134.暗躍の手 ①
その一方、社長室ではクロディスとメアリの戦いが、圧倒的な速度で紋章術を駆使し展開されていた。クロディスの容赦ない攻勢でメアリは次第に追い詰められ、人質が次々と解放されると、源気の補充が遅れ、植物を創り出す力にも限界が生じてきた。
氷で凍結された植物の怪人に向かい、クロディスは手のひら大きさの紋章『エアージャベリン』を九つ宙に描き出した。その紋章から圧縮された空気の槍が怪人に突き刺さり、怪人はまるで砕けた石膏像のように粉々に崩れ、光の粒子となって消えた。
頻繁に展開された氷系の紋章術により、社長室は冷凍室のような寒さへと変わっていた。レベルが異なる相手に対し、メアリは息を吐くたびに白い息が漏れ、思わず弱音を吐いた。
「も、もう何も生み出せないなんて……それとも、奴らが僕を解放してくれたとでもいうかしら?」
「きっと人質たちは皆、解放されたでしょう。トオルたちは不器用なところも多いけれど、肝心な時には驚くほどの力を発揮する。人間の可能性と絆、それに困難を乗り越えるあの不思議な力が湧いてくる、愛おしいほどに愛らしいんですね」
突然、メアリは鋭い蔦をクロディスに向けて放った。しかし、蔦は防御の紋章によって止められ、たちまち低温に凍りついてしまった。クロディスがそれに触れると、蔦は根元から粉々に砕け散り、メアリの戦意まで崩れ落ちたかのようだった。
「な、なんて強さ……これじゃあ、人間仕業とは思えない……あんた、いったい何者かしら?」
メアリの質問は、クロディスが前に一度答えたはずだ、それでも長気に微笑んで答える。
「確かに人間ではありませんが、命を持つ存在としての本質は変わりませんよ。私は強いわけではなく、この作った体に宿る毎日に努力を積み重ねただけなのですよ」
勝ち目がないと悟ったメアリはその場に崩れ落ち、無意識に両手で胸を抱くようにして震えていた。
「なんて、化け物……」
それは彼女の最後の抵抗だった。
「どうやら、私たちには縁がないようですね。これ以上あなたを傷つけたくありません。眠ってもらいましょうか?」
クロディスが『ナルコレプシー』の紋章を唱え始めたその時、凍りついた壁に赤い円が光り出し、ゲートが現れるとともに一人の人影が飛び出してきた。
「!?」
クロディスが驚きつつ振り向くと、紫の光粒子をまとった鋭い爪が紋章を切り裂いていた。現れたのは、黒のボディスーツにネコのマスクを被った少女。彼女はメアリを庇うように立ちはだかった。
「あ、あなたは……?」
「あなたの味方です。マスターがあなたの才能に目をつけました。私と来れば、自由に生きられるでしょう」
少女の言葉にメアリは興味を示し、足を立て直して不敵な笑みを浮かべた。
「ふふ、案内してもらおうかしら?」
「そして、クロディス様。マスターが仰るには、あなたも彼のそばにいるべきだそうです。あなたの本当の幸せのために、私と共に来てください」
蜜のように甘い言葉に、クロディスは穏やかに微笑んで答えた。
「私はどこにも行きません。幸せの定義は、他人に決められるものではなく、自分で決めるものですから」
「それなら……ご無礼をお許しください」
「Rom」
謎の少女が発したその言葉とともに、赤い紋章が展開され、強烈な電流が放たれた。クロディスは防御の紋章を瞬時に発動させ、金属製の石柱を呼び出して電流を受け止めさせた。
「風と炎の複合系紋章術ですか?」
少女はさらに電撃を放ったが、石柱がその電流を吸収するように機能し、少女の攻撃は封じられた。彼女は飛びかかり、光の爪で石柱を切り落とすと再び攻撃を仕掛けたが、クロディスは巧みに避け続けた。
「風で動きの速さを上げていますか?しかし、マスターの指示は絶対です。あんたを連れ戻します!」
少女の動きは風よりも速く、メアリには姿が見えないほどだった。接近戦で次々と攻撃を繰り出す少女に対し、クロディスは紙一重でかわし続ける。
少女はダッシュで迫り、途中から宙に跳び上がると、ハイスピードで前方宙返りをしながら紫の源気を右足に集中させた。ブーツの先端からは四本の刃が伸び、上空から切り落とすように襲いかかってくる。
一秒前、クロディスは低く「La〜」と歌声を響かせた。
瞬時に発動した『ミラーフォースシールド』の紋章が輝き、少女の蹴りを受け止めて彼女を弾き飛ばす。
少女は衝撃を受けながらも、猫のように軽やかなステップで着地し、衝撃を和らげた。
「属性的には私が有利なはずなのに……動きが完全に読まれているなんて。なんて鋭い洞察力……さすがはあの方の娘。手強い相手ですね……」
「あなたはどちら様ですか?私のことをよく知っているようですが?」
「リーズ、それがマスターから与えられた名前です。それ以上は答えできません」
「リーズさんですか?」
「一人でかなわないなら、数で押し通すまでです!」
ゲートから10人の戦闘員が現れた。首にアーモンド型の尖った目と鋭い歯が威嚇的なマスクを被っている。