130.クロディスのターン ②
「なんてこと!私の蔦がこんなに簡単に……!」
クロディスはコダマのそばに移動し、冷静な表情でメアリに向き直る。
「さて、私がお相手しましょうか」
「ふん、調子を乗ってんじゃないわよ!」
メアリは刺してくる棘で攻撃を仕掛けるが、クロディスの防御の紋章に弾かれた。
「あなた、戦うのが本当に好きなんですね……先程、トオルに伝えた言葉、彼と意識が同調した私も聴きました。あなたは悲しい過去を持ちのようですね」
クロディスの美貌と華奢な身体を見て嫉妬心を燃やすメアリは激昂する。
「くさアマ、うるさい!幸せな環境に育ちされたあんたなんかに私の気持ちが分かるはずない!」
「あなたが見ている私の姿は虚像に過ぎません。本当の私ではありませんよ」
「何を言っているの?意味の分からない言葉で動揺させようとしても無駄よ!」
メアリが怒鳴る中、クロディスは穏やかな表情で微笑んで応じた。
「悲惨な過去を持つのは、あなただけではないんです、オリアンさん」
「他人のことなんて関係ない!お前の説教なんて聞きたくないわ!」
クロディスは静かに語り続けた。
「私は数え切れない命を生きてきました。そして、今ここにいます。オリアンさんと似た思念を経験したこともあります。貧しい家庭に生まれ、奴隷として売られた私の過去もあるんですよ。貴族の所有物として、散々汚辱された一生を遂げました……今でもその方の顔がよく覚えています」
これはピュトリティス族の人が生まれたら自然に身に覚えるスキルーー
『瑠璃回夢』心光体に宿る魂が初めて存在してから今の命まで全て前世の記憶が探り出しできる。ミラティス人は修業を受けたら誰でも身に覚えるスキルだ。一部資質を恵まれる人間にも習得が可能だ。
その話にメアリは戸惑い、渋い表情を浮かべる。
「それがどうした?今のお前は幸せに暮らしているんじゃないか?」
「そうとも限りません。たとえミラーティス人として、一族の巫女の娘に生まれたとしても、私はこの生で定められた試練を受けるの。人は生きていれば、幸せな時もあれば、苦しい時もあるものよ。なのに、どうして人は幸せな日々を忘れて、傷つけられた苦しみだけを覚えてしまうのでしょう?」
クロディスの言葉に、メアリは幼い頃から親に姫として大切に育てられた記憶が、いくつも頭の中で浮かび上がった。
クロディスの言葉は気優しい歌を言うように言い続ける。
「あなたはずっと、心の傷が生んだ憎しみを、誰かを傷つける形で繰り返しています。でも、そのやり方は他の誰かを傷つけるだけで、何も得られないし、あなたの心も永遠に癒されることできない。あなたが自分の苦しみを乗り越えるしか方法はないでしょう」
「乗り越える?どうやって?」
「例えば、捨てればいいんじゃないですか?」
「くだらない話ばっかり……あんたと私は違う人間なのよ!私の人生の思い出を捨てるなんて、冗談じゃないわ!」
「あなたがこのアトランス界に来たのは、新しい生き方を探すためじゃないですか?どうして、そんな嫌な思い出が捨てられないですか?もし、自分の過去がそんなに嫌いなら、なぜずっと抱きしめ続けますか?腐ったゴミのように捨てれば楽になれるでしょう?私は人間のような本当の体は持っていません。例えこの虚像であなたたちと同じ空間に生きていても、いろいろな体験はできません。本当に羨ましいことですよ。でも、あなたは自分の体を持っています。命があれば、何度だって生き直せます。でも、あなたが決断しなければ、何も変わらなりません」
クロディスの言葉にメアリは心を揺さぶられ、理想的な話だと感じながらも、どう実践すればいいのか分からず、前を見て途方が暮れる気分に耐えず、焦燥感が募り大声で叫んだ。
「生き方が変わるって……うるさいわね!そうだ、同じ苦しみをお前に味合わせてやるわ!」
「そんなことに意味があるの?」
メアリは邪気の笑みを溢す。
「毒霧の地獄を受け取れよ、クソアマ!!」
その瞬間、天井に吊るされた蔦の実が一斉に毒ガスを噴き出した。クロディスはマゼンタ色の毒霧に包まれたが、平然とした口調で言った。
「だから言ったでしょう?この体は私が作り出した虚像なの。人を苦しめる毒など、私には効かないわ」
「優しい言葉が通じないなら、厳しくお仕置きするしかなさそうね」
「そっちの方が分かりやすいわ!」
メアリの蔦が一斉にクロディスへと突き刺さろうとする。しかしクロディスは素早く黄色の契紋石を取り出し、投げ放った。
「ラ〜〜」
クロディスの歌声と共に石が凄まじい源気を放ち、毒霧を突風のように吹き飛ばした。彼女の長い髪とマントが吹き荒れる風に揺れ、両腕や胸元、そしてブーツの宝石が光を放つ。
「Rin fi rai za on」
『アイスシールファンタジー』
合掌する彼女の足元から、5メートルもの巨大な紋章が花のように咲き、-100度の冷気が辺りに広がった。クロディスを襲ってきた蔦は氷に閉ざされ、部屋にあった全ての植物までもが凍りついた。
「私が作った蔦が全部凍るなんて!くっ、ならば!」
メアリは凍気に凍らないよう緊急で植物の壁を編み上げた。しかしクロディスは身を一周させると、ミントグリーンに光る7つの石を放ち、再び歌声を響かせた。
「ラララ〜〜〜」
「なんだ、紋章術をそんな反則な使い方は!?」
『ブリザード』が7重展開している。
7つの紋章が彼女の声に呼応して展開し、吹雪が発生した。氷に閉ざされた植物たちは暴風に吹き飛ばされ、メアリは植物の傘を作って防ごうとするも、強風に耐えきれず壁に叩きつけられ、床に倒れた。
「うあっ!!」
鍛えていない体にこの一撃は重く、メアリは大きなダメージを負った。
メアリは頭を上げ、恨みの炎がまた消してない彼女は気弱い口調で呻く。
「このアマ……なんて強さなの……」
汗一つかかず、余裕のある口調でクロディスは言う。
「日頃の備えが大事なのよ。いつ何時戦いに遭遇しても対応できるようにね」
クロディスは妖精のような微笑みを浮かべながら、優雅に言葉を紡いだ。
「オリアンさんの心が落ち着くまで、ずっとお相手してあげるわ」