありません。今日は手を引きます。ですが、クロディスさんはいつかこちら側にやって来ることでしょう」
紫苑が不機嫌そうに言い返す。
「あなたたちは何を企んでいるのが知らないけれど、そうさせはしないわよ」
クロディスは冷たい表情で、真剣にリーズに言った。
「リーズさん、君のマスターに伝えてください。彼が野望を捨てない限り、二度と顔を合わせるつもりはない、と。そして彼が犯した大罪を忘れないてください」
リーズは静かに戦闘員たちを拾い上げ、メアリを連れてゲートをくぐり去った。
紫苑はほっと息をつき、デストロンドの一派が去ったことで緊張が解ける。
「危機は去ったようですね…」
「クロディスさん、安倍さん、お疲れさまでしたね」
「アルナルディ副会長がわざわざ動くとは驚きましたよ」
「クロディスを動かせた事件は尋常じゃないですからね」
クリスがクロディスに視線を向けて、涼やかに微笑んだ。
「申し訳ございません。副会長にご迷惑をおかけしました」
クロディスの素直な謝意に、クリスは軽く応じた。
「いえ、あなたの身の保護は生徒会にとって大切な任務ですから。ところで、あなたの兄弟、トオル・サモン君は只者ではないようですね。彼の入学は、このセントフェラストに大きな変革をもたらすかもしれませんね?そう気がしますね」
「それは10年に一度現れる時代を変わりさせる変革者のことではありませんか?」
「はい、ちょっとその時期に来ましたから、この二、三年間に入ってきた心苗をもっと注意するべきですよね?」
クロディスはうなずきつつ、紫苑が驚いた顔で尋ねた。
「副会長がそんなに評価するとは…彼はただ地球界からきた新苗ではないですか?」
「彼はただの心苗ではなく、人間とミラティス人のハーフですよ。そもそもクロディスのお兄弟なら、並の者ではないでしょうね」
「トオルのことに励みになるお言葉ありがとうございます」
クロディスは礼を言い、クリスはその場を離れようとした。
「さて、僕はそっと帰りましょうか」
「副会長、このまま帰られるんですか?」
「この件の処理はミツキさんに任せます。未解決事件も他にもありますからね」
クリスは穏やかな表情で去って行った。
「そっと来て、そっと去っていく、相変わらず、風のような人ですね」
「大事件ではない限り、戦場に顔を見せない副会長がまさか新入生の貪食者事件に自ら手を出すなんて、驚いましたよ」
「その事を放って置いて、私はトオルたちの所に行きます。紫苑ちゃんも共に行きますか?」
「分かりました。一応クロディスさんの見張り役ですからね」
クロディスはコダマの様子を見ているように、細い腰をしゃがむ。
コダマは既に休眠モードに入れ替わった。返事がなかった。
「コダマちゃん、戦いが終わりったよ。もう寝ているの?」
体躯が大破したコダマを見て、クロディスはコダマを両手で胸元にぎゅっと抱きしめて切ないて言う。
「大変お疲れ様……一緒に帰りましょうね。後でトオルがきっとコダマを治せる、ゆっくり休んでね」
クロディスはコダマをポケット納屋に入た。立ち直ったら彼女は紫苑と共に社長室を後にして、トオルたちのもとへと足を向け行った。